ネクロマンサー
パルナが来た翌日。早朝に風呂に入り、二度寝に入った慎一郎。パルナは慎一郎が寝た後、格納庫から出てくると、格納庫のどこからか、幾つかの機材と書籍などを取り出し、整理をしていた。そして昼過ぎになっても起きない慎一郎を起こそうとする。
ゆさゆさゆさ……
「マスター。」
「ん……ううーん?」
「マスター、お話するお時間、いただけませんか?」
「はへ?」
寝ぼけながらゆっくり起き上がる慎一郎がパルナの姿を見ると、昨日、買った洋服を身に着けているのに気付く。寝起きで、はっきり見えていないが、既に似合っていると感じる慎一郎。だが、着るのが早過ぎる、洗濯する前に着てしまったのか。
「んー……それ、洗濯しないまま着ちゃったの……?」
「今朝、お母様にお渡ししたら、すぐにお洗濯、乾燥までしてくださいました。」
「うん、そか……」
一安心しつつ、首を捻ったり、肩を回したりしながら、慎一郎が徐々に目を覚ましてく。意識がはっきりしてきた所で、パルナが話を続ける。
「マスター、宜しいですか?」
「えーと……? 話があるの?」
「はい。」
「マスターは、今夜から始まるミッションのことと、私の能力のことを知っておく必要があります。」
「え?」
「今夜から、ミッションが始まります。」
「ミッションって……仕事みたいな物?」
「はい。なので、それまでにマスターに一通り、マニピュラブルドラスのこと、ミッションのことを覚えていただかなければいけません。」
「な、なるほど……」
ここからパルナによる、長時間の講義が始まった。パルナ達、マニピュラブルドレスの歴史から始まり、能力の分類法、装備の分類、各種能力の説明、実戦例、更には所属する組織の説明、業務内容、ミッション依頼や遂行、指揮命令系統のことまで……あれやこれやと新しい単語が次々と出てくる講義。パルナは全て把握している事柄のようだが、それらを全く知らない者に説明する能力は高くないようだ。気が付くと、慎一郎は頭を揺ら揺らさせ、時折、意識を失っている。
「マスター?」
「はへ?」
「大丈夫ですか? 理解できたでしょうか?」
「え……えーと……」
「分からない所があれば、ご質問してください。」
「う、うん……分かった……」
パルナが小さな体をフルに使って、一生懸命、伝えようとしているのは慎一郎も良く分かっていた。しかし、慎一郎とって全てが知らないことだらけ、内容も語句も全てがチンプンカンプン……何が分からないのかも分からない状態、質問のしようがない様子だ。
「全体の概要は以上です。次にミッションの詳細とマニピュラブルドレスの……」
「あ、あの……さ。」
……?
慎一郎が眠気を堪えて話し始める。
「こ、この分厚い本……全部やるの?」
「今日は、今までお話した概要編が終わりましたので、後はミッション編とマニピュラブルドレス編の二冊だけです。」
「え!? これまだ何冊もあるの!?」
「はい。」
「ちょっ……無理無理無理っ!! さすがに覚え切れないよ!?」
……。
「それは……とても困ります。」
パルナが顔を顰めながら返事をする。自分のこと、マニピュラブルドレスのことを、余程、知ってもらいたいのだろうか。一生懸命さを汲み取とろうと慎一郎が話を返す。
「ルナが僕に教えなきゃいけないことは分かるけど……今日の夜までにって、僕の頭じゃ覚えきれないって……」
……。
「そうですか……」
「ご、ごめん……もうちょっと僕の頭が良かったらね……良かったんだけど……」
「いえ、申し訳ありません。マスターは悪くありません。」
そう言って、パルナは手持ちの書籍を急いで捲っている。本の表紙には『特防警アクター養成講座テキスト1』と書かれている。
「……アクター?」
「アクターはマスターのことです。マニピュラブルドレス、即ち、私を纏ってミッションという舞台で活躍する、そういう意味でアクターという名称が付けられているとのことです。」
「な、なるほど……」
「先程、説明しました。」
「え!?」
慎一郎の返事にパルナの表情が少し曇る表情を見つめる。
