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鏑木薫風は剣条芽理沙と友達になりたい

第十八幕 廊下


放課後、一年一組の教室の外に集合する。

初公演をこのクラスにしたのは、アイドル部の三人がいないことと、キリのいい数字だったからだ。

帰宅ないし部活に向かう為教室から出てきた学生たちが不思議そうに僕たちを見ている。

というのも、蜜葉さんは今、美容室や理容室で着るような服というか、顔だけが出ているテルテル坊主というか、白い布をマントのようにした格好をしている。

彼女を除く三人は普通に制服姿なのだが、蜜葉さんだけコントの為にちょっとした衣装を着ていた。それが校内では少々目立つので、このような格好をしていた。

この衣装を最初に提案した時は、いやがって飛び蹴りを喰らったりしたのだが、自分だけが特別という部分を強調したら、渋々引き受けてくれた。

そんな謎集団の先頭に心が立ち、教室の扉に手をかけると後方で待機しているみんなに振り返った。


「さあ、みんな!行くよ!」


一呼吸おいて、勢いよく扉を開けると、颯爽と教室の教壇にかけ上がる。その後に僕らが続く。

そのドラクエのような列行進に、教室の何人かが不思議そうに僕らの方を見てきた。心は教卓を勢いよく叩きながら


「みなさん!はじめまして!」


これでもかと大声をはりあげる。さすがにクラス中が何事かと顔を向ける。一人テルテル坊主がいるし。


「私たちは演劇部です。この春から活動しています。今日はここでコントのゲリラライブを行わせてください。時間は五分ほどで終わります。よろしかったら見ていってください」


