練習と金と筋肉は裏切らない。
第十五幕 社会科準備室
美沢先生とのデートから明けて次の月曜日の放課後。
演劇部一同は文芸部兼、演劇部(仮)の部室である社会科準備室に集合していた。
女子四人は長机を囲むようにして座り、僕だけがホワイトボードの前に立っている。
まずはみんなに現状の進捗状況を、多少ぼかしながら説明する。
生徒会へは芽理沙さんのコネクションで、部として申請できそうだということ。
その為には顧問獲得が必須で、美沢先生にお願いしたこと。
さらに先生からは顧問を受ける条件として、「学園の人気者」になれ、というお題をもらったことを説明した。
先生からの課題を聞いたみんなは一様に不安そうな顔をする。僕はネガティブな意見が出る前に、ホワイトボードにある言葉を書きなぐる。
「イノベーションを起こす」
僕はそう宣言し、同じことが書かれているホワイトボードをばんと叩いた。
「イノベーションて何?」
蜜葉さんの疑問に僕が答えようとすると、それよりも早く芽理沙さんが答えた。蜜葉さんとの会話をすることは私以外には許さないといわんばかりだ。
「イノベーションとは、革新のことね。新しい技術やシステムによって、環境やそれまでの生活を一変させてしまうような大きな変化のこと。
例えば携帯電話とかね。きっと彼はこれまでの常識を打ち破るってことをいいたいんじゃないかしら」
「へー、なんかすごいってことか。イノベーションはすごい」
蜜葉さんはシンプルに納得してくれたようだ。
「それでそのすごいやつをどうするって?」
「僕たちがこの学校に新たなイノベーションを起こすんです!!」
「表現が抽象すぎるんじゃなくて?もう少し具体的に言っていただきたいわ」
「わかりました。ハッキリ言います。演劇部の目標は、ライブで今年の新人アイドルグループよりも多い集客数を叩き出すことです。それがイノベーションを起こすってことです!」
僕はもう一度先ほどよりも強めにホワイトボードを叩いた。
部室は一瞬の静寂につつまれた。みな不安そうな顔をしている。
「全国での観客動員数なんて勝負になったらそりゃ勝てないだろう。資本が違う。でも大丈夫だ。この勝負はあくまで校内に限った話。校内でどちらが人気者になれるか、そういう勝負だ。
もちろん例え校内に限った話だとしても、常識的にいけば僕らは絶対に勝てない」
僕は一呼吸おいてみんなをゆっくりみつめる。
「だから非常識な戦略でいきます!アイドル部の常識とは逆のアプローチで戦う」
「何か策があるということかしら?」
芽理沙さんは澄ました顔で質問する。
「アイドル部は徹底した秘密主義であり完璧主義だ。新人アイドルたちはアイドルとして磨かれ完成する七月まで、その姿を絶対に披露はさせない。
この七月まではいわゆる僕らに与えられた先行できる時間です。この七月までが勝負です。初披露されるまでに僕たちが校内の人気をかっさらっておく必要がある」
「どうやって?」
「もう一度言いますが、アイドル部とは逆のアプローチでいきます。アイドル部が七月まで隠してくるなら、僕たちは徹底的に公開していきます。日々の練習から苦悩、葛藤すべてです」
「え~そんな格好悪いとこみせたくないけど」
蜜葉さんが口をとがらせている。
「アイドルの本質は未完成だと思っています。例えばダンス。ドルオタは上手いダンスが見たいんじゃない。
最初はダンスが下手だった娘が上手に踊れるようになっていく様が見たいんです。未完成だからこそ、粗があるからこそ、足りないものがあるからこそ、ファンは自分の応援がアイドルを支えられていると思えるんです。
僕らはその最初からを提示することで、真にアイドルが好きなコア層を掴まえます」
「確認しますけど練習も見せるってことですよね?」
芽理沙さんが暗い顔で聞いた。
「そうです」
「演劇は大声をだしますから、練習場所の確保が重要で、どうしようかと悩んでいたんですが……鏑木くんの言う通りなら、その確保がいらないというわけですか……」
芽理沙さんは重い溜め息をついた。頭がいいだけにそれがどういうことか想像できるのだろう。
「そうです。さすがは芽理沙さん察しがいいですね」
