玄関わきの小窓
「ふん、ゴシップ好きのジジイめ」彼はそうつぶやき玄関わきの小窓を静かに閉めた。そう、向かいの住人に気付かれないように極めてそっと。何のことはない、協賛会か何かの会員になれという話だがなんで俺の勤め先を訊く必要がある? ん? だからこそゴシップ好きの烙印を押してやった。今頃あちこちでウワサされているに違いない。あいつは外で働いてない腰抜けだと。まあいい、それも何のことはない。俺が実は年金暮らしだと訊かれなかっ──ファックス・コピー付きの電話がお釈迦になったせいで登板することになった安物の簡易電話が安っぽい音をたてる。誰が出るか。電話に出ていい話だったためしが一度でもあったか? そうだろ? 長く鳴っていたがついにこと切れた。番号を知られてしまったからな、仕方ない。なんで教えた? カワイイ女の子でもないのになぜ? 義務? はっ! 義務なんざ国民の三大義務だけ実行すりゃいい。不安だから? そのほうが余計不安だろ。今もこと切れた電話をちらちら見ながらなんの話だったんだろとだんだん不安感が増してきている。いい加減にしろ! 俺は向かいの家に丸聴こえでも大柄にでかい声で電話するようなババアじゃないんだ。「この弱虫!」誰かの嘲弄する声が聞こえた。卑しく悪賢い感じのする嫌な声だった。彼はとっさに叫んだ。「うるさい!」するとその声はまた言う。「弱虫、弱虫、この弱虫!」彼は言う。「やかましい! 俺は弱虫なんかじゃない! 少なくとも、少なくともなあ! 俺は弱虫なんかじゃない!」その時パンっと乾いた音がした。「ふ、ふはは! 馬鹿が花火してやがる」パンっ! まただ。「こんな時に花火するなんて馬鹿に決まってるだろ」玄関ベルが鳴る。彼は黙って階下の玄関わきの小窓に急いだ。ガラっと開ける。配達員のお兄さんだった。「お荷物届いてます」「ああ、どうも」彼は荷物を受け取り伝票にサインしたものを渡しながら言った。「もしかして今電話しました?」「はい、もう遅いから一応と思って」「ああそうでしょう、ちょうど出られなくて」「ありがとうございました」「ありがとう」彼はまた向かいの住人に気付かれぬよう窓を極めてそっと閉めようとした。「ゴール!」自転車で乗り付けたのは向かいの家の息子だった。こちらをチラ見する。彼はなりふり構わず勢いよく窓を閉めた。彼はつぶやく。「ふん、低能のクソガキめ」彼は笑いをこらえきれなかったがビールとともにそれを飲み込んだ。
何のことはない話でしたね。よろしくどうぞー。