白きドラゴンの伝説
たぶん乱立してるジャンル。なんとなく来たのでなんとなく書いた感じです。
三時間かかって笑うしかない。
吾輩はドラゴンである。
名前を付けられる前に堕とされた。異端とのことである。
前世は日本の東京生まれ、ナチュラルシティーボーイ(笑)である。
堕ちたと言ったが、そうは思っていない。人間を喰うやつなんてまっぴらごめんである。負け惜しみではない。
違うんだからな。
違うんだからな!
しかし、吾輩は生物の中ではトップを誇る人の知能と、竜の肉体を持っているわけだ。
これほどすべての頂点に立てとばかりに生まれてきたヤツがいただろうか?いや、ない。
孤立した――いや違う、孤高の存在となったわけだが、飯はどうしたものだろうか。近くに村がある。だが人食うのは嫌である。蛮族だろう、ナチュラルシティーボーイ(笑)たる俺がやるべきことではない。そもそも気色悪い。他のドラゴンとは違うのだよ、俺を下界に捨てたヤツラとは全く違う。シティーボーイなのだから。
ではどうすればいいのだろうか。家畜でも襲って食っちまえばいいのだろうか。
しかし、代わりに支払うものなどない、と困った時である。何を言っているのだと思わず笑ってしまった、俺は世界の王者となるべく生まれた存在である、人間ごときになにを遠慮しているのだろうか。
そうと決まれば善は急げである。別に善ではないような――いいや、人間のような下賤なものが王者たる俺に、家畜を喰っていただけるのだ。身に余る光栄として涙を流すがいい。
翼を広げ、空へと飛び立った。霞めとるように牛を口で掴み、飛んでいく。
取ってきた牛をムシャムシャと食べる。微妙である。和牛と比べるとどうにもマズい。
血なまぐさいし――そうだ、血抜きをしなければ。そこらの木にひっかければいいのだろうか?
―――一応成功のようだ。血なまぐささの減った肉を食べつつ、うんうんと満足げに頷く。
といったところで、問題点が上がった。このまま襲い続ければ、討伐隊とか組まれるのではないだろうか。霞めとる方法だと強さがわからない。
実に面倒だ。寝返りで人なんぞひきわり納豆のごとくバラバラにできるが、安眠妨害は嫌だ。
――そうだここら一体で強いやつをぶっ殺してやろう。死体を姿を見せつつ放り投げてやれば、討伐は無理だと理解してくれるだろう。
いやはや、恐ろしい頭脳だ。ただのドラゴンとは違うのだよ、俺はシティーボーイなドラゴンなのさ。
リク村の村長は頭を抱えていた。周囲に立つ人々も青ざめている。
それには理由が二つある。一つは村を襲撃する魔物の群れである。オークで、若い女をさらってきては母体にする、劣悪な魔物である。すでに襲撃はうけており、なんとか追い返したが、数体だというのに村はボロボロであり、次の襲撃を受ければたちまち村は滅びることだろう。
そして二つ目、ドラゴンである。自然災害と呼ばれている。それは人ではどうしようもできないことから由来している。
牛を掻っ攫った、恐ろしい巨躯を思い出す。真っ白な鱗は美しいとさえ思ったが、過ぎ去った後に残るのは、濃密な畏れだった。
「逃げれば、逃げれば助かるかもしれない!」
「それは無理だ、オークが待ち伏せしている!俺、見たんだ、オークがじっと村を見ているところ。何人か逃げられても、ほとんど捕まっちまう!」
「ああ、なんてこと!」
「そうだ、王都に救援を!」
「戦闘になればまずドラゴンがでてくるわ!ドラゴンがでるようなところに軍隊が来るわけないじゃない!それに、オークが周辺を見張っているのに、どうやって外に出るのよ!」
「じゃあどうすればいいんだよ!」
室内には嘆きが渦巻いていた。それは仕方がないことだと村長は思っていた。
あぁ神よ!老い先短い私一人の命を捧げるだけで良いのなら、いくらで捧げよう。だから、若い者は救ってはくれないだろうか――。
刹那、地面が揺れた。巨大な揺れである。家の外から何かが落ちてきたような轟音が鳴り響いた。
外へと人々が飛び出すと、まず初めに飛び込んできたのは白き竜であった。
当然、恐怖により人々は逃げ回っていく。それを止めたのは、オークが血まみれになって何体も横たわっていることだった。ドラゴンは人々を襲わずに、表情はわからないが、なんだか満足げに笑っているように見えた。
