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最悪の鬼【終】

 生まれた時から肌が黒かった。

 赤でも青でも、ましてや紫ですらない。純粋な黒。

 その鬼は、同じ鬼からも忌避され疎まれ、親鬼からも見放され一人となった。

 だからと言って恨む事はしなかった。異質な自分が悪いと考えていたこと。同種に対する情。それらが恨むことを許さなかったのだ。

 だから誰にも文句を言うことなく、独りで生きてきた。


 黒鬼には鬼除けの結界が効かなかった。

 いや、効かないという表現は少し違う。

 黒鬼は鬼除けの結界内部に入ることができたのだ。ただし、身体能力に少しの制限を設けて。

 だが黒鬼にとってそれは些細な事にすぎなかった。

 たとえ力を制限されていようとも、彼が手に持った金棒を一振りすれば、たちまちそこは更地になるのだ。虫一匹として残ることはない。

 村一つ消滅させることなど造作もない。おかげで彼は空腹による飢えだけは感じなかった。


 そんな黒鬼にも、ある時理解者が現れる。ある雌の赤鬼だ。

 黒鬼は初めて飢えを忘れることができた。

 彼らはつがいとなり、多くの小鬼をもうけた。

 あらゆる(ことわり)の外にいる鬼とて、例外はいくつもある。産まれてから数年の小鬼は自力で海を渡る事もできない。仮に渡る事が出来ても、十分な量の食糧を手にすることはできない。

 それゆえ、黒鬼は単身で鬼ヶ島を出て食糧である人を狩りに行った。

 結界内部に入ることのできる彼は次々と人を狩り、鬼ヶ島で待つ家族へと届けた。

 そんな生活が約一年ほど続いた頃だった。

 黒鬼はかつてないほどの数の人間に襲われた。それは夜の森の中で睡眠を取っていた時。

 さしもの彼も不意を突かれ動揺した。

 しかし彼の肌は硬すぎた。他の鬼など、比べ物にならないほどに。

 右や左から次々と繰り出される斬撃に呪術は、しかし黒鬼の皮膚を破るには至らない。

 劣勢と見られた黒鬼はしだいにその形勢を逆転。金棒を力一杯振り周囲を更地に変える。人間たちは絶体絶命と見えた。

 しかしここでもまた形勢が変わる。

 人間たちとて練達の猛者ばかり。黒鬼は数人を潰すことができたが、それでもほとんどに金棒を躱されていた。そうして自身は躱さずに、何度もなんどもその身に斬撃と呪術を受け続けていたのだ。

 黒鬼の皮膚の耐久力が限界を迎えた。

 浅く、ではあるが、人間の斬撃が黒鬼の皮膚を斬り裂いたのだ。人間たちにもわずかな勝機が見えてきた。

 それからは完全に泥沼の殺し合いだった。

 金棒を振り下ろす黒鬼。それを躱し、決して決定打とはなり得ない斬撃を放つ人間。

 最初は三十人近くいた人間も、次第に脱落者を増やしていき残りはわずか。

 対する黒鬼は、重点的に狙われていた左の角を折られたものの、まだ余裕があった。

 倒すことができない。

 残った人間はその事実に気がついていた。だが引き返すことはできない。散っていった仲間や、消し炭にされた村々に申し訳なかったからだ。

 彼らに残された道はたった一つだけ。すなわち「封印」である。

 殺すよりも難易度としては低い、黒鬼をこの世から消し去る方法。否、消し去るというのは適切ではない。正確に言えばこの世には存在している。

 ただ、深い眠りにつかせるのだ。

 封印の欠点は殺さないということだ。鬼ともなればその呪術的拘束を解くことも──すぐにとはいかないだろうが──可能かもしれない。それは後世に厄介ごとを押し付けることになる。

 だが黒鬼を殺せず、封印すらできなかった場合、人間は絶滅していただろう。黒鬼を襲撃した部隊以上の達人たちは、残念ながら当時の人間にはいなかった。

 人間たちは封印に取り掛かった。

 振り下ろされる金棒に何度もその身を晒されかけながら、しかし彼らはギリギリで成功した。

 黒鬼の全身から力が抜け、大きな振動とともに倒れる。

 封印を施したものに物理攻撃は意味がない。それをすれば逆に封印の拘束力を削ってしまうのだ。

 人間たちは黒鬼を、封印を強めると言い伝えのある桃の木の下へと埋めた。そして後世へと、再び目覚めるかもしれない事を伏せて、その鬼のことを伝えたのだ。

 そう、最悪の鬼がいた、と。


 赤黒い鬼が、かの鬼の子孫が目撃されるようになったのはそれから数年後だ。



 ***



 土煙りが舞い上がる。

 花は闘いそっちのけでその方を見ていた。

 ──ももたろさんは……!?

