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逆襲の薫風

第三十一幕 下駄箱


暴行からの翌日は、体が高熱を発しているように熱く、昨日よりもむしろ体を動かすことが困難に感じた。両親には風邪をひいたとごまかし、部活も学校も休むことにした。

寝ている間も復讐のプランを頭の中で考える。


「こんな手段に出たことを絶対に後悔させてやる」


勝負はまだ終わっていない。体は動かないが頭は幸いにもまわってくれる。

僕は決意だけをよろよろとパソコンに向かう。これから写真とは別のもう一つの武器を作成するのだ。

不慣れな資料作りに没頭していると、時間はあっという間に過ぎていった。


二日後、まだまだ全身の痛みはひどいが、この痛みがこれからの交渉のやる気を起こさせた。

まずは蝶林だ。

僕は早朝から学校の下駄箱で蝶林を待ち伏せていた。夏休み中のレッスンの日を鹿野から聞いていたので蝶林が来るのは分かっていた。彼女の靴箱の前に僕が立っていることに気づいた蝶林は、最初は警戒するような顔をしていたが、虚勢か余裕か平然とした表情で僕に近づいてきた。


「それで……鏑木?だっけ兜割りだっけ?何か用?ストーカー行為は警察呼ぶけど。私に何か用?」

「実は蝶林さんに是非見て欲しいものがあってさ」


僕は手にしていた写真を手渡す。それを見た蝶林は一瞬で顔を青ざめさせた。

そこには例の暴漢三人組と蝶林が写っている。しかも彼女は喫煙している。未成年のしかも十六歳の喫煙。これはアイドルとして恋人発覚と同じくらい致命的なスキャンダルだ。下手したら恋愛よりもダメージが大きい場合もあるくらいだ。


「いつのまに……どうやって……近くに人は……」


蝶林の質問には答えずさっさと用件だけを切り出す。


「これを公表してほしくなかったら、二度と僕たちに手は出すな。蹴られた分の恨みは今回は忘れてやってもいい。僕からの要望はそれだけだ。いいな」


僕は言いたいことだけ言うと、固まっている蝶林を置いて校内に戻ることにした。


「ねえねえ、あんなんでいいの?あれを公表してやれば、あいつを退部にだって追いこめると思うよ」


ノロイちゃんが不思議そうに聞いてくる。


「あいつにはあれだけでいいさ。下手に退部なんて追いこんだら、逆ギレして更なる暴力行為に及ぶかもしれないしな。アイドル部に在籍してないと喫煙の写真なんて脅し文句にならないからな」

「ふ~ん、まあそっか。でも薫風だけが一方的に殴られてかわいそう~」

「それは蝶林の代わりに、別の人で仕返しさせてもらうさ。責任者って言うのは責任をとるためにいるんだしな」


僕はそのままの勢いで教頭室を目指す。夏休みであってもレッスンのある日には教頭も顔を出すらしい。彼なりにアイドル部をプロデュースすることには、全力を傾けているんだろう。

人生で初めて教頭室の扉をノックした。教室のようなスライド式の扉ではなく木製の開き扉だ。どうぞと中から声がする。


「きさま……教頭室に押しかけてきて、何のつもりだ」


扉をあけ僕の顔が見えると教頭は露骨に敵意を剥き出してきた。一応僕もこの学校の生徒なのだが……

他に人がいないことを確認すると扉を閉め近づいていく。教頭も身構える。生徒からの直接的な暴力行為を警戒しているのだろう。


「出ていきたまえ。人を呼ぶぞ」

「実は先生にこれを見ていただきたくて」


あくまで丁寧に、さきほど蝶林に見せたのと同じ写真が入った便箋をわたす。写真を見た教頭の顔が曇る。しかし何でもないような姿勢をすぐにとる。


「これがどうした?」

「蝶林の喫煙写真をライバル校に渡して欲しくはないですよね?蝶林の人気墜落だけではなく、アイドル部全体への致命的ダメージになりかねない」


ここで一呼吸おき、たっぷりと間を持たせて言った。


「そこでひとつ僕と取り引きしませんか?」

「バカバカしい、ふざけるのもいい加減にしろ!」


教頭は声を荒げ机を叩いた。


「お前がやろうとしていることがどんなことかわかっているのか。お前の行為はこの学校を潰そうとしている。十五年前、少子化で我が校は毎年定員割れ。廃校寸前だったんだ。それがアイドル部の成功によって経営を安定させることができた。アイドル部が潰れれば我が校も潰れるんだ。だからいい加減にしろ!」

