君は教室に残ってもいいし、退出してもいい。
第二十一幕 教室
翌日、僕たちは再度放課後の舞台に挑戦していた。
クラスは少し変え、今回は鹿野のいる教室にした。
いわばサクラ要員である。仮にもアイドル部の鹿野が見ていくなら、他の生徒も少しでも好意的に受け取ってくれるかもしれないと思ってのことだ。
鹿野の協力もあってか、もしくは昨日の失敗の噂があるからか、昨日よりも多くの人間がこちらを見ている気がした。
「あーここが伝説のタイムカプセルの木かー。この木の下に未来への自分にあてた手紙を埋めると、その通りの未来になるっていう」
木になりきっている僕のそばで蜜葉さんが可愛い声をあげる。
みんなが彼女を見つめる。
彼女は容姿だけでなく、声も特徴的で、女優として良い資質を持っていると改めて思う。
「十年後の私へ。
お元気ですか?十年後の私は、きっと男どもの視線を釘付けにするようなきょぬうワガママボディになって、アイドルとして活躍していると思います。
アイドルを二十二で卒業し、その後は女優として華麗に転身。そのままハリウッドに進出。
ハリウッダーとしてセレブな毎日を送れるようスキャンダルには気をつけて生活してください」
読み上げた未来の自分への手紙を箱に入れ、土に埋めるような仕草をする。
「よしこれをこの箱にいれて、うんしょうんしょ、埋めたっと。アイドルになれるか楽しみだなあ」
蜜葉さんはここで一度教室外へはける。
「あっというまに十年後~」
唯一の僕の台詞だ。木が喋ったと軽い笑いが起きた。
ここでドアを開け、心とマロンが登場する。
心は今日は両サイドのツインテールにしている。
蜜葉さんと同じ髪型にすることで、蜜葉さんの十年後の姿であると思えるようにしている。
「懐かしいなあ。そういえばここにタイムカプセル埋めたっけなあ。もう何書いたかも忘れちゃったけど」
心は緊張からか声が震えている。
「そうだちょうどスコップ持ってるし、掘り出してみる?」
隣のマロンがさっとスコップを出す。
マロンは緊張した素振りもなく、実に堂々としている。
「なんでそんなもんもってんのよ。でもありがとう掘ってみるわ。ここらへんだったかなあ」
心がスコップで地面を掘る仕草をする。
この仕草一つとってもちゃんと掘っているように見えるよう、実際に地面を何度も掘り起こしたりしたのだ。
日々のパントマイムの練習も非常に役立った。そんな動作一つとっても、芝居の世界の奥深さを感じる。
もちろん心の芝居は完璧ではないけど、初日のただ手首をひねるだけにしか見えなかった所作が、ちゃんと土を掘り起こすように見えてきていた。
「あ、出てきたよ。何て書いてある?」
マロンが身を乗り出す。
何もない空間に穴があいていると観客に伝わっているだろうか。
心は箱を取り上げるような仕草をし、手のひらに隠し持っていた紙を広げた。
そしてゆっくりと入っていた手紙を読み出す。
「十年後のハイパーソフィーへ。私は大人になって何をしていますか?」
ここで心は首をかしげる。
「あれ、これ私のじゃない。知らないハイパーソフィーちゃんて子のタイムカプセルを掘っちゃった」
「さすがタイムカプセルの名所ね。それよりハイパーソフィーってすごい名前のほうが気になるわ。これ本名?だとしたら相当だけど……ちょっと興味わいたから続き読んでみてよ」
マロンが続きを催促する。心はうなずき続きを読む。
ここは手紙にそのまま台本が書いてあるので、トチることもなく順調に進んでいく。
「わかった。じゃあ読むよ。私は素敵な旦那さんを見つけ可愛い子供が産まれていますか?」
「いくつに書いているのかわからないけど、十年後にすでに出産まで済ませるてる予定とは……この子は間違いなくヤンキーね。決めては名前!謎解明!」
マロンがきっぱりと断定する。
「全国のハイパーソフィーさんに謝れ!!」
熱く注意する心をさらりと流すマロン。
「いや、たぶんこの子しかいないから」
軽い笑いが起こってくれた。
書いている身としてはほっとするような、もうちょっと笑いが起こってほしかったような。
心はいっぱいいっぱいな感じながらも、次の話に移っていく。
