文月蜜葉はシンデレラに憧れる
幕間 鏑木薫風の独白
文月蜜葉は被害者である。
僕と心、そして彼女だけが親友だと思っている剣条芽理沙。この三人の三者三様の思惑に巻き込まれ、翻弄され、いいように弄ばれるだけ弄ばれたかわいそうな少女である。
しかも本人はその事に気づかず、あまつさえ僕らに感謝までしているのだ。不憫である。僕が、僕らが彼女に対して行った悪行をこれから開示していくことは、非常に心苦しいが、この物語を進める上では避けては通れまい。
第五幕 社会科準備室前
激しい扉の閉まる音の後に訪れる一瞬の静寂。僕たち三人は顔を見合わせながら黙ってしまう。
「カノン……あんたが出てこなければこんなことには……」
泣きそうなジト目で鹿野を睨み付ける心。
「ち、ち、ち、違う。わ、我はそんなつもりじゃ……」
嫌々をしながら後退する鹿野。そこに知らない男子が乱入してきた。
「いたいた~!鹿野さ~ん。そんなとこにいたんですかあ。探しましたよ」
その男は鹿野を見つけると小走りで鹿野のところにやってきた。そして鹿野の腕を捕まえると、ぐいと引っ張りどこかへ連れていこうとする。
「今日は大事な日だから遅刻しないようにって言ってたでしょお。あ、鹿野さんのお友達?ごめんね。今日と明日はどうしても外せない部活の日だから。じゃあ鹿野さん連れてくよ」
呆気にとられる僕たちを尻目に鹿野を引っ張っていく男子生徒。アイドル部関係の人間らしい。
「ま、ま、まって、まだ話が、わ、我はかの者たちと闇の契約が……」
「はい、はいそういうキャラ作り。アイドルには大事ですけど今はいいから急いで」
「ち、ちが、こ、これはキャラではな……」
鹿野は謎の男子生徒に連れていかれ、あっという間にいなくなってしまった。後には僕と心だけがぽつんと取り残された。とはいえこのままここにいても仕方がない。帰るか、改めて勧誘するしかない。
「ん~、どうしようっか?」
僕は落ち込む心を見る。彼女は顔を両手でパンと叩いている。
「どうせもうダメもと。一応ちゃんと声かけよう。どちらにしろ一言謝った方がいいよね。酷いこと言っちゃったし」
頬を叩いたことで平常心になったのか、いつもの心に戻っていた。
「それもそうだな」
僕が社会科準備室の扉をノックする。返事はないが開けてみようと取っ手に手をかける。さきほど閉めたときも鍵まではかけていなかったと思う。
「すみませ……」
僕がドアを開けながらそう言いかけたとき、部屋の中から女生徒が突進してくるのが見えた。文月蜜葉である。
「い!?」
気づいたときには彼女は地面を蹴り、地面と水平な美しいドロップキックをかましてきた。スカートは一気にまくりあげられ、さながら肌色の巨大なランスだ。
「一昨日きやがれー!」
まったくの無防備だった僕は、そのドロップキックを腹部にまともに受けてしまう。蹴り自体はたいして痛くないのだが、その勢いで後方に弾かれ尻餅をついてしまう。
「どぅはああ」
一瞬の出来事だったのと、女性からドロップキックを受けるという経験は今までなかったので、何が起きたのかがよくわからなかった。
「あ、しまった。男の方を蹴っちゃった。わりいわりい。でもこれでさっきの暴言はチャラにしてやるからさ」
アニメ声の彼女が倒れた僕を見ながら言った。本当は心を蹴り飛ばすつもりだったのか……僕が扉を開けてよかった。どうやらこの女、かわいい顔にはまるで似つかわしくない、ジャックナイフみたいな女だった。
