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放課後は嘘と女優とアイドルで

 第三十七幕 自室


全力疾走のような夏休みを終え、あっという間に九月に入った。

 毎日行っていた放課後コントも休まざるを得ない日が増えた。女優陣がミュージカルの練習で忙殺されているのもあるし、僕が新作を書けなくなったからでもある。脚本のほとんどは夏休みに書き上げているのだが、ラストの部分で筆が止まっていた。なかなか最後がかけないまま、時は加速するように九月も瞬間最大風速で過ぎていく。

 文化祭まで明日であと一週間というところに来ても、僕は脚本の本当のラスト部分、最後の台詞が決まっていなかった。一応これでいいか、という台詞は書き上げてはいるのだが納得はいっていない。美沢先生からは一応明日までは待つとは言われているが、そこを過ぎれば今ので決定稿になる。

 どうにかしたいが、ミュージカルには僕も出演するため、放課後の練習などでなかなか脚本に集中できないでいた。

 その問題のシーンというのは、ラストシーン、心が演じる主人公である新米アイドルと、彼女をこれまで育ててきたプロデューサーとの訣別シーンである。このプロデューサーというのが、魔法少女たちを集め魔王復活を目論むという黒幕で、その正体を明かす劇中でも貴重なシリアスシーンでもある。

 このプロデューサー役を僕が担当するのだが(男は僕くらいしかいないので)、彼の台詞に悩んでいた。

 あくまで芝居の上でだが、僕と心の訣別のシーンなのだ。

 新米アイドルと彼女を育てたプロデューサー。芽理沙さんではないが、どうしても自分と重ねてしまうところがあった。だから余計に悩んでいるのかもしれない。

 結局、主人公の愛を語る説得によって、このプロデューサーは改心し魔王復活を諦める。その後新米アイドルの前から姿を消してしまい、最後はみんなでよかったねと歌いだす、という流れなのだが、自分で書いておいてなんだが、この男の真意を掴め切れないでいた。

 何でヒロインの説得で彼は悪役を降りるのだろうか。今のままではただの劇の都合でしかない気がしていて、何を言っても嘘臭くなってしまうのだ。


「このプロデューサーはヒロインをどう思ってるんだろうな」


 僕が一人呟くと大抵ノロイちゃんが、


「好きなんじゃない?愛でしょ、愛」


 と適当な助言をしてくれるのだった。それで正解な気もするし、それだけでは物足りない気もした。

最近は暇があればこのことばかり考えてしまうのだが、答えはいっこうに出ないままでいた。

 通しの練習を終え家に帰宅したのは夜の十時過ぎだった。

 帰宅の遅い二人を、両親はずいぶん心配もしてくれているが、反面来週に迫るミュージカルをとても楽しみにしてくれていた。

 心は「こなくていいよ!」と言っていたが、僕がこっそり特等席の関係者チケットを渡しているので、来週はきっと家族で見に来てくれるだろう。秋葉原での一件で話題になったからか、チケットは全席ソールドアウト。嬉しいことだがプレッシャーも大きい。

 遅い夕飯と風呂などを済ませ、無駄とは思いつつも机に向かう。朝までに少しでも納得のいく台詞が書きたい一心だ。ただどれだけ頭を捻っても砂漠に落とした水のように、アイデアは脳のどこにも見つからない。時計の針が一時をまわったときに扉をノックする音が聞こえた。振り向くと心がそっとドアを開けて入ってきた。


「まだ書いてるの?」

「ああ、でも駄目だ。スランプってやつなのかな。これまでわりと何でもすらすらと書けたんだけど、何かが壊れてしまったのかな……何も出てこないんだ。心は寝ないのか?」

「うん。あと一週間なんだって思ったら緊張しちゃって……あんだけ練習してるのに、まだまだ全然できてないでしょ。最近、夜寝るのが怖くてさ……ねえ、ちょっとお話しない?」

「ああ、いいよ。気分転換は必要だしな」


 僕はノートパソコンのキーボードから手を離し、ベッドに腰かける。心も横に座り、両の掌を僕に見せる。手は小刻みに震えていた。


「見て、なんかさっきから緊張して手が震えるの。どうしたんだろう。最初のコントも食堂でのお芝居も、これまではこんなに緊張しなかったのに……」


 心はひきつった笑いを見せる。


「それだけ練習を積んできたってことさ。練習したからこそ失敗できないって思う。でも練習は絶対嘘をつかない。本番になれば頭で考えなくても体が勝手に動いてくれる。心配することはないさ」