「ルナ、ご、ごめん……」
「いえ、マスターに伝わらなかったのは、私の説明が悪かったからだと……」
(単にウトウトしてて聞いてない、なんて言えない……どうしよう……)
少しの間を置いて、パルナが話を再開する。
「ミッション開始までに、先程のことを、この順序でやれば良いとテキストには書かれているのですが……マスターが無理と仰ってしまうと、どうすれば良いのか……私が至らず、どうすれば良いのか分からず……申し訳ありません。」
「えーと……」
……。
(うう、どうしよう……間が持たない……)
パルナが慎一郎を見る。何か返事を待っているような、そんな目付きを感じる慎一郎。
「ととと、とにかく! 僕はルナのことが知りたい……かな?」
「私のことですか?」
「だ、ダメかな? た、確かにね、色んな話は必要だけどさ、まずはルナ、君のことを知りたい。」
……。
「……分かりました。」
パルナが重い口を開き、了承すると、慎一郎が戸惑いつつも返事をする。
「うん、よ、良かった……そのほうが……助かるかな……」
「では……私はマニピュラブルドレス、というのは、もうご理解いただけたでしょうか……?」
やや曇った表情で慎一郎に確認をする。
「な、なんとなく……僕がルナと……一緒に……えー、仕事するんだよね?」
「大筋はそうです。私はマスター専用のドレスです。」
「せ、専用……ね……」
「マニピュラブルドレスには様々な分類が存在します。そのうち、私はネクロマンサーという分類に属します。」
「ね……?」
「ネクロマンサーです。」
「ね、ネクロ……マンサー……ね……」
「はい。マニピュラブルドレス共通の仕様は多々ありますが、まず、私特有の装備がありますので、その説明をしますが、それで宜しいでしょうか?」
「う、うん……えーと……ル、ルナが持っている能力みたいなもの? だよね……」
「はい。」
パルナがどこからかペンと無地の用紙を取り出して、右手で何やら文字を書いている。その字は少し不恰好で、小学校低学年が書いたような文字。書き終えると、慎一郎の前に置く。その用紙には四つの単語が書かれていた。
ガーディアンショートカット
マリオネットエージェント
マナバリア
ブースターブーツ
「マスターが私の能力を使用するのは、ガーディアンショートカットとマリオネットエージェント、この二つです。」
「ガーなんとか、マリオなんとか……ね……」
「マナバリア、ブースターブーツの能力は私の意思で使用しますので、今は省きます。」
そう言うと、パルナがペンで罰点を付ける。
「そのほうが助かる……かな……」
「まず、ガーディアンショートカットの説明をしたいと思います。」
「わ、分かった。」
「ガーディアンショートカットとは、マスターが背負っている守護霊を任意に呼び出し、守護霊の持つ力を使うことが出来ます。」
「守護霊の力?」
「はい。守護霊を具現化し、守護霊の持つ力を最大限に引き出すのが、私、ネクロマンサーの役割でもあります。」
「な、なるほど……守護霊って、僕にも付いてるのかな?」
「恐らく……今から確認します。」
パルナが左目を手で隠し、青い瞳でじっと慎一郎を見つめる。
……。
……。
「じっと見られると……て、照れるな……」
「この目は霊視ができるだけで、魂と守護霊しか見えません。」
「あ、そ、そっか……そうだったね……ど、どうかな? い、いそうかな? 守護霊……」
「あ……」
「ど、どうしたの?」
「マスター……」
「うん。」
「守護霊、どれだけいるのですか……」
「え、そんなにいるの?」
「十は超えるくらいいます。」
「そんなにいるんだ……すごいの?」
「すごい所ではありません。」
「へ、へえぇ……な、なんか……実感、湧かないけど……」
「通常、守護霊は憑いていないか、一体がほとんどです。数体というのも、それなりにありますが、それ程、多くはありません。」
「じゃぁ、十体以上いる僕は異常ってこと?」
「極めて異常です。」
「もしかして、すごい力を秘めているとか?」
