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第22話 新樹リリィ



 ラナンに迫るアスターに黒い閃光が触れる瞬間。

「やめてぇぇぇっ!!」

 森の深部に、甲高い少女の叫び声が響き渡った。

 それまで大樹カレンの陰で身を潜めていたリリィが絶叫した。

 その声に呼応するかのように、リリィの身体の内から光が溢れだし、その白い肌をより白く染め上げた。

 白い閃光はリリィを中心に広がり、その場にいた一同は光に目を眩ませた。

 黒火の石から放たれた黒い閃光は白い閃光に飲み込まれ、アスターに触れる直前でその色を失った。

『な、なんだ……』

「これは……?」

 ジニアとラナンが驚きの声を漏らす。

 リリィは苦しむように身体を屈ませ、そのまま地面に両膝をついた。そして、丸くなったその背中から円錐状の晶石が姿を現した。鋭く先端が尖った晶石はさらに大きくなり、やがてリリィの身体を飲み込んで急成長を遂げる。それは大樹カレンよりも一回りも大きな晶樹(しょうき)に成ると、周囲に小さく輝く光の粒をまき散らした。

「これは……晶樹の胞子?」

 光の粒を吸い込まないように、アスターはとっさに口を塞いだ。

 その粒は晶樹の胞子よりも小さく、一つ一つがきめ細やかな粉のようで、それぞれが淡く発光していた。

「胞子じゃ……ない?」

 口を塞いだ手を下ろしてアスターは呟いた。

 そっと指しだした手に光の粒が降りると、手に触れた瞬間、その粒は音を立てることなく消えた。

「そうだ、リリィ!」

 アスターが振り返ると、リリィが隠れていた大樹カレンの傍らに巨大な晶樹があった。晶樹の森で見たものよりも透明度の高い晶樹が。その色や質感は、ガウラからもらい受けた晶石によく似ていた。

 アスターは晶樹に駆け寄り、

「リリィ! どうしたんだ、リリィ!?」

 アスターは、リリィを飲み込んだ晶樹に向かって叫んだ。晶樹を叩くもびくともせず、中にいるはずであろうリリィからは何の反応もない。

「なんだ、この光は……」

 ラナンもまた、見たことのない光景に驚きを隠せないでいた。

「まったく……聖女という存在は私の好奇心を尽きさせないな」

 驚きの表情から好奇に満ちたそれに変え、ラナンは感嘆の声を漏らした。

「あとでじっくりと調べさせてもらおう」

 ラナンは晶樹に呼びかけ続けるアスターの背に向けて、改めて石を構える。そして、漆黒の石から閃光が走る、はずだった。ラナンの意思に応える黒く輝くも、閃光を発することなくその輝きは消えてしまった。

「なんだ? どうしたというのだ?」

 ラナンは何度も力の行使を試みるが、まるで、その辺に転がっている小石のように何の反応も示さなくなった。

「くそっ……一体どうしたと……ハッ!」

 ラナンは何かに気づいたように、辺りを見渡した。

 周囲は光の粒が粉雪のように舞い続けている。よく見るとその光は、リリィの身体から生まれた晶樹から発生していた。

「まさかこの粒……晶石と同じ効果が?」

 ラナンは、自分が置かれた状況に気がつき、息を飲んだ。

 奇石(きせき)がその力を行使できないと言うことは、ラナンの持つ石はこの状況下に置いてはただの黒い色をした石に過ぎなかった。

 晶樹に向かってリリィの名を呼び続けていたアスターは、俯いたままゆっくりとラナンへ振り返る。力が抜け落ちたように両肩は下がり、そこから伸びる両腕はだらしなくぶら下がっている。

 それまで奇石のおかげで優位な立場にあったラナンは、たちまち窮地に追い込まれる形になった。

 ラナンを鋭く睨みつけたアスターは、ゆっくりと一歩ずつラナンへと近づく。

「ひっ……!」

 黒火の石を握りしめたまま、ラナンは華奢な身体に戦慄が走るのを感じた。

 アスターは無言のままラナンの前まで進むと、その歩みを止めた。

 奇石がなければただの学者でしかないラナンは、年下のアスターの眼光に気圧されていた。立場が入れ替わり、ラナンは恐怖に身体を震わせて身動きが取れなくなった。

「こんな石があるから……」

 アスターは怯えるラナンから黒火の石を奪い取った。

 ラナンの震えとは違う理由で、アスターもまた全身を小刻みに震わせている。

 辺りを覆っていた光の粒はいつの間にか止んでいた。しかし、怯えるラナンと怒れるアスターは、そのことに気づくことはない。

「奇石なんてものがあるから、リリィは……」

 奪い取った石を強く握りしめ、アスターは強く願った。その願いに応えるかのように、アスターの首に掛けられたもう一つの石が淡く光り出す。これまでラナンの意思に応えて輝いていた黒火の石のように、父の形見であるその青い石は徐々に光を強めていく。