――いや、恐らくは笑っていたのだろう。その後、村の人々は口々と『満足そうに笑っていた』と個々だが、同一の見解を言ったのだ。
「……お主、救ってくれたのか?」
村長は問う。ドラゴンは吼えた。問いに『あぁそうだ』と言っているのだ、と村長は感じた。
それを裏付けるがごとく、ドラゴンは翼を広げた。純白の美しい翼が陽光を受け、金剛石を思わせるきらびやかさに感動の余韻を残し、最後まで人ひとり殺さずに去っていったのである。
それが真実であれ、間違いであれ、人々は感動に打ち震えた。
歓声が響いた。人々は抱き合い、涙を流しあった。
村長はその日、その出来事を小さな日記に書き記しておこうと決心する。
吾輩はドラゴンである。
この世界の人間が話す言葉がわからない。……いや違うし、勉強すればラクショーだし、俺シティーボーイだし。
最近牛が取れる位置に置かれている。半年に一頭の周期で取りに行っているが、人間どもが観念したようだ、前の牛よりかは数段美味い。貢ぎもののようなものだろう。
下等生物はそうやって強いものにまかれてればいいんだよ。まぁまかれても?助けてやろうなどとは?思わないがなぁぁぁ!
しかし、その優越感はとある女のせいで害されることとなる。
いつも通りに牛を取りに行くと、一人の女が子供を抱えて走り寄って来たのだ。
なにかを喚いている。言葉がわからない。外国語って少し怖い。――違う、まぁラクショーだけどな、ちょっと勉強すればすぐにペラペラだけどな。
だがこいつは子供を見せびらかすようにしている。覗き込めば、子供は皮膚が石のように固まっている。うえ、バッチィ病気じゃねぇのか。
もしやこいつ、俺に助けろと言っているのだろうか。思い上がりも甚だしいといったところである。牛はお前らの献上品である。感動に咽び泣くのだから、むしろ俺からお前らに貸してやっているわけである。貸しだと思っているなら、もう一度力の差を思い知らせてやらねばいけないようだ。
俺はにやりと笑って翼を広げた。村人たちが女を追って、羽交い絞めにしているところを眺める。もう遅い。俺の力に震えあがるがいいさ!
山の頂上へと上り、良いものはないかと周囲を探索すると、巨大な岩があるのに気が付いた。
火山だったのだろう、火口の奥では真っ赤なマグマが流れているのが見える。その溶岩付近のところに巨大な岩はあった。
家二三軒分はあるだろう、これを村の中心に突き立てておいてやろう。
それが起きたのは、夏の暑い日のことである。
もうまもなくドラゴンに牛の贄をささげるときが近づいてきた時、村で唯一の医者であるフォルマンが、村長宅に駆け込んできた。
『岩肌病』魔物が引き起こしたとされる病気である。まず肌の表面が石のように固まっていき、最終的にまるごと石像のようになってしまう。
赤ん坊の母親は助ける方法はないか、とフォルマンへと縋ったが、返答は良いものではなかった。
王都であろうとも、薬になる花の材料が希少すぎて、ほぼ治療は不可能という。
そのうえ値段も膨大な金額となる、村をひっくり返してもでてはこない。
「どこに、どこにあるのですか、その花は」
「炎結晶花といいます。火山地帯の――火口に生えているのです」
「そ、そんなものがあるのかね」
村長の言葉に、医者は頷いた。
「一山に一つだけ。生えているかもわかりませんが、摘まれていなければ永遠に咲き誇る花なのです」
「だったら――」
「人が手に入れようとすれば、たちまち熱に焼かれてしまうでしょう」
その言葉に、限界が来た母親はわっと泣きだしてしまった。
「なぜ、なぜ私の子供にこんな試練を与えられなければならないのです!」
誰にもその嘆きに応えられる人物はいなかった。どうしたものか、と見合っていると、母親が嘆きを止めて、医者を見た。
「白銀様なら、白銀様なら取ってこれはしないでしょうか」
白銀様。白銀のドラゴンである。オークを救ってくれたドラゴンのことを、この村では畏怖と敬意を合わせ、白銀様と呼んでいた。
その着想に、この場にいるすべてが顔色を変えた。
「ど、ドラゴンに願うなど」