「そうとは限りません。」
「そ、そっか……」
「本来、命を失った者が、在世に残された者を心配して守護霊となります。多くの場合、先祖の霊であったり、親族であったり、人生を共にした者であったり、様々です。」
「そういうのが本当にあるんだね……」
「これだけの守護霊がマスターに憑いているということは、マスターの現状が、どれだけ周りから心配されているのか、充分に把握できました。」
……。
「ぁ、そ、そう……ね。う、うん、分かるけど、何かすごくグサリと来るね……心に……」
「あ……ぅ、も、申し訳ありません……」
「い、いや、別に……自分でも分かってるし……ところで、誰が憑いているのかは、分からないの?」
「私の霊視は魂が混沌とした状態として見えます。マスターには何体も霊が付いていますので、大まかに数えるのが限界です。」
「そ、そう……」
「いずれ関与してくると思われます。」
「そ、そうなの?」
「守護霊には知らずと守られているものです。今までも、きっと知らずに危険を回避されてきたかと思われます。」
「へ、へえぇ……そ、そうなのかな……?」
「守護霊が力を使う時、私の力で守護霊を具現化します。そうすれば、マスターにも見える形で姿を現します。それがガーディアンショートカットの具現化機能です。」
「な、なるほど……」
「もう一つは、ガーディアンショートカットの登録機能を使うことで、一度、具現化した守護霊をいつでも呼び出すことが出来ます。」
「ふむふむ、なるほどね。」
「私も守護霊自体が持つ能力に詳しいわけではありません。守護霊を具現化し、呼び出しやすくする、それだけですので、守護霊がどのような関与の仕方をしてくるかは、実際に守護霊に力を使って貰わないと、分かりません。」
「そ、そうか……む、難しいな。」
「大丈夫でしょうか?」
「なんとなく分かった……ゲームの召喚みたいなものかな……」
パルナには良く分からない例えだったのか、キョトンとしている。
「ゲームとはなんでしょうか?」
「え!? あ、あぁ、ご、ごめん、なんでもないから。次、次行こう。」
「……はい、では次に、マリオネットエージェントです。」
「うん。」
「この能力は、死体に命令を与えることが出来ます。」
……?
「はいい!?」
突拍子もない言葉に驚く慎一郎。
「死体に命令を与えることが出来ます。」
「し……に命令……?」
「はい。」
「そそそ、そんなの出来るの!? 使わないでしょ!? 使いたくないよ!?」
「理論上は可能です。使うかどうかは、マスター次第ですが……」
「い、いや、使わない! 無理無理! 絶対無理っ!」
「そうですか……」
「使う必要も、意味もないよ!? 普通に生活していたら……」
「分かりました。」
「死んじゃったら……もう……ダメなんだよ……」
小さい声で呟く慎一郎の声はパルナに届かなかったようだ。
休憩を挟んだ後、今後はミッションに必要な最低限の話と機材の説明をすることになった。ルナが幾つかの機器を床に置く。
「先にマスターが装備する機器をお渡ししておきます。」
「ミッションに必要なもの?」
「はい。」
「ん?」
「マスターはこちらを。」
小さな手で幾つかの小物を手渡すパルナ。
「ん……? こ、これは、コンタクトレンズ? と……な、なんだろ、小さい絆創膏? みたいなの……」
「これは表示デバイスと通信デバイスです。こちらのレンズはコンタクトレンズと同様、目に装着してください。」
「コ、コンタクトか……目、目に入れるんだよね……」
「そうです。」
「ちょっとさ……抵抗あるんだよね……」
パルナにはコンタクトレンズ、目に何かを入れるという感覚をあまり理解できていないようだ。
「? そのレンズを付けることで、様々な情報を表示できます。」
「な、なるほど……」
恐る恐るコンタクトレンズを入れる慎一郎。
「マスター、どうでしょうか? 私のほうに何か表示されませんか?」
「あ、うん、見える。ルナに半透明な文字で色々……No.4574とか……バイタル? マナ? スタミナ? なんかルナの頭上に見える。」
