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神語り  作者: 物部
1/1

導入

 病が流行った。ある者は容易く死に至り、ある者は人を貪る悪鬼となった。

 この流行病は遠い昔の神話の時代には確認されたものである。

 そう語った高位神官は治療を拒み、自ら森の中へと姿を隠した。

 『神語り』と呼ばれたこの病は未だに治療法は確立されていない。個人差はひどく、ある者は一日で悪鬼となることもあれば、ある者は体の端からじわじわと腐れ果てていった。『神語り』は我が国、クロスネシアだけのものではない。隣国諸国にも確認されている。我々、北の大陸の民族は初めて連合を組んだ。何分、この流行病の原因が分からないからだ。

優秀な研究者たちを募った。

 他にも屈強な戦士たち、跋扈する魔物、悪鬼となった将軍――

 惨劇を終わらせるために我々はあらゆる実験を行った。

 結果は未だに出ていない。そして、結果を見ることは私には不可能のようだ。

 私も『神語り』に蝕まれた。先述の神官の名前を確か私は覚えていたはずなのだ。クロスネシアだけでなく、隣国諸国の名前も私はつらつらと書き連ねることができたはずだ。ムカムカする。頭に血が昇る、はずだ。


 俺はやっと見つけた家屋で勝手に飯を漁っていた。その途中でこんな書類を見つけた。『神語り』。記録される限りでは三百年程前からの病だ。結果、国は国として成り立たなくなった。内乱が勃発し、戦争が起こり、人々は悪鬼と魔物の餌となった。そして、今では人々は細々として生きている。

「紙質からして、まあ、百二十年ぐらい前かな?」

「おい、アインス。何を道草食ってるんだ」

 後ろから声をかけられた。予想より遥かに早い。

「ツヴァイ。お前は見張りをやっててよ」

「ヤダ。アインスが先に五分って言ったんだ。私はその五分は働いたんだから」

 ツヴァイ、俺の相棒だ。ただ長い髪が邪魔そうだが、本人はそんなに気にしていないらしい。

「お互いのために力を貸すって約束だろう」

「そう。だから、アインスにも守ってもらわないと。何もないなら早く次に行くよ」

「分かった分かった。じゃ、この俺の手にあるものは――」

「学問なんていらない」

「おい! ツヴァイ! せめて字ぐらいは読めるように――」

「それより、食い物は見つけてあるのか?」

「……いいえ」

 ほれみろ、と言った顔でツヴァイが俺を見据える。ツヴァイは女だ。この時代に他人なんかと比較するのもナンセンスなのだろうが、ツヴァイは細身で小柄な割には力が強い。それに肉体的に優れているだけでない。頭もいい。しかし、学は無い。勉強をすれば相当な賢者になれるのだと思っているのだが、本人は極めてリアリストだ。勉強は今みたいな時代じゃ時間の無駄らしい。実際に何ヶ月ぶりに文字を読んだのやら。

「行くぞ、アインス」

「はいはい……。こんなのに気を取られてた俺が悪かったよ。残念ながら見ての通り廃墟のここで飯なんてありえなかった」

「だから入る前に私は言ったんだ」

「へえへえ」

 ぺこぺこしながら俺は握った紙を破り捨てた。既に風化していたそれはどちらかと言えば、崩れた、と言った具合だった。

 俺達は孤児だった。この時代には何も不思議な話なんかじゃないけど。

 孤児院では気の狂ったようないい人が二人で俺達を育てた。本当は、俺達は二人なんかじゃなくってもっともっとたくさんいたんだ。

 ハジメおじさんとフタツおばさんが俺達を育てていた。国が無ければ社会も無い。社会も無ければ学校も無い。ハジメおじさんは肉体派だったが、フタツおばさんは知識を重んずる人だった。俺はよくフタツおばさんの部屋の本で読書をしていた。孤児の中で本を読めるのはそんなにいなかったはずだ。ツヴァイはハジメおじさんと一緒に狩猟に行っていた。

俺がツヴァイのことを特別視していたキッカケはその狩猟のことだった。

「どうして必要な量しか取らないの?」

 小さい頃の俺は訊いてみた。

「それはね、皆、支えあって生きているからだよ」

 ハジメおじさんは笑顔で、本に書いてある通りのことを言った。

「……これ以上獲ったら、あとでこれ以上獲れなくなる」

 ツヴァイは返り血の着いた顔で、淡々と答えた。

 その時は意味がわからなかったってのが本音だ。

――どうして、その日の分の獲物を増やしたら後で困るのだろう? 後でまたできているだろう? ハジメおじさんが正しいはずだ。

 けれど、食物連鎖ってのを学んでからツヴァイの考えが分かった。ツヴァイは食物連鎖という間違えてはいけないバランスを理解していた。それを考えないといけないくらいに孤児院の立地はまずかったんだ。

 そうやって実は思慮深く歩くツヴァイを見ていると、俺はそれに付いて行きたくなる。そして、実際に俺は付いて行っている。孤児院が無くなり、生きることに精一杯なこの世界で。

