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 快晴の空の下。

 村のはずれの道を、桃太郎、蛍、与助は横一列に歩いていた。その背にはそれぞれ縦一メートル横五十センチほどのカゴがある。


「ねえ、なんで俺たちだけなの?」


 桃太郎が横を歩く与助を見上げ問う。

 収穫祭。

 毎年この時期に行われるそれは、稲の神様に、今年も無事に収穫できましたという感謝と来年もよろしくという懇願とを伝えるらしい。そのために薪を大量に集めて燃やすのだが、その薪集めに駆り出されたのが桃太郎たち三人だった。


「さあね。そこらへんは親父……村長が決めることだし」


 言って肩を竦める与助に、


「でも子供三人だけに集めさせるのも効率悪いですよね。薪ってかなり必要なのに」


「いやいや、薪って言ったって。割るわけじゃないし。落ちてる木の枝拾ってくるだけなんだから、三人中二人子供でも大丈夫だって」


「サラッと自分を大人扱いしましたね……」


 キラッと奥歯を光らせサムズアップする与助に蛍は呆れ顔。

 確かに与助は十五歳。桃太郎や蛍に比べれば大人ではあるが、それでも村民たちから見れば子供なのに変わりはない。


「とか言ってる間に、着いたぞ」


 与助が指差すのは前方約五十メートル先。いくつもの木々が連なっているのが見える。葉はほとんどが色が変化していて、赤や黄色が鮮やかな色合いを醸し出していた。


「綺麗……」


 嘆息するように蛍が言う。


「何枚か拾って行こうよ」


 その桃太郎の提案に蛍は頷くと手を繋ぎ林に向かって走り出した。

 それを与助は微笑み混じりで見つめる。


「あんまり急いで転ぶなよー」


「分かってるー!」


「はーい」


 二人の背中に向かって注意をすると、いくらか間延びした返事が返ってくる。明らかに生返事。こりゃ転ぶな、と与助が思った瞬間、桃太郎が激しい土煙をあげているのが見えた。手を繋いでいたものの巻き込まれなかったようで、蛍が甲斐甲斐しく手を差し伸べている。

 与助は呆れ、思わずため息をついてしまい、


「つーか、あいつらここに来た目的忘れてねぇ?」


 与助は知らず、すでにだいぶ小さくなっている二つの背中に向かってつぶやいた。



 ***



 周囲を見回し、木の枝が落ちているのを見つけるとそれを背中のカゴへと放り込む。

 この作業を始めてからそろそろ一時間。来た時に比べれば幾分重量は増えているものの、まだまだ満杯とは言い難い。さっさとほっぽり出して、落ち葉探しを開始したい気持ちが桃太郎にはあったが、与助に木の枝を集め終わるまでお預けを食らったので、そうも言ってられない。地道に拾い続けている。


