紫鬼
桃太郎たちは何体もの鬼を葬ってきた。
鬼はこの島では群れを作って生活しているらしい。数回の闘いを経て、彼らはそう結論付けた。
事実、単体で行動している鬼を桃太郎たちは見ていない。この小さい鬼ヶ島を三日間探索し続けてもだ。結論を出すには十分だった。
桃太郎が拾った鬼刀も凄まじい効果を上げていた。桃太郎が振るえば振るうほどに、それは手に、身体に馴染み、身体能力が上がったかのような錯覚すら彼は感じた。
鬼の隙をついて一気に何体かを始末する。驚愕に硬直している鬼たちをさらに屠る。そうして頭数を減らした鬼を桃太郎たちは見事な連携で全滅させていった。
そうしていくうちに、彼らは四日目を迎えた。
***
「かなり薄くなってきましたね、鬼の匂い」
昼だというのに少しも気温が上がらない中。桃太郎たちが一列になって歩いていると、花がボソリと呟いた。
「まあ、あれだけ倒したらな……。そもそも生息数も少ないって村長言ってたし」
「そうですね。鬼ヶ島にもわらわらいたわけじゃないですもんね」
種の数としては異常なくらい少ないよな。今までに全部で何体くらい倒したっけ。初日に二十体ちょっと、次に三十体弱……」
「百四体よ」
自信たっぷりと言った様子で鳴女が言う。桃太郎は計算しようと曲げていた指を元に戻した。
「数えてたのか?」
「ええ、特にすることもなかったから」
「まあ、あれ以来拠点も襲われんしのう……」
猿王が少々残念そうにぼやく。
拠点防衛の際に彼女の罠が大いに役立ったことを喜んでいただけに、どうせ闘うなら拠点防衛がいいと考えているのかもしれない。
確かに猿王の呪術による罠は効果的だった。後で確かめたら、七体もあの罠で屠れていたことが分かったのだ。
そこに目をつけた桃太郎が、鬼襲撃の際にも使えば、より効果的に鬼を狩ることができるのではないかと提案したのだが。
「猿王さんの罠、拠点防衛にしか使えませんもんね。普通に襲撃する時にも使えると良かったんですけど」
爆発罠は広範囲高威力な分、準備に手間がかかりすぎるのだ。とても不意をついて使えるようなものでもなければ、乱戦状態になる襲撃戦に使えるわけもなかった。味方に当たっては元も子もない。
故に彼らは正面突破という、言ってしまえば頭の悪い方法を取っているのである。
普通、鬼に対してこの戦術は自殺行為であるが、いかんせん彼らは普通ではない。剣術の達人と物憑き御一行様なのである。
「ところでももたろさん、本当にこっちで合ってるですか?」
「うん、たぶん。きっと。ただの勘だからアテにされても困るけど。でも間違いなくこっちに鬼がいるかもしれない」
「すっごいフワフワしてるわね」
鳴女がサラリとツッコむ。
「仕方ないだろ、勘なんだから。だいたいそれについて来てる方もついて来てる方だし」
現在桃太郎たちは、他ならぬ桃太郎の『勘』によって進んでいる。こっちにいるような気がする、あっちにいるかもしれない。そういった非常にフワフワしたものであるが、花の鼻が使えない今、それ以外に方法はない。
「じゃがまあ、もう探索しとらんのはこっち側だけじゃしの。あながち桃太郎の勘も外れておらんかもしれん」
「それ、勘に頼らずとも考えられることよね」
「あー、確かにそうですよねー」
「おい、ちょっと? なんなんだよその微妙な眼差しは!」
三人からなんとも形容し難い視線を向けられた桃太郎は居心地悪そうに首を回す。
そんなやり取りをしつつも周囲は警戒する。気配を感じとった彼らはすぐに口を閉じ身をかがめた。
ごつごつとした岩場だ。
そこかしこに岩が転がり視界はそこまで良くない。足元はでこぼこした岩盤で、足音を立てないようにするのは骨が折れそうだ。
彼らはそんな殺風景な場所を体勢を低くして進む。
極力足音を殺し、岩に身を隠しながら気配の方向へと向かって行く。
やがて鬼の群れが見えてきた。
数は今までで一番多い。五十体近くもいる。
