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 桃太郎の旅に花が加わって一ヶ月が過ぎた。

 花の家族を襲ったという青鬼。それを倒すことに成功した後、桃太郎が聞いたのだ。


「で、花はこれからどうするんだ?」


 彼女の家族はもういない。この山に残るのか、もしくは近くの村に逃げ込むのかを聞くための質問だった。もし彼女が近くの村に行くと言えば、桃太郎はそこまでついて行ってやるつもりでもあった。だが、


「それなんですけど、私、ももたろさんの旅について行こうと思います!」


 そんなことを言ったのだ。

 無論桃太郎は反対した。彼の旅はいつ死んでもおかしくない、そして桃太郎自身の勝手な復讐のための旅でもあるのだ。そんなものに自分よりも年下の少女をついて来させることは気が進まなかった。

 だが花は目に涙を溜めながらも、強い意志を持って言ったのだ。


「私も、鬼に復讐します」


 そう言われてしまえば、桃太郎に拒むことはできなかった。


 村々を転々と移動する生活。

 訪れる村の者はみな彼らの目的を聞き、そのあまりの無謀さに呆然とするか嘲笑するかした。が、彼らの決意の固さを知ると皆口をつぐんだ。

 移動中に遭遇した鬼は全て倒した。

 いかに強力な鬼といえども、剣術の達人と犬憑きを同時に相手することは難儀らしい。

 危なかったことがなかったわけではないが、彼らは着々と敵を葬っていった。



 ***



「村の匂いがしますね」


 銀髪の髪から一対の犬耳をのぞかせた少女が言う。その隣を歩く桃太郎は彼女の指差す方向へと目を凝らした。


「ああ確かに。建物が見える」


 桃太郎の目線の先。そこには家と思しき木造建築物の集合が見えた。もっとも彼らの位置からでは豆粒のように見えるのだが。



「次はあそこに泊めてもらいますか?」


「そうだな。前の村出てから一週間くらい過ぎてるし」


 鬼除けの結界外は鬼に襲われる危険がある。地図を作るためには結界の外へ出なければならず、そしてそれは死にに行くようなものなのだ。それゆえ、自分の住んでいた村、良くてもその隣の村くらいまでしか地理の知識を持たないのが人々の常だ。

 そしてその少ない地理情報で旅を続けていれば、当然村を発見するのも辿り着くのも運次第となる。まっすぐ行けば三日とかからない道も、一週間や二週間かかってしまうこともあるのだ。村を見つけたらそこに泊めてもらうのは必須だった。


「にしても、結構大きい村だな……」


「ですね」


 近づくにつれ全貌が見えてきた村は、なるほど確かに大きい。端から端まで何メートルあるのかまでは分からなかったが、桃太郎の住んでいた村より巨大だということは確かだった。

 そして異様でもあった。なぜならその村は周りを壁で囲まれているのだ。木と石で作られたそれは高さが三メートル近くもある。ここから見える部分では二箇所が外界とを繋ぐ門らしく、そこだけが開いていた。


「止まれ。何者だ」


 その門に差し掛かった時、桃太郎と花は唐突に呼び止められた。

 横を向くと二人の男。それぞれ槍を持ち、腰には刀を差している。どちらも屈強でそこそこ腕が立つ、桃太郎にはそれが分かった。


「旅の者です」


 桃太郎は極めて端的に、短く答えた。そこには微かながら警戒の色が混じっている。

 普通、ここまで防衛に力をいれる必要はないのだ。熊が人里まで降りてくるなんてこともない。鬼にしたって木と石で作った防壁など大して役に立たないだろう。鬼除けの結界一つの方が頼もしい。

 ならば対人用ということも考えられるがそれも違う。土地が足りなくなったらそれこそ結界の範囲を広げるだけで事足りるからだ。わざわざ他の村の土地を奪う必要はない。ゆえに人間のあいだで戦争は起こらない。

