スクールアクトレスに私はなる!!
第三幕 自室
オーディンションから三日後、自宅にて不合格通知のメールを受け取った心は、声のかけようもないくらいに落ち込んでいた。
先ほどから制服姿のまま僕の部屋のローテーブルに突っ伏しており、部屋全体がお通夜のような空気である。
「元気出せよ。アイドル部に落ちたのは残念だけど、心の歌唱力ならアイドルじゃなくて、スクールディーヴァというか、アーティスト方面に路線を切り換えるってのもありだろ?むしろアイドルにはすごい歌唱力ってあんまり求められてないと……」
とりあえず慰めようとするが、心は強い口調でそれを遮った。
「だめなの!……アイドルじゃなきゃ……だめなのよ……」
突っ伏したまま答える心。最後の方は消え入りそうなか細い声だ。
「何かアイドルじゃなきゃダメな理由があるのか?」
「それは………」
心はどう言えばいいのかしばらく悩んでいた。
「だってうちの学校には軽音部ないじゃん……」
それが心の本心ではなさそうだったが、軽音部がないのは確かだった。水鳥谷学園は軽音部の他にダンス部も禁止されていた。これらの部活を希望する人は、アイドル部のバックダンサーやバックバンドになるよう指定されており、我が校は病的なまでにアイドル部を過保護に扱っていた。
「改めて聞くけど薫風はなんでそんなにアイドルが好きなの?」
「う~ん、なんだろう」
ノロイちゃんの呪い効果だからとは言えない。ただ例え呪い効果であったとしても、自分が感じる一番の魅力というのは確かに歌やダンスではない。
「なんか幸せをもらえるって感じ……かな。一生懸命目標に走っているひたむきな姿とかを見ていると、僕も少しだけ幸せになれるっていうのかな。歌やダンスっていうのはそれを分かりやすく商品にしてるだけで」
「一生懸命な姿っていうけど、世の中の大半の人は一生懸命生きてるよ。うちのパパも多くのパパも一生懸命仕事してるよ」
まったくだ。ありがとう。世の中のお父さんありがとう。
「つまり一生懸命だけじゃダメなんだろうな。大事なのは憧れということか。みんなから注目される憧れの存在。みんなの視線を集める輝いている存在。そんな存在が一生懸命なのがいいんだ」
「つまり学校中から注目を集めるくらい輝いてて、一生懸命努力してる存在がスクールアイドルということだよね?」
「……まあそういう結論になるな」
「よし決まった!私はアイドル部とは違うやり方でスクールアイドルになってみせる!」
「でも軽音部はこの学校じゃアイドル部のバックコーラス扱いで……」
「軽音部でもダンス部でもない、ステージに上がる部があとひとつだけある!」
心は人差し指を立てる。何だろうか?すぐには思いつかない。
「わからない?答えは演劇部よ!」
演劇部は確かに名指しで禁止されていない。しかし存在もしていない。つまり創設するってことか?
「わたしと薫風で演劇部をたちあげるの!スクールアクトレスに私はなる!」
片足をサイドテーブルにかけ、天を穿つように拳をつきあげる。
「そんな足あげるとパンツ見えるぞ」
「見た?」
慌てて足を下ろす心。少し赤面している。
「いや、ぎりぎり見えなかったけど。それより僕も演劇部やるのかよ~。高校入ったらバイト頑張ろうと思ってたんだが」
「それってどうせアイドルを追っかける軍資金目当てでしょ!求婚するほど大事な妹と赤の他人のアイドルとどっちが大事なの?」
「いやもちろんそれは心だよ。でもさあ」
渋る僕に心から物凄い提案があった。
「わかった。ただで手伝ってとは言わないよ。お礼に私のパンツを見せてあげる!どう?」
なんだかドヤ顔である。パンツというのは、もっとこう乙女の恥じらいとセットなことに価値があると思うのだが。
「白いのは今さっき見たからいいよ」
見たことがムカついたのか、あまり興味を示さなかったことにプライドが傷ついたのか、心の無言の正拳突きが僕の胸元に飛んでくる。僕はそれを手で軽く受け止める。
「やっぱ見てたじゃないか!はい決まった!女子高生のパンツを覗き見する性犯罪者は、その罰で演劇部に入部決定で~す」
「わ、わざと見たわけじゃ……」
「すまないと思っているなら、ちょっとそこの床に仰向けに寝っ転がりなさい」
「なんでだよ……わかったわかった。正拳の構えをするなよ。よっと、これでいいの?」
わけがわからないまま床に仰向けになる。このまま踏まれるのだろうか。ちょっと頭をずらすだけでパンツも見えそうだが。
「薫風の顔の上を一回だけ跨って歩いてあげるよ。パンツちらっと見えるでしょ。入部してくれるお礼だよ」
「はあ?ふざけ……」
「おっと、もう遅い」
僕が色々言いかけたのを塞ぐように、心が僕の顔の上を歩き出した。そして僕の顔を跨がっているところで止まってしまう。心の両足の間に僕の顔がある状態というか、僕の顔の上で仁王立ちしているというか、つまり僕の目の前にはスカートの中だけしか見えない状態だ。
「…………早く歩けよ。なんで止まってるんだよ」
ドギマギしながらも、とりあえず自分を大事にしなさい的に紳士らしく振る舞う僕。
「いやあ、よく見えるかなあと思って。実は白じゃなくて薄いグレーなんだよって分かるかなあと」
本当ならば超ローアングルから見る女子高生のスカートの中なんて、この世の絶景のはずだが残念なことになかなか世の中は甘くない。開いた心の股からノロイちゃんを顔をだしているのだ。ノロイちゃんはあっかんべーの顔をしている。
「残念だけど見せてあげませ~ん」
股から顔、猟奇的というか悪夢のようなホラーな絵が目の前に広がっていた。パンツの形状などを数ページにわたって克明に描写したかったのだが、これではグレーか白なのかどうかもわからない。しかし心がこんな風にエロ方面でお願いするようになるとは思わなかった。僕以外にこんな取引なんてしないだろうが、少し心配になる。
「こんな風に青年の心を弄んでると、いつか痛い目見るぞ」
「薫風じゃなきゃこんなことしないよ」
「なあ心、僕とつきあってくれないか?僕は本気だ。君を誰よりも大事にするよ」
「どんな素敵な台詞も、パンツを見上ながら言われたら台無しなんだってことが今日はっきりわかったわ。……それに女優にはスキャンダルは御法度だから。彼氏作れないよ。だからごめんね。これで許してよ。そして私に協力して」
気丈な台詞だが、恥ずかしさからか声が震えている。両足もよく見たら震えている。見えないけど顔も真っ赤だろう。
「ずりい奴。蛇の生殺しってこういうことだよ。わかったいいよ。入部するよ。心の為なら僕はなんだってするよ」
「ありがとう。絶対絶対スクールアクトレスに私はなる!見てて!私は演劇部のスターになって、今年のスクール主演女優賞他、数々のスクールアカデミー賞を総なめにしてみせるから!」
「うちの高校でも、そんなもんさすがにねーよ」
僕はパンツに突っ込んだ。むろん性的な意味ではなく。