 紫鬼の振り下ろした金棒は確実に桃太郎を捉えていた。あの状態で避けられたとは思えない。

 言い様のない焦燥を胸に抱え、花はフラつきながらも桃太郎のいた場所へと歩き出す。

 途中二回ほど鬼に襲われそうになったが、猿王と鳴女が防いだ。だが花の意識にそれは入ってこない。

 やがて土煙りの中に人影が見えた。

 しっかりと両足で立ち、フラついている様子もない。


「ももたろさん……!」


 思わず花の顔がほころぶ。焦燥が消える。

 だが、


「ももたろ、さん……?」


 煙が消え、そこから姿を現した桃太郎を見て、花の表情は凍りついた。

 そこにいるのは桃太郎だ。それは間違いない。

 しかしその雰囲気というか、纏っている空気というか。より正確に言えば、匂いが、花がよく知っている桃太郎のものではなかった。

 土煙りから現れた桃太郎が纏う匂いは、間違いなく鬼のそれだった。



 ***



 記憶が、流れ込んできた。否、流れ込んだのではない。なぜならその記憶は最初からそこにあったのだから。

 生まれた時の自身の特異性。群れから弾かれたった一人で生きていかなければならなかった時期。村を全滅させた時の感触。そして理解者の出現と彼女との間にできた数人の子供。そういえば、彼ら彼女らは赤黒い肌を持っていた。何があっても護ると誓ったのを覚えている。