 僕は少しでも安心できるよう心の手をそっと握ってやった。


「そう……だよね。少しだけホッとした」


 心は何かを言おうとしたがうつむいてしまう。しばらく沈黙が続き次に衝撃的なことを口にした。


「ねえ今日は一緒に添い寝していい?」

「え?いやさすがにまずくないか。両親が見たら……」

「ちゃんと自分達で起きれば平気だよ。それにママなら見つけても多分何も言わないよ」


 心はぐいぐいと迫ってくる。これを言いたくて部屋に来たんだろうか。


「まあ、心がいいならいいけど……」

「嫌なの?」


 いじけたようなジト目でこちらを睨む。


「え?嫌じゃないよ。全然。むしろ嬉しいことだろう」

「じゃあ早速寝よう」


 有無をいわせぬ感じで、心は立ち上がって部屋の電気を消した。そしてあっというまに僕の布団にもぐりこんだ。

 ノロイちゃんはこの状況を楽しんでいるのか、興奮気味に、


「最近こういうのが多いねえ。若いってうらやましい!それで今回はどういう心境ですか?とうとう童貞卒業ですか?据え膳食わぬは男の恥って言うしねえ」


 と焚き付けるようにふわふわと飛んでいる。くそ、うるさいな。僕にどうしろっていうんだ。とりあえず今回は、ノロイちゃんが何らかの助けをしてくれるということはなさそうだ。


「なんか薫風の臭いがする」


 心が子犬みたいに布団や枕の匂いを嗅ぐ。ちょっとマロンみたいだなと思ったが今は言わないでおこう。


「え?そうなの?自分じゃわからないな」


 僕も諦めてノートPCの電源を落とすと、極めて何でもない素振りでベッドにそっと入った。物凄く緊張はしていたが、猪島との一見があったので少しだけ耐性がついたような気がする。

 部屋の電気を消して、ベッドにそっと潜り込む。

 一人用のシングルベッドに大人二人はかなり狭く、心に触れないようにするとかなり窮屈だった。少しでも空間を稼ぐために心に背を向けるよう横向きの姿勢になる。

暗い部屋にわずかに布が擦れる音だけになると、


「ねえ?」


 と、背中越しに心が小声で話しかけてきた。どうやらこのまま寝るつもりはないらしい。

 今日の心は何か思うところがあるのだろうか。緊張してまったく眠くなかったが、できるだけ眠そうに返事をする。


「何?」

「何で背中向けてるの?」


 拗ねたように心が僕の背中の服を指でつまんだ。


「え?いやそっち向いたら緊張するし……」

「やっぱり私と寝るのが嫌なの?」

「そんなこと……もちろん嫌じゃないって……」


 僕は慌てて百八十度反転し、心の方を向く。心はすでにこちら向きなので、お互いの顔がものすごく近い距離にあった。正直この状況で何も起きなかったら嘘である。


「ねえ……」


 心が甘く囁く。僕はこの急展開についていけずどうでもいい提案をする。


「な、なあ……本当に早く寝ないとまずくないか?」


そんな僕の台詞は無視して心は続ける。


「猪島さんと秋葉原で対決した時さ……」

「ああ、もうずいぶん昔に感じるな。それがどうした?」

「どうして彼女の方に行ったの?」


 これまでの流れとはまったく違う質問に軽く驚くが、彼女の真剣な目が冗談ではないと告げていた。


「あの場面で私を応援しないで何で彼女の方にいったの?」


 なるほど、そういうことか。あの日からずっとこの質問をしたかったに違いない。これについては本当に申し訳ないと思っている。でも心が聞きたいのは僕の謝罪ではない。何故帰ってこなかった?ということだろう。

 どうやらこれから地雷原を渡る必要があるようだ。慎重に歩を進めなければならない。


「いや、彼女の追い上げが気になってさ……どんなパフォーマンスをしているのか知りたくて……」

「私よりも気になったんだ……」


 心にとっての大一番の勝負の時、心にしてみればしっかり応援していて欲しかったと思うのは当然のことだった。


「いや、悪い……そんなに気にしてたのか……気になったというだけで深い意味はないんだよ……」

「薫風ってさ……ずっと思ってるんだけどさ……」


 心の声がか細くなっていくのが、話はより核心に近づいていくことを教えてくれる。


「な、なに?」

「本当に私の事……好き……なのかな?」


 言葉は途切れ途切れになり、絞り出すように声を出す心。

ごくりと唾をのみ込む。これまで猪島から、芽理沙さんから指摘された通りのことを、とうとう本人の口から疑問をぶつけられた。


「何を今さら……僕の気持ちは昔からちゃんと伝えてきただろう……もちろん好きだよ」


 僕の言葉は全てが上滑りするように心には届かない。


「私は薫風が好きだよ。兄妹としてじゃない、男と女として、薫風が好きだよ。薫風の近くにいて好きにならない女の子なんていないよ。マロンはもちろん、芽理沙さんだって、男の中では薫風が一番好きなはずだよ。あの猪島さんだって惹かれてるのがわかるよ」


