第01話 その者、改めて認識する
猫が、犬が、トカゲが服を着て、歩いている。
さも当然のように。
間違いない。
(……まぁ、地球じゃねえよな)
苦笑いを浮かべながら、目元深くまでフードを被った俺は、ごった返す大通りを歩いていた。
周りを見渡しながら歩いてみているが、建造物の意匠から、中世の頃の趣が感じられる。
(けど、うん、歩いている人が人なだけに完全にファンタジーなんだよな)
くくく、と喉の奥を鳴らすようにして笑えば、不意に感じた視線に瞳のみを動かした。
(……見られてるか?)
格好が格好だから追い剥ぎとかか、と胸中で考えを呟き、敢えて雑踏に紛れ込むようにして歩いてゆく。
そこで視線が途切れた。
(……ふぅ)
額に浮く汗を拭えば、安堵に息を吐く。
(ま、追い剥ぎじゃなかったとしても、好奇の視線で見続けられるのは嫌だしな)
うん、と首を縦に振り、今度は両脇に並ぶ露店の商品に眼を向けた。
(見た事ねえ果物が多いな。それに――)
視線の先、青い暖簾が目立つ店に整然と並ぶ器具――ああいや、剣や盾、斧に槍といった装備。
ファンタジーな世界なら、必ずしも存在する装備。
それらを商品とする、いわば武具屋と言ったところか。
それが今、視線の先にあった。
先程の緊張の比ではない。
額に浮く汗の量が尋常ではない。
口の中が厭に渇く。
(地、地球じゃないのは解ってたが、まさか装備が売られてるとは……)
改めて考えていた事が現実となると、その形容し難い念は、怒涛の勢いで胸を満たす。
(参ったな……)
戦いの心得なんざねえぞ、とボヤいて、頬をかく。
そこに来て、心臓が高鳴った。
装備がある。
戦いがある。
解った。そうだ、今胸を満たしたのは、恐怖だ。
殺されるかもしれない。
死ぬかもしれない。
そんな、反吐が出るような甘い考えを一気に拭い去る事実が、形となって目の前に幾つも並んだものだから、身が竦んだのだ。
けれど、確かに恐怖は覚えているものの、どうにか出来ないか、なるべく厄介事に巻き込まれないようにしなければ、と言う思考は良好に働いていた。
恐怖に思考が止まってしまえば、その時点で終わりだ。
思考がしっかりと働いているのなら、まだどうにかなる。
浮かばぬ弱音に、漏れぬ尻込み。
この時点で俺は確かに気づいていた。
思考が働いているのは良い。
しかし、この心中に渦巻く妙な高揚感は、一体何であろうか、と。