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4 フィスカの新たな企み

 窓際そばの文机に頬杖をついて座り、フィスカは窓の下に広がる薔薇園をぼんやりと眺めていた。

 庭園にはたくさんの薔薇が咲き、乱れることなくきちんと手入れがほどこされている。その薔薇に埋もれるように作業をするキルスティの姿があった。

 フィスカの目が、先ほどからずっと彼にそそがれたまま離れない。

 薔薇園に薔薇が咲いているのは当たり前だと思っていた。

 だから、そこで働く者のことなど、気にもとめなかった。けれど、丹精込めて薔薇の世話をする庭師がいてこそ、薔薇は美しく咲くのだ。

 そう思ったとたん、キルスティの作業着姿をやぼったいと思ってしまって申し訳ないと思った。

 今頃になってそんなことに気づくなんて。

 いつも心を和ませていた薔薇も、彼がきちんと手入れをしていてくれたから。

 庭園に限らず執事のクレオールも、この屋敷で働く使用人たちも、すべて彼らがいなければこの屋敷は成り立たないのだ。

 今まで彼らにばかにされないようにと気を張りつめてきたけれど、これからはもっとみなに感謝の気持ちを込めて接しなければ。

 そのためにも頑張らなければと、机の上の、目を通さなければならない書類の束に視線を落とす。が……。


 それにしても彼、ここに来る前はいったいどこで何をしていたのかしら。やはり、どこかの屋敷の庭師をやっていたの?


 そこで、フィスカはまたしてもはっとなる。

 気づけば種類の山などそっちのけで、キルスティの姿を追っているのだ。

 それも、朝からずっと。

 おかげで午前中に終わるはずの仕事も、まだ半分も片付けていない。


 どうしてあの男のことばかり考えてしまうの。


 フィスカは軽く頭を振って、キルスティに対する意識を脳裏から閉め出す。

 そこへ扉が叩かれ、執事のクレオールが部屋へ入ってきた。

 フィスカは慌てて書類に視線を戻し、きちんと仕事をしていますという素振りをする。


「フィスカ様、よろしいでしょうか」


「ええ、何かしら?」


「今度の夜会ですが。ドレスはいかがいたしましょう」


「ドレス? そんなものてきとうでいいわよ。任せるわ」


 本当は夜会のためにドレスを新調しましょうと言われたのだが、アルザス家の夜会のためにドレスを新しく作るなど、ばかばかしいと断ったのだ。

 今あるものでじゅうぶん。

 わざわざ仕立てる必要などない。

 不意にフィスカは悪戯っぽく笑う。


「そうだわ、クレオール。夜会用の男性の衣装を用意してくれるかしら」


「かしこまりました。それで、どなたのでございましょうか?」


「彼を連れて行こうと思って」


「彼、と申しますと?」


 フィスカの視線が薔薇園にいるキルスティに向けられる。


 彼がきちんと正装をしたらどんな感じなのかしら。

 もとが悪くないのだから、きっと似合うかもしれないわ。

 彼を夜会に連れて行ったら女性たちが放っておかないわね。彼女たちの執拗な誘いにあの男はどう対応するかしら。


 フィスカはくつりと笑う。


「キルスティに一緒にきてもらうわ」


 クレオールが軽くため息をついた気もしたが、キルスティの困った顔を想像することに夢中なフィスカの耳には届かなかったようだ。


「では、キルスティにそう伝えておきましょう」


 そこで再びフィスカは待って、とクレオールを引き止める。


「私が伝えるからいいわ。それに気分転換に庭園を歩いてみたいと思っていたし」


 立ち上がりフィスカは窓の外、薔薇園で作業をするキルスティにもう一度、視線を落とした。



◇・◇・◇・◇



 広大な薔薇園の中をフィスカはキルスティの姿を探し求めて歩き回った。

 薔薇園内に踏み込むと、広すぎるうえに迷路のような入り組んだ複雑な構造で迷子になってしまいそうだ。

 いや、もはやすでに迷子になりつつある。

 無事、キルスティのところにたどりつけるかしらと、そんな心配が胸をよぎる。

 辺りを見渡し、探し求める相手の姿を見つけようとして、さらに迷路の薔薇園を奥へと進んでいく。

 やがて、薔薇の茂みの影にキルスティの後ろ姿を見つけ、フィスカは表情を輝かせた。


 やっと、見つけたわ!


 満面の笑みでキルスティの元に駆け寄ろううとして、咄嗟に足を止める。

 誰かと会話をしているようであった。

 相手の姿はこちらからでは見ることはできない。


 いったい、誰と話をしているの?


 好奇心にかられ、フィスカは足音をたてないようにそっとキルスティの側まで歩み寄る。薔薇の茂みに身を隠し息をとめ、様子をうかがった。

 キルスティの横顔が目に入った。

 今までみたこともない怖いくらい真剣な顔つき。


「おまえひとりで大丈夫なのか?」


 会話の相手は男だった。


「わたしが失敗すると思っているのですか?」


 男の質問にキルスティはきっぱりと答える。

 いつもの、どこか自信なさげにおどおどしている感じはない。


「そうは言っておらん。だが、最悪の場合は抹殺しろと……」


 抹殺っ!


 その言葉に驚き、びくりとして肩を跳ねた途端、側の木に腕をぶつけてしまった。

 がさりと葉が音をたてる。途端、キルスティと男の会話が途切れた。


 立ち聞きしていたのがばれてしまった!


 徐々に足音がこちらに向かってくる。

 フィスカは逃げることもできず、その場にうずくまる。


 確かあの男は抹殺と言っていた。

 どういう意味?

 誰を抹殺?

 もしかして、私殺されてしまうの。


 足音はすぐ側まで。


 どうしよう。


 震える身体を押さえるように、両の手で自分の肩を抱く。

 フィスカの頭上に影がさした。


 ああ……。

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