 猪島の件は心の勘違いだと思うが。


「だからまだ小学生だったけど、初めて薫風から結婚してと言われたときは嬉しかった」

「じゃあどうして……これまで断ってきたのさ。血の繋がりはなくてもやっぱり兄弟だから?」


 僕の疑問に、心は首を振った。


「でもそうやって昔から好きだとか、付き合ってといわれてきたけどさ……本当にそうなのか、私……自信がもてなくてさ……薫風は嘘ついてるんじゃないかと思ってさ」

「嘘?」

「私、誰かの身代わりなんかじゃないかなって……ずっと思ってた……私は愛されたい。誰よりも私を愛してくれる人と付き合いたいし……結婚したいの」


 僕は何も答えられない。僕の言葉は、今も昔も信用に値しないと看破されてきたのだ。


「だから本当に薫風に振り向いてもらいたくて……アイドルになれば薫風は私を見てくれると思ったから、私頑張ってスクールアイドルになろうとしたんだよ……」


 猪島の言う通りだった。


「でもスクールアイドルになるのが、夜も寝れないくらい緊張したり、トイレで吐きそうになったり、こんなに苦しくて怖くて恐ろしいものだなんて知らなかった……もういやだよ……怖いよ……こんなに苦しいスクールアイドルになっても、薫風はやっぱり私を真剣には見てくれないんだって思ったら……もうどうしていいかわかんないよ……」


 これまで溜めてきた鬱憤が溢れ出してきたのか、涙と一緒に心の言葉は止まらない。


「何言ってるんだよ。僕は心が好きで、心のためにこれまで頑張ってきたんじゃないか……」

「ぐす……本当にそうなの?」


 彼女は僕を疑りの目で見つめる。


「ああ、本当だよ」

「じゃあ、キスしよう」


 論より証拠。実践してみろということか。僕は迷うことなく心の唇を自分の唇で塞ぐ。強く、彼女を傷つけるように。

 口の中に違和感があった。彼女の舌が口内に入ってきたのだ。複雑な生き物の動きが快感と嫌悪感の両方を覚えさせる。しばらくお互いの粘膜を干渉させたあと、心の方から顔をそらした。


「ごめん、緊張しすぎてわけわかんないこと言っちゃって……」


 今のキスのことには触れず、先程の話に戻るようだ。いや更に本当の核心部分に進むのだった。


「私……身代わりじゃないんだよね?」

「………?ああ」


 心が何を言っているのか良くわからなかった。身代わり?誰を?誰と?

 心を好きになることは誰かへの身代わりってこと?芽理沙さんもそんなことを言ってたような。心はそれをずっと危惧してたってことか……一体、誰の?

 ノロイちゃん?


「本当だよね?私ママの代わりじゃないんだよね?」

「え?」


 頭をハンマーで殴られたような衝撃だった。

――何故バレてる?

 いやいやいやバレてるっておかしいだろう。そんなことも考えてない。

――いつからバレてた?

 違う!バレるとかそんなことは一度も考えたことが……いや、そうなのか。本当はそうなのか?一体どういうことだ。どうして……わからない。自分がわからない。

 思考が突然まとまらず大声をあげたくなる。助けを求めるように、心から顔をそらしノロイちゃんを見上げる。ノロイちゃんはとても悲しそうな、それでいて慈しむような、 人類の呪いを表すようなそんな顔で僕を見つめている。

 その顔は心の言葉が真実だと告げているようだった。


「薫風がアイドルが好きなのも、私をアイドルにしようとしてるのも、ママがスクールアイドルやってたからじゃないよね?」


 そんな僕の心境を知らない心はさらに畳み掛ける。ほとんど何も聞こえていない状態だったが辛うじて


「ああ」とだけ返答した。「あ」ぐらいしか言えないだけなのだが。

「ならいいんだ。ごめんね。夜中に変なこと言って」


心は僕から離れるとベッドから立ち上がった。部屋を出ていくようだった。ドアノブに手をかけ背中で話しかけてきた。


「でもずっと言いたいことが言えてスッキリした。おやすみなさい。文化祭が終わったらきちんと交際を申し込んで欲しい。そうしたら私ちゃんと受けるから……」


 言いたいことだけ言うと心は部屋から出ていった。

 僕はベッドに腰かけてしばらく呆然としていた。ほんの少し前のキスによる余韻はまったくなく、ただただ動けずにいた。

 揺れた水面がゆっくりと戻るように、僕の気持ちも落ち着きを取り戻すにつれて、僕は全てを思い出していった。



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