そして幕があがる
終幕
僕と心は、翌日から何事もなかったように一緒に朝食を食べ、学校に行き、練習をし、家に帰った。
胸に空いた虚無を埋めるようにひたすら練習に没頭していたが、ふとした瞬間に振り向いても誰もいない時はいつも涙が出そうになった。
そしてとうとう文化祭本番の日がやってきた。
近所の中高校生やアイドルファンが集まり、学園内は活気に溢れていた。
僕らの公演はしょっぱなの第一弾なので、客入りが心配だったのだが、それは杞憂で終わったようだ。会場である体育館は満席状態で、天井までオーディエンスの熱気が充満しているようだった。
そんな喧騒の中、僕らのミュージカルは予定通り始まった。
舞台含め、体育館の照明が一斉に落ちる。
客たちが一瞬どよめきだすが、それもしばらくすると収まる。
会場はこれから始まるステージへの膨らむ期待に反比例するように、しんと静まっていく。
そこに一筋の照明が、暗闇を縦に裂くように舞台に落ちる。まるで光の柱だ。
その光の先には、普段の制服姿の心が一人で立っている。
会場が一瞬どよめく。
出だしは心の歌から始まる。
この日の体育館はアイドルフェスのようなもので、一日中現役やOBのスクールアイドルグループが出演する。観客の多くは学校外からの人間で、二年生、三年生のアイドルグループをお目当てに来ている人が多い。
つまりほとんど誰も心を知らない。
そんなアウェーな中、歌の力だけで、聴衆の心を掴み、ねじ伏せることが求められた。猪島と対決した秋葉原以上の困難さがあった。
しかし心はそんなプレッシャーなど何も感じさせないように、軽やかにステップをしながらゆっくりと歌い出す。
とうとう魔法少女という名のアイドルになれることを喜ぶ歌だ。
歌は美沢先生が過去に歌っていた楽曲をアレンジして、歌詞を変えて今回使わせてもらった。
照明は闇を撹拌するように彼女を追いかける。
舞台は彼女を照らすスポットライトだけで背後は暗闇状態。派手な舞台演出もなく、曲もピアノの伴奏だけというシンプルさ。
だからこそ彼女の声は、一本の研ぎ澄まされた日本刀のような美しさで、体育館の広い空間を切り裂いていく。観客たちは想定外の演出に虚をつかれのか、手に持っていたサイリウムを持ち上げられず、ただ静かに舞台の心に釘付けになっている。
歌はクライマックスを迎え、心が舞台右端で決めのポーズをとったところでスポットライトが落ち、舞台は再び海苔のように黒く塗りつぶされる。
今度はステージ中央に三つの光線が落ちる。心が歌っている隙にフラワーパネルの三人がスタンバっていた。
衣装は赤と白に纏められたふりふりの衣装だ。三人が一斉にポーズをとると、大音量で彼女たちのデビュー曲が鳴り響く。ステージ上は数多のライトで明るく照らし出され、背後のスクリーンには彼女たちのアップの顔が写し出されている。
いわゆる普通のアイドルコンサートが始まり、オーディエンスも一気にヒートアップする。サイリウムが黄金の波のように揺れていく。
いつもは振っている側の僕だが、こうして舞台(舞台袖口からだが)から見ると何とも圧巻で幻想的な光だった。
フラワーパネルの曲のあとからは、ナレーションによる設定が語られ、本格的に芝居が始まっていく。このあたりから、観客もミュージカルのようなものらしいとわかってきたのか、椅子に座ってみる人も現れた。
芝居は順調に進みんでいく。演劇部扮する新米グループは、ライバルのフラワーパネルと魔法少女としてどちらが人気が出るか、互いに切磋琢磨する。いくつもの悪魔を倒し、実力派の魔法少女へと成長していくのをコメディタッチで描く。
笑い所ではしっかり受けていたし、誰もとちることもなく実に順調に進んでいた。
そして話はクライマックスシーンへと移っていく。
ちなみに僕も、心たちのグループのマネージャー兼プロデューサーとして出演している。
しかしプロデューサーとは仮の姿で、魔法少女を騙し、彼女たちのライブで魔力を集め続け、魔王復活を目論む黒幕である。ということが、劇中終盤で明かされていく。
ここからはずっと書けず、そしてギリギリで書き直したシーンである。
練習量も少ないし、なにより大人たちには秘密にしていた。
書き上げたその日のうちに演劇部員全員とアイドル部の三人を集め、修正した脚本を見せた。