「ですが、ですがこの子は死んでしまいます。それに救っていただきました!白銀様は人をお救いするドラゴンではないかと皆噂しているではないですか!」
「それで村が滅びたらどうする!?村の長として滅びへとつながることは了承できん!」
それに同意する形で、その場にいる何人もが声を揃えて「やめておけ」と説得に当たった。しかし、母親の瞳に宿る炎は絶えることはなく、やむなくドラゴンの捧げる日は、家へと無理やり監禁することになった。
が、母は強しというのだろうか、警備をすり抜け母親は子を抱えてドラゴンへと疾走した。
その必死な様子に、村の男衆は良心がとがめた。だからこそ、母親はドラゴンへと接近し、救ってくれと乞う。男たちが遅れて飛び出したその時、ドラゴンはにやりと笑った。
母親を追った男たちは、それを見てはいなかったが、足が悪い村長はその笑顔をしっかりと見た。
その夜、村の中心へと巨大な岩石が突き刺さった。外に出ると、人々は月明りに照らされて、ドラゴンが飛び去っていく姿をハッキリと見ることとなる。
医者は驚き、岩石へと近づき、生えている一本の花を毟り取る。
母親は医者へと近づき、藁をもすがる気持ちで訊いた。
「ああ……それは、それはもしかして……!」
「炎結晶花、です」
「ああ、やはり、白銀様は人をお救いになられるお方、神様のようなお方……!」
母親は涙を流し、ドラゴンの去っていった方角に祈り続けていた。
その中で、村長は不安に満ちていた。ドラゴンは知能高き生物だ、与えるならば理由があるはずなのだ。気まぐれならばそれでいいのだが――。
吾輩はドラゴンである。
村人が何故か祈りを捧げてくる、恐怖により精神的な支配が上手くいっているようでなによりである。像すらできていた、やはり俺はすべての頂点に立つべくして生まれた存在のようだ。
ふふふ、と上機嫌で空を飛んでいると、向こうになにかが見えた。黒い点が一塊になって、こちらへと土煙を挙げて向かってきているのである。黒い点は空すら飛び――それがドラゴンであると、すぐに理解できた。
なんだなんだと近づいてみると、一体のドラゴンと目があった。
『白き竜だと……!?』
――言葉がわかった。思わずジンと来てしまい、涙がでそうだった。――いや別に寂しくなんてねぇし、孤高だし。
だが仲間である、交流を深めるくらいいいんじゃないかな、なんて思うのは、当然のことである。統べる者なのだから、そう、当然なのだ。
『やぁなんていうかー、こんにちは?元気?』
やべぇコミュ障まるだしだ。
『魔王に歯向かうものめ!今ここで散るがいい!』
衝撃。煙が視線を覆い隠す。ちょっと痛い。竜の息吹だとすぐに気づいた。
俺もできるのだろうか――なんて疑問に思ったが、どうでもいい。
『なぁっ……無傷だと!?』
『……』
この仕打ちかよ。許せない。こいつはいじめっ子というやつなんだ。畜生。
『こちとらいじめられっ子から武術習って最終的に自衛隊になったんだコラァァ!』
ドラゴンへと急速接近する。驚き、爪による一撃を加えてきたが、それを軽々と回避。腹部へとブロー、そのままくるりと回り、遠心力と重みを乗せて、地面へと叩き落した。
『なァッ!?ベルアーク様!キサマァァァ』
『ルドウィン様に続け!』
『こいやぁぁぁ!いじめっ子は群れやがって!一体じゃなんもできねぇのかぁぁん!?』
村に、魔王軍接近との情報が入ったのは、魔王軍がすでに山三つ分ほど近づいた後のことであった。すでに侵略された地域から逃れた難民により、この件は村中が知ることとなり、村人たちは急いで支度した。混乱は起きなかった、きっと白銀様が守ってくれている、そういって冷静な対応をしている。
村長は一人、不安はあったが安堵していた。まだまだ怖いが、白銀様がいるからこそ犠牲無く支度できたのだ。
荷車に積み込んだとき、白銀様が空を飛んでいるのを、母親に背負われた赤ん坊が見つけた。
岩肌病から一命をとりとめた小さな女の子である。白銀様が現れると、泣いていても笑顔で笑っていた。きっと救われたことを感謝しているのだろう、なんて村人たちで笑い合った。
そんな女の子は、白銀様が山の向こうへ、つまりは魔王軍の方向へと飛び去っていくのを見たとき、なんだか悲し気な表情をしたのを、村長はなんとなく記憶に残った。