 さらに思い出されるのは子供達のために人狩りを続けた頃。いくらか確保しては海を渡って届けに行っていた。

 最後に浮かんだのはボロボロになりながらもなお自分に刃を向ける人間たち。どうせ叩き潰されるのに、何故そこまで抗うのかと不思議に思った。その理由も、今は分かる。

 なんらかの呪術をかけられて意識がなくなってからは覚えていないが、なんとなく知っている。

 どうやったのかは分からない。だが自分は近くにあった桃の木へと寄生し、そしてその実に己を封じ込めたのだ。

 だが長らく記憶が戻らなかった事から察するに、意識がなくなる際にかけられた呪術は少なからず作用していたのだろう。

 と、そこまで思い出し考えるのにかかった時間は瞬きをするよりもなお短い。

 桃太郎は迫り来る金棒に気がつき、手に持った鬼刀でそれを受け止めた。

 振動が桃太郎を通して地面へと伝わり、岩盤が砕け土煙りが舞い上がる。だが桃太郎は微動だにしない。先ほどまでとは体の感覚が全く違った。

 桃太郎は受け止めていた金棒を払うと土煙りが晴れていった。

 少し黒ずんだ肌。ユラリとした不穏な空気感。瞳に宿る輝きは鬼のよう。それを裏付けるかのように、額には鋭く禍々しい角が生えている。

 ただし、左側は根元のあたりから折れている。

 桃太郎は不意に手に持った鬼刀へと目を向けた。


「どうりで、手に馴染むわけだ……」


 口から出た声は今までの彼の声よりほんの少し低い印象を受ける。


「ももたろさん……?」


 桃太郎は声がした方へと目を向けると、花が目を見開き硬直していた。自然、桃太郎は居心地が悪くなる。

 とそこへ、迫る巨大な影。花へと金棒を振り下ろした。

 花がそれに気がつき避けようとする。だが間に合わない。

 と、次の瞬間。

 ボトボトと、一瞬前まで鬼だった物体が岩盤へ落ちた。その只中には桃太郎がいる。桃太郎がほんの一瞬で斬り刻んだのだ。どす黒い血の雨が降り注ぐ。

 それを見た紫鬼は瞬時に動き出した。桃太郎を、脅威と判断したのだ。すぐに殺さなければ危険だ、と。

 先ほど闘っていた時よりも数段早く金棒が振り下ろされる。

 桃太郎はそれを、やはり鬼刀で受け止めた。


「ふっ!」


 そのまま振り払い、そして次の瞬間には桃太郎の姿はかき消えている。続いて二箇所、岩盤が凹む。

 桃太郎は紫鬼の後ろへ現れた。桃太郎の踏み込みと回り込みが、岩盤を砕いたのだ。

 超高速で振り下ろされる鬼刀。紫鬼はそれを金棒を背中へ回して受け止める。だが桃太郎は気にせず鬼刀を押し込んだ。

 ギリギリと音が鳴りしばしの間硬直する。

 紫鬼は負けじと金棒で振り払った。


「っ!」


 だが彼は先刻のように吹き飛ばされはしなかった。桃太郎は宙で一回転。紫鬼の頭頂部へとかかと落としを放つ。

 鬼の皮膚は硬質だ。人の身で攻撃したなら、逆に桃太郎自身が傷を負っていただろう。しかし、今の桃太郎は違う。

 紫鬼は衝撃に重心を揺らす。自然生じる隙。そこへ桃太郎は、


「腕をもらう」


 斬れかかっていた紫鬼の左腕をを今度こそ完全に切断した。

 おびただしい量の鮮血が岩盤を濡らす。

 紫鬼はその痛みに歯を食いしばりながらも、桃太郎へと金棒を振る。未だに空中にいた桃太郎はそれを避ける事が出来ない。鬼刀で受け後方へと飛ばされた。

 ザザザっと危なげなく着地する桃太郎。あれだけ動いた後だというのにほとんど息が乱れていない。

 対照的に紫鬼は唸るように息を切らしている。睨み殺さんばかりの視線を桃太郎へ向けて動かさない。その殺気は凄まじいものだが、桃太郎は意にも介さなかった。

 二合目。

 動き出したのは紫鬼だ。

 巨体からは考えられないほどの速さで桃太郎へと肉薄。金棒を振り下ろした。

 しかしそこに桃太郎の姿はない。紫鬼の左側、腕のない方へと回りこんでいる。

 一閃。紫鬼は一歩引いて躱すと金棒を横薙ぎに払った。

 桃太郎は咄嗟に頭を下げて回避する。そして一歩踏み込み放つ斬り上げ。今度は金棒に防がれた。

 桃太郎はなおも攻撃を続ける。

 袈裟斬り。横斬り。刺突。斬り上げ。返す刀で斬りつける。

 紫鬼はそれらに反応していった。だが全てというわけではない。桃太郎の動きは速すぎたのだ。とても人間の動きではない。

 さらに言えば、本来桃太郎は弾き飛ばされて然るべきなのだ。人間と鬼には越えられない腕力の差があり、加えて体格差もある。

 それを桃太郎は一歩も引かずに受けきり、あまつさえ紫鬼の体に傷をつけていた。

 何合かの打ち合いの後、桃太郎は一旦距離を取る。

 振られた金棒が空を切った。


「流石だよ」


 と桃太郎は少し残念そうに言う。


「赤鬼と青鬼の交配種なんだろうけど、普通では考えられない組み合わせだ。それでいて、どちらの長所も余すところなく、それどころか格上げして受け継いでる。赤の力と、青の素早さを」