 そんな桃太郎の疑問はすぐに解消されることになる。


「その女は一体なんだ?」


「え?」


 桃太郎が男の視線を追うとそこには花がいる。頭頂部の耳のことを言っているのだろう。


「こいつは犬憑きで……」


「そいつの入村は歓迎できん」


 言い終わるよりも早く断られた。

 何故、と目だけで問う桃太郎。


「この村には猿王様がいる。犬を大層嫌っているからな、犬憑きなんぞ村に入れるわけにはいかん。あの防護壁も私たちも、犬の侵入を防ぐためにある」


 徹底しすぎじゃないだろうか。そんな言葉が口をついて出そうになる桃太郎だがなんとか思いとどまる。


「どうします? 違う村を探しますか?」


「いや、俺だけ入れてもらう」


「わんんんっ!?」


 花、驚愕。犬が表に出てしまった。


「ちょっとももたろさん酷いです! あんまりです! 最悪です! 幼気な女の子を外に放り出すなんて!」


「いや、さすがに食べ物とか服とか仕入れたいでしょ。何日もってわけじゃなくて明日の朝には出発するからさ」


 そもそも幼気なら鬼と戦うなんてできない。という言葉が口をついて出そうになる桃太郎だがなんとか思いとどまる。


「そんなこと言って、今夜鬼が出たらどうするんですか! 私一人じゃ勝てませんよ!」


「あ、うん、そうだな……」


 鬼の生息数は確かにかなり少ないが、それでも今夜花が襲われないとは限らない。そんなリスクを侵すのは危険だが。とそこで一つの考えが浮かんだ桃太郎は、男のうちの一人に話しかける。


「なあ、ちょっといいか?」


「なんだ?」


「もしあの子が結界の外にいる時に鬼に襲われたとしたら、その時だけこの村の結界の中に逃げ込んでもいいよな?」


「む……ちょっと待て」


 言うと男はもう一人と相談を始める。ボソボソと小声で話し合うのを眺めること数分。男が戻ってきた。


「その時だけ、結界の境界線ギリギリなら構わない。だがこのことは絶対に猿王様には言わないでくれ」


「分かった」


 その後も喚く花を説得し、桃太郎が入村するのにはしばらくの時間を要したらしい。



 ***



 桃太郎が案内されたのは倉庫だった。空いている家や泊めてくれる家がなかったらしい。

 内部は想像していたほど暗くない。窓が設置されているからだろう。

 木製の壁には(くわ)や鎌、はてや槍や刀が立てかけてある。闘いなら猿王に任せればいいだろうに。

 猿王。桃太郎が案内してもらっている時に聞いた情報によると、村長ではないらしい。位置づけとして一番近いのは用心棒だということだ。

 鬼やその他の危険生物が村の中に侵入した際に退治するらしい。もっとも防壁が想像以上に機能したせいで鬼どころか危険生物も侵入してきたことはないようだが。

 その猿王が村に来たのは八年前。この村の村長が、結界の外で鬼に襲われているのを助けたことから気に入られ、村に連れて来られたという。つまり鬼を倒したことがあるということだ。そんな実力者ならぜひ旅に同行してもらいたい、と思う桃太郎だが、それが難しいことはなんとなく分かっていた。


「ふう……」


 息を吐き思考を停止させる桃太郎。刀の手入れをしようと腰からそれを抜く。と、そこで、


「失礼、今大丈夫ですか?」


 扉の向こうから声が投げかけられる。


「はい」


 扉が開けられる。そこには一人の少女──先ほど桃太郎を案内した──がいる。


「お手伝いして欲しいことがあるので、お願いしたいのですが……」


「もちろん、構わないよ」


 村を転々としている彼だが、何もタダで泊めてもらっているわけではない。

 畑を耕したり荷物運びをしたり、剣術の稽古をつけたりする対価として村への宿泊を許可してもらっているのだ。それは食料や着物を仕入れる時にも同じこと。断る理由はなかった。

