告知ポスターを作りたい
幕間
翌週からの放課後コントの演目は、かねてより練習していた第二段に切り替える。
ライブ自体は放課後一時間もしないで終わるので、終わったあとは来週からの練習だ。僕は毎週締め切りに終われる週刊作家のようになり、彼女たちは毎週新しい芝居を覚えるのに必死だった。練習も相変わらず衆目の中行っていた。
コントはすべて録画しており(僕が参加しないものは僕が、そうでないものは鹿野に撮ってもらっていた)順次ホームページで公開していた。
びっくりするくらいあっという間に一ヶ月が過ぎ、中間テストも終わった六月に入る頃になると、それまでとは違う手応えを感じるようになってきていた。
なんというか教室の空気が暖かいというか、終わった後に大きな拍手が起きると言うか、ライブが概ね好評で終わり始めたのだ。
これにはひとつは僕らが校内において認知されはじめたというのがあるだろう。突如教室に乗り込んでも、誰も何事かという顔にはならなかった。それよりも噂の演劇部がやってきたぞラッキー。そんな雰囲気だった。
もうひとつはファンが出来はじめていた。上演する教室はホームページで予告していたのだが、そこにわざわざ他クラスの生徒がやってくるようになった。熱心なファンは一日三講演全てについて来た。
当初人気が出たのはキャラが立っている蜜葉さんと明るく元気な心だった。圧倒的に美人な芽理沙さんだが、愛想が良くはないので男子受けは悪かった。
しかしそのクールさに女子からの人気が出てきた。というか女子人気が凄かった。宝塚的なものなのだろうか、芽理沙様と様呼ばわりされているらしい。男子からの人気に興味のない彼女だが、女子から様よばわりさえるのは悪い気がしないらしい。
マロンはボケ役などのような笑いをとるポジションなことと、やはりふくよかすぎる体型的に、当初人気は一番低かったのだが、六月も終盤に差し掛かる頃には、変化が起きていた。
痩せたのだ。
ダイエット計画は実に順調に進んでいたのだ。日々の運動や練習だけでなく、肉を食べ、糖質類は少な目の食事を続けてくれていたのだ。
まだまだ肉感的ではあるが、痩せた彼女は出るとこは出て、へっこむところは凹むという、非常に魅惑的な体型になってきていた。
本性を上手く隠したマロンは、女子からも男子からも人気が出た。総合的には演劇部でナンバーワンの人気者になり、マイナス要素はないがその分キャラが弱い心と、キャラが立ちすぎてニッチな方向に人気がある蜜葉さんと逆転した感があった。
もちろん目標とする地点にはまだまだではあったが、七月になる頃には公演する教室が生徒でいっぱいになるほどまで来ていた。
七月に入るとすぐに期末テストだ。その後は大事なアイドル部の新人グループのお披露目ライブがある。
ここは僕らとアイドル部の最初の戦いになる重要な日だ。決選の日が近づいていた。
第二十二幕 廊下
猪島達はまだ正式にはデビューしていないので、認知度や人気だけなら現時点ではまだまだ僕たちが上だ。あとはこの差をどこまで維持できるか。先行逃げ切り――しかし追い上げる彼女たちは実に強大だ。
その強大さを示す一つが、告知ポスターだ。僕たちの食堂ライブと同日に行われる新人お披露目ライブの告知ポスターが、既に学校中に貼られている。
廊下に貼り出されたそのポスターの前で立ち止まり、苦々しくそれを見る。
そこには猪島、蝶林、鹿野の三人がアイドル衣装に身を包み、それぞれポーズをとっている。しかし背後から強烈なライトがあたり、三人の顔は逆光でよく見えない。上手く三人を見に行きたくなるようなポスターになっていた。