「アインス、次はどこがいいんだ?」

 長い髪を流すように揺らして、ツヴァイは訊いてきた。

「ああ……、ここらへんが旧クロスネシア領だからずいぶんと北に向かったからね。うーん……。ツヴァイ、残弾はどれくらい?」

「二〇あるかないかってぐらい。純粋な弾で言えば。けど、ナイフとか鈍器ならまあまあある」

 ツヴァイは右腰に下げているリボルバーに触れながら言った。ツヴァイは軽装に見えて、俺に比べて荷物を持っていないように見えるがそうではない。服のあらゆる場所に、色々と詰めてある。服に収まらない水筒、リボルバー、ナイフぐらいしか持っていない様に見えるだろう。まあ、それで俺がただの荷物扱いだと勘違いされるのだが。

「それじゃ、最初の頃みたいに狩って食べてってのは危険だな」

 コクリ、とツヴァイは首肯した。

「ってなると南に戻るのは無しだ。繁殖期も近くなるし、赤い月が近づくと悪鬼も活発化する。このまま北の方に向かおう。寒くはないか、ツヴァイ?」

「大丈夫。アインス、ここの都市は遠いの?」

「……憶測だけど、そんなに遠くない。さっきの書き置きの人は知識人じゃないかな? たぶん、治療のためにあそこにいた。もしくは隔離された。ただ、この選択は二つともに近くに都市がないとやる意味が無い」

「拡大を防ぐため」

「うん、さすが。ついでに注文、俺の視力じゃ見えないんだけど、向こうにはあるのは何の畑跡かな?」

「あれは田だ」

「うん、ありがとう。じゃ、つまり用水路を引いていたはずだ。ならば川が近くにあるはずなんだ。川さえ見つければ町跡に、上手く行けば俺達みたいに生きている人に会えるかもしれない」

 話している内に頭の中で考えがまとまってきた。振り返ると、さっきまでぐだぐだしていた廃屋と山が見える。きっと、山が国境の代わりだったんだろう。山越えは厳しかったけど、代わりに悪鬼は少なかった。魔物もテリトリーさえ入らなければ無害だった。

 ここからが正念場だ、と念じた。そして、すぐに思った。生きることの正念場ってなんだろう、って。



アインスの歌は上手い方だ。それに比べて私は鼻歌もままならない。それに歌なんか全然知らない。覚えようとも思えない。鼻歌だって、アインスのを耳にしてたら覚えてしまっただけだ。

 アインスがいないと、私はどうしていたんだろうか。なんてくだらないことを考えたことはない。「もし」とか「たら」なんて無駄なもんだ。贅肉だ。遺った私達の中で、私と馬が合ったのがアインスで、アインスの頭でっかちは便利だってことは確かなことだ。

 北へ向かおう、アインスの提案の理由は必要な分だけ尋ねた。結果、満足のできる返事がされたので賛成した。他の連中は留まる奴、とにかく何処かへ行った奴とバラバラだった。けど、埋葬だけは協力はした。

 歌い始める前のアインスに川を探すように言われてから私は高い場所を探している。しかし、そんな場所はなかなか見当たらない。気候のせいなのか足元の草はそんなに長くない。空気も乾いている。風は刺すような感覚だ。さっきはなんとか田の跡は見えたけど、今じゃ霧が立ち込め始めている。私は左袖の中に仕込んでいたナイフを取り出した。

「アインス、危ないかもしれない」

「何か見つけたのか!?」

 リスク回避が半ば口癖のアインスは、きっと「もし」と「れば」に囚われているんだろう。

「何も。けど、視界が悪い。一応、武器は構えて」

「もし、もしも何かいたらこっちが先にそれを知れるってことは?」

「風下にいたら。けど、逆にこっちが風上にいたら種類によってはバレるかもしれない」

「そう、か……。うん、そうか……」

 私は振り返る。アインスがトンカチとナイフを取り出しながら何かをブツブツと口にしていた。

 考えている時のアインスのクセだ。アインスは考えていることを口にしながら考える。本人が言うに、そのほうが頭の中がまとまるらしい。

「杞憂、だったらいいね」

 ブツブツが終わったと思ったら、アインスは少し気を緩めたように口にした。

「うん、たぶんいないね」

「理由」

 私は気が気でない。今も五感を張り詰めて索敵をしているというのに。

「一、霧が立ち込める前の地形。こんな気候なのに生き物が通った痕跡が無かった。二、仮にいたとしたら糞や獲物の残りカスとかがあるはず。三、廃屋からそんなに離れていない。廃屋が何故今も残っているのか? 壊せる奴も壊す理由のある奴もいないってこと」

「じゃ、魔物の方は?」

「いたら死んでるよ、俺らが」

「……」

 アインスはハッキリとした物言いをする奴だ。院にいた時は全く人と話そうとしなかったくせに。私はなんだか格好つけたくて、もう一つ理由としては意地を張りたくて、ナイフは抜身のままにした。