「そのアイドル部の創設者にして、功労者である美沢先生を追い出しておいてよく言いますね」

「彼女が自ら辞めたいと言ったのだ。追い出したわけじゃない!」

「まあ、そこは水掛け論になりそうだからやめましょう。僕も学校の経営を悪くしたいわけじゃないんです。むしろ逆です。僕もスクールアイドルの熱烈なファンの一人です。アイドル部を盛り上げたい。指摘されるまでもないでしょうが、ライバル校の台頭でうちのアイドル部は低迷している。今のままではじり貧。特に今年のフラワーパネルは圧倒的に不人気だ」

「何が言いたい?」


彼は僕への憎しみを隠さず睨む。アイドル部の不振を突かれ、相当頭に来たようだ。


「演劇部をアイドル部の資金力でプロデュースして欲しいんです。そうすればこの写真は公表されることはない」

「恐喝を背景にした要求など論外だ」


先日、権力を傘に生徒を恫喝してきた教頭の言葉は、さすがに含蓄があるなあ。こういう切り換えがナチュラルにできるのが大人って感じだ。


「この写真は僕の話を聞いてもらうための手段にすぎません。あくまで儲け話を提案しているんです。悪い話じゃないはずです。これを見て下さい」


僕は手にしていた鞄から資料を取り出した。今日の為に必死で作ったプレゼン資料だ。

そこには演劇部が、ネット界隈で話題になっていることを示すデータが乗っていた。

さらにタブレット端末をだしいくつかのサイトを表示させる。ネットでは謎のアイドル演劇集団?というような見出しで僕らが投稿している動画が取り扱われている。特に一番再生されているのは、偶然秋葉原で撮影された鹿野と心が抱き合う動画だ。


「これはまだ春の頃なんですが、場所柄、見かけた中にアイドル好きもいたみたいで、勝手に投稿されました。しかしこれがちょっとした話題になりまして、その後も僕らの舞台を動画投稿サイトにアップし続けたところ、大手のまとめサイトでも取り上げられ、水鳥谷学園の新しい仕掛けか?とちょっと話題になっているんです」

「お前にわざわざ見せられるまでもない、私もすでに色々調べている。それもあってアイドル部の脅威になるかもしれないと警戒していたのだ」


そういうことなら話は早い。教頭も僕らを金の成る木になるかもしれないと思ってくれているのだ。


「ここで公式に学園の新プロジェクトアイドルとしてプロデュースしてくだされば、新しいアイドルの形として必ず盛り上がると思います」

「……どうしろというんだ?」


教頭はここではじめて前向きな発言をしてくれた。


「具体的には文化祭で、フラワーパネルと合同でミュージカルを行いたい。フラワーパネルの時間を演劇部との合同ライブに変更してください。アイドルと舞台の融合。男性アイドルにはよくある手法です。低空飛行のフラワーパネルの起爆剤にもなるかもしれない。どうでしょう、僕に全面的にプロデュースさせてもらえませんか?」


ここが勝負処と、考えていた計画を一気に説明する。力が入りすぎて少し早口になる。


「断れば蝶林の写真が流出するというわけか……しかし蝶林は今日付けで首にする。アイドル部まで問題発生は絶対にさせない。それでお前の目論みは潰える」


実際には世間はそんなに甘くないと思うが……とりあえず蝶林の写真だけでは教頭の高いプライドは崩せないようだ。――そう判断した僕は一か八かの手に出た。

できればやりたくなかった。人としてどうかと思うし。


「実は美沢先生からも一枚写真を預かっていましてね」


胸のポケットから写真の入った便箋をゆっくりと取り出す。


「なくさないよう言われてるのですが……ただ、誤ってこの美沢先生の不倫写真も流出する可能性もありますよね……」


ハッタリである。当たり前だが美沢先生からそんなことは聞いてないし、写真を預かってなんかいない。


「不倫て……おまえ……何を言って……」


教頭の顔が青ざめた。その顔がすべてを物語っている。どうやら勘は当たりのようだ。

この二人は男女の関係にあったということだ。

先日、演劇部での部室での二人のやりとり、虚を突かれた教頭は一瞬、彼女をみずほと下の名前で呼んだ。

普通の教職員と教頭の関係であんな風に名前を呼ぶだろうか?