一同頭を下げる。

教室はまだこの急展開についていけないようで、大半がぽかんとしている。

それでもかまわずコントを始めることにする。

まずは女子逹は教室の外に出ていき、僕だけが教室に残る。


「それでは演劇部で、『タイムカプセル』です!」


僕がタイトルを述べ、そして手に持っていた厚紙で作った木の枝を両手に掲げる。

僕は木の役だ。

このチープな姿に嘲りのような軽い失笑が起こった。よし大体狙い通りだ。

そこですかさず蜜葉さんが教室に入ってくる。

テルテル坊主は脱ぎ捨て、特別衣装に身を包んでいる。

まず制服ではなく私服。さらに赤いランドセルを背負い、頭には黄色い通学帽。ちなみにランドセルからは縦笛が突き出ている。

そう、彼女には小学生の格好をしてもらっていた。

小さすぎる身長や、幼い顔立ちを最大限利用させていただいた。その姿はまるで本物の女子小学生。その異様な姿にクラス中の視線が釘付けにされる。

よし、最初の掴みは完全に成功した。これで一部の男子からは絶大な支持を得るはずだ。奇跡のロリ高生、文月蜜葉。今後はそのキャッチフレーズを使っていこう。


「あーここが伝説のタイムカプセルの木かー。この木の下に未来への自分にあてた手紙を埋めると、その通りの未来になるっていう」


木である僕の近くまで来てからの、演劇部として記念すべき第一声。緊張から声が震えているが、とちったりもせず出だしはまあまあだ。

そのまま次の台詞に行こうかとしたときに、まだ教室の外で待機している心とマロンの慌てる声が聞こえてきた。


「芽理沙さん!?どうしたの?待って!芽理沙さん!?」


何かしら教室の外で起こっているようだ。

僕と蜜葉さんは二人で顔を合わせ、どうしようかと狼狽えているところでマロンがドアを開けた。


「大変よぉ。芽理沙さんが緊張に堪えられず逃亡したわぁ。今心ちゃんが追ってるぅ」

「私、芽理沙を追いかけてくる!!」


それを聞いた途端、蜜葉さんは脇目も振らず廊下に飛び出していく。

ランドセル姿で校舎を走るのは相当目立つだろうが、そんなことは気にせず蜜葉さんは勢いよく走っていく。

教壇には僕だけが取り残された。

教室の生徒逹は、これも劇の一環なのかそうでないのか、判断がつかないように周囲と顔を見合わせている。


「え、え~と。本日の上演は申し訳ありませんが、これにて終了させていただきます。では失礼しました」


僕も急いでざわつく教室から飛び出る。

既に廊下にはマロン以外の姿はない。


「みんなはどこいった?」

「知らないわぁ。でも階段降りていったから下駄箱かしらぁ。校外まで行くのかも」

「サンキュー」


急いで駆け出す。

マロンも後ろからどたどたとついてきている。階段を飛ばしながら駆け降り下駄箱に着くと、そこには心と蜜葉さんが待っていた。


「芽理沙さんが突然逃げ出しちゃって」


心が息を弾ませながら、駆け寄ってきた僕に説明する。


「わかってる。どこいった?」

「わかんない。靴も履かないで自転車で飛び出しちゃった」


僕と心とマロンは電車とバスを併用しての通学なのだが、蜜葉さんと芽理沙さんは、自宅がそこそこ近いこともあり自転車通学だった。

その自転車に乗ってどこかへ行ってしまったらしい。さすがにこれでは追いつくことはできそうもない。


「大丈夫。行き先はなんとなく心当たりがある。多分、坂の上公園だ。私も自転車だから追いかけられる。

薫風、お前もこい。自転車の二人乗りで追いかけよう」


蜜葉さんが靴に履き替えながら、僕を指差した。


「わかりました。急ぎましょう。僕が漕ぐから蜜葉さん後ろ座れますか?」

「待って、私も行きたい。マロンだって」


心も行きたいと主張するが、自転車は一台しかないので走っていくしかない。


「ここから坂の上公園は徒歩じゃ結構遠いぜ。お前ら地元じゃないから場所もよくわかんないだろうし」


蜜葉さんは一緒に行こうとする心を、先輩らしく優しく諭す。


「心とマロンは部室で待っててくれ。芽理沙さんは僕たちにまかせてくれ」


僕と蜜葉さんは心達を置いて、自転車置き場に向かった。



第十九幕 坂の上公園


蜜葉さんを自転車の荷物置きのスペースに座らせ、二人乗りで公園へ向かう。蜜葉さんは僕の背中にぎゅっと抱きつく形になった。

蜜葉さんがいくら小柄とはいえ、それなりに重いし、何より目的地である公園まで延々と緩い上り坂なので、ペースはだいぶゆっくりだ。

そんなゆっくり進行だったこともあり、最初は気持ちが焦っていたが、二人ともだんだん落ち着いてきた。

そうなるとお喋りも始まる。


「私と芽理沙はさ、小学校からの付き合いなんだよ」


僕の背中から蜜葉さんの声がする。


「ハア、ハア、前も聞いた気がします」

「その頃は身長同じくらいだったんだぜ」

「ゼエ、ハア、にわかには信じがたいですね。蜜葉さんが小学生の時は幼稚園児みたいなのかと思っていましたが。痛っつ!」


脇腹を後ろから激しくつままれた。


「芽理沙もさ、今は鉄仮面みたいなクールビューティーで売ってるけど、小学校の頃は引っ込み思案で泣き虫で、いっつも私の後ろに隠れてるような女の子だったんだぜ」

「それも信じれませんね」


あの悪魔にも可愛いげのある時代があったらしい。


「あれは何だったけなあ。音楽の発表会だったかなあ。放課後に残って皆の前で何かを発表しようとしたら、泣きながら逃げ出してさ」

「へえ。今日と一緒ですね。僕思うんですけどね。人間て歳とったって本質的な部分はきっとかわらないと思うんですよ。

ただむき出しの本当の心を覆う鎧だけが、厚くなっていくんだろうなって。芽理沙さんはきっと今でもか弱くて、泣き虫で、緊張しいの女の子なんでしょうね」


それは僕も同じことだ。僕の鎧も随分厚くなってしまった気がする。厚すぎて本体の姿がもうよく見えないほどだ。本当の自分なんてものは既に消失している。


「芽理沙のクールな姿はただの鎧だってこと?」

「まあ、そうです。それで小学校の時はどうしたんですか?」

「みんな捕まえようとするんだけど、昔から運動神経はいいから。逃げ足早くて誰も捕まえられなくてさ。私だけが追いかけていったんだよ。そんで逃げた先が今向かってる坂の上公園」