修正した内容は普通に大人に提出すれば、NGをくらうと思っていたので、部員たちだけに見せて、こっそりとラストシーンだけを差し換えるようにお願いした。
ノロイちゃんの「仲間に頼る」というのをさっそく実践することにした。
正直難しいかと思っていたが、意外にも皆引き受けてくれた。これには感謝しかない。
なので通し稽古もしていない。ほとんどぶっつけ本番だ。
緊張で胃がきりきりとしてくる。そんな時はいつもノロイちゃんが、励ましてくれていたのだが、これからは自分でどうにかするしかない。
ステージには僕と心の二人だけ。照明は落とされ僕と心だけが光の柱の中にいた。
まず心がゆっくりと舞台中央へ歩いていく。光の柱もそれを追尾する。
「あの日養成所で、私には魔法少女の才能があるって誘ってくれたのは嘘だったんですか?プロデューサーさん!」
しんとした会場によく通る心の声が響く。張ったときの心の声はかなり大きい。
次は僕だ。
書き直した台詞を心に向かって吐き捨てるように吠える。
「ああ、その通りだ。いいか!俺はな!『僕だけは本当の君がわかっている』とか『君だけを守ってあげたい』とか都合のいいでっちあげを言い、自分のためだけに女を利用して、ぼろぼろになるまで貢がせ、その挙げ句には、使い古したおもちゃのようにポイ捨てするような、最低の、カラスさえ見向きもしないようなどこまでも腐った最低の男なんだよ!わかったか!!」
小虫を振り払うように大きく腕を振る。
舞台の芝居はテレビよりもずっと誇張することが多い。
「お前が必死にやっていたアイドルごっこはな、全部俺のため、魔王復活という俺の野望の為だ!お前は俺の野望のために使われていたに過ぎないんだよ!」
一語一句すべてが本心の僕の渾身の台詞だ。
心をスクールアイドルに仕立てあげたのは僕の嘘だった。
舞台袖にいた美沢先生が怪訝そうな顔をしているのが見える。
それはそうだろう。ここから先の変更した台本は、美沢先生にも伝えてないのだ。舞台袖がざわついているのを感じるが、今はだれも舞台を止めることはできない。
僕の激白に心も感情を精一杯昂らせて答える。
「どうしてそんなことを」
「簡単だ。世界をめちゃめちゃにしたかっただけだ」
「プロデューサーさん、あなたが私や他の仲間を励まし、共に悩み、共に頑張ってきたのも全部嘘だったっていんですか?憧れのフラワーパネルと共演できると決まった時、一緒に喜んでくれたのも嘘だったて言うんですか?」
「そうだ!」
僕は客席のほうを向きあらんかぎりの大声をだす。そんな僕の背中から心が、僕に負けないような大声を出す。
「嘘です!私にはわかる。あなたは自分の気持ちに嘘をついてる!自分を欺いてる!」
「俺は自己欺瞞などしていない!」
「アイドルとプロデューサーは二人三脚だって言っていたじゃないですか。辛い時には僕が支えるよって。でも本当に二人三脚なら、プロデューサーさんが苦しいときには、私が支えてあげたい。
過去に大事に育てた魔法少女が、魔物との戦いで命を落としたことをひきずってるんですね」
「し、知らん」
「体だけじゃない、心も傷つくと痛いよね。ズキッとくるよね。だから本心から目を背けて、そうやって本当の自分自身を殻に閉じ込めちゃう。でも……もうそれはやめよう!お芝居はもうたくさん!お願い!役のあなたじゃなくて、本当の、本物の君の声を聞かせて!ありのままの君をみせて!」
僕は少し溜めた後、反省するような口調で語りだした。
「………俺は、ずっと一人だった。一人でいるのが辛くて、それで俺が変わるんじゃなくて、世界を変えようとしてしまった。アイドルを、魔法少女を俺の道具にしてしまった。でも、君の健気な姿を見ていて、俺は自分の過ちに気がつけた。まだ間に合うだろうか?。俺はまだ変われるだろうか?」
普通のドラマであったら簡単に説得されすぎだが、ある程度強引な展開がゆるされるのが舞台だ。特にミュージカルは複雑な心境の変化を、歌の持つ力で強引にまとめられる。
「変われるよ!変わっていいんだよ。というか変わってしまうんだよ。永遠なんてないように、私たちはもう前と同じ関係には戻れない。でもまた一から始めましょう。きちんとお互いが自分の気持ちに嘘をつかず、やり直しましょう!今から!ここから!
