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口に出せない不条理な言葉と、口から出るあざけりの言葉


第二十八幕 図書室


夏休みに入った。

去年と同じように太陽は地面と海を焦がし、青春時代を謳歌する若者を明るく輝かせている。

僕らはそんな太陽の光を避けるように、図書室に籠り宿題と勉強に明け暮れていた。

一学期の間はろくに勉強をしてこなかったせいで、全員期末テストの成績を落としてしまっていた。赤点にならなかったのがせめてもの救いだ。この遅れを取り戻すために、演劇部は夏休みもほぼほぼ学校に集まり、次の公演に向けて練習と勉強をしていた。

食堂ライブ後の教頭先生の襲撃、それ自体は美沢先生のお陰で事なきを得たが、アイドル部から敵視されていることは間違いなかった。今後もどんな横槍が入るかわからない。例えば演劇部員が赤点をとってしまえば、部活のせいとして活動停止処分を受けてしまうかもしれない。そんな風に相手への隙を見せないためにも、僕らは勉強を頑張っていた。

ここまで順調そうに見える演劇部だが、実のところ追い詰められていた。

次なる目標は文化祭になるわけだが、場所の確保という棚上げしていた問題と向き合う時期にきていた。しかし改めて考えても上手い回避策は見つからない。食堂ライブの時は、食堂が試験休みだったので使えたが、文化祭は稼ぎ時だし、休憩スポットでもあるから使用は難しい。

立ち上げ初期は、ゲリラ的に校庭や正門近くの広場で行えばいいかと考えていたが、人気が出すぎてしまったために、そんな所で公演を行えば、食堂の時以上に混乱は必至。公演もままならず周囲に甚大な迷惑をかけるだけ。そうなったら教頭に部のとり潰しの材料を与えしまう。

あとは春の芽理沙さんの予言通り、怖ろしく狭い社会化準備室だ。


――ダメもとで教室の申請をするしかないな……


万策尽きたと愚痴でもこぼしたいところだが、みんなの前で弱音は吐けない。

モチベーションだけでこのギリギリの毎週公演を維持しているのだ。士気が下がれば全てが瓦解しかねない。実績のない僕らは砂の城に立っているにすぎない。

僕はちらりと心を見た。彼女は眉間に皺を寄せて参考書を睨んでいる。

特に心は食堂以後モチベーションが落ちているのを感じる。スクールアイドルになりたいという目標から解放されたがっているのかもしれない……蜜葉さんの名声欲もある程度満足しちゃってるし……。マロンと芽理沙さんだけか……モチベーションが変わらないのは……

僕はため息を必死で飲み込みつつ、携帯でアイドルのニュースサイトを見る。

僕らも苦しんでいるが、敵も苦しんでいる。

サイトの記事には、『地に落ちたスクールアイドルの名門校』と見出しが書かれている。

今年デビューした、フラワーパネルの不振ぶりが書かれ、そこからここ数年ヒットアイドルを輩出できていない水鳥谷学園の苦境が伺える、といった論調の記事が、悪意たっぷりに書かれている。

そう猪島、鹿野、蝶林のフラワーパネルは、校内でのお披露目イベントの失敗がたたったのか、校外での活動もさっぱりのようだった。フラワーパネル単独ライブなんて到底無理で、すでにデビューしている二年、三年アイドルとの合同ライブになるのだが、それ自体も客足が伸びていないようだ。

普通デビューしてすぐに人気グループになるほうがおかしいのだが、これまでのスクールアイドルは期間限定だったり、一定の支持層があったりと、すぐに人気がでていたのだが、今年はこれまでに比べると超低空飛行らしい。

僕はそっと携帯の画面をオフにした。


遠くでセミの鳴き声を聞きながら、僕とマロンと心は帰路についていた。


「夏休みに入っても、こうして毎日のように薫風君と一緒に帰ることができるなんて、夢のようだわぁ。わたし演劇部を始めて本当に良かったわぁ」


マロンがしみじみと言った。


「あと痩せられたしな」


からかうように僕がいうとひど~いとマロンも笑う。しかし心の顔は少し浮かれない様子だ。


「でも、演劇部を始めたら、中学に比べてすっかり友達減っちゃったな」


心が残念そうにぽつりと言った。最近モチベーションが落ちている一因だろう。これまで夏休みといえば、沢山の友人たちとあちこちに出掛けていた心にとっては、これほど交友関係が狭まっているのは始めてだろう(心は鹿野やマロンと違って他にも交友関係は広かった)なにせ殆ど毎日僕らと一緒にいるのだ。


