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港町

 振り下ろされた拳が地面を穿ち木々を振動させる。

 舞い上がった土煙の中から現れたのは、刀を手にした少年、頭頂部に犬の耳を生やした少女、尻尾のある女性の三人だ。


「らぁっ!」


 少年が真っ先に地面を蹴り、鮮やかな青い肌を持つ鬼へと向かう。

 それを察知した鬼はなぎ払おうと、振り下ろした腕をそのまま横へとスライドさせる。その腕を避けようと、桃太郎が速度を落としかけた時、


「止まるな桃太郎! 走れ!」


 猿王が一喝。どこからともなく数枚の呪符を取り出し投擲。鬼の腕から彼を守るように防護結界を張る。その時には桃太郎も再び走り出している。

 結界は破壊されるも、鬼の手の軌道を逸らすことには成功する。桃太郎の頭上を通り過ぎた。

 刺突の構え。

 危険を感じた鬼は後方へ跳ぼうとする。


「てやあぁぁっ!」


 だが脳天に花のかかと落としを食らってそれも叶わない。

 そしてよろめくその無防備な左胸へと、桃太郎の刀が突き刺さった。

 鬼はその動きを止め痙攣し、数秒の後に瞳から光を失った。

 膝から崩れ落ち、その巨体が地面を震わせ土煙を上げる。そこに先ほどまでの暴虐性は見当たらない。

 桃太郎たちは、また一頭鬼を狩った。

 鬼退治へと出かけてから三ヶ月が過ぎた。



 ***



「あ、鬼除けの結界の中に入りましたね」


 落ち葉を踏み分け森の中を歩いていると花がつぶやく。

 それを聞いて桃太郎は周囲を見渡した。が、村は見当たらない。周りを木に囲まれているから当然といえば当然だが。


「どっち側に進めば集落に辿り着くのか教えてもよいぞ?」


「…………」


 猿王が花に問いかけるが花は答えない。


「のう? 犬っころ。耳が聞こえんのかのう?」


「…………」


 さらに無視をする花。

 猿王が青筋を浮かべ美しい笑みを作る。そして桃太郎の方を向くと、


「桃太郎。この駄犬血祭りにしてもよいかの?」


「花!? どっちに進めばいいのかな!?」


 冷や汗を浮かべながらもすぐさま桃太郎は花に尋ねる。少しでも遅れたら死人が出る。


「向こうですねー」


 振り返った花が指差すのは右側。笑顔を浮かべているが、青筋を浮かべているその顔に気がつかないフリをして桃太郎はそちらに目を向けた。


「ここからじゃまだ分からないな……」


「歩くしかないのう」


 猿王はそう言うと先陣をきる。

 桃太郎と花もそれに続いた。



 ***



 風が潮の香りを運んでくる。

 遠くには海が見え、太陽の光を反射してキラキラと美しく輝いている。

 漁によって生計を立てている。それがその村の特徴だった。


「遠路はるばるお疲れ様でした」


 そう言うのはこの村の村長。まだ三十代と若く、しっかりついた筋肉がたくましい。

 そんな村長に案内されたのは普通の家と思しき小屋だ。

 なんでも、漁が盛んな村は珍しいらしく、鬼に殺される危険を冒して移住して来る者や旅人がよく来るらしい。

 そのために小屋まで作るとは、随分良心的である。


「お手伝いできることがあればなんでも言って下さい!」


 花がニコリと笑って言う。すると猿王がバカにするように鼻を鳴らし、


「ただの犬っころに何かができるとは思わんがのう」


「ただ胸の大きいだけのお猿さんにできることもないと思いますけどね」


「自分が小さいからひがんでるのかのう? 諦めが肝心じゃよ。諦めが」


「ひがんでませんよ! 大体私まだ成長途中ですもん! これから大きくなりますもん!」


「ほーれ、ひがんどる」


「わんん!?」


「おい二人とも、やめろって!」


 当たり前のように喧嘩を始めた二人を慌てて仲裁する桃太郎。さっきから村長の苦笑いが心に痛い。


「桃太郎、お主はいったいどちらの味方なのじゃ?」


「そうですよ! はっきりさせてください!」


 だが桃太郎は巻き込まれた。花と猿王がじいぃっとした視線を桃太郎へ向け、沈黙が流れる。


「強いて言うなら……鬼の敵だな……」


「答えになってないです!」


「答えになってないじゃろが!」


