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第5話 日常の終わり



 家を出たアスターとリリィは、並んでトリアスの街を歩く。

「ごめん、そんなものしかなくて」

「ううん。私の方こそ……その、ごめんなさい……」

 部屋中を探してようやく見つけたのが、薄汚れたフード付きのマントだった。本来なら鮮やかな緑色をしていたであろうそれは、色褪せて明らかにくすんだ緑に変色している。

 マントを羽織ってフードを被ることで、ひとまずは特徴的な白い髪と肌は隠せていた。

「街を案内したいところだけど、とりあえず服を何とかしよう。知り合いの子が店をやってるから、まずはそこだね」

「お店?」

「うん、服はそこで何とかするよ。それにその店の子に、ちょっと用事もあるし」

 自分のことを話したがらないリリィに、どんな話題を持ち出せばよいのかアスターは考えあぐねていた。二人のあいだには、自然と沈黙の壁ができあがる。アスターはこの気まずい空気を何とかしようと、頭の細胞を総動員させて話題を作ろうとした。

「そうだ!」

「えっ、な、何?」

 突然声を上げるアスターに、リリィは思わず驚く。

「さっき、工房で作るって言ったでしょ?」

「オレガノさんが言ってた、あれ?」

「昨日の夜、晶樹(しょうき)の森で採った晶石を削って、その、ちょっとした飾りというか……まだ大した物は作れないんだけど。もう少し待ってて、できたら必ず渡すから」

 慣れないことを口にしたためか、アスターは上手く言葉にならないもどかしさを感じた。

「うん、ありがとう。待ってる」

 アスターの位置からは目深く被ったフードに隠れて見えなかったが、そう答えたリリィの口元は、ほんの少しだけ口角が上がっていた。



 一組の男女は、石畳の道を踏みならしながらトリアスの街を歩いていた。

 長い距離を移動したためか、男の表情にはやや疲れが表れている。一方、ロベリアの表情は変わらず、凛とした表情で街を眺め歩いている。

 隣国にある城塞都市ラドロウを朝早くに出立し、およそ六時間かけて遠く離れた辺境の地にあるトリアスに辿り着いた。長時間の移動の上、慣れない土地を歩くことに疲れが出ても仕方のないことだった。

 トリアスは鉱山都市とは呼ばれているものの、その規模は小さく、都市というよりも街と呼ぶ方が正確だった。街のすぐ南にはウェンロック鉱山と呼ばれる、様々な鉱石が採掘できる山がそびえている。そのためトリアスには鉱山夫が多く、今の時間帯は多くの男性が鉱山へ採掘しに行っている。そのため、ロベリアたちが道ですれ違うそのほとんどが女子供だ。

「見つからないどころか、手がかりすらありませんね」

 若い男は流れる汗を拭いながら、愚痴にも似た思いをこぼした。

「小さな街ゆえ、手分けすればほどなく見つかると思ったが……」

「本当に、ここにいるんですかね。その白い髪の少女は」

「さぁな。晶樹の森という話もあったが、ずっと森の中にいるわけにもいくまい。そうなると森から近いこの街、ということになるのだが……」

 晶樹の森から一番近い街はこのトリアスで、その次となるとラドロウになる。その他の街となると、さらに遠く離れた場所になってしまう。まだ一日も経たないうちに、少女がさらに遠くへ行くことは考え難い。しかし若い兵が言うように、今のところ手がかりがまったくないのも事実だった。

「それにしても……ラナン殿たちが捜している少女とは、何者なんでしょうか?」

「分からん。ジュラの森のことがあるとはいえ、総督が我々に護衛と人捜しを言い渡すくらいだからな。単なる少女ではあるまい」

「どういうことですか?」

「私も、総督からは特に聞いていないからな。少なくとも、ラドロウにとって、あるいは総督やラナン殿にとっては重要な人物と言えるのかもしれん」

「何だか、きな臭い話ですね」

「まぁ、な……」

 ロベリアもそのことについては否定はしなかった。本当に少女を捜したいのであれば、トリアスに協力を要請するべきではないか。しかし、ルドベキアやラナンはその選択を選ばずに、自らの足で捜すことを選んだ。それは、トリアスや他の者に知られてはいけない、公にはできない事情が含まれているのではないかと勘ぐってしまうのは当然だった。