赤鬼と青鬼が半々といったところだろうか。鮮やかな肌を持つものから黒みがかった肌を持つものまで様々だ。
その中で最も目を引くのは中央に踏ん反り返っている鬼だ。
他の鬼よりも一回り以上巨大な体。肌は黒が混じった濃い紫色で、どことなく威圧感を感じさせる。
紫鬼はふと何かに気が付いたように首を動かし、桃太郎たちが隠れている岩へと視線を向ける。
寸前、四人は素早く身を隠し息をひそめた。
間を岩で隔てているというのに、肌を焼くような、ともすればそれだけで人を殺せそうな殺気が桃太郎たちを襲う。
耐えることができたのは、ひとえに彼らの鍛錬の賜物だろう。
しばらくすると、飽きたのか気のせいと判断したのか。紫鬼から向けられる殺気は消え去った。
桃太郎たちはその瞬間を見計らい、互いに頷きあうと全力でその場から離脱した。
***
「あれはバケモンじゃの」
「明らかに別格だったわね」
「ですね」
先ほど見つけた鬼の群れ。その頭目をどう打ち倒すかが当面の問題だった。
「もういっそ後回しが良いんじゃないかのう。どうせ明日迎えに来るんじゃろ? ぜん……ぜん……? なんか奴にも手伝ってもらえば良い」
「善治郎な。名前覚えててやれよ。でも俺は反対だ。善治郎に手伝ってもらうとすると今までの連携が崩れるだろ。あの鬼相手にそんなぶっつけで挑みたくない。それにもう十分助けてもらってるんだ。これ以上は自重すべきだ」
「あー、それとあれですね。たぶんあれが最後の群れですね」
「「は?」」
鳴女と猿王の声が重なる。
「いえ、鬼臭の発生源があそこだけって感じだったんで。そう思っただけです」
「うん、なんかそんな気はしてた。勘で」
「だいぶ雑なこと言っとるの、桃太郎……」
「けれどここでは鬼の匂いは追えないはずでしょう? 何故そんなことが分かったの?」
鳴女の問いに花は「むー」と首をひねる。
「最初は確かにまったく分からなかったんですけど、今は少し分かるようになってきたというか。たぶんたくさんの鬼を倒したからだと思いますけど」
「それだったら探索もできるはずじゃろうが」
「だから、細かいことはよく分からないんですよ!」
「じゃあなんであの群れが最後だって分かるんじゃ!」
「なんとなくって言ってるじゃないですか!」
「お前らうるさいわ!」
徐々に喧嘩腰になっていく二人に桃太郎は一喝。花と猿王は不満そうな顔をしながらも口をつぐんだ。
「とにかく話を戻すと、紫鬼をどうやって倒すかだ」
桃太郎が言うと四人それぞれ思案し始める。
自分たちに今できることは何か。それらを組み合わせてあのバケモノを倒すにはどうすればいいか。
そもそも搦め手に長けているのが猿王だけという状況下で、正面突破以外の方法を取ることは難しい。
鳴女も、搦め手と呼ぶには技の数が少なすぎるため、自然組み合わせは少なくなる。
まして、鬼と闘うともなれば中途半端な小細工は逆に命取りになる。
「とりあえず、問題の紫鬼の相手は俺一人でする」
桃太郎はそう宣言した。
「無茶、じゃないかしら」
「いや、もちろんただ動きを抑えるだけだ。その隙にみんなは周りの鬼を始末。で、最後は全員であいつを叩く」
ガリガリと地面に図を描きながら解説する。三人はなるほどと言うように頷いた。
「確かにあの鬼は異常だけど、攻撃対象を俺一人に限定させるだけならできるはずだ」
「桃太郎がその役をやる理由は? すばしっこさだけなら花の方が上よ」
鳴女が疑問を呈するが、桃太郎は想定していたというように指を立てる。
「ただ逃げるだけならそうかもしれないけど、攻撃対象を限定させるには奴に攻撃しなきゃいけない。それなら俺の方がいいだろ?」
今日までに花や猿王、鳴女は頭目鬼とも闘っている。
だが奴らの皮膚は他より硬く、彼女たちの攻撃では牽制にこそなれ決定打たり得なかった。
そんな頭目鬼たちよりも強固な肌を持つであろう紫鬼相手に、自身にのみ対象を絞らせるような攻撃を放てるのは桃太郎しかいない。より正確には、鬼刀だが。
「そういうことなら、異存はないわ」