「そんなに落ちてないね」


 幼馴染がそんなことを言う。

 確かに今は十月。季節柄、もっと落ちていても良さそうなものなのだが、今年はなかなか少なかった。一時間経過してもまだカゴが埋まらない理由がそれだ。


「与助にいちゃん。枝そんなに落ちてないし、もうこれくらい集めれば大丈夫なんじゃないの?」


「いや、ダメだ。ちゃんと満杯にしろ。落ちてなかったら手頃な枝を切り落とせ」


「俺、刀持ってないから!」


 近くにあった枝を腰に差した刀で切断する与助にツッコむ。与助は今日は珍しく真剣を持って来ていた。


「つーか、まだあっちの方とか探してないだろ。行った行った。俺はこの辺りで休憩するから☆」


「ズルくない!?」


「ほら、俺、歳だから」


「むしろ働き盛りじゃないですか」


 与助は蛍のジト目を受けるとてへっとばかりに舌を出して自分で頭を小突いた。

 その様子に桃太郎と蛍は二人して、うへぇとなる。


「もういいよ、与助にいちゃんほっとく。サボってたの村長に言いつけてやる」


「それはシャレになんないからやめろよっ!?」


 激しく動揺する与助に一本取ったことを実感しつつ、桃太郎は蛍の手を引くと、


「じゃあ俺たち向こうの方探してくるから」


「お、おう。結界範囲外に出ないように気をつけろよ」


「分かってるってば」


「蛍、あいつ分かってるとか言ってるけど多分分かってないからちゃんと監視してくれよ」


「了解です」


「俺そんなに信用ないの!?」


 桃太郎、戦慄。実際桃太郎にはいくらか不注意な面があった。何回か皿を割ったこともある。

 だが、ここ最近鬼に関する噂を聞かないこととて事実である。結界を突破し村を襲ったという鬼も、三ヶ月前、村に逃げて来た者から聞いたのが最初で最後。それきりその脅威の鬼を含めた他の鬼すべての鬼の情報を聞いていなかった。


「桃太郎、そりゃ確かに最近はすごい平和だけどな、だからって鬼が出ないわけじゃないんだから。いいか? 鬼に出会ったら回れ右して全力でダッシュだぞ」


「分かってるってば」


「蛍、あいつ分かってるなんて言ってるけど……」


「だからそんなに信用ないの俺!?」


 桃太郎の盛大なツッコミと与助の笑い声が林にこだました。



 ***



「曇ってきたね」


 蛍の声に空を見上げる。

 なるほど確かに木々の隙間から見える空の色は、青から雲の白色へと変化している。いや、白というよりも灰色。雨雲だ。


「本当だ。雨降ったら収穫祭ってどうなるっけ?」


「ちょっとくらいならやるんだろうけど、大降りになったらさすがに中止じゃないかな? 木、燃やせないでしょ」


「そうか。じゃあ降り出す前に終わらせないとだね。落ち葉を拾えなくなる」


 言いながらかがみこみ竿竹くらいの太さの枝を拾う。カゴが置いてある場所まで戻るとそれを放り込んだ。カゴはもうそろそろ満杯で、ずっと背負って動き回るには重すぎた。だから何分か前から地面に置いておいたのだ。

 蛍は「そうだねー」と相槌を打ちながら周りを見回し、


「この辺りもそろそろ集め終わったかな?」


「ん、じゃあちょっと場所移動しようか。それにしても与助にいちゃん、ちゃんとやってるかな……」


 与助は、一度別れたあとから見かけていない。サボったら村長に言いつけると牽制はしたが、ちゃんとやってるかは分からなかった。

 そんな事をカゴを背負いながら言う桃太郎に蛍は微笑む。


「大丈夫だよ。与助さんやるときはちゃんとやるから」


「いや、与助にいちゃんは結構手抜き魔だよ。この前稽古サボったの村長に見つかって余計にキツイ稽古させられてたの俺見たもん」


「あははは」


 桃太郎の与助に対する散々な評価に、蛍は苦笑することしかできない。

 瞬間──。

 背後からズンっという腹に響くような音がした。

 与助にいちゃんだ。桃太郎は瞬時にそう判断した。今の話を与助が聞いていて、──そんなに怒るようなことだったかという疑問はあったが──それに腹を立てたに違いないと判断した。


「い、いや与助にいちゃん。ちょっとした冗談だから、そんなに怒らなくても……」


 実に情けない声を出しながらも許しを乞おうとゆっくり振り向く。

 だが与助の顔がありそうなあたりには黄色と黒の縞模様しかない。そこからはみ出ているゴツゴツとしたようなものは赤黒い。


「……?」


 困惑。

 わけも分からず、しかし縞模様から出ているのが足のようだと認識すると、今度は視線を上へと持っていく。

 身の丈は三メートルに迫る、いや越えるほどだ。盛り上がった筋肉、右腕に持つびっしりと棘のついた金棒。ギラギラと怪しく光る瞳が自分たちを見下ろしている。口からはみ出た牙は長くそして異様に鋭い。そして最も特徴的かつ印象的だったのは。

 ──その額から伸びる、牙よりもなお鋭く光る二本の角だった。


「ひっ!?」


 桃太郎の隣で蛍が小さく悲鳴を上げた。それは短かったが、そこに込められた思いは理解できる。

 ──何故、ここに。

 桃太郎は確かに少し不注意だ。だが与助に言われたことで、結界の外には出ないように何度も確認したし、それに蛍も注意していた。ここは間違いなく結界の中なのだ。

 そこでふと桃太郎の頭をよぎるのは、結界を突破する鬼のこと。

 ──まさかこの鬼が!?