「ま、まさか……その石も……!?」

 アスターの胸元で澄んだ青い輝きを放つ石を見て、ラナンは声を震わせながら言った。

「こんな石がなければっ!!」

 黒火の石を握りしめた左手を頭上高く掲げる。

 胸元の青い石が、より輝きを強めた次の瞬間。まるで握りつぶされたかのように、黒火の石は粉々に砕け散った。それは欠片すらも残さず、砂のような小さな粒子に姿を変えた。

「ひいいいぃぃっ!!」

 その光景に腰を抜かしたように、ラナンは尻餅をつくような形で座り込んだ。

「そして、お前みたいなやつが……」

 アスターの右手に握られたナイフが、頭上から差し込む木漏れ日を受けて鋭く輝く。

 振り上げられたナイフが、アスターの渾身の力を込めてラナンの顔へと振り下ろされた。

 ラナンは情けない悲鳴を上げて目を瞑り、自身の死を覚悟した。その直後、耳元で何かが刺さる音が聞こえた。ゆっくりと目を開くと、アスターのナイフは顔のすぐ横に突き刺さっていた。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 倒れ込んだラナンの目の前で、アスターは体内の怒りを吐き出すかのように荒々しい息づかいをしていた。どんなに憎い相手でも、十四歳の少年にはラナンの命を奪うことはできなかった。

 ラナンは恐ろしさのあまり股間を濡らし、アンモニア臭を漂わせた。

 地面に突き刺さったナイフをそのままに、アスターは戦意を喪失したラナンのもとを離れた。

「リリィ!」

 我に戻ったかのように、アスターは再びリリィを飲み込んだ晶樹に駆け寄った。

 何度も呼びかけるがリリィからの返事はなく、晶樹も昔からそこにあったかのように微動だにしない。

 胸元の石に意識を集中させ、黒火の石を砕いたときのように晶樹を砕こうと試みた。しかし、晶樹を砕くどころか傷一つつけることはなかった。青い石はどれほど願っても、輝きを放つことはなかった。

「リリィ、もう大丈夫だ。もう、ラナンがリリィを連れて行くことはないよ。だから、リリィ……出てきてよ……」

 リリィの名を叫び続けていた声は、いつの間にか弱々しいそれに変わっていた。

 アスターは崩れるようにその場に座り込んだ。

『カレンの時と似ているな』

「え?」

 不意に聞こえた低い声にアスターが振り返ると、巨大な体躯を揺らしながら近づいてくる黒獅子が見えた。

『奇跡を起こす力を持ちながら、なぜフリージアやユーフォルビア、そしてカレンが死を迎えることになったのか……分かるか?』

 確かに、奇石を起こす力を持っていたのなら、自分自身に対して使えば、傷や病などは治すことはできただろう。しかし、つい最近まで聖女や奇石の存在をおとぎ話程度にしか知らなかったアスターに、レグネリーの問いに答えることはできなかった。

『聖女は生まれながら奇石を持つと同時に、その体内に晶石も持っているのだ』

「晶石も?」

 レグネリーの言葉を繰り返すアスターに一つ頷いて、

『晶石は奇石の力を無効にする、特異な石だ。それゆえ、晶石は災いから身を守る護石と呼ばれている』

 レグネリーの話に、アスターは水晶洞窟でガウラから聞いた話を思い出した。

『聖女のお前を守りたいという意思に、体内に宿る晶石が強く反応したのだろうな』

 立ち並ぶ灰色の晶樹と透き通るような晶樹を見上げて、レグネリーは呟いた。

「それじゃリリィは、僕を守るために……?」

 レグネリーは応える代わりに、大きな瞳を静かに瞑ってみせた。

「どうしたらリリィを元に戻せる?」

『それは我にも分からぬ。少なくとも奇石の力は通じぬし、うかつに力任せに砕いたところで中の聖女が無事という保証もない』

「そんな……助ける方法がないってこと?」

 すがるような目でアスターは黒獅子を見た。

 しかし、レグネリーは静かに首を振ると、それ以上言葉を発することはなかった。

「リリィ、もう大丈夫だから。戻ってきてよ、リリィ!」

 両目に涙を浮かべながら、アスターは懇願した。

 どんなに力強く揺すっても、晶樹はびくともしない。

「リリィ……」

 力なく俯き、目を伏せるアスターの前に、晶樹から淡く小さな光が見えた。

 やがて光は大きくなると、アスターを包み込んだ。強く輝く光だが、不思議と眩しさも熱さもなかった。光はアスターを晶樹の中へと連れ去った。



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