「何するんですか!危ないでしょう!」僕は叫んだ。「スカートでドロップキックなんかしたらパンツ丸見えになりますよ!」
「そういうことじゃないでしょ!」
つい見たままを言ってしまい、心とノロイちゃんからサラウンドで突っ込みをもらう。
「しまった。女だと思ったからつい気にしなかった。見てないよな?」
急に恥ずかしそうにスカートを抑える童女風女子高生。どうしようハッキリ見えたのだが、何と言うのがいいのだろうか。水色の縞でしたねと本当の事を言うべきだろうか。
「そんなことどうでもいい!いきなり何するのよ。確かに失礼なこと言ったかもしれないけど、いきなりドロップキックはないでしょう!」
心はまだ尻餅をついている僕の前に立ち、小柄な蜜葉さんを見下ろすように睨み付けた。僕よりも心の方が怒っているようだ。とはいえこのままではまともな勧誘にはならないと思い、必死に二人をなだめようとする。いやもうまともではないのだけど。
「まあまあ心、派手な攻撃でびっくりしたけど全然痛くはないんだよ。体も子供みたいに小さいくて軽いしさ」
「あああ!て、てめえ~人が気にしていることを!子供とはなんだよ!子供とは!」
終わった。事を穏便に済ませようとした僕がさらに火に油を注いでしまったようだ。
「いや違うんですよ。わざとじゃない。わざと悪く言ったわけじゃ……」
「たっく何だ何だ、あんたら私を馬鹿にしにきたわけ!?」
蜜葉さんはいらいらするのか地団駄を踏む。これでは仕草も子供っぽい。
「ちょっと薫風、今のは失礼だよ。頭も体も小学生みたいだなんて、本人目の前にしても言うことじゃないよ!」
今度こそわざと心が嫌味な攻撃を仕掛ける。もはや泥沼状態である。蜜葉さんは怒りで顔を真っ赤にしている。
「わざとじゃなきゃ許されるってのは、幼稚園児までだっつうの!それともあんたの脳みそって幼稚園児なわけ?あと、女!お前が一番失礼な事言ってるからな」
「でも私は面と向かっては言ってないですよ。薫風に向かって言ったんです。それに私も薫風も事実しか言ってないし」
「本人目の前にする陰口があるか!」
「陰口じゃありません~。悪口です~」
心も小学生みたいな口論をしている。
「き~!!もうあったま来た!」
蜜葉さんが華麗にバックステップする。まるでその目は闘牛士の牛だった。
来る!そう思った瞬間、心に向かって突撃してきた。おそらく僕に繰り出したドロップキックを再度繰り返すつもりだ。
さすがに暴力沙汰はまずいと思い、飛び上がろうとした瞬間の蜜葉さんを後ろから羽交い締めにする。 そのままひょいと持ち上げた。体重四十もないのか軽々と持ち上がる。彼女は逃れようと足をばたつかせる。踵が太ももとか膝に直撃してとても痛い。
「離せ離せ!この野郎!このスケベ野郎!」
大声で叫ぶ蜜葉さん。こいつ痴漢です。と誰かに叫ばれたら危険だと思い、必死になだめようとする。
「落ち着いてください。落ち着いたら離しますから」
しかしまったく効果はなく、僕から逃れようと必死に体を捻る。
「大丈夫です。安心して。その男は普通の女子には興味ないですから!!」
心が叫ぶ。落ち着かせようとする僕をフォローするためではあるが、何だか酷く罵られた感のある助け船をだしてくれる心。優しさ……だよね?
「え?何、あんたホモなの?」
その発言を聞いてあれだけ暴れていた蜜葉さんはぴたりと止まり、首だけ振り返って目をランランと輝かせながら聞いてきた。
「ねえ、ホモなの?」
二度聞いた。大事なことだから二度聞いたんですね?何かこの人ホモに特別な興味でもあるのか?