プロのカメラマンとプロのデザイナーで作られ、きちんと印刷されたそのポスターは、もうスクールアイドルの域ではなかった。僕たちには資金面でとても真似できそうもない。金銭以前に、ポスターを作っても僕らに校内に貼る権利はどこにもない。正式な部ですらないのだから。
アイドル部と僕ら――広告宣伝力は巨人と蟻くらいの差がある。できることは限られているが、こちらもできる限りのことはしていく。
とりあえずポスター中央に立つ猪島の胸を触るという、軽い嫌がらせをしておいた。
「うわぁ……」
後ろからノロイちゃんのドン引きの声がする。
第二十三幕 社会科準備室
話は二週間前に遡る。
六月も中旬に入ると、中間試験が終わった安堵さは消え、逆に学内に期末試験の緊張感が漂い始めてくる、そんな頃。もしくはアイドル部新人お披露目ライブのポスターが、校内をジャックし始めた頃に戻る。
僕らは日課の放課後コントを終え、文芸部の部室に戻ってきていた。いつもなら次の練習を始めるところなのだが、今日は大事な連絡事項があった。
「みんな朗報だ」
僕はホワイトボードの前に立ち大きく『スクールカフェテリアライブ!開催決定!』と書き殴った。
「スクールカフェテリアァ?何それ」
蜜葉さんが椅子の上であぐらをかきながら質問してきた。
「食堂のことよ。素直に日本語で言えばいいのに」
やれやれと芽理沙さんが肩をすくませる。出会った頃に比べると随分表情が豊かになった。
「というわけで、期末試験の最終日に食堂を借りることに成功しました。その日に特別ライブとしてこれまでとは違う、大きな公演を行いたいと思う!」
僕はホワイトボードに、開催の日にちを追記した。芽理沙さん以外の女優陣から「おお~」と歓声が上がった。
「すごいね薫風、いつも脚本書いてるばかりなのに、いつのまにそんな準備してたの……」
心が感心したように、お店に並ぶ特上肉を見るような目で僕を見る。
「これは美沢先生と生徒会長が働きかけてくれてね。僕よりもそのお二人の功績だよ。信頼と信用が世の中大事だな」
その生徒会長が動いてくれたのは芽理沙さんのおかげなのだが。
「美沢先生が顧問引き受けてくれるかもぉ、って話はまだちゃんと生きてるのねぇ。うやむやで流れちゃったのかと思ったわぁ」
マロンが安心したように言う。
「この日は知ってると思うが、アイドル部の新人お披露目ライブの日だ。美沢先生はあえてここにぶつけてきた。
僕らがアイドル部の新人たちに対して、どれだけ戦えるのか試されている。この日でも十分集客できれば合格。顧問を引き受けると約束してくれた。
しかしガラガラだったら顧問の話はなし。これからも非合法の活動を余儀なくされる。そうなると文化祭での正式な公演は難しい」
一同シンとする。そんな中、芽理沙さんが質問する。
「合格と不合格の明確な人数のラインはあるの?」
「明確にはない。先生の印象で決めさせてもらうらしい」
なかなか理不尽な条件だが、僕らはそれを呑むしかない。
「きついこと言われてる気がするが、要は食堂を満席にすればいいだけの話だ」
僕は話を続ける。
「最近は教室が人で一杯になることもある。七月中旬までもっともっと増やせばいいんだ。実際アイドル部に勝つってことは、それぐらいは当たり前にできるようにならないといけない」
女優四人の目が闘志に燃えているのがわかる。
「先生的にはこのチャンスを掴んでみろって言ってるのさ」僕は一旦一息ついて、次の話に移る。「さて、ここまでわかった所で、この日にの為にこれまで以上に色々仕掛けていく」
僕はホワイトボードを消し、新たに『告知ポスターを作る』と文字を書いていく。
「あちこちに貼り出されている新人お披露目ポスターは見たろ?逆光の三人が立っている奴。僕らも負けていられない。対抗する意味も込めてこちらもライブ告知ポスターを制作する!」
