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ノロイちゃん名前を名乗る

挿絵(By みてみん)

序幕


 青春の幻影みたいな、そんな物語をひとつ語らせてもらいたい。

 スクールアイドルという夢を目指した四人の少女たちと、それに少しだけ助力させてもらった僕の話だ――

 早速その少女たちについて語りたいのだが、しかし何事にも順番というものがある。まずは語り部である僕の特異なパーソナルについてだけ、先に触れておきたい。

 どうやら僕は呪われているらしい。もっと正確に言えば取り憑かれているのだ。

 一言で言うならばそれは――アイドル、にである。

 僕はアイドルに取り憑かれている。

 これには二つの意味がある。

 一つは僕が筋金入りのアイドルオタであるということ。西に新しいアイドルが産まれたと聞けば、飛んで祝福し、東に解散するアイドルグループがあれば、おづがれざまでじだああ。と滝のような涙を流す。これといった推しメンはなく、ただとにかくアイドルが好き好きでたまらない。アイドルオタ用語でいうDD(D=誰でもD=大好き)野郎が僕である。

 それが一つ。もう一つは夏の怪談話的な意味で、僕はアイドルに取り憑かれている。

 僕がアイドルに付きまとっているのではなく、アイドルが僕に憑きまとっている。

 僕が振り返ると、そこにはいつもアイドルが、いる――――

 まず最初に自己紹介させていただくと、僕の名前は鏑木薫風かおる

 優しい父、美人な母、母に似たかわいい同い年の妹、少し歳の離れた元気な弟に囲まれ、ほどほどに無難な人生を歩んできている。ただ一つ僕がアイドルに呪われて、アイドルに取り憑かれて、アイドルに縛られているという点以外は、僕は一介のただの高校一年生である。他には日記を書くのが趣味ぐらいだろうか。

 僕の細かい描写は些末なことなので、早々に切り上げよう。それでも最低限、容姿にだけ簡単に触れておくと、顔は男性アイドルみたいなイケメン。とでも想像してくれれば僕はそれで全然一向に構わない。

むしろそう思え!!

 それよりも僕に取り憑いてるアイドルに話を戻そう。

 彼女にはノロイちゃん、という名前が与えられている。冗談みたいな酷い名前だ。

 思い返せばノロイちゃんとの出会いは、何年も前に遡る。


************************* 

 僕が小学五年生の時だ。

 その頃の僕はアイドルにはこれぽっちも興味はなく、穢れのない純粋な子供であった。

 夕方、自室で宿題をこなしていた僕は、何かの気配を感じ後ろを振り返った。その時ベッドの上にノロイちゃんが立っていた。彼女を見た衝撃は未だに忘れられない。

 背丈は子供ではなく、十分に大人。髪は茶色く染めており大きなリボンで後ろにまとめられている。そして何より目を引いたのがその服装。満員電車にいたらさぞかし迷惑になるだろう横に広がった短いスカート。そのスカートからはさらにふりふりのレースが見える。上はブレザーの制服のようでもあったが、異様に大きいリボンネクタイと袖先のレースのフリルが制服ではないことをアピールしていた。それはどう見てもアイドルのステージ衣装だった。


挿絵(By みてみん)