村人たちは、親戚を頼って散り散りとなった。村長は王都に住む息子夫婦の家へと厄介になり、孫の世話を引き受けながら、時節流れてくる戦況へと耳を傾けた。
白いドラゴンが、人の味方をしてドラゴンを倒している。
白銀様だ。村長は即座に理解した。
前線は村を飲み込むことはなかった。村の一歩手前で白銀様が止め、駆けつけた国軍による反攻により、魔王軍は押されていった。
将軍とされた、黒き巨人は、ドラゴンが放った白き息吹により貫かれた。
白銀様。ドラゴンの名称は村と同じものが、驚くほど速く定着した。恐らくは散り散りとなった村人たちによるものだろう。
が、魔王軍の攻勢は止まない。魔物はすべて人を越える力を持つ。そして、すべての民が戦える。総力戦も可能ということだ。
周辺の国と連合となって、やっと保っていられるが、この状況もいつまで続くものだろうか。
この国、ひいては世界が理解していた。この戦争は白銀様が堕ちれば、人は敗北する、と。
それはあちら側も理解していることである。
「失礼します」
孫と遊ぶ手を止めて、村長は玄関を見た。鎧を着こんだ兵士が現れ、二列となって道を作る。その間を通って、一人の少女が現れた。
「はじめまして、リク村の村長。私はこの国の王女、リーゼリット・アルド・リディアです。本日は白きドラゴン……白銀様について訊きに来ました」
「……なにを答えればいいのでしょう」
「白銀様と、どうすれば共同の作戦を取ることができるでしょうか」
虚を突かれ、村長は目を丸くする。ドラゴンと共に戦うなど、前代未聞のことである。
だが、できるかもしれない。白銀様なら――。
「なにを……なにをするのでしょう」
「キサマが知る必要は――」
前にでた兵士を、少女は手で制した。そして、真剣な視線で村長を射抜いた。
「――魔王が戦場に出てきました。恐らくは白銀様を倒すためでしょう。この国は魔に対して効力を発揮する剣を持っています。しかし、この剣は物語のようにはいかないのです。一振りすれば万を滅するというわけにはいかない。倒せるのは、剣の柄から切っ先のみ。――白銀様は白い息吹により、道を作っていただきたいのです」
聞いたことがある。この国には聖剣があると。王族のみにつかえる剣があると。王は病身。王妃は戦いなどできぬ。この娘には兄もいない、弟もいない。そして長女である。
――ならば。
「――剣を振るう姫など、お転婆だと笑われていました。ですが、それでよかったようです」
少女は笑った。死ぬであろう未来が、目に見えているというのに。
吾輩はドラゴンである。
いい加減名前欲しい。自称しようかなぁと思っている。
なんか戦争している。俺はいじめっ子ぶち殺しタイムをしていたので、上空にいるドラゴンを全員叩きおとした後、それに気が付いた。
『おのれ……魔王軍にたてつくとは!』
黒い巨人が巨大な剣を振り回した。ぶつかったら俺でも死にそうである。
体当たりをしてみたが、巨人にはあまり効果がない様だ。
『ふははは!いかにドラゴンであろうとも我が肉体は無敵!』
『うるせ――なんか出た』
俺も出せるじゃん!なんて喜んでいると、巨人は胸に大穴を開けて倒れた。
『……見事だ、白きドラゴン。巨人の王たるこのアルゴレムを一撃で倒すとは――!』
なんか勝利したらしい。あっけない幕切れである。
その後、ドラゴンのおかわりが来た。それをボコボコに殴ると、力がうまく入らないことに気が付いた。……さすがに限界が来たらしい、地面へと降りて寝ることにする。すでに何日も戦っているのだ、意外にやれるものだなぁと感心する。
そのまま寝ていると、起こすものがあった。人の声である。
目を開けると、そこには美少女がいた。騎士たちに守られている。女騎士のようなものだろうか、と思ったが、さすがに幼すぎる。年齢は十代前半といったところだ。それに守られているのだから、姫のようなものだろう。さすがに子どもには食指は動かない。
なにかを言っている。
――ふざけんじゃねぇ、人の言葉なんてわからねぇって言ってるだろう!?いや違うよ?教わるものがないからわからないだけで、参考書の一冊でもあればペラペーラだよ?