「私もです」
「儂もじゃ」
「よし、それじゃあ最後の鬼退治は今夜。奴らが寝静まった頃。それまでは準備をしよう」
策はできた。
安直なものであるが、彼らにできる最善だ。
彼らは桃太郎の合図と共に、最後の闘いに向けて気持ちを引き締めた。
***
暗闇の中を列になって歩く。
彼らの道を照らしているのは、猿王の術だ。必要最低限の光量、高度で先行させている。これはひとえに、紫鬼の聴力を警戒してのことだった。
昼間つけておいた目印を頼りに昼間以上に足音を殺し、しかし素早く移動する。
やがて目的地、鬼の群れが見えてきた。
桃太郎たちは一旦岩陰に隠れ、顔だけ出して鬼の位置を確認。
広く開けた岩場の手前に数体。崖にもたれかかるようにしてさらに数体。紫鬼は暗くて桃太郎たちの位置からは見えなかった。
まずは不意打ちで数を減らす。
暗闇で頷き合い一斉に岩陰から飛び出した。
手前にいた鬼から仕留める。
桃太郎は鬼刀を振りかざしたちまち二体の鬼を葬った。
鳴女や猿王もほぼ同数を始末。花は相変わらず待機だ。
──次……!
音を立てないように最大限の配慮をしつつも身を翻して次の標的へと向かう。その瞬間、
「グオォォォォォォォオオッッッ!!」
轟音。
大地を震わせるそれは、もはや単なる雄叫びではない。踏ん張らなければ吹き飛ばされるという錯覚を桃太郎たちに与えた。
姿は見えないが、桃太郎たちは等しくこう思った。紫鬼だ、と。
群れの鬼たちは頭目の雄叫びに応えるように次々と起き上がり、共鳴する。
五十体ほどもいる鬼による声が重なり、交錯し、轟音すらも越えていった。
桃太郎たちも思わず耳を塞ぐ。
──なんなんだ一体!?
鬼の群れとは何度か闘った。だが頭目の鬼の雄叫びに同調することなど今まではなかったのだ。
「猿王! 光源!」
次第に雄叫びが止んでいった頃を見計らい桃太郎は叫ぶ。
次の瞬間辺りが照らされ昼間のように明るくなった。
桃太郎たちの周りには何体もの鬼。完全に包囲されてしまった。
だが、やることが変わるわけではない。
「いくぞ!」
掛け声とともに捕捉した紫鬼へと走り出す桃太郎。
前に立ちはだかる二体の鬼を避け、次に前方に現れた鬼が振り下ろす金棒は腕ごと斬り落とす。その勢いを無駄にしないように飛び上がって首へと一閃。その刃を血で濡らした。
着地した桃太郎へ、その瞬間を狙っていた鬼たちの金棒が降り注ぐ。
一本の線も幾重にも重なれば面となる。一本なら十分躱せた金棒も、幾つも振り下ろされば躱しきれなくなる。
だがそこへ猿王の結界が多重に展開され、桃太郎を守った。
桃太郎は一瞬生まれた空白を存分に活用し地面を蹴る。数体のくぐり抜け、あるいは始末し、桃太郎は紫鬼の目前へとやって来た。
近くで見るとその異様さがはっきりと分かる。
仇鬼よりもさらに一回り大きい。盛り上がった筋肉や角の鋭さも他以上。一睨みしただけで、小動物なら殺せそうだ。
何より存在感が段違いだ。
にらみ合う両者。先に動いたのは桃太郎だ。
全力の踏み込み。狙いを桃太郎に集中させるといっても、多少の傷なら鬼は無視してしまう。最初に大きな傷を負わせる必要があった。
袈裟斬り。
全力で振るわれた鬼刀は紫鬼の肩口へと当たる。刃の食い込む感触。そのままいけば大量の出血は免れない。
だが紫鬼は後方へと跳んで浅く斬られるに止めた。
「なっ!?」
俊敏すぎる。
仇鬼や他の頭目鬼も素早かったが、紫鬼は格が違う。人間ですら早々できない動きだ。
桃太郎が戦慄し、自然生まれてしまった隙。そこを紫鬼は突いてくる。
通常では考えられない速度で金棒が振り下ろされた。
「ぐっ!」
かろうじて横に跳んだものの、金棒は岩盤を砕き破片を辺りに散らす。桃太郎もいくつかを食らってしまった。
だが桃太郎とてこの程度では怯まない。
振りおりされた紫鬼の腕に向かって斬撃を放つ。
それが当たる寸前、またしても紫鬼は腕を引っ込めた。鬼刀が空を斬る。
──なんだよこいつは!
