第5話 パンツで修羅場とか聞いてない!
俺はベッドの上に寝そべりながら小野寺さんのパンツを高く掲げていた。
鼻をそっと近づけると、甘くて酸っぱい匂いが鼻腔を突き抜ける。
なんという甘美な香り。
体の芯が震えるのを感じた。
この世界の男は女性の下着を気持ち悪がっている。
しかし、俺は前世の記憶を持っているから、小野寺さんのパンツはもはや家宝のような存在だ。
あの物静かで控えめな美少女が、こんな変態だとは思わなかったから最初はドン引きだったが、今になって思えば思わぬ収穫だった。
「でもなぁ……」
気まずい。
とても気まずい。
小野寺さんからパンツを受け取ったから、俺は明日どんな顔をして学校に行ったらいいんだろうか。
俺は小野寺さんの本性を知ってしまった。
それはつまり、これから小野寺さんを見る度に寒気に襲われることを意味する。
「にしてもなぁ……」
思い出されるのは小野寺さんの肌色に混じるピンク。
ツルツルの曲線に、一本の直線。
一瞬だったけど、目に焼き付いてしまった。
心臓が跳ねるのを感じる。
ドクンドクンと脈を打つ俺の心臓。
この世界の男なら通報レベルだろうが、俺からしたらもはや眼福でしかなかった。
だが怖い。
小野寺さんが怖い。
静かに迫ってくるかと思ったら、急に弾んだような声で笑うのだから恐怖を感じた。
身の危険に晒されてる錯覚すら覚える。
一歩を間違えると殺められてしまうようなにんまりとした笑顔。
「なんか泣きそう……」
最初は告白だと浮かれていた。
なのに、パンツを渡されただけだった。
失望に突き動かされて、俺は力強くて小野寺さんのパンツを握りしめた。
真ん中にある一粒の灰色のシミ。
小野寺さんはもしかして俺のことを考えて濡れたのかな。
いや、それはないだろう。
俺はただの陰キャだ。
特に目立った特徴もないし、小野寺さんとは今まで話したこともなかった。
そうか。
分かったのだ。
俺は小野寺さんにとってただのおもちゃに違いない。
この世界の女の子は性欲が強い。
俺は彼女の発散の道具にされていたのだろう。
でも。
それでも。
尊い。
小野寺さんのパンツが尊い。
シースルーの黒い布地。
両サイドの内側をそれぞれ一本の筋が通っている。
控えめに言ってセクシーだ。
もう、認めよう。
俺は少しだけ嬉しかったのだ。
だから俺はなにも考えず、
『女の子からパンツをもらった。とてもいい匂いだ』
とつぶやいた。
放課後、携帯の通知音が鳴った。
クラスメイトにバレないように、机の下でスマホを開く。
『渡したいものがある。空き教室に来て』
柏木さんにしては珍しく『♡』が付いてないDMだった。
なんだろう。
俺は昨日性癖をつぶやいてはいないはず。
なのに、俺をわざわざ呼び出す理由が思いつかないのだ。
とりあえず行ってみるしかない。
なぜなら俺は柏木さんに裏垢という弱みを握られてるから。
空き教室に着くと、柏木さんは例のごとく窓際にもたれかかって足を組んでいた。
俺がドアを閉めると同時に、柏木さんはちらりとこちらを見た。
「遅いね、《《藤宮くん》》」
「ごめん……」
軽く謝りながらも、どこかいつもと違う空気を感じ取っていた。
柏木さんは、スマホを弄るでもなく、ただ静かにこちらを見ている。
いつもみたいに、からかってくる様子がない。
「……どうしたの?」
思わずそう聞くと、柏木さんは表情を曇らせた。
「昨日さ」
「え?」
「変なこと、つぶやいてたよね?」
ドクン、と心臓が跳ねる。
「べ、別に変じゃ――」
「女の子からパンツもらった、だっけ?」
「……」
完全に詰んだ。
俺は言葉を失ったまま、視線を逸らす。
すると、柏木さんはゆっくりとこちらに近づいてきた。
「ねぇ、それ誰にもらったの?」
「そ、それは……」
言えない。
言えるわけがない。
柏木さんの親友の小野寺さんからもらったなんて口が裂けても言えない。
「……ふーん」
柏木さんは一瞬だけ目を細める。
その表情は、いつもの楽しそうなものじゃない。
どこか、寂しそうだ。
「そっか」
ぽつりと呟くと、彼女はくるりと背を向けた。
そして――
「じゃあさ」
振り返ったその顔には、いつもの笑顔が戻っていた。
でも、その奥に何かが潜んでいる気がして。
「こっちも、負けてられないよね?」
「……は?」
意味が分からず固まる俺に、柏木さんはスマホを見せつけてきた。
そこには、彼女のアカウントのDMの画面が映っている。
「渡したいものがあるって言ったでしょ?」
くすっと笑って、彼女はスカートのポケットに手を入れた。
「《《綾人くん》》さ」
「……な、なに?」
「どっちの方が好きか、ちゃんと教えてね?」
そう言って取り出されたそれを見た瞬間、俺の思考は完全に止まってしまった。
それは純白のレースを施されている、パンツだった。
「もちろん、さっきまで履いてたものよ」
「そ、それって……」
「匂い付きってこと」
「え……?」
「だから味わってみて」
「な、なにを言って――」
しかし言い終わるよりも早く、柏木さんが俺の手を握り、それを俺の口の中に押し付けたのだった。
シフォンケーキの味にかすかな塩っぽさ。
咄嗟のことだったから、俺は思わずそれを噛み締めた。
「ねえ、どう? 私の匂い」
匂いというか、もはや味だった。
口の中に広がる布地の感触。
口に異物があるせいか、呼吸ができない。
「もう、私以外の女の子からパンツをもらっちゃだめよ?」
このとき――
俺はその言葉の意味を理解出来なかったのだった。
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