「日付が書いてある。これもう二十年前だ。完全に埋め忘れだわ。
これはあとでまた埋めるとして私のタイムカプセルはどこかな~?ざくざく、と。あ、あったあった。というか、すごい出てきた」
「何々?一つずつ読んでよ」
マロンが心を催促する。
「え~っと、なになに十年後私はどうなっていますか?そして私たちを取り巻く社会はどうなっていますか?おそらく年金問題、格差社会、少子化が今よりも深刻な状況になっていると思います。このままでは日本が、いや地球が危ない」
「誰宛だよ!そしてお願い悲しい未来を読まないで!」
マロンが悲痛な叫び声の突っ込みを入れる。
この突っ込みの声やタイミングが素晴らしく、いい感じに笑いが受けた。
マロンは私生活から演技しているようなものだからか、演技力は素晴らしかった。四人の女優の中でだんとつで光るものがあった。色々非凡な奴だと思っていたが、演技と言う才能も彼女には眠っていたようだ。
「これも私じゃない、次ね、次いってみよう。え~っと、」
心が新しい手紙を広げる。
「主人が他界してすでに十年。
主人から五億円という多額の遺産で生活には困っていませんが、夜に体が火照ってても淋しく一人で自分を慰めるだけ。もう耐えられません。
きっと主人も許してくれるでしょう。一回につき百万円差し上げますので、誰か私をめちゃくちゃに抱いてくれませんか?」
「そんな上手い話はねえよ!!」
マロンが激しく突っ込む。
「つかなんでタイムカプセルにそんな迷惑メールみたいなの入ってるんだよ!」
「いや、万が一ってことも……五億円もあるなら理屈は通ってるし……」
「信じるなよ!つか次!次!まともなタイムカプセルはねえのかよ」
手紙と心のボケにテンポよく突っ込んでいくマロン。
「じゃあこれはどうかな、十年後のぼくへ。
十年たったぼくは今どこで何をしていますか?」
「やっとまともなタイムカプセルが来たわね」
マロンがホッとしたように言う。
「十年たったぼくは勇者として世界を冒険していると思います」
心が手紙を読み続ける。
「クソガキらしい発想だけど、まあ子供ぽくっていいんじゃない?」
「冒険には武器がつきもの。武器を選ぼう。1、鋼の剣。2、魔法の杖。3、弓矢。選んだらその番号の箱を掘ってください。君は掘ってもいいし、掘らなくてもいい」
「掘らねえよ!なんだよ、その急激なゲームブック路線への変更は」
マロンが体を捻りながら突っ込む。
「他にも出てきた、数字が一杯書いてある箱は続きってことだね」
感心したように心がうなずく。
「偉いな。ちゃんと投げ出さず書いたんだな。でも読まねえけどな!つかもういいよ。変なのばっかりじゃん。もう帰ろう」
マロンが心の腕を引っ張る。
「え~、私の探したかったなあ。あ、誰か来た。埋めに来たのかも」
ここで芽理沙さんと再び蜜葉さんが教室に入ってくる。
芽理沙さんは制服の上に、学校指定ではない薄手のグレイのトレンチコートを着ている。
芽理沙さんの役は、設定としてはアラサーのママなので、大人っぽく見えるよう彼女のお母さんのコートを借りてきてもらっている。
芝居はここで新たな展開を迎え、その変化にあわせるように、教室中が僕らの舞台を注目しはじめた。
他のクラスからも何か面白いことやっているみたい、と人が増えてきたようだ。ここまでは順調といえた。
「ほら、邪魔しちゃ悪いしちょっと離れてよ」
マロンが心の腕を引っ張るようにして、二人は窓側の教卓端まで移動する。
芽理沙さんは昨日の緊張から逃げ出したのが嘘のように、堂々とした歩き方で木である僕のそばまでやってくる。そして後方に続く蜜葉さんに向かって台詞を言う。
無表情に木の役に徹していた僕だが、この時は緊張して彼女をちらりと見てしまう。
「ネオセシリアーあったよー。伝説の木~懐かしいなあ。私も子供の頃に埋めたっけなあ」
彼女はとちることもなく、練習通り自然に演技していた。ほっと胸を撫で下ろす。
「もう、恥ずかしいから名前大声呼ぶのやめてよ。私もママをハイパーソフィーって呼ぶよ」
蜜葉さんが可愛く怒る。