「仕方ないわよぉ。それに普通の人と友達でいても、価値観も違っちゃうし、写真だって週刊誌に簡単に売られちゃうのよぉ」


マロンがアイドルが抱える残酷な一面を語った。大袈裟ではあるが、全てが嘘とは言い切れない。


「友達はそんなことしないよ。それに普通の人って言い方も随分偉そうじゃない?わたし自分が特別な存在だなんて思ってないよ」


心はマロンの言葉に強く反発する。


「特別って言葉は良い意味も悪い意味もあるのよぉ。別に私たちの方が優れてるとかは思ってないわよぉ。これは単に区別の問題」


マロンは僕らが歩いている歩道と、車道を挟んだもう一方の歩道を指差した。


「私たちはこっちの道路、一般人は向こうの道路。あっち側とこっち側。どっちが偉いというわけじゃないけど、歩く道ははっきり違うのものよぉ」

「向こうの道路の人とは友達になれないってこと?」

「絶対とは言わないけどぉ。でもある程度は仕方ないんじゃない。それがアイドルになるってことだと思うわよぉ」


マロンはドライに言い切った。彼女らしいが、そこまで達観できる高一というのも珍しい。そしてそれは偶然にも猪島が語っていた持論と同じだった。

マロンは猪島から聞いたわけではないだろう。いうなれば大人の意見というやつなのだ。


「そ、そうなのかなあ……」


納得したくないのか弱々しく肯定する心。


「普通のアイドルならそうかもな」僕も横から口を出す。「でもスクールアイドルはその垣根を取り除けるアイドルさ。誰にでもできることじゃないけど、心ならできると僕は思っているよ」

僕の言葉は、心のモチベーションを落とさせない為に九十九%が綺麗事。でも心なら本当にできるんじゃないかと一%は思っている。


「うん、頑張るよ」


朗らかに笑う心。無理をしてるようにも見える。ここであることを思い出した。


「あ、そうだ。僕はここで別れるわ。何か呼び出されてるんだった」

「呼び出されてるって誰に?」

「さあ?今朝、下駄箱にラブレターというかファンレターというか、告白したいから来てくれって手紙があったんだよ。夏休みなのに僕が学校来ているって知っているぽいな」

「そんなのにイチイチ顔出すのぉ?きりがなくなぁい?」マロンが呆れている。


学校で人気者になると、女子四人は当然のことながら、僕の元にもこの手の手紙や、アドレスを教えてもいない生徒から、多数のメールをもらうようになった。

「ファンです、頑張って」から始まって「好きです。つきあってください」果ては「ツマラン」とか「死ね」とか色々な温かいお言葉の数々を頂戴した。


「人気商売だし、変な噂たてられたくないから、丁寧にお断りしてくるよ。なんか公園に来てくれってあった。今はそこまで忙しくないから行ってくるよ」

「いつもはそこまでしないじゃん。もしかして浮気とかするんじゃないの?」


心が冗談めかして言う。マロンがちょっと本気にしそうな顔をしている。


「んなわけないだろ。それじゃ」

「あっやっし~」


訝しがる二人を置いて一人公園に行くことにした。いつもだったら行かないこともあるのだが、今回の手紙は随分不穏な事が書いてあったので、念のために行くことにした。

手紙には来てくれなければ、女子四人に危害を加えるといった旨が書いてあったのだ。とんだヤンデレさんに見初められたものだ。学校規模のアイドルでこのレベルなのだから、全国レベルのアイドル達の苦労が伺い知れる。



第三十幕 公園


「おにいちゃん、ずいぶん調子にのってるって噂だぜ。スクールアイドルやってんだって?」


手紙の場所にいくとそこにいたのは美少女ヤンデレではなく、いかつい顔のお兄ちゃん達だった。相手は三人。中央のリーダー格っぽいトレーナー姿の赤茶色の髪の男が、へらへらとわらいながら近づいてきた。顔面神経痛のような複雑な表情を繰り返しているので、よくわからないがまだ全員若そうだ。声や服装からも同い年くらいだろう。