 そんな話をしながらも、桃太郎に隙は見当たらない。


「でもだからこそ、こうして殺しあう事になったのは残念だよ」


 桃太郎には今、桃太郎として生きた時間以外の記憶もある。

 鬼の視点から見た紫鬼は、なるほどこれ以上ないほどに心強い味方だ。

 しかし人の視点から見れば、これ以上ないほどに危険な敵だ。自分の大切なものを傷つけようとする害そのものだ。

 人と鬼。突如として両方の視点から世界を見ることとなった彼には、ほんの少しの戸惑いと、確かにやりきれない思いはあった。

 それでもその中心で揺れ動く針は桃太郎へと振れた。鬼になることを、拒否した。

 桃太郎は目を閉じ、同族を殺すことの躊躇いを振り払う。目を開けた時には、残忍で暴力的な、それでいて奥に優しさを秘めた瞳になっている。


「せめて、一瞬で殺してやる」


 突如として高まる殺気。指一本動かすことすら躊躇われるような緊迫した空気。それに紫鬼すらもたじろいだ。

 爆音と共に岩盤が砕け凹みめくり上がる。

 空気が切れる音。紫鬼が次に桃太郎を視認したのは己の目前だった。

 突き出される鬼刀。紫鬼はその進行方向に金棒を挟み込んで防ぎにかかる。

 ガキィっという衝撃。しかし両者一歩も引かない。


「せあぁぁっ!」


 桃太郎は無理やり鬼刀を押し込んだ。

 ピキっと金棒にヒビが走る。

 それを見て桃太郎は、自分の持つ力を爆発させた。


「グオオォォォォォォォォォォォォォオオッッッ!!」


 桃太郎の雄叫び。金棒が砕け散る。

 支えを失った鬼刀はそのまま紫鬼の心臓へと向かった。

 紫鬼の他よりも強固な皮膚を突き破り、肋骨をも砕き、そして貫通する。

 紫鬼の胸部には大穴が開いた。

 どす黒い血が溢れ出し地面に降り注いだ。

 紫鬼の口から空気が漏れ、その目から命の輝きが失われていく。

 桃太郎は鬼刀を引き抜き、ついた血を払うように振る。

 振動とともに紫鬼が倒れた。

 鬼刀を握る彼の手は、血の色で染まっていた。

 桃太郎はその手を見下ろし、口の端を緩めてしまう。そんな自分に気が付いた桃太郎は、途端に悲しそうな顔になった。それから空を見上げ、


「俺はやっぱり人間じゃなかったよ。蛍……」


 彼の目に、空にかかる雲はより分厚く見えた。



 ***



 地面は血で染まった。

 至る所に鬼の死体があり、一部は切り刻まれ原型が分からなくなっている。

 花や猿王は疲弊しきって地面にへたり込んでいた。

 そんな只中、桃太郎はぼんやりと空を見上げている。

 鬼を全て殺すという突拍子のない目標がついに叶ったのだ。彼自身、叶うと信じていなかったわけではないが、あまりに無謀であると理解していた。それだけに桃太郎としては感じるものがある。