「違う、違うよ、違います!」
「私、ホモに偏見ないよ!だから教えて、お前ホモなの?」
何このホモ推し。たとえ偏見がなくてもこうまで興味津々な態度でこられたら、偏見持ってる人と同じくらい、ホモだとは言いたくないだろう。
「僕はホモではありません。僕は女性アイドルにしか興味がない!」
「うわキモ!キモすぎ!」
蜜葉さんが吐き捨てた。ガチで引いてる顔してる。ホモはいいけど、ドルオタは駄目なのか。あんたアイドル目指してるんじゃないのかよ。
「キモい。マジキモいから離せよ」
「すみません……」
すっかり落ち着いた様子の蜜葉さんを床に降ろす。すぐ切れる人って代わりにすぐ落ち着くから、もうすっかり平常心のようだ。まるで鶏みたい。床に降りた彼女は、彼女の言葉に落ち込む僕の顔をまじまじと見つめる。
「ふうん。お前よく見たらなかなか男前じゃん。背も高いし。惜しいなあこれでホモだったらなあ」
何が惜しいのだろうか。一体この人はホモに何を求めているのだ。
「彼氏?」
僕を指差しながら明るく心に尋ねる。さっきまでの怒りはどこいったんだ。いくらなんでもスッキリしすぎだろ。
「ううん、お兄ちゃん。双子なんですよ」
「へえ、双子!双子って始めてみたけど全然似てないね。つうか性別も違うけど……ああ二卵性の双子ってやつ?そうすると普通の兄弟みたいに、性別も顔も違うことあるらしいね。へえ珍しい」
蜜葉さんは僕と心を交互に見てにやにやしている。
「つうか僕のことはどうでもいいでしょう!それより演劇部の勧誘の話をですね……」
「あ、そうだ!私怒ってたんだ。いまさら演劇部の話なんてあるか!帰れ帰れ!」
すっかり落ち着いたようだが、怒りはまだ収まらなかったようだ。思い出したように怒りモードに入る蜜葉さん。忙しい人だな。
「まだ覚えてたか。そこまでバカじゃない?とりあえず鶏よりは知性がありそうね」
ノロイちゃんが背後から辛辣すぎるコメントをする。
「まあ蜜葉さんもそう言ってるし、もう帰った方がいいかな」
心が諦めたように言う。
「おいおい心、いいのか。せっかくの部員候補が……」
「しょうがないよ……それじゃ失礼します。お騒がせしました」
「なんだよ、もう帰るのかよ。はっ!あっけねーな。ばーかばーか」
帰ろうとする心を煽る蜜葉さん。
「ねえねえ薫風」
ノロイちゃんが僕に話しかけてくるので、「何?」と目だけで返事をする。
「あの蜜葉って子を入部させるいい作戦があるんだけど」
と、誰に聞こえるわけでもないのにヒソヒソ声で耳元に囁く。
「まじでか?どんな?」とこれまた目でアイコンタクトを送る。
「これまでのやり取りを見てて思ったんだけど、彼女は別にアイドルになりたいわけじゃないと思うんだ。二年連続でアイドル部のオーディションを受けるにしては、アイドルファンに辛辣すぎ、というか嫌いすぎ。あと、子供扱いされることに対して、ものすごく敏感だった。これらのことから、心ちゃんも似たようなこと言ってたけど、きっと人から注目されたい、尊敬されたいっていう子だと思うのよ」
「ほうほう。続けて」と軽く頷き続きを催促する。
「あの容姿ではこれまでもずっと子供扱いというか、下に見られてきたんだと思うの。その反動からか、彼女にはもっとこう憧憬を受けたいっていう願望があるのよ。アイドルになれば手っ取り早く注目されて、憧れられると思ってるんだと思う。だからアイドルっていうのは、彼女にとって手段でしかない」
確かにそうかもしれない。ノロイちゃんの人を見る目は昔から信頼できた。しかしそれが分かったからといってどうなるというのだ。そんな僕の気持ちを見抜くように、ノロイちゃんは具体的な対処方法を続ける。
「そこらへんの気持ちを上手く利用してやれば、演劇部にも入部してくれるはず。もう時間がないから今から言う作戦をそのまま言いなさい」
ノロイちゃんはゴニョゴニョと、とんでもない作戦指示を出してきた。やりたくないとボイコットしようかと思ったが、このままでは蜜葉さんとも喧嘩別れして終わりになってしまうだけ。部員候補はもういないのだ。僕は一か八かの賭けにでることにした。
「薫風?どうしたの?ボーッとして?もう帰ろうよ」