異様なのも、異常なのも、さらに言えば危険なのも分かっていた。だが鬼が、ここまでの反射神経を有しているだなんてことは想定外だ。
本当なら桃太郎は紫鬼を引き付けるだけで良かった。引き付けるだけといっても、もちろん重労働ではあるのだが、それでも倒すよりは楽だ。
だが、この鬼にはそんな事を言っていられない。殺すつもりで闘っていなければとても引きつけることなどできない。桃太郎は瞬時にそれを悟った。
突き出された金棒を鬼刀で弾きつつ跳ぶ。宙で一回転し着地。すぐさま地面を蹴って紫鬼の首へと一閃。だがまたしても、
「くそっ!」
上体を逸らして避けられた。
紫鬼は後方に着地した桃太郎へと裏拳を放つ。それを紙一重で躱し肉薄。今度は足への斬撃。それも足を引かれて、浅く斬るに止まる。
紫鬼はその足を引く動きすら無駄にしない。そのまま足を前へと突き出し膝蹴りを放つ。
「ぐっ!?」
反射的に鬼刀で防御。大きく後方へ飛ばされる桃太郎。着地には成功するが、すぐには動き出せない。
やはりそこを狙われた。
金棒が紫鬼が跳び金棒を振りかぶる。超高威力の打撃。その範囲は広く食らえばひとたまりもないだろう。
だが大振りだ。
「おぉっ!」
斜め横へと跳ぶ。ほんの数瞬あと、先ほどまで桃太郎のいた場所を中心として半径二メートルほどの岩盤が砕け飛び散った。
欠片が桃太郎へと降り注ぐ。
咄嗟に腕を交差するも、欠片の散弾は桃太郎に細かい傷をつけた。
──けど逆に好機だ!
紫鬼の繰り出した攻撃は確かに高威力かつ広範囲を誇るが、反面隙が大きい。だからこそ桃太郎は──ギリギリではあったが──避ける事ができたのだ。
そしてそれは繰り出した後も同じこと。
渾身の力で地面を蹴り超高速で肉薄。腕へと鬼刀を振るう。
紫鬼はそれに気がつき避けようとするが、今回ばかりは少し遅かった。
紫鬼の腕が斬り裂かれ鮮血が飛ぶ。さすがは異常なバケモノ。その皮膚は硬く、鬼刀でも切断には至らなかったが、大きく深い傷をつける事に成功する。
桃太郎はそこで一旦少し距離を取った。何せ反射の異常な鬼だ。いつまでも間合いにいたら何をされるか分かったものではない。
桃太郎は鬼刀を構え、紫鬼の出方を見る。
「グオォォォォォォォォオオオオッッッッ!!!」
「っ!?」
圧。
先ほどの雄叫びと似ているものの、しかし何かが決定的に違っている咆哮。ビリビリと大気を震わせ、岩盤が軋み、周囲にいた他の鬼すらも怯む。
──体が動かない!?
そんな咆哮は、巨大な圧力となって桃太郎をその場に縛りつけた。
──まずい!
咆哮が止んでも、怯みからか指一本として動かすことができない。
それを確認した紫鬼は先ほどまでの俊敏な動きと打って変わってのっそりと歩き始めた。
数歩で桃太郎の真ん前へと移動する。ゆっくりと金棒を振りかぶる。そして──
数瞬の溜めの後、動けない桃太郎に向かって凶器が振り下ろされた。
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