でも統治者だし、統一言語の選択権ぐらいあるから?人がドラゴンの言葉わかるようになるのも?むしろあっちの義務だし?仕方がないことだし!
そう考えていると、いつのまにか話は終わったようだ。頭をさげた後、少女は馬に乗り込んだ。
眠気もなくなってしまったし、体力も万全ではないが回復したようだ。戦争なぞ知らんが、囲まれ叩かれるのを黙っていられるわけもない。ドラゴンは潰す、是非もなし。
空へと舞う。そこで異変に気が付いた。魔物の軍勢の後方に黒い霧が渦巻いていた。そこから黒い霧を伴って、漆黒の鎧を着こんだ男が立っていた。
――あ、こいつ絶対リーダーだ。いじめっ子のリーダーだ。
いい加減アホみたいに戦力の逐次投入してこられるのも面倒だ。頭をぶっ飛ばせば、いじめっ子たちの結託もここで終わりとなる。群れなければ強くない者は、頭を潰されれば慌てることとなる。繋げていた柱が消え、一人になったような気がしてしまうからだろう。
『いじめっ子ぉぉぉオラァァァ!!』
打ち方はわからないが、全力で吼えれば意外と出る。シティーボーイなドラゴンは格が違うのだ。極太の光線は地表の魔物たちを巻き込み一直線に伸びていく。
『――ほう』
黒鎧の男は虚空から、血のように赤黒い大剣を取り出した。男そのものが人よりも一回りも二回りも巨大な体躯を持つが、大剣は男三人分はあるだろうか。
黒鎧の男は、大きく大剣を振りかぶった。黒い力の奔流が剣へと纏い、心臓のような音を立てて鳴動した。
白と黒は、真っすぐにぶつかりあった。そこから外れた力の一部が周辺へと雨のように降り注ぎ、黒い鎧の男の周辺が塵のように吹き飛ばされていく。
そして男の持つ大剣は砕け散った。白い力を相殺し、男は残った柄を投げ捨てる。
『互角――いや違う。強い。白き竜。人を護りし竜。今の俺より――強い』
黒鎧の男は狂気を含んだ笑いを見せた。
『さぁ、さぁこい!白き竜よ!俺を本気にさせろ!――む?』
黒鎧の男は兜を外し、その中身があらわとなる。恐ろしい内側が露わとなる。黒い水が人の頭となったような、のっぺりとした光沢のある顔――目も耳も口もない。
その男は何かに気が付いた。
俺も気になって見てみると、白い息吹によって消し飛ばされた魔物の軍勢。隙間となって黒鎧の男へと延びている魔物の死屍累々の山。
そのうえを駆け抜けるのは、人の軍勢。正面からの奇襲。
「まさか――本当にやっていただけるとは」
騎士の一人が感嘆の声で言った。白銀様の一撃により開けた路。やってくれるとは思ってはいなかった。
後ろを振り向けば、リク村からの志願兵たちが嬉しそうに笑っていた。
リーゼリットは天を仰いだ。嘆きではない、心の中に現れたあたたかな光。希望という名のそれは、今まさにあのドラゴンによって作られた。
――ありがとう、たとえ死のうとも貴方への感謝は魂に刻みます。
鞘から剣を引き抜き、天へと掲げた。
「――天は我と共にあり!神の遣いである白銀様は人の味方となった!それは神が味方に付いたということである!この戦い――我らの勝利だ!」
騎兵たちの士気が高まる。
「突撃!」
リーゼリットを皮切りに将たちが口々と言い放っていく。
リーゼリットを前にし、それを護るように展開していく陣形。人類の希望たる剣と共に、矢のごとく放たれた軍勢は蹄で地面を揺らし、疾走する。
部隊は三つに分かれている。一つはリーゼリットと共に。二つは分断された魔王軍を左右から突撃をする。ようするにすり潰される運命の二部隊だ。リーゼリットは背後を振り向かなかった。
ごめんなさい、心の中でそう思い、目をぎゅっと瞑ると、カッと見開いた。
「この命――貴方たちに任せます!」
前方の騎士。歴戦の将。国々で最強と謳われた武者。彼らから口々と『了解』と放たれる。それは無法者と知られた男の口からもだ。