「さぁ、日が明るい内にもうしばらく街を歩くぞ」

「はい……」

 男は疲れ切った情けない声で返事をする。

 どこか腑に落ちない思いを抱えたまま、二人はリリィを捜して街を歩き続けた。



「リリィ、ここだよ」

 外からは、大きなガラス張りから様々な服飾が飾られているのが見える。

 アスターは店の扉を開けて中へと入り、リリィもその後に続いた。

「いらっしゃ……って、なんだアスターか」

 店のカウンターで暇を持て余して突っ伏していた少女が勢いよく顔を上げたが、よく知った少年だと分かると片肘をついて横柄な態度に変わった。

「アイリス……なんだ、って何だよ。客としてきたんだよ」

「はいはい、どうせ買いに来た訳じゃないんで……ん?」

 キャップのように巻いたバンダナの上から頭を掻きながら気怠そうに答えていると、アイリスは少年のすぐ後ろにいる薄汚れたローブを着た少女に気がついた。トリアスでは見かけない、アイリスやアスターと同い年くらいの少女だ。

「ねぇアスター……その子は?」

「あぁ、紹介するよ。名前はリリィ。今日はこの子に合う服を探しに来たんだ」

「あ、あの……リリィです」

 リリィはアスターの横に並び、目深に被ったフードを上げておずおずと挨拶をする。

 露わになったリリィの白い髪にアイリスは目を引かれたが、それ以上はとくに気にとめた様子はなかった。

「あたしはアイリス。この店の娘でアスターとは……ん~何というか、腐れ縁?」

「腐れ縁って……それはこっちのセリフだって。そういうこと言うなら、これ渡さないぞ」

 アスターはポケットから、美しく磨き上げられた小さな石を取り出して見せた。

「あぁっ! 頼んでいたやつ、できたんだ!」

 アイリスの顔が驚きと喜びの表情に変わると、アスターから奪い取るようにしてその飾りを手にした。親指ほどの大きさの石飾りを掲げて、店の窓から差し込む陽光に晒した。飾りは陽の光を反射し、ルビーのような鮮やかな紅色を放つ。アイリスはため息をつきながら、アスターたちのことを忘れてその輝きに見入った。

「おーい、アイリスー?」

 アスターの呼びかけにアイリスは我に返った。

「あぁ、ごめんごめん。ありがとね、アスター」

 満足げな微笑みを浮かべると、その場で頭に巻いたバンダナに取り付け、アスターに見せた。

「どう?」

 左耳の上あたりに取り付けられた赤い石はダークグレーのバンダナと相まって、よりその存在を際立たせた。

「うん、いいんじゃないかな。似合ってる」

「え……?」

 てっきり揶揄されるとばかり思っていたアイリスは、アスターの予想外の言葉に思わず頬を染めた。

「そ、そう? ありがと……」

 これまでのアイリスとはうって変わって、しおらしい声で言った。

「で、その代金の代わりにだな……」

「えぇっ! お金取るの?」

「当たり前だ!」

「けち」

「けち、じゃない!」

 ただで貰おうとしていたアイリスに呆れながらも、アスターは自分を落ち着かせるために一度咳払いをして言葉を続けた。

「で、代金の代わりに、リリィに似合う服とか選んでくれないかな」

「その子の?」

「うん。リリィってさ、髪の色も服の色も白一色って感じでしょ。このままだと目立つから、なんとかしてくれないかなぁ、と」

「ふぅん……」

 そう言うとアイリスは頭から足へと、まじまじとリリィを見つめた。

 アイリスの目にリリィは思わず、半歩後ろへ下がる。

「え、えっと……」

「まぁ、確かに目立つと言えば目立つかな。あたしはリリィの髪、綺麗で素敵だと思うんだけど……。髪も隠した方が良いの?」

「うん、むしろ髪が目立たなければ、ずいぶん違って見えると思うんだ」

「分かったわ、ちょっと待ってて」

 アイリスはそう言い残すと、店の奥の部屋へと姿を消した。

 アイリスがいなくなったのを確認したアスターは、リリィに向き直った。

「ごめんね、騒々しいやつで。驚いたでしょ?」

「ちょっと驚いたけど……でもアイリスさん、明るくて良い人そうだね」

「うぅん、良い人かどうかは別にして、元気が良いのだけが取り柄かな」

「ふふっ、ひどい言い方」

 リリィは口元に手を当て、くすくすと笑った。リリィと出会ってからまだ一日と経っていないが、アスターは初めてリリィの笑顔を見た。これまでのどこか怯えた様子の表情とは対照的に、リリィが持つ本来の素顔を覗かせているような気がして、アスターは心の内で安堵した。

「お待たせ~」

 店の奥からアイリスの元気な声が響く。その両手には、リリィのためにアイリスが選んだ服飾があった。

「今リリィが着ている服はそのまま生かそうと思って、上から着られるものを選んでみたんだけど。いいかな?」

「は、はい。お願いします」

 緊張したようにかしこまって返事をするリリィ、アイリスは思わず吹き出した。

 リリィは言われるまま、アイリスの前に立って手足を真っ直ぐ伸ばす。アイリスは持ってきた服を、上から着付けていった。

 リリィの真っ白なワンピース風の服の上から、黒に近いダークブラウンで統一された薄手のベストと腰布を着せる。髪は横と後ろを上げて、明るいオレンジ色のフライングキャップに似た帽子をリリィの頭に被せた。