 つまりアイドルにしか見えない大人が突然ベッドに立っているのだ。当然だが驚き大声を上げた。


「わああああ。だ、誰だっ!!」


 変声期前のソプラノボイスで叫びつつ、どこから入った?部屋の入り口のドアは机の横にあり、ドアが開いたなら気づかないはずはなかったと思った。

彼女はきょとんとした顔をして、そして悩み始めた。


「う~ん、私は誰……か。私の名前は、え~と何にしようか……そうだ。私、ノロイちゃんていうの。よろしくね」


 謎の女はにこやかにピースサインをした。どこかで見たような気がした。


「嘘つけ!今何にしようかなとか言っていたぞ」

「違くないよ。さっきまで名前がなかっただけで、今私は自分で名前を決めたの。私の名前はノロイちゃんよ」


 ノロイちゃんと名乗った彼女は、垂直姿勢のままベッドからフワリと浮かび上がり、空中で首根っこを抑えられた猫のような姿勢をとった。


「うわああああ。う、う、浮かんだあああああ。お前一体何なんだあ」


 僕は仰け反った。そんな僕の反応を見て、彼女は楽しそうに空中で笑い始めた。それと同時に僕の叫び声を聞きつけて、母の紗更さんが部屋に慌てて入ってきた。


「薫風どうしたの?何かあった」

「あっ、お母さん!知らない女の人が僕の部屋にいて、それでふわふわ浮かんで……」


 僕はノロイちゃんを指差しながら、駆けつけた紗更さんに事の状況を必死に説明した。驚きの連続だったが、次の紗更さんの台詞がそれまでで一番びっくりした。


「知らない女の人?一体どこにいるの?」


「え!」僕は固まった。僕の目の前にははっきりと謎の女がだらんと浮かんでいるというのに、それが見えないというのだ。


「どうしたの?ふざけてるの?」紗更さんは心配そうにこちらを見ている。

「違うよ!ふざけてなんかいないよ!お母さんこそふざけないでよ。ここにいるでしょ!ここに浮いてるでしょ?」


 僕は必死でノロイちゃんを指差した。その際に僕の手が彼女の足をすり抜けた。

 今度は声にならない驚きだった。怖る怖る手をゆっくり彼女に近づけると、手は何の感触もないまま彼女の体をすり抜けていく。

 このあたりで、ノロイちゃんは誰の目にも見えないし、触れないし、彼女の声も聞こえないのだとわかってきた。このままでは精神病院に連れていかれるのではと恐怖した僕は、必死で、冗談だ、自分は正常だと言い、なんとかその場は収まった。しばらくは両親の心配そうな視線が痛かった。

 それから五年がたつが、彼女は僕の斜め後方に二十四時間三百六十五日。年中無休。いつでもどんなときでも、常にぷかぷかと浮かんでいて、そして僕から三メートル以上離れることができない。(ちなみに個室トイレの時は部屋から出ていってくれるし、己を慰めたいときは、寝たフリをしてくれる気遣いはある)

 

 彼女は一体何者なのか?

 

 そこは大いなる謎なのだが、一つわかっていることがある。名は体をあらわすとは正にこのこと。彼女のノロイちゃんという名前は嘘でも何でもなく、彼女は僕への呪いそのものだった。冗談ではなく、僕は本当に呪われているのだ。

 彼女の呪いというか、特異能力を示すエピソードがひとつある。


***************************


 再び僕が小学生だった頃の話だ。

 柄の悪い中学生三人に絡まれている一人の同級生の少女がいた。彼女は口が悪いので、大方のところ彼らを侮蔑するようなことを言ったのだろうと思ったが、年下の女子相手に男子三人がかりというのはいかがなものかと思い、つい彼女の前に立ってしまった。

 不良たちも女子相手に暴力をふるうのは躊躇っていたようだが、男子の僕なら問題ないとばかりに殴られた。地べたに寝転び、さらなる暴行を受けそうになった時、ノロイちゃんの特異能力が発動したのだ。


「薫風、ちょっと手助けしてあげようか?」


 ノロイちゃんは地面に突っ伏している僕の耳元に囁いた。


「手伝うって……どうやって?」


 誰にも聞こえないように小声で喋る。


「私のちょっとした能力でね」


 ノロイちゃんはそう言うと、不良三人にとり憑くように彼らの背中にそっと触れた。


「はい、完了だよ!」


 ノロイちゃんは元気に僕の元に戻ってきた。

 ただ触れただけで何も起こっておらず、もっとこうアニメのような激しい爆発とかビームでも出るのかと期待したが、そういったことは何も起こらなかった。


「なんかしたの?」


 小声でノロイちゃんに話しかける。


「うん、彼らに呪いをかけたの」


 爆発こそしないが、確かに三人組は不思議そうに立ちつくし、殴りかかってくる感じではなくなっていた。


「どんな呪い?」

「アイドルが好きになる呪い!」


 ノロイちゃんは可愛らしくウィンクした。目から星が散ったようだ。


「はあ?アイドルが好き?」


 そのあざとい仕草に、腹が立ったこともあり思わず大声が出る。


「え?アイドル?お前アイドル好きなの?」


 僕の発したアイドルという単語に、不良たちが反応した。その後何故かアイドル談義になり、殴ったことは謝られにこやかに別れることになった。

 この時はっきりとわかったのだ。

 ノロイちゃん出現後、どんどんアイドルが好きになっていたのだが、これはつまり彼女の影響だったのがはっきりした。僕はアイドルを好きになるという呪いをかけられたのだ。(なんてみみっちい呪いなんだろうか)

 驚きばかりの彼女だが、もうひとつ驚くことに、僕がこれから語るこの物語は、ここまでつらつら語ってきたノロイちゃんとはほとんど関係がない。


 最初に言ったが、この物語の主役は四人の少女達だ。

 ノロイちゃんは漫画の背景モブみたいなものでしかなく、あくまで語り部である僕のちょっと変わった相棒に過ぎない。誰にも見えないし、誰にも触れないし、誰にも聞かれないのだから。

 ただ彼女こそが僕の青春の幻影であることは間違いはなかった。

 ――そしてこれから語られるのは、新しいアイドルの形。スクールアイドルの物語だ。

 ネットの普及によって、エンターテイメントは個人が発信し、個人が楽しむという、エンターテイメントの自給自足とも呼べる時代に様変わりしていく。

 そこではアイドルの存在意義も大きく代わり、昔はクラスに一人はいそうなアイドルから、クラスに一人はいるアイドルへ変わっていく。

 そうスクールアイドルが主流になっていた!

 これはそんなスクールアイドル達と、それになれなかった彼女達の物語である。


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