 桃太郎は倉庫を出て少女の後に続く。


「で、何を手伝えばいいのかな?」


「米俵を運んでもらおうかと。高床式の蔵の柱が虫や雨で痛んで使い物にならなくなってしまったので、新しい蔵へと移すんです」


「なるほど」


 高床式の蔵はネズミや病気から保管してある米を守るためのものだ。米は普通の倉庫では安全に保管できないためそういった形式を用いている。

 しばらく無言で歩き続けていると数人の男たちが見えてきた。その後ろには二つの蔵がある。うち一つの柱が変色し削れているので、その蔵からもう一方へ運べということなのだろう。


「よう、旅人。悪いがちょっくら手伝ってもらうぜ」


 数人の中で一番年配に見える男が桃太郎へと話しかける。白髪の混じった快活そうな男だ。


「はい」


 桃太郎が短く答えると「ん、じゃあ始めるか!」と号令がかかった。桃太郎もそれに続く。

 一人が蔵の中へ、他数人がはしごに残りバケツリレーの要領で運び出すようだ。隣の蔵にも同じようなフォーメーションが組まれる。はしごの下で米俵を受け取りもう一方の蔵の下まで運搬する役目は桃太郎の他に二人いた。

 桃太郎はさっそく降ろされてきた米俵を受け取る。「よっ」と肩の上へと背負い小走りで移動。隣の蔵組へとそれを託すとすぐに次の俵を受け取りにと戻った。

 その途中、


「おお、すごいな旅人……。でもウチの村人多いからな。当然米俵もたくさんある。飛ばしすぎると最後まで持たないぞ?」


 ノロノロと運ぶそいつに話しかけられる。


「大丈夫ですよ。このくらいなら」


「うわマジかよ……。本当に人間か?」


 そう問う男に曖昧に笑いかけて桃太郎は仕事へと戻る。

 そうして全てを終える頃には日が傾き始めていた。

 桃太郎は長時間に及ぶ労働でかいた汗を拭う。ノロノロ運んでいた男の言う通り量はかなりあったが、桃太郎にとってはまだ許容範囲だったらしい。疲れらしい疲れも見せないでいる。

 そこへ先の快活そうな男が桃太郎の方へと来た。


「いやぁ、悪いな旅人。すっかり助かっちまった」


「いえ、泊めてもらうんですから、このくらいはしますよ」


「猿王サマが手伝ってくれりゃ、あんたの手を借りる必要もなかったんだが、あの人も困ったもんでな……」


 そう言う男の顔は苦虫を噛み潰したようだ。思わず桃太郎も尋ねる。


「何かあったんですか?」


「いや、あったというか、何もしてくれないというかな……」


 どうにも答えにくそうだ。だが桃太郎が聞くのをやめる前に男が口を開いた。

 曰く、猿王は何もしない、と。

 村にやって来た当初はその類まれなる能力で村人を助けていたそうだ。が、それによって命を助けた村長以外からも、ちやほやされることになり、気がついたら食っちゃ寝食っちゃ寝するだけの厄介者に成り下がったらしい。

 しかもかなりの大食漢とのことで、不作の年はかなりのペースで備蓄米が減っていくそうだ。

 できるなら出て行くか働いて欲しいが、言ってもなかなか聞いてくれない。追い出そうにも、命を救ってもらった恩とやらで、村長はそれを許さない。

 つまり、猿王はこの村の目の上のたんこぶだと……。

 話を全て聞き終えた桃太郎はしばし黙考する。もしかしたら旅に連れて行くことができるかもしれない、と。

 そもそも連れて行くことを諦めていたのは、村の防衛をするそいつをこちらの勝手な都合で抜き出すことを、村民は許してくれないと踏んでいたからである。そこの心配がいらないと分かればもはや遠慮はいらない。