心が先程から突っ立って動かない僕の制服の裾を引っ張る。
「まったくだよ。早く帰れ!このキモオタ!」
「本当に……帰っていいんですか?」
僕は自分の中で目一杯いい声をだした。とにかく自信たっぷりに。とノロイちゃんの演技指導が入る。
「は?当たり前だろ?」
「いいんですか?このチャンスを逃したら、蜜葉さん、あなたはもう一生華々しい舞台には立てませんよ!」
人差し指で蜜葉さんを指差す。人の気持ちを揺さぶるには、まずは完全な否定。当然感情の反論が来る。
「な、なんだと!」
「アイドル部にはもう入部できない!あなたはこんな校舎の隅っこの、ちゃんとした部室もない、日陰のような場所でひっそりと終わるんだ!」
「うぐぅ……」
蜜葉さんが僕の言葉を認めたのか、唇を噛みながら俯く。心はぽかんと僕を見ている。僕なりの勧誘と思い見守ることにしてくれているのか。
一度厳しく否定しておき、気持ちを不安定にさせたところで、そっと距離を縮める。とノロイちゃんが悪魔のアドバイスをする。
自分の事は語らないノロイちゃんだが、人の心の機微に詳しいのは、幼い見た目よりもずっと人生経験豊富なのかもしれない。
僕はそっと蜜葉さんに近づき、今度はできるだけ優しく話しかける。自信たっぷりなのは忘れないように。
「でも僕ならあなたをシンデレラにすることができる」
「シ、シンデレラァ?」
「演劇部に入部してくれれば、約束します。こんな日の当たらない場所から連れ出して、光輝く舞台へ立たせてあげると。僕はあなたをシンデレラにする魔法使いだ!」
何の根拠もないが、とにかく言葉だけで人を説得させる時に、虚栄は大事だ。僕は無責任に言い切った。
「アイドルという現代のシンデレラになって、スポットライトを浴びて、大観衆の前に立ちたいんでしょう?」
「そ、それは……」
蜜葉さんが恥ずかしそうにこちらをチラリと見る。図星ということだろう。
「客席全員が自分を見つめている。しかもどんな目で見てる?憧れ。羨望。尊敬。もはやその眼差しは崇拝といってもいい。あなたはその時人を越える。現代の女神だ。そんな最高の瞬間を味わいたいんでしょう?」
体勢はいつのまにか壁ドンのような姿勢をとっている。目の前に自分より大きい男に迫られ、蜜葉さんは恥ずかしそうに目をそらしている。
とにかく耳元でノロイちゃんが細かくカンペを出してくれるので、僕はそれを必死でリピートする。壁ドンも馬鹿馬鹿しい台詞も、蜜葉さんには意外と効いてるようだ。
「お、大袈裟ね。でもまあ、そう、だけど……」
言いながら彼女はもじもじとこちらに顔を向けてくる。僕の言葉に納得してきているようだ。こうして誘導尋問によって、彼女の欲望を浮き彫りにするだけしたところで、一旦引く。
「でも、残念だな。参加してくれないんじゃしょうがない」
ここで彼女からさっと離れて背を向けた。
「え?」突然解放されきょとんとする蜜葉さん。
「本当に残念だけど、他を当たるしかないか。蜜葉さんは演劇部には興味がないみたいだし……心帰ろう。これ以上は時間の無駄だ」
心の肩に手を置き、二人で帰ろうとすると、
「ちょ、ちょっと待ってよ」
蜜葉さんのほうから、帰ろうとする僕たちを引き留めにきた。思わずにんまりしそうだが、そんな顔は見せない、あくまで残念そうにしなくてはいかない。心も空気を読んでくれて大人しくしている。
「いや、すみませんでした。非礼があったのはこっちです。素直に帰るとします」
ここでさらに帰ろうとする。
「待ちなさいよ!」
「え?何?」
わざとすっとぼけた声を出す。
「し、しょうがないわね。人手足りないんでしょう。は、は、入ってあげてもいいわよ!さっきの無礼な態度は許してあげてもいいわ!」
とうとう彼女の方から、入部してもいいと言わせた。とはいえ腕組みをし、胸を反り返し、あくまで強気な態度はとっているが。
ただノロイちゃんの指示に従っていただけだが、ちょっと面白くなってきた。くっくっく、ここまで来たらあとはその態度をどこまで崩してやろうか。というSぽい気持ちが芽生えてくる。ノロイちゃんも同じく悪い顔をして笑っている。普段暇な分とても楽しそうだ。