 誤魔化せなかった。ダラダラと嫌な汗を流しながら、救いを求めて尊重の方へと目を向けると、そこには誰もいなかった。


「逃げた……」


 面倒臭い旅人に取る手段として間違っていない。間違っていないが、桃太郎としてはなんとか花たちをどうにかしてほしかった。

 この二ヶ月行動を共にした桃太郎ですらお手上げな二人を、初見の村長がどうにかできるはずもなかったが。


「はぁ……」


 桃太郎はため息をついて二人へと視線を戻す。

 するとそこにいたのは、構える花と、呪符を取り出し今すぐにでも投げつけそうな猿王だった。端的に言えば臨戦態勢。


「お前ら仲良くしろ!」


 桃太郎は仕方なく、この二ヶ月何度も口にしたセリフを言ったのだった。



 ***



 三日が過ぎた。

 いかに常人離れした体力、精神力を持つ桃太郎たちとはいえ、何日も長期の休憩なしに旅はできない。

 すり減り摩耗した神経は鬼との戦闘であってはならない要因だ。

 ゆえに今回は少し長めに──と言っても一週間ほどだが──滞在することにした。

 猿王は村の子供たちを相手に術を教え、花は漁の手伝いをしている。桃太郎はその他雑用いろいろだ。

 今日は剣術の試合をしてほしいという男数人の相手をしていた。

 と言っても彼らはそこまでレベルが高いわけではない。桃太郎が実力の三分の二出せば圧倒できる程度だ。


「はは……、強えなにいちゃん。どうだ? ずっとこの村に住むっていうのは」


 たった今桃太郎に転ばされ負けた男が、ゆっくりと立ち上がりながら言う。


「いや、俺はあくまで旅人ですから」


 今までも何度かこういったことはあった。村と村を行き来する際の用心棒として、より強い手合いを欲するのは当然のことだ。

 だが桃太郎はその全てを断ってきている。

 それは無論、鬼を殺すという目的のために他ならない。


「まあ、そうだよな。つーか、このご時世に旅とか、どうしてだ?」


「鬼を滅ぼすためだよ」


 至極端的に返した。

 だが男はしばらくほうけたような顔をし、そして次第にその表情を変化させた。


「くっ……鬼を……滅ぼす……? ぷふっ! こりゃ傑作だ! はっはっは!」


 気がつけば周りにいた男たちも爆笑している。だが桃太郎はなんとも思わない。いつものことなのだ。

 それでも笑い声は止まない。と、


「人の夢を笑うもんじゃないぞ。例えそれが、どんなに無謀で突拍子もないものだったとしても」


 その言葉を機にピタリと笑い声が止む。

 桃太郎がそちらに目を向けると、男がゆっくりと歩いてくるところだった。

 若い男だ。二十代前半といったところだろうか。桃太郎を除けば、この場で最も若そうだ。

 そんな若造の言葉に、ここにいた男たちは皆静まったのだ。


「悪いな、桃太郎、だったっけか。俺は善治郎。俺とも手合わせしてほしい」


 言いながら右手に持っていた木刀を掲げる。男たちが沸き、桃太郎の表情が変わる。


「はい」


 桃太郎は一瞬の迷いもなく答えた。


「おうにいちゃんよ、善治郎は強えぞ。この村で一番な」


「そうですか」


 そのくらいのことは言われなくても分かった。善治郎の歩き方、それを見ただけで彼が強者なのは桃太郎にも見て取れたのだ。

 男たちが一定距離を離れて空間を作る。

 その中央部で、桃太郎と善治郎は互いに木刀を構えた。

 しばらくの沈黙。

 合図はなかった。


「っ!」


 踏み込んだ善治郎が桃太郎へと肉薄する。

 桃太郎は木刀の軌道を見切り、迎え撃とうと腕に力を込める。だが善治郎もさるものだ。倒れ込む形でギリギリ回避。すぐさま立ち上がって距離をとった。

 周りの男から歓声が漏れる。大体の者は桃太郎に剣尖を見切られ、迎え撃たれていたのだ。


「はっ!」


 今度は桃太郎が距離を詰めた。

 袈裟斬り。

 これは善治郎の木刀に防がれる。

 続いて放つ水平斬り。だがこれも防御される。

 桃太郎は怯まずに次々と技を繰り出す。善治郎はこれを的確に防ぎ、隙が生じればそこを逃さなかった。それでも桃太郎に勝利するには至らない。

 そして何度目かの攻防の末、遂に善治郎の木刀が弾き飛ばされた。桃太郎は喉元に突きつけ試合を終わらせた。善治郎の後方では、弾き飛ばされた木刀が土煙をあげながら落下したところだ。