どんなことでも遅すぎることなんてないんだよ!!」
心が優しくも厳しい母親のように説得する。僕は心の方に向き直すと、
「わかった。魔王復活は諦めよう。すまなかった。俺はここから去るが、君には才能がある。魔法少女を続けるんだ……今度は嘘じゃない」
「プロデューサーさん!どこへ行くんですか!?」
「ひとつお願いがあるんだ……………………もし、再び君の前に姿を表すことが出来たら、その時は魔法少女なんてやめて、俺の俺の本当の家族になってくれ!」
芝居上の台詞だがずっと言いたかったことを言うことができた。同じようなことをずっと言ってきたが、もう嘘ではない。
今度こそ本当のことだった。
僕がずっと欲しかったもの。それは本物の家族だった。
紗更さんへの憧れは淡い初恋であったと、ノロイちゃんの本当の素顔をみてわかった。僕はただ家族が欲しかったのだ。
これは心への僕からの愛の告白とか、プロポーズとは少し違う。
むしろこれまでのプロポーズは取り下げてもらった。
これから改めて二人で関係を築いた先に、正式にプロポーズをする日がくるかもしれないし、来ないかもしれない。
心だって今は僕のことを好きだと言ってくれているが、もっと素敵な人が現れる可能性はいくらでもある。
なにより心がこれから先もアイドルとして生きていくなら、しばらくは恋愛は我慢だろうし。
それでも仲間に無理を言って筋書きを変更したのは、舞台上で僕の気持ちを伝えたかったからだ。
ただ、それだけではない。
紗更さんの時とは違い、台本渡して一緒に何度も練習しているのだ。
はっきり言ってわざわざ舞台上でやる必要はない。それをあえて舞台の上で、やるのは見て欲しかったからだ。
ここまでこんな恩知らずの僕を育ててくれた、尊敬すべき義父母に。
そしてダメで、ゲスで、クズで、でも愛すべきもう一人の僕の家族、ノロイちゃんに見て欲しかったからだ。舞台を直接見ることはできなくても、ネットに動画をアップすることができれば、どこかで見れるかもしれないから。
僕なりの答えを、どこかにいる母親に見て欲しかった。
僕はちらりと観客席の特に関係者席のほうを見た。義父母は今のやりとりをみてどう思っただろうか。 その時目の端に一人の女性の姿が目に留まった。
「ノロイ……ちゃん」
思わず声がこぼれる。
ノロイちゃんの面影を残したその女性は、車椅子に座り泣きそうな顔でこちらをみている。
「来てくれんだ……」
芝居の途中だというのに、一瞬固まってしまう。
すぐに我に帰り、心のほうをしっかり向き直す。今の芝居を僕からのメッセージだと伝わっただろうか。いや伝わったはずだ。
そう思った次の瞬間、突然目から涙が溢れてきた。
「もちろんです!」
心の気迫のこもった芝居は、自分の嗚咽でよく聞き取れない。心は僕が泣いているのをどう思っているのだろうか。演技だと思っているだろうか。
ここで、舞台両端から演劇部とアイドル部の女子たちが出てくる。
舞台中央に躍り出た猪島がマイクパフォマーンスをする。
「愛は奇跡を起こす!やっぱり最後はラブですよね!さあここでラストの曲いきますよー!みなさんも一緒に盛り上がりましょう!曲は私たちの大先輩だった曲で、Sing The Springtime Of Life!ミュージックお願いします!」
なにせ途中から大人たちの知らない展開に突入してしまったので、ここで無理矢理もとの脚本に戻す必要があり、猪島がそれを請け負ってくれた。
猪島がここで予定通りの曲をかけるよう、できるだけ自然にスタッフに呼び掛けることで流れはちゃんと元に戻った。
客たちは強引な脚本にちょっとおいてけぼりだったが、まあ最後は愛だろ、愛!ってことで納得したのか、もともとどうでもいいのか、ラストの曲にあわせて掛け声をあげて盛り上がっている。
僕は最後にもう一度車椅子の女性を見る。彼女も僕のほうを見ている。よくみれば彼女の横には、寄り添うように見知らぬ男性が座っている。あれが彼女の今の夫だろうか。僕は後ろ髪をひかれる思いで、ゆっくりと舞台袖に戻っていく。
そこには美沢先生が険しい表情で待っていた。
「舞台の私物化とは畏れいったわ。どういうことか説明してもらおうかしら」
美沢先生はそれほど怒っている様子ではなかったが、それでも目は笑っていない。
「すみませんでした。どうしてもあの脚本にしたかったんです。でもアイドルが男と結ばれる脚本ではOKでないだろうと思い、勝手に行動しました。心や他メンバーにも協力を仰ぎましたが、彼女たちに責はありません。僕一人の勝手な行動です。処罰は僕だけでお願いします」
僕は深々と頭を下げた。
「理由はわかった。処罰は追って考える。せめて私だけでも相談してほしかったが、仕方がないか……今は舞台のラストを見ておくとしようか」
