彼女はあくまでギルド嬢
チュンチュン
小鳥の鳴き声が聞こえる、起きなきゃ。毛布を跳ね除け、体を起こす。
今日も、一日が始まる――――
私は冒険者ギルドに受付嬢として務めている。昔はそこそこ名の知れた冒険者だったけど、戦うよりこっちの方が向いているから辞めた。ここの人たちは皆優しいし、昔の仲間も時折来てくれる。何よりこの業務、楽しい。
「よお、久しぶり」
…こいつが来ると楽しくない。
「なんの用ですか不審者さん」
こういう棘のある言い方をするのも無理はないだろう。彼は全身真っ黒の装備で固め、すっぽりと顔を覆うこれまた黒いフードを被っている。そして何より彼は…
「久々に会ったってのに、ひでぇ言い様だな。これでも勇者だぞ?」
そう、勇者なのである。
何でも物語の勇者にあこがれて旅に出たら、とある神殿で女神様とやらに本当に勇者認定されちゃった男である。しかも既に人間界を侵略しようとした魔王を退けている。つまり世界を1度救った男だ。
しかし私からしてみればただの調子に乗ったナンパ男である。
「で、何の用ですか?あなたのお気に入りのエリザベスさんなら彼氏さんと南の方へ旅行に行きましたよ」
「嘘!?そんな…いやいや、それはショックだけど、そうじゃないんだ」
「じゃあマリーさんですか?この前第2子が生まれたとかでお祝いしてきたとこですよ」
「え!?俺がここにいたときは彼氏いないって言ってたのに…結婚まで…じゃなくて!」
そうじゃないのならいったい何だというのだろう。
「最近、また魔王がこっちに侵略しようとしているらしい。そこで仲間と情報を集めているんだ。どう?魔王討伐軍再結成だけど、来ない?」
「行きません、私あくまでギルド嬢なので」
即答した。
「そこを何とか!」
「行きません。情報渡すのでさっさと帰ってください」
「お願いだよ~貴女がいれば百人力です!ですからどうか、どうか仲間になってください!」
「最近東の森の方で魔物が活発に活動しているようです。あと北の湖で不審な魔力が観測されています。おそらくリヴァイアサンかと」
「スルー…って、リヴァイアサン!?やばいじゃん!」
リヴァイアサンとは、簡単に言うと、水場に生息する巨大蛇である。ぶっちゃけ弱い。
「それを弱いと言えるのはお前ぐらいだよ…」
「いいからさっさと行ってきてください。こいつのせいで観光ツアーの予定が組みづらいんですから。ほら早く行った、しっし」
軽く手で振り払うジェスチャーをする。
「お前がいれば魔王なんてすぐ倒せるのに…」
ぶつくさ文句を垂れ流しながら彼は帰って行った。
…なぜだろう、どっと疲れた。今日は早めに寝よう…
俺は勇者、それも1度世界を救った勇者だ。まぁ細かい話は置いといて、今は俺より強い、おそらく世界で最も強いギルドの受付嬢の話をしよう。
俺が彼女と出会ったのは勇者になってしばらくした時だ。強大で凶暴な竜を倒すときに、彼女のパーティと一緒になった。俺はそのとき、彼女の美貌に一目惚れした。その思いを自覚してからは、もうめちゃくちゃにアタックしたが、見事に玉砕。しかもナンパ男というレッテルまで張られた。俺はいつでも彼女一筋なのに。
彼女は腕っぷしが強かった。勇者としての力を手に入れた俺でも何とか倒せるだろうというその竜を、一本の、何の変哲もない市販の剣だけで、竜の鱗を切り裂き、目を抉り取り、心臓を突き刺した。
俺は彼女に聞いた。「どうしたらその剣であんなことができるんだ」と。
そしたら彼女は答えた。「魔法でちょっと強化しているだけですが、何か?」
俺はとても驚いた。ただの剣でも、お世辞にも切れ味の鋭いとは言えないような剣でも、彼女の魔法で竜を倒せるだけの威力が出せるのだと。
だから彼女がいればきっと魔王も倒せるんだろうと思ったけど…まぁいい。しばらくこの街には滞在する予定だ。その間、彼女にアタックしよう。ついでに仲間にも誘おう。うん、そうしよう。
この後しばらく、謎の黒づくめの男がギルド一の美人に何やら言い寄っていたが、悉く断られ、落ち込んで帰る姿が見られたという…