 逃げなければならない。目の前の、巨大な黒い影を視界に収めた瞬間から、己の内で激しく鳴り響いている警鐘。与助に言われるまでもない。逃げない奴はただの馬鹿だ。

 それなのに、そう思うほどに、体が強張って動けなくなる。自分が自分を拒絶しているように、言うことを聞いてくれない。桃太郎が、自身の出自について葛藤した時とは全く別の、しかしよく似た感情が桃太郎を支配しているのだ。

 硬直。鬼と人間の二種族からなる開講によってもたらされたそれは、長くは続かない。

 桃太郎は、鬼がその口の端を持ち上げ、おぞましい笑みを作るのを見た。ゆっくりと振り上げられる金棒を見た。瞬間、頭の中をよぎるのは隣で自分と同じように動けずにいる幼馴染。

 ──蛍だけでも助けなければ。

 電撃のように走り抜ける義務感にも似た感情。それなのに体は動かない。震えすらも止まらない。

 ──動け、動け、動け、動けよ!

 必死に念じ全身に力を込めようとする。だがそれすらも叶わない。そして。

 振り上げた時からは考えられないスピードで、金棒が振り下ろされた。

 絶望。

 その金棒が桃太郎に当たる直前。真横からの衝撃。棒立ちだった桃太郎はたまらず尻餅をつく。

 桃太郎の眼前を金棒が通り過ぎ。


「ぁっ……ぁぁあ……」


 蛍が、骨の砕ける嫌な音とともに吹き飛ばされた。

 蛍は宙を舞い、近くの木にぶつかって止まる。

 血が飛び散り、数滴が桃太郎へとかかる。

 赤黒い鬼は、桃太郎を一瞥すると、左手を伸ばし動かない蛍を掴む。そしてその頭を噛みちぎった。

 首の断面から勢い良く血が吹き出し、鬼の腕をさらに赤く染める。


「桃太郎! 逃げろ!」


 不意に背後から聞こえてくる声。与助だ。

 彼は鬼の視界から桃太郎を隠すように間に立つと腰の刀を抜き構える。その視線は鬼の左側、蛍だった肉塊の握られた左手へと注がれている。与助が奥歯を噛みしめるのが桃太郎にも分かった。


「桃太郎、逃げろ。早く」


 後ろも振り向かずに言うその声は張り詰め切っている。

 桃太郎は反射的に立ち上がろうとし、しかし腰が抜けていたのかうまくいかない。何度も無様に転んでからやっとの思いで立ち上がることに成功する。この間、鬼がまったく手を出そうとしなかったことを不思議に思う余裕など、桃太郎にも与助にもなかった。そのまま、桃太郎は逃げ出した。



 ***



 この場から去って行く足音を背中で聞きながら、与助は油断なく鬼を見る。

 想像していたものよりもはるかに張り詰めた空気。目の前にいる巨大な暴力の権化に、図らずも恐怖を覚える。そしてなにより、

 ──蛍。

 与助が命をかけても救うと決めたうちの一人。その彼女は、与助が異変に気がついて駆けつけた時には肉塊に変わっていた。

 どうしようもない無力感が沸き起こるが、今は目の前の敵に集中だ。桃太郎だけでも逃がさなければならない。

 目の前の敵──鬼は、勝とうとして勝てる相手ではないが、それでも負ける気など毛頭ない。

 瞬間、鬼が動き出す。右手の金棒をゆっくりと振り上げた。それを見た与助は全速力で距離を詰める。


「せあぁっ!」


 裂帛の気合とともに放った袈裟斬りは、鬼の胸から腹にかけて一直線の傷をつけ、鬼を半歩下がらせた。だが、

 ──浅い……!