されども、左右の魔物にすりつぶされていく。軍勢を抜けたとき、残ったのは十人のみ。
魔王は苛立たし気に――表情など無きに等しいが、睨まれているように感じた。
「――邪魔だ」
その瞬間、魔王の姿は霧のように消えた。かと思うと、騎士の一人を殴りつけた。騎士は風にあおられた木の葉のごとく飛んでいく。
瞬間移動。理解はできたが対処はできない、その間にもさらに倒れる数は増えていく。
力が違う。この場にいるすべてのものが理解した。が、逃げる者はいなかった。恐怖に飲まれず、必死に立ち上がる。内臓がすべて壊れても、全身の骨が砕かれようとも、この男たちはきっと立ち上がる。
「下らぬ。魔を殺す聖剣を持てば、この俺に勝てると思っていたか?思い上がりも甚だしい!――死ね」
無情なる裁決。魔王は天へと片手を上げると、そこから黒い玉が発生した。それが瞬時に巨大化し、この場をすべて飲み込むであろう規模へと変貌する。
が、それは白き竜の息吹にて防がれた。ここまで来れば否定のしようもなく、白銀様は人を護るドラゴンであると、人々は理解した。
息吹は魔王へと直撃する。鎧が剥げ、魔王は地面へと落ちた。
全ての力を振り絞り、全身から夥しい血を流せども、両足が砕かれようとも、脇腹が砕け散り、内臓破裂が起きていようとも、この場にいる英雄たちは、それを逃しはしない。
リーゼリットは剣を杖にして起き上がり、走り出した。
英雄たちは、魔王へと覆いかぶさった。拘束せんと力を込めて。
魔王にとっては塵と同じであろう。それでも一瞬、一瞬だけでいい、それで終わる。
「邪魔だぁぁ!」
魔王が力を込めた瞬間、腹部の、ドラゴンの息吹によって鎧の剥げた部分へと剣が突き刺さった。
そこから何かが己の体へと侵食してくることに気が付く、身体が泡立ち、黒い肉体が陶器のようなひび割れを起こした。
「窮鼠猫を噛むというやつか――」
すがすがしい声だった。リーゼリットは思わず顔を上げた。魔王は空を仰ぎ見ていた。
「俺は――強すぎた。孤独だった。欲しかった。横に並んでくれるものが――見つけた。見つけたんだ」
拘束するものどもを蹴散らし、リーゼリットを弾き飛ばし、魔王は白き竜へと対面した。
「――見せてくれ。お前の、俺と、対等の力を。俺に――」
ドラゴンは対面した。魔王はもはや死ぬだろう。あと少したてば、聖剣によって倒されるだろう。
少し待てば、勝手に崩れる。
というのに、白き竜は咆哮をあげた。
来い。誰の目にもそう言っているように聞こえた。
両者がぶつかり合った。
結果は――割愛させていただこう。
ただ言えることは――この白き竜は魔王と人を救った竜であるということだ。
千年後。すでにこの国はない。
ただこの国については、吟遊詩人の歌で残されている。
白き鱗を纏い、清らかな魂を持つドラゴン。
幼き姫君と共に、魔王を打倒せり
優しき竜 人と魔を救いし竜
天へと飛び立ち 消えていく
苦難の時は終わりを告げる 竜は希望を残し消えていく
王女は胸に白銀の竜の紋章 高らかに宣言する
“さぁ黄昏の時は終わった! 次に迎えるのは夜明けだ!”
勇ましき姫 リーゼリット
彼女に導かれ 黄金の陽だまりへと国は入っていった
――なんかあの黒鎧の男、ヤバそうな攻撃しかけているんだけど。
あれ食らったら俺でも死ぬんでない?わからんけど。
とにかく撃ち落とそう。いじめっ子のリーダーだし。
よくやったぞ人間。ふぅ……っとこいつなんか近づいてきてるぞ。
魔物の言葉しゃべれや、人の言葉わからん言ってるやろ!言ってないけど!
ただ死にかけてるし、周囲は倒れてるし、ここで死なないであの一撃打てるようになるのは困る。――まぁ倒せるだろ。
あ、リーダー倒したの俺なんスよ、って言えるじゃないか。やった!
みたいな感じを本文に書こうとしていた。