「はい、どうかな。暗い色を着せたから、その色が目に入ってず印象は変わったと思うけど」

 これまでリリィが着ていた白い服とは対照的な色が加わったことで、上から着た服がより存在感を増した。頭に被せられた帽子は耳あて部分で横髪も隠し、明るいオレンジ色はリリィの表情を明るく見せた。

「うん、いい……」

 アスターは率直な感想をこぼした。

 自分を見つめるアスターの視線に、リリィは思わず頬を赤く染めて俯く。

「お店の商品を勝手に使うと、あとで親に怒られちゃうから。前にあたしが作った物で悪いんだけど」

 リリィは鏡の前に立つと、そこには今まで見たことのない自分の姿が映っていた。これまで、白で統一されていた自分に色がついたことで、まるで生まれ変わったかのような新しい自分の姿に驚いた。次第に表情が明るくなると、満面の笑みをアイリスに向けた。

「ありがとう。とっても素敵だわ!」

 リリィはアイリスの手を取って、自身の喜びを伝える。喜ぶリリィの青い瞳はきらきらと輝き、可愛らしいその笑顔に、同性であるアイリスも心惹かれるものがあった。

 リリィはもう一度鏡の前に立ち、生まれ変わった自分を、その隅々まで鏡に映した。

 リリィの喜ぶ姿の後ろで、アイリスは小声でアスターに訊いた。

「ところで、あの子とどういう関係なの?」

「関係っと言っても、昨日の夜、晶樹の森で倒れていたところをたまたま僕が見つけたんだ。放っておくわけにもいかないから、家に連れ帰って……それくらいの関係、かな」

「本当に? 本当にそれだけ?」

 アイリスは一歩踏み出して、真偽を確かめるようにアスターの顔に自分の顔を近づけた。

「ほ、本当だって。それ以上は何もないよ」

 アスターはアイリスの問い詰めに後ずさりながら答えた。両手を挙げて怯えたように答えるアスターを見据えると、アイリスは一つため息をついて後ろへ下がる。

「まぁ、いいわ。とりあえず、そういうことにしておいてあげる」

 アイリスの問い詰めから解放されたアスターも安堵のため息をつくと、

「リリィ、それじゃ行こうか」

「うん!」

 よほどアイリスの服が気に入ったのか、リリィは弾んだ声で答えた。

「行くって、どこに行くの?」

 二人の行動が気になるアイリスが訊ねた。

「とりあえず、この街を案内しようと思って。何にもない街だけどね」

 アスターとリリィが店の外に出ると、アイリスもまた見送るために店の外へと出た。

「それじゃあアイリス、ありがとう」

「いいって。まだ売り物にならない、あたしが作った物なんだし」

 アスターとリリィは街の中心へ向かおうと振り返ると、正面に白衣を着た見慣れない二人の男が見えた。その姿を見た瞬間、リリィの顔から笑みが消え、怯えた様子でアスターの後ろに隠れるように身体を小さくした。

「リリィ? どうしたの?」

 態度が急変したリリィにアスターが訊ねると、男たちが声を掛けてきた。

「すまない。ちょっといいかな?」

 続けて、もう一人の男が口を開く。

「白い髪をした、ちょうど君たちくらいの女の子を捜しているんだが……知らないか?」

 アスターは<白い髪>という言葉に反応して、男たちへ振り返った。アスターの背中では、リリィが怯えたままだ。アスターは白衣の男たちに対して、直感的に良くない印象を受けた。詳しくは分からないが、目の前の白衣の男たちはリリィを捜している。そしてその男たちに、リリィは明らかに怯えている。その状況が、アスターに危機感に似た思いを抱かせた。

「あぁ、ひょっとしてリリィのこと? リリィならそこに……」

 まったく事情を知らないアイリスは、純粋な親切心で白衣の男たちに教えた。

 アイリスの言葉に驚いたように、白衣の男たちは少年の後ろに隠れる人影を覗き込む。

「アイリス!」

 アスターは思わず声を荒らげてアイリスを見据えた。

「えっ! な、何?」

「くっ……リリィ、走ろう!」

 言うと同時に、アスターはリリィの手を力強く引いて、白衣の男たちから逃げ出した。

「待てっ!」

 白衣の男たちもまた、アスターとリリィを追って駆け出す。四人はまたたく間にアイリスの視界から遠ざかり、やがて見えなくなった。

「何? 一体どうしたの?」

 一人取り残されたアイリスは、状況が飲み込めないまま店の前で呆然と立ち尽くした。



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