「なるほど。小学校の時と同じ場所に逃げたんじゃないかってことですか」

「あいつきっと追いかけてほしくて逃げたんだよ」

「まあそうかもしれませんね。こういうのもツンデレっていうんですかね」

「小学校の時は、結局私しか追いかけてあげなかった。友達も先生もすぐに追うのやめちゃった。坂の上公園に迎えにいったのは私だけだったんだ。それから芽理沙は私に対してそれまで以上にべったりになって、代わりに他の誰とも打ち解けず……今までずっとそのままさ。

私と違って芽理沙は本当にもてるのに、彼氏も作らないで……友達として芽理沙が少し心配なんだよな。あの時、私だけじゃなくて、みんなでちゃんと迎えにいってあげられたら……芽理沙はもう少し他人に心を開ける子になってたんじゃないかって……たまに思ってるんだ」


蜜葉さんはどこまでも友達思いのいい奴だ。あの悪魔に聞かせてやりたい。

だが蜜葉さんのあくまで友達として想う気持ちが、いっそう芽理沙さんを苦しめているのかもしれない。


「それで今回は僕もつれていくってわけですか。彼女の心を少しでも開けるように……」


それは大分荷の重いことだ。


「まあ、それもあるかな。あと自転車漕ぐの楽だし。公園は小学校からはすぐ近くだったけど、高校からは結構遠いからな」

「ハア、ハア、確かに……だいぶ疲れてきましけど……」


正直脚がもうパンパンだった。


「なあ、もし……もしもだけどさ、芽理沙が演劇部やめたいって言ったらどうする?」

「演劇部の創設計画は中止です」


僕はきっぱりと言った。

これは生徒会に対するコネがなくなるとか、そういうことじゃなかった。今の女優四人が一人でも欠けたら、もう僕らの目指す演劇部じゃなくなる。そんな連帯感がGWの練習で芽生えていたのだ。

たとえそれが一時的な錯覚でも気のせいでもいい、今は友情という言葉を信じたかった。


「そうか。ならよかった。もし芽理沙がやめるなら私もやめる……」


蜜葉さんが寂しそうに言った。振り返った時に見えた横顔は、もし演劇部が解散になっても文芸部に入部しよう。例え悪魔がいたとしても……そう思わせるほどの儚さだった。

アイドルには守ってあげたいと思わせる魅力が必要だ。きっと蜜葉さんは素敵なアイドルになれると思った。

是が非でも僕が彼女をいや心やマロン、そして芽理沙さん。彼女逹を素敵なアイドルにしてあげたい。

最初の動機は心の為というより、アイドルになった心が見たいという個人的な理由だった。でも今は彼女逹のために、自分の全てを捧げようと、祈りにも似た気持ちになっていた。これがプロデューサーになるってことなのかな。


「蜜葉さんも芽理沙さんもいない演劇部なんて、肉のないハンバーガー、船のない港、握手券のないアイドルCDみたいなもんです」

「最後の例えが酷いというかキモいんですけど……」

「いいでしょお。僕はアイドルが大好きなんですから。ハアハア、つきましたよ!公園」


最後の力を振り絞り、やっと目的地である公園入り口まで辿り着いた。

坂の上公園は街中にあるような一区画だけの小さい公園ではなく、木々が生い茂る自然豊かでかなり大きな公園だった。ここを無作為に探すのはかなり骨が折れそうだったので、手っ取り早く前回見つけた場所を蜜葉さんに聞くことにした。


「で、前回はどこで見つけたんですか?」

「んー。それがさっぱり覚えていない。よし二手に別れて探そう。そこまで奥に隠れてるとは思えないし。私はここらへん探すから。お前はここいってくれ」


蜜葉さんは公園入り口にある全体地図を指差した。


「じゃ、頼むぞ」


蜜葉さんはそう言うとさっと駆け出していった。

僕もへとへとの体をひきずって言われた場所を探すことにした。


そこは展望台的なエリアで、坂上から街が見下ろせる絶景スポットだった。

しかもちょうど沈むゆく夕日を眺めることができる時間帯だった。

芽理沙さんはそこのベンチにちょこんと背中を丸め、体育座りで座っていた。

ビンゴ、こちらが当たりだったようだ。僕一人だけで声をかけようか迷っていたが、パキンと小枝を踏んでしまった。その音で芽理沙がこちらに振り返った。蜜葉さんが来たと思ってか、芽理沙さんの振り返った顔はとても嬉しそうで、最高に可愛かった。