 桃太郎は男を見据え、そして口の端しを歪めながら言う。


「その目の上のたんこぶ。俺が取り除いてみましょうか?」



 ***



 一方その頃花は。


「くぅ〜ん。ももたろさんのばか……。あほ……」


 木陰でふて寝をしていた。



 ***



 日が落ち月が空を支配し始めた頃。

 桃太郎が案内されたのは他よりも幾分立派な木造の家。その中の光景を見て桃太郎は驚愕した。

 食っちゃ寝していると聞いていた割りに部屋がキレイなのは誰かに掃除させているからだろうか。墨と筆、小さい長方形の和紙以外には特に物がない。

 そしてそのすぐ側であぐらをかく人が一人。

 長めのもみあげは猿憑きゆえだろう。クセのある髪だが艶がある。その顔は長いまつ毛もあいまって大変美しい。

 薄茶色の着物はその側面が太もものあたりから開けているものの、その下に何か履いているので猿にしては少し長い尻尾しか見ることはできない。だがその豊満な胸から始まる曲線美は把握できる。

 詰まる所、桃太郎が驚愕したこととは、


「お……女……?」


 猿王の性別であった。「王」の一文字から男だと勝手に判断していた桃太郎は、入り口付近で面を食らってしまい動けない。そんな桃太郎に猿王は試すような視線を投げかける。


「ほう、お主が皆が言っていた旅の者か。何の用じゃ?」


 尋ねられ、桃太郎は硬直をゆっくりとしかしできる限り早く解いた。雑魚と判断されては叶わない。


「俺の旅について来て欲しい」


「お主の旅に? そもそもお主は何故旅をしている? 結界の外は鬼が闊歩する危険地帯じゃというのに」


 言うと猿王は懐から煙管(きせる)を取り出し一服した。どうであれ興味はない、という風に。だからこそそんな彼女の目の色を変えさせたのは桃太郎の僥倖だった。


「鬼を全て滅ぼすためにだよ」


 猿王の目が見開かれる。そしてその顔には次第に笑みが広がっていった。


「きゃっはっは! お主、本気か!? 鬼を全て滅ぼすなど! きゃっはっは!」


 大笑いする猿王。目のはしに涙を浮かべている。桃太郎の言ったことが心底面白かったらしい。

 だがあいにく桃太郎はふざけているわけではない。


「本気だよ。鬼は皆殺しだ」


 その声に含まれていた確固たる想い。それを感じ取りようやく猿王は笑うのをやめる。


「ほう、じゃが鬼を全滅させるなど容易ではないぞ? それこそ戦闘力だけが問題ではない。この国全部を回ることになる」


「いや、毎年冬には鬼ヶ島に鬼が集まる。その時期に乗り込めば全国を回る必要はないよ」


 これも桃太郎の生まれた村の村長から得た情報だ。鬼ヶ島に近い港では冬、鬼との遭遇率が極端に高くなるらしい。さらにその時期に鬼が一斉に海を渡る姿を目撃されていることから、そうではないかと考えられているのだ。

 桃太郎の意見に猿王は、「ふむ、ちゃんと知識はあるようじゃな」という独り言を漏らした。どうやら知っていたらしい。


「本当に本気か?」


「ああ」


 一度の確認。桃太郎の目を覗き込んだ猿王はその口の端しを徐々に緩める。そして、


「面白い。よかろう、ついて行ってもいい。ただし──」


 そこで息継ぎをするように煙管を口につけ、再び桃太郎を試すように見る。


「お主が儂に勝つことができたら、じゃ」



 ***



 住宅街のはずれ、縦横五十メートルほどの広場には百人近くの野次馬がいる。夜なのに明るいのは、その野次馬が松明を手にしているからと、猿王が上空に飛ばした呪符が発光しているからである。


「へえ……。あんたこんな事できるんだな」


「当然じゃ。儂の長年の研鑽の賜物じゃ」


「長年って……あんたいくつ?」


「二十か、二十一じゃったな」


 ということはこの村の村長を助けるために鬼と闘ったのは十二、三の頃ということになる。優れた能力を有しているのは本当らしい。


「それじゃあ、簡単に決まりごとを説明しよう。まあ大したことはない。殺すこと、相手に今後障害となる怪我を負わせることは禁止。こんなことで命を落としたりなんてのは御免じゃからなぁ。まあだからお主には木刀を使わせるんじゃが」