僕のそんな疑問からの、かなり妄想入っている予想に過ぎなかったが、やはりビンゴだったようだ。ノロイちゃんもその可能性は高いと保障してくれていたしな。

いつからそうなのかは分からないが、きっと美沢先生がスクールアイドルをやっていた頃からだろうと睨んでいる。そのままずるずる十年以上も付き合ってるわけだ。彼女が婚期を逃したのはこいつのせいだ。


「おや?どうされました。教頭先生。美沢先生の不倫相手が誰とは言っていませんよ。ただ先生から預かっているこの写真、まずは教頭の奥さまに見ていただいてもいいんですよ……確か奥さまって理事長の娘さんだとか……逆玉なんですね」


理事長の娘と結婚しちゃ、そうそう離婚もできないのだろうが、それで不倫が正当化されるわけではない。汚い大人だと、目の前の男に怒りがこみ上げてくる。


「や、やめろ!よこせ!」


教頭は慌てて写真の入っている便箋を引ったくろうとした。しかしその手をさっと避ける。身長だけなら僕の方が高いし、俊敏さも上だ。


「おっと、やめてくださいよ。何か慌てるようなことがあるんですか?」


ここまで狼狽してくれると話がしやすい。


「いや、もちろん何もないがな……」


慌てた素振りを見せてしまったことを後悔したのか、平静を装い偉そうに椅子に座り直す。落ち着かれて対処されたら、こんな嘘簡単にばれるだろう。だからここは一気に突っ走るしかない。


「どうでしょうか?演劇部とフラワーパネルの合同ミュージカル。考えていただけませんか?」


教頭は答えない。腕を組み、目をつぶりじっと思案をしている。

騙しているこっちは一分が十分にも感じられ、冷たい汗が脇からだらだらと流れてくる。


「…………………。いいだろう。やってみろ」


長い沈黙の末、苦虫をすりつぶしたような顔で渋々と承諾する教頭。

いっよしゃあああ!心の中がガッツポーズだ。


「予算もフラワーパネルに使用予定の分はまわしていい。アイドル部には美沢を復帰させる。これでいいのか?」

「はい。ありがとうございます。あと蝶林は首にはしないでください。喫煙と異性交遊は僕からもきつく注意しておきます。そうすれば彼女は必ず化ける。僕のドルオタとしての勘がそういっています」

「それもいいだろう。あいつはステージで切れたりしなければちゃんと人気が出るのは、私にも十分わかっている」


お前とはキャリアが違うんだ!と言いたげな顔をしている。


「そうですね。失礼しました。まあ見ててください。文化祭は必ずや大成功させてみせます。フラワーパネルも復活させるし、それを越える新しいアイドルグループが誕生しますよ」


嘘でもここは自信満々に言いきっておく。


「……わかった。担当のものには伝えておく、詳しくは明日だ。今日は写真を置いて、もう出ていけ」

「写真は大事な切り札ですから、簡単にはお渡しできません」


僕はフェイクの便箋を大事そうに胸ポケットに戻す。


「ふん、まったく実に腹立たしいが……たいしたガキだ。貴様はどうしようもない糞ガキだが、演劇部の四人には期待している。うまくプロデュースしてみろ!」

「お任せください」


ここだけは元気に明るく答える。本心だからだ。演劇部の四人をもっと輝かせたいと本気で思っている。僕は一礼するとそのまま教頭の部屋を出た。

部屋を出て扉を閉めたところで、極度の緊張感から解放された僕はへなへなと膝から崩れ落ちた。


「大丈夫?薫風」ノロイちゃんが心配そうに覗き込む。

「き、き、き、緊張した~~~~。あ~~怖かった」


改めて自分のしたことに手が震えてくる。そんな僕を見て呆れたような顔をするノロイちゃん。


「よくあんな大嘘ついたものね。教頭が信じてくれたからよかったようなものの」

「いや……教頭はたぶんあれが嘘だって気づいていたよ……わかってて……あえて騙されてくれたんだと思う」

「どうして?」

「教頭も演劇部の女子四人が、売れる可能性があると思ってくれたからだよ。でも普通に協力しようじゃ、大人の面子とかプライドが許さない。最初に僕らに敵意を見せてるから尚更だ。だからあんなバレバレな嘘に乗っかって、仕方なく協力するって体裁にしてくれたのさ。蜜葉さんの時と同じだね」

「私の教えをしっかり学習しているようね。感心感心」

「おかげですっかりゲス人間だよ」


僕はようやく立ち上がり、今度は早足でその場を去る。文化祭での場所の確保とやることが決まったのだ。ぐずぐずしていられない。ミュージカル用の企画書もまとめる必要があるし、脚本も書かなくては。

僕は興奮でつい一人でジャンプした。


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