だが僕を見た途端にその笑顔が急激にしぼんでいく。


「なんだ、君か」


心底がっかりしたような口調で、顔を前に戻す芽理沙さん。


「蜜葉は?」

「二手に別れて向こうを探しています。そのうちここにも来ると思います」

「そっか……」

「メールで呼びましょうか?」

「ううん……いい。きっとそのうち来るよ」


芽理沙さんは体育座りのまま顔を膝に埋もれさせて、貝のように自分の殻に閉じ籠ってしまった。

これは蜜葉さんがくるまで待つしかないのか。


「ねえねえ薫風」


ノロイちゃんが無音に耐えられないのか話しかけてきた。


「蜜葉ちゃんってさ、場所覚えていてわざと薫風をここに行かせたんじゃない~?」


僕は目だけで、どういうことだとノロイちゃんに訊ねた。


「さっきも蜜葉ちゃんが言ってたじゃない、芽理沙は自分以外に心を開かないのを問題に思ってるってさ。ここで蜜葉が来れば芽理沙はまた蜜葉だけに甘えて、精神的により依存してしまう。

きっとそれがわかってるから、彼女はあえて薫風を向かわせたんだよ。薫風ならなんとかしてくれるって思ったんだろうね」


僕はノロイちゃんの意見に納得した。そういうことか……覚えていないって言ったのは嘘か。アホの子だとばかり思ってたけどなかなか策士なとこもあるんだな。

彼女の期待にはできるだけ答えてあげたい。

僕は芽理沙さんの横に座ることにした。

彼女は横に座った僕を、ちらりと見ただけでまた殻に閉じ籠ってしまう。


「ねえ芽理沙さん。僕の秘密を聞いてくれませんか?」


彼女は反応しない。でもこれはやんわりイエスだと受け取った。話を続ける。


「実は僕と心は本当は血が繋がってないんです。まったくの赤の他人なんです」


ノロイちゃんはそれ言っちゃうんだ。とちょっと呆れ顔をしている。でもそのおかげか、芽理沙さんの天の岩戸は少しあいて、わずかにこちらを見ている。


「…………本当に?」

「はい。実は僕、養子なんですよ。――引き取られたのは五歳の時でした。小学校にあがるちょっと前だったと思います。

さすがに五歳ともなると、前後の記憶もはっきりしてますからね。義父母が実の両親ではないとわかっています。

もちろん物凄く感謝していますし、今では実の両親だと思って生きてますが。

だから心とも兄弟じゃないってこともわかってます。もちろん心も」

「そうなの……」

「心と歳が違えば普通に兄弟として入学すればよかったんですけど、同い年だったもんですから、小さいうちは養子な事は周囲にはバレない方がいいだろうと、双子ってことで生活してきました。

ただもう高校生ですからね。周囲に明かしてもいいんですけど、無理に言うことでもないので、今まで秘密にしてきちゃいました」

「養子になった経緯とか、聞いてもいいものなのかしら……」


少し迷ったが全部喋ってしまうことにした。

この件はこれまで誰にも喋ったことはない。

初めて人に喋っているが、だからか、堰を切ったようにどんどん言いたくなってきていた。


「もともと父子家庭だったんですよ。父子家庭といっても父の祖母もいましたから、そこまで不便な生活してたわけじゃないですが。

でもそのお父さんと祖母を交通事故で一気に二人とも亡くしてしまいまして……母とは連絡の取りようもなくて、他に身寄りもなかったものですから、施設に入ることになりそうだったんです。

その時、僕を引き取ってくれたのが義父母達です。実父と義父母は高校からの友人だったんです。血縁的には何の繋がりもない僕を引き取って、実の子供とも別け隔てなく育ててくれた父と母には感謝しかありません」