 鬼の硬質な肌は、刃物によるダメージを軽減していた。

 そして振り下ろされる金棒。鬼が半歩下がったせいで、今の与助のいる位置は武器こそ当たらないが、敵の腕に巻き込まれるには十分な距離がある。

 反射的にかがみこんだ次の瞬間、ついさっきまで与助の顔があった場所を金棒が通過した。頭上から凄まじい風圧。それでも彼の鍛え上げられた足腰はそれに耐え、大振りによって硬直している二の腕を切り上げた。

 返り血が少量、与助にかかる。だがやはり傷は深くない。

 その異常な頑丈さに冷や汗をかいた時、突如襲ってくる殺気。鬼が与助を睨みつけたのだ。とっさに飛び退き鬼と距離を取ってしまう。

 再び金棒が振り上げられる。

 ──攻撃がくる。

 先ほどと同じように距離を詰めようと足に力を込めた時だ。

 鬼が、左手に持っていた蛍の亡骸を与助に向かって放り投げた。


「!?」


 与助は驚きつつも、自然それを受け止めてしまい──それが隙となった。



 ***



 足をもつれさせ何度も転びそうになりながらも、桃太郎は懸命に走った。息は切れ肺は必死に酸素を取り込もうとしている。

 助けを呼ばなけれればならない。

 与助は強い。少なくとも桃太郎よりはるかに。だがそれでも鬼と闘うには力不足だろう。だから助けを呼ばなければならない。

 そんな考えが頭をよぎり、さらに速度を上げようとする。だがすでに限界を迎えている足ではそれは叶わず、ついに転んでしまう。舞い上がった土煙が少し口の中に入ったが、そんなことを気にしてはいらなかった。

 と、その時。背後からズンっという音がした。

 その音には聞き覚えがある。今日のこの絶望が始まるきっかけとなった音だ。

 表すことも難しい恐怖が己のうちからせり上がり、全身が震えるのがわかる。それでも振り向かずにはいられない。

 はたして赤黒い肌の化け物が桃太郎を見下ろしていた。腹や腕には浅いが、刀でつけられたと思しき傷がある。右手の金棒には、打撃跡らしき血がべっとりと二箇所。口から覗いた牙から真っ赤な血が数滴落ちた。


「与助、にいちゃん、は……?」


 思わず口をついて出た疑問。だがその答えはすでに分かっている。

 ポツリ、ポツリと空から水滴が落ちてきた。それは次第に強くなる。すぐ近くにいるはずの巨大な暴力の権化すら、不気味なシルエットを浮かべるだけで、全容は見えなくなる。無論、手を伸ばし触れることもできない。

 だが、そのシルエットが自分を見ていることは分かる。その視線に射すくめられて桃太郎は動けない。いや、例え射すくめられていなかったとしても桃太郎は動かなかっただろう。そんな気力などすでに存在していない。たった今なくしてしまった。

 やがて鬼が動き出すのが分かった。

 ──とうとう、殺されるのか。

 蛍や与助は鬼に殺された。自分も同じように殺されるのなら本望だ。

 思えば何もできなかった。

 護ると決心した女の子に逆に護られ、与助に全てを押し付けて逃げ出してしまった。助けを呼ぶなんてことは、逃げたことを正当化する理由にすぎない。

 ならせめて無抵抗に、より無残に殺されよう。

 覚悟は決まっていた。あるいはそれは諦めと言うのかもしれない。

 だがいつまで経っても何も起こらない。桃太郎は、閉じていた目を開け周りの様子を確認する。

 その目が捉えたのはこの場から去って行く赤黒いシルエット。


「え……?」


 目を見張る。何故化け物は自分を襲わなかったのか。

 しかし桃太郎の胸中を支配していたのは全く違う感情。無力感だった。

 好きな子を護ることもできず、人に全て丸投げして、そして死ぬことすらもできない。そんな無力感。

 土砂降りの雨の中、桃太郎は血が出んばかりに奥歯を噛みしめ拳を握る。

 このままでは終われない、終わりたくない。何もできないままで終わらせない。

 それは理性を焼き尽くし、生きることに執着させる毒のような感情。それでも桃太郎は毒を飲むことしか今はできない。


「俺は、鬼を滅ぼす……!」


 確固たる意思を宿すその瞳は、怪しく輝いている。


 ──復讐の鬼が、産声を上げた。

なんで蛍、すぐ死んでしまうん?

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