「すごい、あの人最初のタイムカプセルさんのソフィーさんだよ」
心が教室中に聞こえるひそひそ声っぽい大声でマロンに言った。
「本当にいたのね。しかも娘もそれっぽい名前ね。娘さん十歳くらいかな?」
「ってことはあれじゃない。ソフィーさんはタイムカプセルのお願い叶ったってことじゃない?埋めた十年後ぐらいにはもう子供産んだ んだよ」
心が嬉しそうにマロンを叩く。マロンも真剣な表情で頷く。
「やっぱり願いが叶うって本当なのかも?」
「きっとそうだよ、私絶対自分の探すから」
心が力強く拳を握る。
そしてこの間、実際に声には出さず芽理沙さんと蜜葉さんが、教卓中央で箱を埋める芝居をしていた。
そして埋めた二人は和やかに教室から退室していく。
再び教卓中央に移動する心とマロン。
そして勢いよく掘り出し、ついにある箱を取り出す仕草をする。
「あ、あったあった。なつかしー、この箱覚えているよ。これ絶対私のだ」
「なになに、読んでよ」
マロンもわくわくしたような声を出す。
「十年後の私へ。
二十歳になった私は大学生になって、素敵な彼氏を捕まえていますか?絶対に働きたくないのでそのまま逃がさないようにして、卒業後は主婦になれるよう頑張ってください。
うん、これだこれだ。思い出した~」
心が嬉しそうに読み上げる。
観客にはここで、最初に蜜葉さんが読んだ手紙とは内容が違うことに気づいて欲しいのだが、実際にどう思っているのか舞台から見ていてもよくわからない。
「お前ロクデナシだな」
マロンが軽く突っ込む。
「ああ、どうせ当たるならもっと宝くじが当たるとか書いておけばよかったー」
心が頭を抱えるオーバーリアクションをする。
「ふふん、甘いわねえ。その点私は抜かりないから。
恥ずかしくて言えなかったけど。実は私も埋めてたんだよね。何書いたかもよく覚えてるよ」
照れるようにマロンが言う。
「ええ、何々?」
「さっき一緒に見つけたわ。読むよ。
『十年後の私へ。お元気ですか?十年後の私はきっと男どもの視線を釘付けにするようなきょぬうワガママボディになって、アイドルとして活躍していると思います。
アイドルを二十二で卒業し、その後は女優として華麗に転身。そのままハリウッドに進出。ハリウッダーとしてセレブな毎日を送れるようスキャンダルには気をつけて生活してください』
どうこのステップアップっぷり。巨乳は当たったからあとはアイドルになるだけだわ」
マロンがしなを作るポーズをする。今までボケ役だった心が突っ込む。
「お前の体型は巨乳じぇねえだろ。まずはやせとけ。もういいよ。ありがとうございました」
これで終了だ。
心とマロン、そして僕が一礼する。
サクラとして仕込んでおいた鹿野が万感の拍手を送ると、周囲からも合わせてぱらぱらと拍手があがった。
「演劇部は今後も各教室で不定期にゲリラライブを行いますので、ご興味ある人はまたお願いします。詳しくはホームページ見てね」
心が挨拶し一同教室の外に出る。
初のライブが終わったのだ。どこまで上手くいったかはわからないけど、無事にできた解放感と達成感で全員ハイテンションだった。芽理沙さんですらちょっとはしゃいでいたくらいだ。
みんな笑いながら部室まで戻った。
本来なら一日三講演くらいを目指したいのだが、今日だけはこれで終わりにして、軽く打ち合わせしたあとは全員で打ち上げにいくことにした。
俺たちの戦いはこれからなのだが、今日だけはぱーっと解放されたかったのだ。
初めて部員のみんなとカラオケに行き、アイドルの曲をむりやり歌ってきた。キモいと大評判だった。
ちなみに心は相変わらず非凡すぎる才能を見せていた。プロ顔負けなんじゃないかと思うほどに上手かった。
前よりも上手になっている気がする。
翌日から金曜の放課後まで僕らのライブは続いた。
一年だけではなく、二年三年の教室でも行った。
好評で終わるクラスもあれば、そうでもないクラスもあった。
場の雰囲気が大事だった。
初日に鹿野を仕込んでおいてのは本当によかった。
こうして本格的に開始した演劇部の活動一週目は、怒涛のように過ぎていった。
鹿野さん名前だけ!