僕の長い独白の間に、芽理沙さんは顔を上げ完全にこちらを向いている。


「そうだったんだ……実のお母さんはどうされたの?って聞いていいのかしら」

「実の母は僕が一歳の頃に、他に男を作って飛び出していきました。消息はもうわかりません」

「そっか。ごめんね。変なこと聞いて」


聞いたことを後悔したのか、軽くうつむく芽理沙さん。


「いいんですよ。もう昔の事です。ただ義父母は僕が知ってるとは思ってないでしょうね。実の母親は病死したとしか言われてませんから」

「え?そうなの?じゃあなんで……」

「お父さんの日記を読んで知ったんです。日記は遺品の中から見つけました。ほとんどのものは処分されましたが、その日記だけは遺してくれたようです。お父さんは日記魔だったみたいで、中学時代から日記をずっとつけていたんですよ。

そこには若いお父さんの内面とかも克明に書かれてました。実両親は僕がもう少し成長したら見せてくれる予定なのか、見せるつもりはなかったのかわかりませんけど、納戸にしまわれていた日記帳を、小学生の時に偶然見つけてしまって。それで母親のことも知りました」


その日のことを思いだし、遠い目になる。あの頃はまだノロイちゃんもいなく、ある意味でどこまでも普通の子供だった。


「子供にはショックだったでしょうね」


芽理沙さんは珍しく同情するような優しい目で僕を見る。


「そうですね。でもどちらかというと嬉しかったです。だってまだ生きてたんですから。所在はわからないけど、生きているなら会える可能性はまだあるでしょう?」

「そっか。そうよね」

「でもそんなことよりこの日記から、僕はもっと嬉しいことを発見した。お父さんの人生における喜びや怒り、悩みや苦しみそれが全部わかったような気がして、かけがえのない友人を得たというか、まるで心の中にお父さんがいるように思えたんです。お父さんと一つになれた気がした。

なんというか彼が達成できなかった願いを叶えてあげたいとすら思いました」


本心だった。この日記は僕の生きていく上での勇気となり支えとなった。


「なんだか複雑ね。私としては何と答えていいのかもよくわからないわ」

「こんなことを喋ったのは芽理沙さんが初めてです。心にも言ってない。でも何だか喋ったら気持ちが少しだけ軽くなりました。ありがとうございます」


僕が笑いかけると、芽理沙さんは困惑したような表情で笑い返す。


「一体何でこんなカウンセリングみたいになってるのかしら。飛び出した私を、演劇部をやめないで欲しいとか、そういう風に私を慰めたりと愚痴を聞いたりとかに来たんじゃないの?」

「う~ん。そういうのもあるんですけど、なんだろう。まずは芽理沙さんともっと仲良くなりたいって思ったんです」

「仲良く?私と?」


怪訝そうな顔をする芽理沙さん。


「ええ、仲間というかもっと単純に言えば友達になりたいって。そうでなければ何を言っても空々しいだけかなって。だって元々は僕と芽理沙さんは、ギブアンドテイクだけのドライな関係なはずじゃないですか。

僕の提示する報酬に、芽理沙さんがついていけないってなったらもうそれまでじゃないですか。そしたら僕に言えることは何もない。だからその関係を越えられるとしたら、それはやっぱり友情かなって」


ちょっと恥ずかしいので芽理沙さんの顔は見られない。だから彼女がどんな表情で聞いているかはわからない。


「あなたと友達になりたいなんて私言ってないですけど」


冷たく言い放つ芽理沙さん。しかしそれでも怯むわけには行かない。


「そうやって芽理沙さんは蜜葉さんにしか心を開いてくれてないでしょ。でも僕にも少しだけ心を開いて欲しい。そう思ったんです。名を聞くにまず自分からというのがマナーらしいですから。誰かに心を開いてほしいなら、まず僕の方から心を開こうと」