「ポスターってことはあれか写真撮影か?とうとうアイドルっぽいことできるんだな」
蜜葉さんが嬉しそうにするなか、心は冷静に質問にしてくる。
「ちょっと待って、そんなのどこに貼れるの?」
「とりあえず食堂しかないかな。でも食堂の柱などに大きく貼っていいと言われてる。あとは白黒になるがそれをコピープリントして、チラシとして放課後公演のあとに配るしかない。ホームページのトップ画像にもするけど」
「印刷代とか大丈夫なのぉ?」
マロンが大事なお金のところを聞いてくる。
「今はコンビニのカラープリンターが便利に使える。A3何枚かを出力してそれを繋いで一枚の大きなポスターにするつもり。それならCDアルバム買うよりより安く済むはずだ。
これは僕が立て替えとく。部になって部費が出るようになったら返してもらうよ」
「機材とかは?カメラとか。パソコンとか画像編集ソフトとか」
今度は芽理沙さんが質問する。
「カメラは自宅にあるコンデジ使わせてもらおうかなと思ってるけど」
僕がそう言うと、マロンから心強い助け船がでた。
「カメラ使いたいならマロンが持ってるよぉ。プロ用のいい奴よぉ。レンズとかバズーカみたいよぉ」
そんなバズーカみたいな超望遠レンズで一体何を撮ってきたのか……野鳥とかだといいんだが。
「そんなカメラで何撮ってるんだよ」
僕の恐怖をよそに蜜葉さんが核心に触れるような質問をする。
「うふふふ、と~っても良いものよぉ。何かは秘密。部屋中、壁とか天井とか、撮った写真で埋め尽くされてるのぉ」
「へ、へえ……」
ついひきつった声になる。絶対薫風の盗撮写真よ、と後ろでノロイちゃんが教えてくれる。怖いからやめて。野鳥の可能性も微レ存では?
「編集ソフトもプロ仕様のやつあるしぃ、明日にでもノートパソコンに入れて持ってくるねぇ。それよりどんな衣装着ようかしらぁ。最近痩せて前までのゴスロリ服全部着れないのよぉ。新しいのを週末にでも急いで買いにいかなくちゃ」
さすがマロン、高一にして貯金七桁の女。マロン以外もみんなどんな服を着るか話し合っている。
「残念だが、衣装は制服の予定です」
僕がそう言うと「な~んだ」と、女子四人からがっかりしたような声があがる。芽理沙さんですら心持ち残念そうだ。
「大体構想は決まってるんです。教室で撮りたいので、教室に光が差し込む午前中がいいですね。無人がいいし次の土曜日にでもさっそく撮影したい。皆さんこれますか?」
最近は土日もどちらかは学校に集まっていたので、みんな普通の顔をしている。
「休日も学校に来いとか本当アイドル部以上のブラック部だわ」
芽理沙さんが一応の不満を述べるが、「私はいいよ!暇だし」と蜜葉さんが言えば、
「もちろん私もいきますけど」
と快く了承してくれた。まあいつものこと。
「よかった。ちなみにその日に行うのは、これまでとは違ってコントじゃない。笑いあり感動ありの、ちゃんと演劇と呼べるようなものを考えてる。尺もそれなりにとる。それとこれまでにやって人気のあったショートコントを二本リバイバルで行う。計三本公演だ。合計、一時間半くらいかな」
「それは大変だ……これまでどおりの公演も行いつつ……だよね?」
心が怖々と質問する。この情報にさすがに全員目を白黒させている。
「イエス」
「試験勉強するなと言ってるようなものね。成績落ちそうで怖いわ」
芽理沙さんがため息をついた。
「大丈夫、赤信号みんなで渡れば怖くない」
みんなで赤点でもとりましょう。いやとってはダメなのだが。
「じゃあ連絡事項はこれぐらいにして、事前にちゃんと撮影ができるか空いてる教室でテスト撮影してもいいですか?」
僕は手を叩いた。