「いや、とんでもない。人間最初が肝心だ。こじれてしまった人間関係を戻せるとは思えません。すみませんでした。やっぱり入部はご遠慮させていただきます」
僕は丁寧に詫びて、丁重に入部をお断りする。
「だからさっきのは許したって。というか全然よ。全然怒ってないから、ね。気にしなくていいんだよ!」
今度は蜜葉さんの方が必死になってくる。人間追われれば逃げる。逃げれば追いたくなるものだ。
「さっきのは全然怒ってないと?」
「うん、怒ってないよ!」
少々ひきつりながらもにっこり笑顔の蜜葉さん
「僕たちは悪く?」
「ない!全然ない!」
「本当?よかった~!」
僕と蜜葉さんは二人ではっはっはと笑いあう。先程までとは打って変わった弛緩した空気が流れているようだ。
「だから、演劇部だっけ?私、入ってあげてもいいわよ!」
ノロイちゃんからはここでOKだしなさい、というカンペが出た。ここまで彼女に譲歩させたのだからここでやめてもいいのだろうが、もうちょいこのチョロい子供で遊びたくなる。僕の本性というか人でなしの面が出てしまった。
「でも入部はお断りさせてもらおうかなあ」
「えええええ!?ちょ、ちょっとなんでよ!」
蜜葉さんが驚きの声をあげる。ノロイちゃんもそろそろやめなさい!と注意をしてくるが、一度暴走してしまった気持ちはなかなかブレーキを踏みづらい。
「だって入ってあげてもいいわよ、なんて大上段に構えた態度じゃ、厳しい芝居の稽古についてこれるとは思えないんですよね。わかってるんですか?遊びじゃないんですよ!入部すれば、あなたは女優を目指すんです!その意味がわかっているのですか?」
どんな意味があるのかは僕にはさっぱりわからないが、彼女はなんだかわかったように頷いている。あとなんだか心も頷いている。
「蜜葉さん!そして心も!君たちを落としたスクールアイドル部を見返す必要があるんだぞ!打倒アイドル部なんだぞ!」
大声を張り上げここは勢いで突っ切ろう。
「う!そ、そうね。そうかもしれない。私がちょっと悪かったわ」
蜜葉さん、とうとう私が悪いと言い始めた。
「はい、じゃあ言い直してみてください!」
「演劇部に、は、入ります」
うつむき小声でつぶやく蜜葉さん。
「だめだね。全然なってない。それじゃさよなら」
振り返って帰ろうとする。
「わ、わ、わ。ままって待って」
「ああん、待って?」
横柄に答える僕。ノリノリである。
「ごめんなさい!待ってください!」
「いいだろう。これが最後だ。心を込めて言いなさい」
見つめあう僕と蜜葉さん。お互い真剣な表情だ。
「私を演劇部に入れてください!何でもしますからお願いします!!」
「そこまで熱意があるならわかった。君の入部を認めます!」
「ありがとうございます!」
「一緒に頑張ろう!」
感動の邂逅。僕と蜜葉さんは歩みよりお互い固い握手をする。なんなら抱擁する寸前だ。しかし、この握手で僕がドルオタであることを思い出したのか。いきなり手を振りほどいた。悪手だったか。
「はっ!ておおおおい!離れろ!あやうく雰囲気に飲まれちゃうところだったわ」
確かにノロイちゃんのいう通り鶏よりは知性があるらしい。
「ちっ押しきれなかったか」
「あのなあ、私先輩なんだからな!少しは敬意を払え!みんなして私を馬鹿にして!もう絶対入らない!」
蜜葉さんは大声で叫ぶと、再び準備室の中に逃げ込み扉を閉めた。どうやらやりすぎてしまったようだ。ノロイちゃんのいうところでやめておけばよかった。
「もうこのバカ!これじゃ拗れちゃって簡単にはいかなくなるよ!」
ノロイちゃんが吠えている横で、心は軽く放心したようにつぶやいた。
「なんだか惜しかったね。もうちょっとで入部してもらえそうだったのに、残念だね。私、薫風があんな演技派だとは思わなくて、ちょっとびっくりしちゃった……薫風って演劇部向いてるのね」
「僕も自分の中に変な自分がいることに驚き。それでちょっと面白くなってやり過ぎてしまった」
「これからどうするの?」
「ちょっと考える。その前にちょっとトイレ行ってくるから、待ってて」
「え?今?まあいいけど……」
僕はノロイちゃんと一度相談したくてトイレに行くことにした。