「それが秘密を打ち明けるってこと?」

「そうです。お願いです。僕と友達になってくれませんか?」


こればかりはちゃんと彼女のほうを向いていった。

ただ残念ながら彼女も僕から視線を外していたので、どんな顔をしているのかはわからなかった。


「ふん、嫌よ。あなたが心を開いてくれたからといって、私が開くつもりはありませんけど」


冷たい口調だったが、どこかこれまでよりは柔らかい印象を感じたのは、僕の独り善がりだろうか。


「もちろんそれでいいですよ。これは僕の気持ちの問題ですから。例え僕だけしかそう思わなくても、芽理沙さんは僕の仲間で友達です。だから友達としてお願いがあります」


芽理沙さんの方をしっかり見る。彼女も照れながらこちらを見てくれた。


「部活やめないでください。もう一度みんなで一緒に頑張りましょう」

「あ~、もうやめてよ。蜜葉に言って欲しかったのに……」

「そうですね。答えは蜜葉さんに言ってもらってからにしましょうか。きっともうすぐ来るでしょう。

でも僕の秘密、誰にも言わないでくださいよ。心とは兄弟だって思われてる方が楽だし」

「それはまあ、いいですけど」

「じゃあ約束」


僕は右手小指だけをたてて芽理沙さんの前に出した。


「何の真似?」

「知りませんか?約束は指切りげんまんで誓いあうんですよ」

「知ってるわよそれぐらい。何であなたとやるのって意味よ」

「いいじゃないですか。たまには童心に帰りましょうよ」


呆れた顔をしながらも、芽理沙さんも小指をたててくれた。


「はいはい。これでいい?」


僕と芽理沙さんが小指を絡ませ、指切りしているところに蜜葉さんがこっそりと近づいていたようだ。

不意に僕と芽理沙さんの二人に抱きつくようにタックルしてきた。年若い夫婦とじゃれあう娘の図に見えなくもない。


「二人で楽しそうに何やってんの?」


蜜葉さんがにこにこと笑っている。指切りしている姿を、上手く僕が彼女の心を開かせたと勘違いしているのかもしれない。


「ち、違うわよ。楽しいことなんて何も……蜜葉を待ってただけで……」

「だって何か小指繋いじゃって、結構いい雰囲気だったぜ。にひひ」

「ちょっと指切りげんまんしただけですよ」


僕も何でもないように答える。


「何、何?何約束したのさ」

「それは二人の秘密です。蜜葉さんにも言えない秘密なのです」


僕は芽理沙さんと目合わせするように微笑んだ。秘密の共有は友達の第一歩だ。


「ええ、なんだよ~それ。私にも教えてくれよ~」

「大丈夫、後で言うわ」


芽理沙さんは僕との友情条約は、あっさり破ることにしたらしい。


「ええ?言っちゃうんですか?指切りしたのに」

「まだちゃんと指きったって言ってないから無効よ。それに私蜜葉にお願いされたら断れないわ」

「あんまりだ~!」

「そっか、そっか。じゃあ芽理沙。お願いがあるんだ」


蜜葉さんが母親におねだりするような娘のように、芽理沙さんに抱きついた。


「何かしら?」

「部活やめないでくれよ。今日はちょっと緊張しちゃったかもしれないけど、また頑張ろうぜ!私もうちょっとだけでも続けたいんだよ。

せっかくあんだけ練習したんだ。一回くらいはちゃんと演じきってみたいんだよ。お願いします!」


蜜葉さんが彼女らしくストレートに直談判してきた。


「僕からもお願いします」

「これで断ったら私が悪者みたいじゃない。まったく私に対して二人とも一言も大丈夫ですか?とか心配してくれないし……」


芽理沙さんが拗ねたように口を尖らせる。いつもの彼女だったら、ちょっと珍しい仕草である。言われてみれば確かに。


「すみません。大丈夫ですか」

「今更よ。じゃあそうね、この公園の遊歩道をぐるっとまわると、またここに戻ってくるわ。だいたい二キロくらいかしら。鏑木くんがここを一周、一五分以内に戻ってこれたら考えるわ」

「えええ?まじですか」


このまますんなりとOKしてくれる流れかと思ったが、とんでもない罰ゲームが用意されていた。


「まじよ。じゃあスタート。はいいってらっしゃい。一五分越えたら部活やめるから」

「わあ、薫風急げ急げ!芽理沙はこういうとき結構本気だぞ」


蜜葉さんも座っている僕を慌てて押し出す。


「えええ?じゃあ、いってきます!」


僕は急いで駆け出していく。振り返ると蜜葉さんと芽理さんの二人のシルエットだけが夕陽に照らされて見える。あとは蜜葉さんにお任せしよう。きっと彼女なら芽理沙さんを癒してくれるだろう。