「練習風景も見世物にするってことね。まあそれはいいわ。いいですよやりましょう。
ただ、それだけで今年の新人アイドルの人気をとれるとは思えませんけど」
「もちろんです。練習を見せるって言うのはいうなれば顔見せです。ティザームービーみたいなものです。本番はGW明けから始めます。それがこれです」
僕はホワイトボードに新しい言葉を上書きする。
「突撃!スクールアクトレス?」
それを心が不安げな声で読みあげる。
「一五年以上前、後に伝説となるスクールアイドルが使った方法を真似ます。
彼女たちは放課後あらゆるクラスに突撃し、そこの教壇をステージがわりに即興ライブを行い続けたそうです」
「それを真似るってこと?しかも歌じゃないってことはお芝居で?」
「そうだ。芝居というよりは五分から十分もない程度のショートコントで行く。掴みとしてはまず笑いがいいだろう。
笑い以外の感情に訴えるのはある程度認知されてからだな。脚本は基本僕が書きます」
僕はますます不安げな四人に向かって笑いかけた。安心してほしい、誰よりも不安なのは僕なのだから。
第十六幕 校舎の階段
先程の説明のとおり僕らは練習をはじめることにした。
まずは体作り。何事も肉体が資本だ。
そのため僕らは学校の階段を小走りでひたすら昇降していた。
最上階まで登ったあとは一階まで戻りまた最上階を目指す。
その時に人にすれ違えばこう叫ぶことになっていた。
まず僕が
「演劇部はじめました!よろしくお願いしまーす」
と声をかけその後女子四人がかわいらしく
「よろしくお願いしまーす」
と挨拶する。
肺活量を鍛えるための運動と、演劇部の営業を兼ねたものをしているのだが、なかなか最初はうまくいかない。
みんな恥ずかしがって声が出ていない。
最初に声をかけるのは僕だけなのだから、僕の方が倍は恥ずかしい。
ただ十人を越えた辺りで羞恥心は既になかった。何事も恥ずかしいのは最初だけである。
何とも言えない怪訝な表情や視線も慣れればどうという事はない――ということにしたい。
じゃないとあとで死にたくなる。
そういった恥ずかしい以外にも、実際やってみると色々問題も見えてくる。
廊下を走るのは危険だし、かといって歩いたら運動にならないので階段に絞ったが、同じところを動いても飽きてきしまうし、もっと色々な場所に行って、神出鬼没なレア感をだしたほうがいいかもしれない。
その日からは、雨の日の運動部ばりの基礎体力作りが始まった。
階段昇降から始まって、ストレッチ、腹筋運動。背筋運動。腕立て伏せ。さらに発声練習(大声の出しかたから滑舌をよくするまで様々)
これらメニューは鹿野から、アイドル部での基礎練習を詳しく聞き、それを参考に組み立てた。
芽理沙さんと蜜葉さんは空手経験者だけあり、少し運動をするだけ昔の勘を取り戻したようにきびきび動いている。
僕と心は運動はそこまで不得手ではないが、大谷は辛そうだった。なにせ体重は人の倍ある彼女。あらゆる運動がハードモードになる。
さらにそこに食事制限が入った。
ちなみに鹿野から食事制限についてもコツを教わった。
制限といっても量を単純に減らしてもだめで、運動をして肉をがっつり食べるのが良いらしい。肉類をきちんと摂取しないと、運動しても疲労するだけで、筋肉にならないのだ。
肉体を筋肉質に作り変える。
それが痩せるというか引き締める効率の良いやり方らしい。
部活後は大谷は焼き肉を食べてから帰宅しているらしい。
財布に厳しいダイエットである。
そんな大変な部活を大谷は何の文句も言うことなく、素直についてきてくれた。
だが、そんな地道な練習ばかりでは、衆目を集めることは難しい。
そこで鹿野からのレッスン情報にはない、演劇部特有の練習も入れていくことにした。
「パントマイム」である。
有名なところで、空気壁があるだろう。
そこには何もないのに、手や腕の動きでまるでそこに物体があるかのように見せるパフォーマンスのことである。
舞台でのお芝居というのは、テレビでの芝居と違って動きで魅せる必要がある。
特に僕らはしばらくはコントを中心に活動する予定なのだから、ないものを見せる技術は必要だった。