「負けたよ、桃太郎。強いな」


「善治郎さんも強いよ」


 そう言いながら桃太郎は木刀を下ろした。

 そして周囲は沸き、歓声に包まれる。


「すげえな旅人! まさか善治郎にも勝つとは!」


「ああ、鬼にも勝てるかもしれねぇ!」


 桃太郎は肩を叩かれ、背中を叩かれたりしながらも、今の試合に満足できていなかった。

 ──動きが鈍かった、よな。

 理由は分からないが、普段出せる最速の八割ほどしか出せなかった気がした。もしかしたら、鬼との闘いが染み付いた結果、人間相手には遠慮してしまっているのかもしれない。

 だが桃太郎の敵はあくまで鬼だ。大事にはならないだろう。

 桃太郎がそう結論づけた時だ。

 違和感を、感じた。

 唐突だった。唐突に現れた違和感。胸騒ぎのような、しかしそれとは明らかに違う感覚が桃太郎を支配した。


「……?」


 桃太郎は思わず周りを見渡し、そして──



 ***



 花は漁の手伝いをしていた。

 花は犬憑きの力ゆえ、あらゆる身体能力が常人のそれを上回っている。目や鼻で魚を見つけ、そこに網を張ることでより効率的な漁を実現させていた。


「助かったよ嬢ちゃん。言われたとこに網張ったらぎょうさん獲れるんだもんなあ」


「いえいえ、大したことじゃないですよ」


 満更でもなさそうに笑う。だが実際大したものであった。

 何せ普段の半分程度の時間で漁が終わったのだ。凄まじい貢献度である。

 船が岸に着くと次々と降りていく。

 この岸も、さらに言えば岸から百メートルの範囲にある海すらも結界の範囲内だというのだから驚きだ。巨大な鬼除けの結界である。

 降りていく海男たちに続いて花も降りる。

 日はだいぶ高いところにあるが、まだ昼前だろう。あれだけ大量ならお昼は魚がたくさん出るに違いない。そんなことを考えて花だが、不意に顔をしかめる。

 潮の香りに混じって、何か良くない、しかしここ最近はよく嗅ぐ匂いが混じっていたような気がしたのだ。


「気のせい……かな……」


 怪訝に思いながらも目を閉じ、全神経を嗅覚へと集中。辺りの匂いを嗅ぎ分けていく。そして──




 ***



 猿王は村の広場で子供たちに術を教えていた。といっても、


「えぇーわかんなーい」


「だからその、こう、ぐわっ! という感じでじゃな」


「教えるのヘター」


「知っとるわい!」


 これ以上ないほどに苦戦していた。

 猿王は猿憑きの有する能力、より正確に言えば才能ゆえに、どんな術でも教わればすぐに使えた。終いには自分自身で術を作るほどになっていた。

 だからこそ、できない者の気持ちが分からないのだ。どこでつまずいているのか、どこが失敗しやすいのかが分からない。それでは教えることが苦手なのも当然だった。

 事実、自分を拾ってくれた村でも一度術を教えて欲しいと、大人子供、男女問わずに教えを請われたことがある。だが一週間後には誰も残らなかったほどだ。

 猿王とて、自分が教師に向いていないのは理解している。それでも今回ばかりは諦めるわけにはいかなかった。なぜなら、

 ──上手くいかなかったら犬っころにバカにされる!