二人きりになりたくて僕をちょっと走らせるんだな。軽くジョギングしてくるか。

そう思っていた。

だが悪魔はしおらしくしていても悪魔だった。

……一五分後。

ゼハーゼハー。

息があがり過ぎて喋ることもできない。

なんなんだ。この本気で走らないと間に合わない絶妙なタイム設定は!と脳内でつっこんでおく。

公園一周なんて簡単かと思っていたが、思っていた以上にアップダウンが激しく、心臓が張り裂けるかと思ったほどの全力ランになってしまった。

その姿を見て悪魔は満足そうな表情。むかつくがある意味で調子が戻ってきてるとも言える。

そこにもう一人、僕と同じくらい息を切らしている人物がふらふらと走りながらやってきた。


「芽理沙さーん」


心だ。僕が自転車で漕いできた坂を、制服姿のまま全力で走ってきたようだ。顔は汗だくで、大きく息を切らしている。


「ハア、ハア、ハア。芽理沙さん。だ、大丈夫……ハアハアハア、ですか?」

「私よりもあなたの方が大丈夫なの?って感じだけど、まさか高校からここまで走ってきたの?」


芽理沙さんが驚いた顔をしている。


「無理して来るなって言ったのに」


蜜葉さんが心配そうに心に駆け寄る。


「だって……ハアハア、そうは言うけど芽理沙さんが心配で……ハアハア、待ってられなくて……」


息も絶え絶えになんとか言葉を出す心。それを聞いた芽理沙さんが嬉しそうな恥ずかしそうな、こそばゆい表情で俯いた。

そんな顔をちら見してるのがバレたのか、


「聞いた?鏑木くん。あれが素直に心配してくれる人の姿よ」


と照れ隠しに僕に口撃してきた。


「どうせ僕はロクデナシですから」

「マロンも……もう少ししたら来る………かも……。一緒に飛び出したんだけど、校門でへばってたからどこまで来てるかわかんないけど……」


へばるの早すぎだろ!

でもあのマロンも来てるのか。あいつは部室で素直に待ってるかと思っていた。

あいつなりに芽理沙さんが心配なのか。もちろん途中で引き返したかもしれないが。


「心さんごめんね。鏑木くんに、それに蜜葉も。私が意気地無しだったわ」


芽理沙さんはしおらしく僕たちに頭を下げた。演技だとは思わなかった。


「ハアハア、そんなこと……ないです……芽理沙さんを気遣ってあげられなくて……」

「私はもう大丈夫よ、高校戻りましょうか。大谷さんに無理してここまで上がってもらうことないでしょ。明日は頑張ってみるわ」

「いいんですか?」

「芽理沙いいの?やったー」


四人で喜んでいるところに、驚いたことにマロンがやってきた。


「あらぁ、もう大体解決しちゃった~?ちょっと遅かったかしらぁ」


マロンが涼しい顔でこちらに歩いてくる。

疲労困憊の心とはまったく違い、息は乱れておらず汗もかいていなかった。


「マロン?あんた、ハアハア、もう来たの?どうやって?」


心が心底驚いている。


「タクシー呼んだわぁ。お金ならあるしぃ。心ちゃんは息切れして大変ねぇ」


マロンが親指と人差し指で円を作りながらのドヤ顔を決める。

ここで心以外はぷっと吹き出して笑いだした。心だけが何とも言えない顔をしている。


「なんか、すっごいむかつくけど、まあこれで全員揃ったし……あれやりますか!」


心がみんなを見る。芽理沙さんは嫌な予感がするのか顔をしかめている。


「あれってまさか円陣?」

「はい!やっぱり気合いをいえるならあれですよ!」

「まあ、そうね。やりますか」


芽理沙さんも仕方がないと覚悟を決めたようだ。

僕たちは腕を伸ばし、それぞれの手を乗せて円陣を作った。

この円陣はGW中に遊びで作ったものだ。挫けそうになったときはわりと効果的だった。


「私たちはー」


心が最初の掛け声をだすと、それに僕たちが続く。


「女優!」

「アイドル部はー」

「ぶっつぶーす!!」

「おーー」


夕陽に照らされた公園に僕たちの笑い声が響く。


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