「はい。それらは、私の現在の身体状況を表しています。これで、マスターは私の状況を把握することが出来ます。」
「な、なるほど……」
「次に、こちらを耳たぶの裏、顎の骨の端辺りに付けてください。」
先に渡された物のうち、絆創膏のような物をパルナが手渡す。
「こ、この辺?」
「もう少し……こちらです。」
パルナが両手を使ってで慎一郎の腕を動かす。
「これで大丈夫?」
「はい。」
「んー、これは……?」
少しパルナが慎一郎から少し離れ、一人でコソコソ話している。
「(これは通信デバイスです。)」
「うわっ!?」
突然、耳に響くパルナの声。パルナから直接ではなく、通信デバイスから発しているようだ。
「(これで特防警や私と連絡を取ることが出来ます。)」
「な、なるほど……」
「(通信相手の選択等は、表示デバイスから行ってください。)」
「わ、分かった……って言っても、どうやれば……」
「詳細の操作方法は、こちらのテキストにありますが……」
「お、覚えないとダメ?」
「……いずれは。」
「いずれ……か……」
「今日に限って言えば、マスターのミッションは、町内パトロールが入っています。ですので、表示デバイスの操作を覚えなくても、恐らく問題ないかと思います。」
「仕事……ミッションも、そんなのでいいんだ?」
「初めのうちは、能力相応のミッションからスタートします。しばらくは定期的に町内パトロールがメインになるかと思います。」
「な、なるほど……あ、あはは……だよね……」
当たり前と思いつつも、自身の能力を痛感した慎一郎。そして、もう少し説明をしておきたいとおもっているパルナ。
「マスター、最後に、このカード端末ですが……」
「う、うーん……」
「!」
パルナが慎一郎の表情を見る、先程、根を上げて、グッタリした感じの表情。このままだとまた同じ状況になってしまうと、パルナが機転を利かす。
「このカード端末は持っておいてください。様々な情報を参照できますので……」
「わ、分かっ……」
と、言いかけて、座りながらベッドに伏せる慎一郎。
「マスター……申し訳ありませんでした……」
心配そうな表情をするパルナ、布団に乗っている毛布を慎一郎の肩に静かにかける。
その後、夕飯の時刻に慎一郎が目を覚まし、パルナと母親と夕食を取る慎一郎。父親は帰りが遅くなるという母の話を聞き、母が暴走しないよう他愛ない話で凌ぎつつ、消防団の件で夜に出かけることを説明した。
夕食後、慎一郎とパルナが部屋に戻る。休憩もつかの間、今夜のミッションについてパルナが話を始める。
「本日のミッションですが、二十二時から翌五時の七時間のミッションになります。」
「ううぅ、七時間……ね……」
「はい。なお、時給換算だと、一回当たり、この金額になります。」
パルナの専用端末を取り出して、金額を慎一郎に見せる。
「う……な、なんか……安い……よね……最低なんとかってあったような……」
「地域別最低賃金は適用されません。」
「うっ……」
「特防警の仕事は一貫性もなく、公共事業とも異なり、国からの補助も少ない状態です。受注内容がそれ程、難易度の高い物ではないので、どうしても賃金は少なくなりがちになってしまいます。しかし、金額は任務の難易度や受注単価によって変動しますので、マスターが難易度の高いミッションをこなせるようになれば、自然と充分な金額を得られます。」
「な、なるほど……そ、そうだよね……僕は無職だしね……」
「恐らく、様々な事情を考慮して、団長が指定したものと思われます。」
「だ、団長……?」
「私達が所属する特殊防災警備劇団の団長です。」
「あ、あぁ……えーと……団長さん……がいるのね……」
「はい。」
(一体、なんなんだろう……いきなり過ぎて頭も体もワケが分からない。色々教えて貰ったけど、結局、頭にも入らない。情けない……だけど、分からないけど、今はルナの言っていることをやって、ルナのやることを手伝えばいいのか……? とにかく、ルナの迷惑にならないように……)