「アインス、水の匂いがする」

「え? 水に匂いなんてあるの?」

「さあ。そういう知識はアインスの領分でしょ? 私の知っている水の匂いはこれ」

「これ、って言われてもさ。何もしないんだけど」

「鼻が鈍い。だから食える物と食えない物の差もつかないんだ」

「それはさすがに……! いや、そうなのかな……?」

 そして、アインスは再びブツブツを始めた。アインスのこのブツブツは最初は不快だった。今では風が枝をそよぐようなもんだと割り切っている。少なくとも、勉強勉強言われるよりはマシだ。

 さて、実際に水の匂いはする。けど弱すぎる。遮るものがあまりないから水の匂いに気づけたけど、距離の見当が全くつかない。風が強いのも良くない。遠いけれど風に乗ってきたのか、それほど大きな川なのか。こういう時に先に気づくのは私なのだが、結論に繋がる考えを出すのはアインスの仕事だ。

「アインス、視界が悪い中で水辺に、それも知らない水辺に向かうのはどれくらい危険?」

「かなり危険だね。ただ、ここでじっとしているよりかはマシ」

「……じゃあ、ここと水辺よりも危険じゃない条件は?」

「条件、条件ね……。洞穴で視界が確保されるまで待つか、人に接触したい」

「人に? どうして? いつもは避けてたじゃないか?」

 霧はどんどん立ち込めて近くのアインスの顔も見えなくなってきた。

「困った。こりゃ濃霧だ」

「それより、理由!」

「はいはい……。まず、旧クロスネシア領の土地をツヴァイはともかく俺も知らないから。だから、地理が知りたい。さっきの廃屋は意図的に地図らしきものが無かった。ただ単に別の人が持って行ったのかもしんないけど。まあ、地図が無かったってことはあそこに隔離した人を戻したくなかったんでしょうっと。ってことで地理が知りたい。もう一つはめちゃくちゃ夢の様なことなんだけど」

「たまにはそういういい話もいいかもね」

「へ? もしかして分かる?」

 私はため息をついた。一メートル先にアインスがいるかさえももう視認できない。

「とても強くてとても食料を持っていてとても親切で暮らすことに不自由しない場所を提供することができる人間に会えたらいいな、って具合」

「うん、まあね」

「アインス……」

「あ、あはは……」

 大きなため息でも吐いてやろうか、そう思った時だった。馬の足音が聞こえた。

「静かに、伏せて」

「……ああ」

 私の声音から真意を悟ったのか、アインスは静かに伏せた。わずかに衣擦れの音がした。蹄の音はどんどん近づいていくる。ここでアインスも気づいたのだろうか、再びビクンと衣擦れの音をさせた。

「誰かいるのか!」

 声が聞こえた。この霧の中で走ってきたわけだ。きっと土地勘があるに違いない。けれども、善人か悪人かは別の話だ。

「おい、声は聞こえたんだ! 悪くはしない、いるならば出てこい!」

 男、だろう。力強く荒々しい感じの声だ。仮にいつかに会ったキャラバンってものの一員ならば傭兵なんだろう。もしくは騎士って奴の下働きかもしれない。歩兵とか。

「……ツヴァイ、どう思う?」

「アインスが私に何かを訊く時は確認だけって思ってたけど」

「ご名答。俺はあの人と話したい」

 馬上の人間とはどれくらいの距離があるのかはハッキリとは分からない。だからこそ、こうやってヒソヒソと話をしているのだが。

「三つぐらい考えがある。一つは敵意が無いことを表すためにこっちからゆっくり出てくる。二つ目は銃を突き付けて対等な話に持ち込む。三つ目はあの人を殺してしまおうか? ってことなんだ」

「アインスなら二つ目を選ぶね」

「君はどうだい。ツヴァイ」

 私は少しだけ考えた。馬上の人間からは獲物を狩る人間のような気配は感じない。どちらかと言えば、何か報告染みた気配を感じる。

 ――仕方ない、めんどくさい。

 こんな感じだ。

「一つ目はどう? ただ、私はこのまま隠れてる。アインス一人で話してみて」

「え? そりゃあ少し……」

「アインスが私にも聞こえるぐらいの大きさで話してくれたら、私は相手の背後を取れる。できることならアインスも馬ぐらいは欲しいでしょ? 追われることも嫌だろうし」

「おい! 誰も居ないのか!」

 急かすように声が轟いた。私達もこのままジリ貧であるわけにはいかない。

「アインス、仕事」

「あいあい……」

 深呼吸の音が聞こえた。吸って吐いて。

 一方で私の胸の鼓動はとても早くなっていた。できることなら、心臓だけをえぐり出したかった。


ふと思いついたファンタジーです。プロットよりもまずは書くことを優先にしたために、特別細かく考えていません。自分のファンタジーは基本的にこんな雰囲気で進みます。リアリティとファンタジーの配分間違えているかなとか思いながらも、ファンタジーが好きで仕方ないです。

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