こればかりは教えてくれる人もいないので、本を買ったり、プロのパフォーマーの動きを真似ることで自分達なりに習得していった。
何事もやっていけばコツもわかってくる。大事なのは動作開始前の誇張された動きと、しっかり止めることだった。
廊下にならんで、未熟ではあるが空気壁を披露しつづける美少女達。これはギャラリー受けもよく、演劇部の知名度を上げてくれた。注目を集めるからか、蜜葉さんは特に必死に練習していた。
練習を始めて一週間もしないうちに、芽理沙さんを除く女子三人からは羞恥心はなくなってきていた。
むしろこの状況を楽しみ始めているようだった。
というのも途中からは「あ、演劇部だー。頑張ってー」といった掛け声までもらうようになっていたからだ。
ただ芽理沙さんだけは、なかなかこの状況を受け入れられないようだった。
衆目に晒されるというのが、彼女にとってかなりストレスになっているようで、無理をしているのが十分わかった。
それでも眉目麗しい彼女は、自然と僕らの広告塔というか、注目を浴びてしまう。
常に逃げ出したい気持ちと、蜜葉さんへの気持ちとで戦っているようだった。
練習にはちゃんとつきあってくれるが、道行く人に挨拶はまだまだできそうになかった。
どうしても固く俯いてしまう。
僕は別にそれでも良いと思っていた。
むしろずっと恥ずかしがっている姿が、かわいいと一部には強く受けるはずだと確信していた。
ただそれは僕の傲慢な甘い考えであったと、後日痛感することになるのだが。
そんなわけで不安材料は抱えつつも、それでも誰一人欠けることなく、この地道な練習を四月終わりまで続けた。
そしてGWが始まる。ある意味ここからが本番だ。
ここからはショートコントの練習が始まる。
これまでの基礎練習の傍ら、苦しむ美少女たちを横目に、僕はずっとその台本を書いていたのだが、とにかく苦労した。
これまでテレビではコントや漫才は見てきていたが、いざ自分で書こうとするとその難しさや大変さに呆れかえるばかりだ。
それでもどうにかこうにか、書き上げた後にくるのは、達成感とは別の感情。
恐怖だ。
自分が書いたものまず演者に見せて、さらに見知らぬ人間に見せるのだ。
これを恐ろしいと言わず何というのか。
それでも心を思えば、心だけではない。僕の言葉を信じてついてきてくれている女子たちを思えば、放り投げることなど許されない。
僕はノロイちゃんにだけは泣き言を言いながら、なんとか締切の日までに初のコント原稿を書き上げた。
第十七幕 社会科準備室
ゴールデンウィーク明け初日。本日は連休明けの平日という、全国的に気だるい日だ。
だが僕たち演劇部にとっては今日は勝負の日、初公演の日。気だるさなどなく朝から緊張状態にあった。
ゴールデンウィーク中は、僕らは全員、毎日学校に集まり練習してきた。練習量は充分だと思うが、それでも本番を考えると心配になり、何度も繰り返しやってきた。
といっても僕はその横で次回作、次々回作さらに次の台本を必死に頭抱えながら書いているだけだったのだが。
練習も初回だけではなく次回の分や次々回も始めていた。
女子四人の練習を見つつ、台本を書き、それが出来上がったら、その場でみんなで通し稽古に入ったりと、この一週間はこれまでにない濃密な時間を過ごしてきた。
目的も性格もバラバラの集まりだった五人が、確実にひとつのチームとして作られていくのを感じていた。
だからだろうか、今日の昼休みは約束したわけでもないのに、自然とみんな部室に(文芸部のだが)集まってそこでお昼を食べつつ、最後の打ち合わせをした。
皆緊張しながらも、練習の成果を出してみたいと軽くはしゃいでいて、特に蜜葉さんは「あー早く上演したいなー」と放課後を誰よりも心待ちにしていた。
ただその中でも芽理沙さんだけは一人沈痛な面持ちだった。
(緊張しているのはわかるけど、こういうのは慣れだからな……芽理沙さんは台詞も一言だけにしてあるのだが……何もないといいが……)
この僕の心配は杞憂であることを願うが、悪い予感というのは大概あたるものだ。