「分かってるよ。俺だって嫌だ」


「うむ。そしてお主が勝てば儂は鬼を滅ぼすという無謀な旅について行こう。お主が負ければ……儂の願いを一つ聞いてもらおうか」


「願い?」


 思わず眉をひそめる桃太郎に、猿王は気まずそうに目を逸らす。


「いや、なに、大したことではない。気にするな」


「はあ……まあいいか」


「うむ、では始めようか」


 そう言うなり猿王は動き出した。どこからともなく数枚の呪符を取り出すと、桃太郎へと投げつけた。それは炎に包まれ矢のように彼へと接近する。

 だが桃太郎は動じない。発光する術を見た時からある程度予想はしていた。首を傾け半身を切り、それでも避けきれないものは木刀で薙ぎ払う。そのまま強く地面を蹴り猿王へと接近する。ワッと野次馬が沸いた。


「ほう、速いな。ただの人間とは思えん」


 だが猿王も動揺していない。呪符を投擲し防護結界を作る。桃太郎の斬り込みはこれに防がれた。

 続いて猿王は地面に呪符を叩きつける。桃太郎のすぐそばの地面が盛り上がり、槍状となって桃太郎へと襲いかかる。


「くっ!」


 かろうじて木刀で防御。後ろへ跳んで衝撃を最小限に抑える。

 距離を取ると同時にまたも猿王が呪符をばら撒く。しかも今度は途切れなく連続してだ。

 ──くそっ!

 数が多い。桃太郎は瞬時に状況を把握。遠距離戦は不利と判断するや否や猿王に向かって走り出した。

 それを好機とばかりに猿王の炎を纏った呪符が桃太郎へと襲いかかる。だが桃太郎とて負けてはいない。斬り上げ斬り下ろし水平に木刀を振る。そうすることで自分の体に当たる呪符だけを薙ぎ払って行く。

 到達。

 再び振るった木刀は、しかしまたしても猿王の防護結界に阻まれた。


「ちぃっ!」


「どうした? その程度か?」


 言いながら猿王は手印を決印。何かの術の発動の前触れ。そしてその攻撃に気がつけたのはほとんど桃太郎の感だろう。

 はっと上を見上げた桃太郎の目はいつの間に投げられたのか、発光する呪符とは別の符。そこから炎が発射された。全力で横に跳ぶ。次の瞬間、さっきまで桃太郎のいた場所に火炎が炸裂し地面に焦げ跡を作った。

 ──手強い。

 今は命を取ろうとしていないため、単純な術の組み合わせだ。だが、全力の殺し合いをしたら、その脅威はあるいは鬼さえ越えるかもしれない。

 今更ながらジワリと汗が浮かぶ。だがそんなことは諦める理由にならない。

 足に力を込め、勢い良く蹴り出す。猿王を中心としその周りに円を描くように走り始めた。青鬼──花の家族を殺した鬼──と闘った時のように。


「ふむ……」


 猿王の目が細められる。狙いをつけようとしているようだが、桃太郎の人間離れした脚力にうまくいかないようだ。しかし、


「甘いのぉ……」


 そうつぶやくと同時に地面に呪符を叩きつける。桃太郎の進行方向へと土の壁を作ろうとしたのだ。

 だがその瞬間、その隙を逃すまいと桃太郎も動いている。直角に曲がり散々助走した勢いそのままに猿王へと突進した。

 猿王の目が初めて驚きへと見開かれる。すぐさま防護結界を張ろうとするが、地面に叩きつけた呪符に呪力を注ぎ終わってはいない。その作業を中断させることはできないのだ。そして、それでは間に合わない。