「スクールアイドルなんてままごとなんて、気持ちワリいことやってんじゃねえぞ」

「ひひ、こいつびびってんじゃねえのか。黙ってるぜ」


左右の男たちも声を張り上げてくる。どうやら手紙は僕を呼び出すための偽物で、まんまとその罠に引っ掛かってしまったようだ。どうやらこんな手段に出るほど僕らを恨んでいる人物がいるらしい。


「なるほどなるほど。直接こんな手段に出てくるなんて、随分焦ってるんだな」


内心は心臓バクバクもんだが、僕は努めて冷静に余裕の表情で答えた。


「誰だろうな。さすがに学校はないか。藻乃もこんな愚策は行わないだろうし……すると蝶林ってところか。あいつに人気がでないのは僕たちのせいじゃないのにな……」


わざと蝶林を蔑むように言ってみると相手への効果はてきめんだった。皆いきなり殺気だって着た。


「何ごちゃごちゃいってるんだコラァ!」


どうやら蝶林で正解のようだ。中学は随分荒れてたと噂があったがどうやら本当らしい。その時のツテの三人だろう。


「アレやろうか?」


ノロイちゃんが背後から、昔マロンを助けたときに使ったノロイちゃんの特殊能力――アイドルを好きになりすぎる能力、それを使おうかと提案してくれた。しかし僕は背後を振り返り、


「絶対に手は出すな。考えがあるんだ。いいな。何があってもそこでだまって見てろ」


と端から見れば虚空に向かって喋った。


「何独り言いってんだ。きめえな。仲間がいる演技なんていらねえぞこらあ」


リーダー格の男がヤクザキックとでもいうのか、直線の蹴りを後ろを向いている僕の背中に食らわせた。鈍い痛みが広がる。苦痛で顔が歪む。


「ちょっと薫風!なんでよ。このままじゃやられちゃうよ!」


ノロイちゃんが涙目で訴える。しかしそれにも「絶対にするな」と小声で答える。

リーダー格の男の蹴りが合図だったのか、左右の男も回し蹴りを腰や脚に繰り出してきた。痛みと衝撃で立っていられず、地面に倒れこむ。そこにも腹部や背中に蹴りが飛んでくる。丸まってやりすごすしかなかった。蹴られるのは首から下で顔はわざと避けているようだ。


「今日はこれくらいにしといてやる。顔は蹴らねえでやったがよ。次はそうはいかねえ。その綺麗な顔面をぐちゃぐちゃにつぶされたくなかったら、アイドルのまねごとに首なんかつっこむんじゃねえぞ。いいな!忠告したからな!」


唾と一緒に棄て台詞を吐き捨て、男達は去っていった。


「大丈夫薫風?どうして何もしなかったの?」


ノロイちゃんが心配そうに覗きこむ。僕はなんとか上半身だけ起き上がり


「頼む。あいつらのあとを尾行してくれ」と言った。

「え?私はどちらかというと近距離パワー型の幽霊だから、薫風からは三メートルぐらいしか離れられないよ?」


今更何を言うんだと、ノロイちゃんが不思議そうな顔をする。


「わかってるよ。さっきから喋ってるのはノロイちゃんじゃないのさ」


口許を隠しつつノロイちゃんに答える。


「どういうこと?」

「痛てて、あいつらしこまた蹴りやがって……何、持つべきものは有能なストーカーだなってこと」


携帯が鳴った。マロンからだ。


「ああ、マロンか。そう、よく気づいてくれたな。お前が読唇術で読んでくれると思ってたよ。すまないがあいつらの後を尾けてくれ。おそらく蝶林と合流するはずだ。証拠写真が撮りたい。部室に望遠カメラあったよな。心は近くにいる?そうかよかった。心に取ってきてもらってくれ。僕はさすがに動くのがつらい」


一通り指示をだすと、ゆっくり立ち上がった。ノロイちゃんは支えることが出来ないのがもどかしそうにしている。


「証拠写真が撮りたいからわざとやられたっていうの?」

「ああ。写真が撮れればこちらも反撃できる。最低限、女子への暴力行為は抑えられる」

僕はゆっくり体を動かす。全身に痛みが走るが動かせないところはない。

「なるほど。それを考えて……」

「もしかしたらそれ以上の効果もできるかもしれないしな」

「え?」

「それはまあお楽しみってことで」


僕はノロイちゃんに不敵に微笑んだ。


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