 という下らないといえば下らないものだった。


「とりあえずそこのお主、印が違う。こうじゃ」


「こうー?」


「ちょっと違う。人差し指をもっとビシっとせんかい」


「こうー?」


「そうじゃ、それじゃ。なんじゃやればできるではないか」


 子供の印を直し、さてこれから呪力の練り方を教えようとした時だ。

 猿王は不意に寒気を感じた。そう、まるで、鬼と相対した時(、、、、、、、)のような。

 反射的に集落の方へと振り向き、そして──

 凄まじい轟音が響き渡った。

 続いて木の砕ける音、そして人々の悲鳴が聞こえてくる。


「なっ……」


 どういうことだ。そんな思いが先に経つ。ここは鬼除けの結界内部。鬼が侵入してくることなんてできないはずだ。

 仮に、何らかの不備が結界に生じていたとして、猿王がそれに気がつかないはずがないのだから。


「ねえ、どうしたんだろう」


 子供のうちの一人の声で、猿王は我に返った。何はともあれ、子供たちを避難させなければ。


「大丈夫じゃ。儂が行く。だから、集落の方からは離れるんじゃぞ。ただし結界からは出るな」


 かがみこみ、目を覗き込みながら忠告。子供たちは黙って頷いたあと、踵を返して走り出した。


「よし……!」


 それを見届け、猿王もまた走り出す。悲鳴が聞こえてきた方向へと。走りながらも呪符を用意。次第に悲鳴や破壊音が近くなってくる。

 そして見つけた。赤黒い鬼を。いや、赤黒い鬼たちを。


「なっ……!?」


 鬼は三体いた。猿王のいる通りに一体。家並みを挟んで一体ずつだ。その牙は血と思われる赤いものが付着していた。

 建物は多くが破壊され、瓦礫と化し通りに散乱している。そこを村民たちが我先にと鬼たちから離れようとし、そこを鬼に捕まった。

 その村民が鬼の口へと運ばれ──

 気がついた時には猿王は動き出していた。

 呪符を数枚投擲。炎を纏ったそれは鬼の腕へと命中し、一瞬力が緩まったのか村民が落下する。


「よっと!」


 だがその時には猿王もそこへと滑り込んでいる。難なくキャッチし距離を取ろうと走り出す。

 しかし鬼とて甘くない。金棒を振り上げるのが影を見て分かった。

 ──まずい!

 咄嗟に呪符で防護結界を張ろうにも、村民を抱えていて両手は使えない。避けるしかない。

 だが振り上げられた金棒が降ろされることはなかった。


「ガアアァァァァアァァッッ!」


 聞こえてくるのは鬼の悲鳴。猿王は肩越しに振り返る。桃太郎が刀を振り切った姿勢でいた。

 宙には肘の関節部分から両断された鬼の腕が舞っている。腕の断面からはおびただしい量の鮮血が溢れ出している。


「助かったぞ桃太郎!」


 言うと猿王は抱えていた村民を下ろした。


「早く逃げい。こやつらは儂等で始末する。向こうに子供たちも逃がしたから、お主が見つけて指揮をせい」


「は、はい!」


 逃がし猿王は鬼を視界に収める。

 今は硬直状態にあるようだ。突然現れ、腕を斬り落とした桃太郎を警戒してか、鬼たちは動かない。と、そこで桃太郎が口を開いた。


「猿王! 花! 一体ずつ相手してくれ! こいつ殺したらすぐ加勢する!」


 花……? と周囲を見ると、まだ破壊されていない建物の屋根の上に銀髪の少女を発見した。どうやら彼女も駆けつけたらしい。

 桃太郎は言い終わると返事も待たずに鬼へと突撃した。それをきっかけに硬直が破られる。

 鬼との戦闘が始まった。



 ***



 蛍と与助にいちゃんを殺した鬼か……?