もういい、とばかりに僕の肩を叩き、二人で並んで舞台をみることにした。暗い舞台袖から見ると、舞台中央の心、マロン、蜜葉さん、芽理沙さん、藻乃、鹿野、蝶林は文字通り光輝いて見えた。
「しかし、心はともかく、よくマロンたちが協力してくれたな。あんなの公衆の面前で、お前が心に告白したようなもんだろ?」
美沢先生が舞台を眺めつつ、横にいる僕に話しかけてきた。他スタッフは次のグループの準備で走り回り、周囲には誰もいなくなっていた。
「う~ん、そういうんじゃないんですけどね。告白というか決意表明のようなものというか」
「本当かよ」
「ちなみにマロンは二号でいいわぁ、と怖いこといってました」
僕はこの脚本で行きたいと伝えたときのマロンを思い出した。少し悲しそうであった。
「それは怖い。私はもう二号なんて懲り懲りだけどな」
美沢先生は教頭との不倫の事を言っているのだろう。
「お前、教頭に私の事を怒ってくれたんだってな。ありがとうな」
僕の狼藉を教頭から伝え聞いているのだろう。改めて考えると僕の行動は酷いものだ。
批難されこそあれ、感謝だなんてとんでもないことだ。
「すみませんでした。憶測で勝手なことを……」
「いいさ。本当の事だからな。教育者として恥ずかしいところばかりを見せてしまうな。私も教頭も」
「いえ、ありがたいです。無菌室のような大人を見せることが、必ずしも教育じゃないって、ある人から教わりました。
その人にはダメなところいっぱいで、大人の癖に幼稚で、とてもゲスな人でしたが、言葉にできないほどに感謝しています。曲がりそうだった僕の心を、その人が直してくれていたと今は思います」
いなくなってまだ一週間だが、遠い昔のことのようにノロイちゃんの事をしみじみと思い出す。
「随分大人な台詞だな。年の差はあるが、今ならお前に口説かれてもいいと思う。どうだ、改めてもう一度デートでもするか?」
冗談ぽくイヒヒと僕に向かって笑いかける。どこまで本気なんだろうか、この人は。不倫をやめたなら、早く幸せな結婚をして欲しいものだ。
「マロン以外にも、お前に好意を寄せてる女子は他にもいそうだったけどな。案外、猪島とかお前に惚れてるんじゃねえか?しょっちゅうお前のほうを見てたぞ」
美沢先生はさらにニヤニヤしながら小突いてくる。僕はばつが悪そうに言った。
「そうですかね。でもそうだとしても、僕は女子を食い物にする最低の人間ですからね。みんなのそんな感情も利用したのかも」
「やれやれ卑屈だね。そこはもっと仲間ですからって偽善的にでも言っとけ」
美沢先生が強く肘で僕の腕を叩く。
「いてて、そうですね。美沢先生に内緒で、準備を進めているうちに、チームワークが深まった気がします。皮肉なもんですが」
僕は最後の一週間を思い出して言った。変な感じだが、あそこでばらばらだった二つのチームがひとつのチームにまとまった気がしたのだ。
「確かに最後の方はみんな仲良くなってたよな。んでこれが終わったらお前や演劇部はどうするんだ?アイドル部続けるのか?それとも演劇部に戻るのか?」
「さあどうなるんでしょうか。僕は演劇部に戻りたいと思っているんですが……」
「そうなると教頭先生が辞めないよう妨害工作してくるかもな。以前とは真逆だが……あの人も勝手だからな」
「その時はなるようになるといいますか」
「適当だな」
美沢先生は昔を懐かしむように、眩しそうに舞台上のアイドルたちを見ている。
「無責任は若者の特権です。それに……」
それに……の後を僕は黙ってしまった。
「僕らの青春の幕はまだ上がったばかりですから」なんてやっぱり恥ずかしい。
そう未来はまだ誰にもわからない。
だから今この瞬間の輝きを胸に刻みつけるのだ。
終劇
やっと完結できました。
ここまで読んでくださった方、本当に本当にありがとうございました。
表現や言い回しなど色々拙い作品でしたが、改めて振り返ると自分の内面をさらけ出したような
とても大事な作品に仕上がりました。
元々は○○大賞のような出版社への投稿作品でしたが、
ご存知の方も多いと思いますが、ページ数にかなりの制限があり、
エピソードの大量カット、場面のダイジェスト化のオンパレードとなってしまい、
満足のいくものに出来ませんでした。
ですので今回大幅に加筆・修正して、満足のいく形に出来たこと、
また審査員しか読まれる予定のなかった作品が、
こうして多くの他の人の目に留まれるようになったこと、どちらも作者冥利につきます。
自分の中でキャラクターたちも固まり、この後もキャッキャウフフと続けていくことは出来ますし、
薫風と心の関係をしっかり妄想したかったりもしますが、
蛇足にもなりかねないと思うので、一旦ここで締めさせていただきます。
ご意見ご感想などありましたら頂けると嬉しいです。
また違う作品でもお会いできることがあれば幸いです。