 達成感と虚無感とが入り混じり、混沌とした、正か負か分からない感情が桃太郎を支配していた。

 とそこに、


「っと」


 突然背後から飛んできた羽型の暗器を自身の角で作られた刀で弾く。キンッという金属音がして暗器は地面へと転がった。

 今の桃太郎の能力は鬼すら越えている。当たったとしても傷はつかなかっただろうが、反射的に体が動いたのだ。

 桃太郎は鳴女へと顔を向ける。数本の暗器を構えている彼女は、威嚇するように桃太郎を睨みつけている。「なぜ?」と目だけで問いかけた。

 鳴女は警戒心も露わに言った。


「あなたは人間なの? それとも鬼なの?」


 そのたった一つの質問で周囲に緊張がはしった。

 返答次第では容赦しないと、鳴女の纏う空気は物語っている。

 一方、地面にへたり込んでいた花と猿王も、少しの反応も見逃さないとばかりに桃太郎から視線を逸らさない。

 桃太郎はそんな状況に苦笑し、出来るだけなんでもない風に答えた。


「俺は人間だよ。鬼だったら同じ鬼を殺したりしない」


「それじゃあ、その角は何。あなたの纏ってる空気は何。声も、ちょっと低くなってる」


「…………」


「それに……それにあなたは鬼を殺すのに斬り刻んだわ。あなたはどんなに憎くても、命を奪うのに必要最低限の攻撃しかしなかった」


「……気にするようなことじゃ、ないだろ」


「気にするわよ!」


 鳴女が、おそらく出会ってから初めて声を荒げた。何かを抑え込むように空いている腕で胸のあたりを抑える。


「紫鬼と闘ってる時に、何があったのよ……!」


 悲痛に歪む顔を見て、桃太郎は思わず目を逸らす。だがそうして変わった視界に入ってきたのは、花と猿王の心配そうな、不安そうな顔だ。

 そんな顔をしてほしくなくて、させたくなくて、桃太郎は話すことにした。


「……俺は、お前達が言う最悪の鬼だよ」


 場の空気がさらに凍るのが分かった。

 桃太郎は人間たちから襲撃を受けた所から話し始めた。

 最悪の鬼は死んでいなかったこと。なんらかの呪術をかけられ眠っていたこと。自分でもよく分からないが、桃の中へと自身の体を封じ込めたこと。

 歯切れよくとはいかない。彼自身分からないことの方が多いのだ。

 それでもすべて話し終え、そして桃太郎は付け加えた。


「確かに少し変わったんだろうけど、それでも俺は人間だよ。ちゃんと人間としての意識を持ってる。人を襲うなんてことはしないさ」


 無理やり笑顔を作り三人へと向ける。

 場の空気は若干弛緩したが、まだ緊張感がある。


「それならいいじゃないですか。ももたろさんは、ももたろさんです」


 花がその緊張もほぐそうと口を開く。

 犬憑きの少女は、必死になんとかしようとしていた。そんな彼女に桃太郎は知らず口の端を緩める。


「まあ、角が生えたからといって、自分が人間じゃと言えるならそうなんじゃろ」


 猿王も口を開いた。それは周りに呼びかけるというより、自分を納得させるための言葉だ。

 最後に鳴女は、未だに難しい顔をしているものの、


「……そうね」


 と小さく呟き体の向きを変えた。


「拠点に戻りましょう。鬼は全滅させたのだし。明日には善治郎? も迎えに来るのでしょう? 準備をしないと」


「そうじゃのぉ……終わったんじゃの」


「ですね……」


 鳴女の言葉に桃太郎以外の二人が頷いた。

 それから大儀そうに立ち上がると、若干おぼつかない足取りで歩き始める。


「準備もそうじゃが、一旦休みたいの。さすがにボロボロじゃ」


「そうね、少し休憩時間を入れましょう」


 ゆっくりとではあるが、彼女たち三人は場を後にしようとする。そこで花は何かに気がついて振り返った。


「ももたろさん……? 行かないんですか?」


「え? ああ、行くよ。ただちょっとやる事があるから、先に行っててくれないか?」


 桃太郎が言うと、花は途端に不安そうに眉をひそめた。


「ももたろさん。大丈夫、なんですよね……?」


「ああ、大丈夫だ。後始末するだけだし」


 彼ができる限り気丈に微笑むと、花は「分かりました」と二人の後を追った。

 遠ざかる足音が完全に聞こえなくなるのを待つ。

 やがて静寂が訪れた。

 ──そう、後始末を。

 確かにここに積まれているのは、かつて彼と同種だったものたちだ。先日までならともかく、今は弔おうと考えても不思議ではない。

 花が不安そうになったのもそこが原因だろう。だから聞いたのだ。大丈夫なんですよね、と。

 その点については大丈夫なのだ。桃太郎は、鬼たちを弔おうと考えているわけではない。

 そもそも、桃太郎が記憶を取り戻してなお鬼を殺すことを選択したのは、ある意味では消去法だ。

 最悪の鬼であった時の家族はすべて死んだ。その子孫はすべて自身の手で殺してしまった。

 同種である鬼に恨みがなかったとはいえ、命を賭して護ると決めた家族ほど情があったわけではない。

 つまり、鬼たちに命をかけてまで護りたいと思える者はいなかったのだ。

 反対に、人間には護りたい者がいた。花や猿王や鳴女を始め、お爺さんお婆さん。ここに来るまでの村で世話になった人々。

 自分の力で脅威を取り除けるならそうする。至極単純な思考だ。

 その至極単純な思考から桃太郎が得た結論が彼の言う後始末だ。

 最悪の鬼は結界内部に入ることができた。ただし、身体能力に制限を設けて。

 港村で調子が悪かった理由はそれだろう。

 さらに言えば、鬼ヶ島に来てから働いていた勘も鬼ゆえと考えられる。

 そしてここで重要なことがある。

 桃太郎が生まれた村にいた時は、そんな制限も受けなければ、勘も働かなかったのだ。つまり、

 ──鬼に、近づいてるんだ。

 最悪の鬼がかけた術が解けかかっている。そして解けたころには、自分は人間でいられないだろう。

 最悪の鬼が再来してしまう。

 そして、現在の人間で大きな戦力である花たちでさえ、最悪の鬼に歯が立たないのは分かりきっている。

 身体の変化は唐突に起こった。もういつ鬼になってもおかしくない。

 ──そしてそんな危ない状態な奴を、人間と呼ぶわけがない。

 花たちには「自分は人間だ」と言ったが、その言葉を一番信じていないのは間違いなく桃太郎だ。


「俺は、鬼だ」


 ただ独り、ポツリと呟く。

 孤独は恐怖だ。最悪の鬼であった時も、自分が桃から生まれたと知った時も、それは痛いほどに思い知らされている。

 だからこそ、そんな自分を理解してくれる者を自分の手で殺すことなど、彼には容認できない。

 生き続けていれば、自分は近い将来鬼となる。

 ならば、そうなる前に終わらせなければならない。

 後始末を、するのだ。

 たった一人生き残ってしまった鬼を、最後の鬼を殺すのだ。

 桃太郎は刀をゆっくりと持ち上げ首に当てる。その手は小刻みに震えていて、自分で自分が情けなくなってしまう。

 瞼を閉じれば見えてくるのは蛍と与助の顔だ。

 ──また、会えるだろうか。また、受け入れてくれるだろうか。

 桃太郎は疑問に思う。だがそれは答えを知っている疑問だ。あの二人は自分を受け入れてくれる。

 少なくとも、今の状態であるなら。

 桃太郎は再び目を開くと、ふてぶてしい笑みを作る。そして──


「鬼は全て、滅ぼす……!」


 覚悟を決めるように言い、自分の首を斬り落とした。

今まで読んでいただきありがとうございました。

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