 猿王は思わず目を閉じ襲ってくるであろう衝撃に備えた。だが、ひゅっと風を切る音の後に、優しく何かが喉に触れただけで何も起こらない。

 猿王が恐る恐る目を開けると、そこにはしてやったりという笑顔を浮かべる桃太郎だ。


「俺の勝ち」


 そこで気がつく。喉に当てられたのは木刀だ。野次馬が沸き、途端に騒がしくなる。

 猿王は相貌を崩しゆっくりと立ち上がる。


「うむ、確かにお主の勝ちじゃな。ふふん、儂はお主が気に入ったぞ? 約束通り旅について行ってやろう! 感謝してもしよいぞ?」


 そう言った猿王の手が跳ね起き、そして桃太郎の頭へと向かった。


「ちょっ、なんで頭を撫でる!?」


「なんじゃ? 照れんでもよかろうに。ほれほれ〜」


「やめろぉ!」


 その手から逃れるようにみをひねる桃太郎だが、猿王もさるものでどこまでも追いかけて来る。

 少し面倒な奴を仲間にしたかもしれないと思わずにはいられない桃太郎だった。



 ***



 翌朝。


「すみません、勝手に騒ぎ起こしたりして」


 桃太郎は花に続いて妙に懐いた猿王を連れて村長宅を訪れた。

 この村の村長は頭髪を真っ白に染めた老人だった。


「いえね、本人が村を出ると言っているんです。何も問題はありませんよ。村民は喜ぶでしょうが」


「ははは……」


 あながち冗談でもない、むしろ事実なことに桃太郎は思わず苦笑いする。その後ろで猿王がむすっとするのが分かった。


「なんにせよ、食料とあと着物、ありがとうございました」


「猿王に代わっていろいろと助けてもらいましたからね。お礼を言われるいわれはありませんよ」


 今度は村長が朗らかに笑う。そんな彼に桃太郎は一礼。猿王を連れて村長宅を、そして村を後にした。

 しばらく行くと銀髪の少女が見えてくる。が、その様子がいつもと違う。「ゔぅぅぅぅ……」という声まで聞こえてくる。


「おーい、花。大丈夫だったか?」


「ゔぅぅぅぅぅ……」


「あぁ、一晩置き去りにしたのは悪かったよ」


「ももたろさん……」


「なに?」


 花はバッと桃太郎の指差し、


「その女の人なんですか!?」


 そして叫んだ。その勢いと迫力にさすがの桃太郎も圧倒される。


「あれですか!? 大人の階段登ったみたいなことですか!? 責任とって連れてきたとかそーゆうんですか!?」


「ちょっと!? どうした花! 取り敢えず落ち着け」


「落ち着けません!」


 言い張ると今度は猿王を睨みつけて唸り始めた。だが猿王はそれを意に介さないようで、


「のう桃太郎? この少女は誰かのう?」


「あぁ、言ってなかったっけ。花っていう犬憑きで一緒に旅してる……」


「犬憑き……?」


 スゥーっと猿王の目が細められ、桃太郎は遅まきながら自分の失言に気がついた。だがもうこの状況を止められる者はいない。


「のう……? やはり犬というのはキャンキャン吠えることしかできんのかのう? 頭が悪そうじゃのう」


「わんんっ!? なんですかあなたいきなり! も、 ももたろさんは渡しませんからね!」


「桃太郎はいつこんな駄犬のものになったというんじゃ。寝言は寝て言うものじゃぞ」


「誰が駄犬ですか! お年寄りみたいな話し方して!」


「と、年寄り……? 失礼な! 儂はこれでも十七じゃ!」


 お前サバ読むんじゃねぇよ。そんな言葉が口をついて出そうになる桃太郎だがすんでの所で飲み込む。言ったら多分殺される。

 桃太郎は目の前の状況を見て顔を覆った。想定より何倍も面倒臭かった、と。だがこのままでは出発できないのも事実。しかたなく桃太郎は口を開いたのだった。


「お前ら! 喧嘩するな!」


 鬼ヶ島はまだ遠い。

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