 それが村を襲っていた鬼を見た時の桃太郎の疑問だった。だが肌の色と鬼除けの結界を無視できた所を除けば、どこにも一致する箇所はなかった。


「おおぉっ!」


 斬り落としていない、左腕へと斬りかかる。だが腕を引いて躱わされ、その動きがそのまま溜めになったのか、殴り出してくる。

 食らえば潰れてしまうであろう一撃。それを桃太郎はギリギリ躱して一線。

 不安定な状態から放った一撃は切断まで至らず、浅い傷をつけるに終わる。

 後方に飛び距離を取った。

 先ほどまで手合わせをしていた男連中には避難を誘導させている。

 鬼が現れたと気がついた彼らは最初、ついに腕試しする時がきた! と沸いていたが、その程度の覚悟で鬼は倒せない。桃太郎が説得し、なんとか折れてもらったのだ。

 唯一善治郎だけは最初から避難誘導を引き受けてくれたが。

 辺りから悲鳴はほぼ消えている。しっかりとやってくれているらしい。

 ならば桃太郎も目の前の闘いに集中しなければなるまい。

 桃太郎は鬼と一対一で闘って勝ったことはない。そもそも一対一で闘うことがないからではあるが、それでもないのには変わらない。

 だから、片腕を失ったとはいえ、目の前の鬼に勝てるかどうかも分からないのだ。

 と、その時。


「桃太郎、助太刀する」


 背後から声をかけられ、桃太郎は意識を鬼に集中させたまま振り返る。善治郎だ。


「避難は?」


「完全に終わった」


「他の男連中は?」


「鬼を見て、『あんな化け物に勝てるわけねえ』と言っていた」


 おいおいと頼りなく思わずにはいられない桃太郎だが、実際に闘いに参加されても足手まといになるだけだ。むしろこれで良かったのかもしれない。


「よし、じゃあ助太刀頼みます」


「了解した」


 そう言うと善治郎は腰の刀を抜いた。

 目でタイミングを合わせ、二人同時に走り出す。

 鬼は両側から来られて焦ったのか動けずにいる。


「せあっ!」


 そして二人はまったく同じタイミングで斬撃を放つ。だが鬼は後方に跳び──後ずさったようにも見えた──斬撃を躱す。

 いや、躱し切れてはいない。

 鮮血が刀に付着した。だが傷はかなり浅いだろう。鬼相手には全く意味がない。

 が、鬼には隙ができている。後ろへ跳んだことによるタイムラグだ。ここを逃すわけにはいかない。

 桃太郎と善治郎はまたも同じタイミングで鬼へと突進。斬撃を放とうと構えるが──


「っ! 善治郎さん! 避けて!」


 鬼がその左腕を横薙ぎに払った。

 後方に跳んだ桃太郎たちは直撃こそ避けたものの、舞い上がった土煙に鬼が見えにくくなる。

 鬼が拳を振りかぶりそして地面へと叩きつける。善治郎の方だ。

 その瞬間再び桃太郎は走り鬼へと肉薄する。

 ──今のうちに一撃食らわせる!

 だが鬼が拳を叩きつけた先、善治郎の方が視界に入り、思わず足を止める。

 善治郎が倒れていた。

 ──瓦礫か!

 どうやら鬼の攻撃を避けた際、瓦礫につまずいてしまったらしい。

 善治郎は強いが、鬼と闘ったことはないだろう。

 鬼と闘う際にはその巨体を自然と見上げる形になってしまう。だから足元がおろそかになりやすいのだ。

 そして、鬼との闘いを何度も経験しなければ、文字通りそこに足をすくわれてしまう。

 だが今はそんなことはどうでも良かった。

 鬼が再び拳を振り上げた。


「くそっ!」


 足に渾身の力を込め蹴り出す。

 桃太郎の常人離れした速力は、数瞬で善治郎との距離を詰める。体当たりをして鬼の拳の射程内から弾き出すことに成功。次に自分も逃れようとする。

 だが、


「っ!?」


 一瞬、足から力が抜け桃太郎は膝をついてしまう。そこへ鬼の拳が振り下ろされた。

 桃太郎は必死に体勢を立て直し、跳び退こうとする。

 ──間に合え!

 そんな桃太郎の思いも虚しく、一瞬間に合わない。

 本来ならば確実に間に合うはずだったのに、意味不明な出来事により間に合わなくなってしまった。

 歯を食いしばり、間に合わないと分かってなお跳び退こうとする桃太郎に拳が当たる寸前──


「ガアァッ!?」


 鬼がバランスを崩して倒れた。

 辺りに土煙が舞う。桃太郎はその光景に驚き目を見開く。今は花も猿王も鬼と戦闘中で、こちらを構っている暇はないはずなのだ。

 そこで桃太郎は鬼の上に立つ人影に気がついた。砂埃が治まっていくにつれ、その身なりが徐々に見えてくる。

 黒い着物を着ている女性だ。忍び装束のようなものだ。巻いているマフラーすら黒い。だがその中で肌の色だけは白く、そして美しかった。髪は長いものを束ねて後ろで縛っている。縛るものは羽飾りのようなものだ。

 そしてそんな彼女の手には、怪しく光る羽の形をした暗器が握られている。


「ほうけてないで、早く闘いに戻ったら?」


 彼女は抑揚のない声で、桃太郎へと言い放った。

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