第4話 下着を持ち歩く変態がどこにいますか?
「あら、バレちゃいましたね♡」
なぜだ。
なぜ小野寺さんは俺の裏垢の名前を知っている。
「な、なんのことかな? 小野寺さん」
「あっ、間違えましたね、《《綾人くん》》、でした♡」
ひやっとした。
なんという紛らわしい言い間違えなんだ。
「それじゃ俺は帰るね……」
真実はどうであれ、俺は一刻も早くこの場から離れたかった。
俺の裏垢とは関係ないのだとしたら、小野寺さんは趣味でノーパンしている変態だとしか思えないからだ。
「それでいいの? 《《ハルトくん》》」
「え……?」
振り返ってこの場から離れようとした瞬間、またもや背筋が凍った。
今ので確信を持った。
小野寺さんは俺の裏垢を知っている。
「わたしのあそこ、見たよね?」
「あれは不可抗力、です……」
「あれれ? もしかして照れてる?」
「ち、違う」
「違うって顔じゃないよね」
小野寺さんはくすっと小さく笑うと、さらに一歩だけ距離を詰めてきた。
その動きは相変わらず静かで、でも逃げ場をじわじわ奪ってくる。
「ねぇ、《《綾人くん》》」
「……な、なに?」
「ちゃんと見てたよね?」
「だから不可抗力だって――」
「ううん、違うよ」
すっと、彼女の指が俺の胸元に触れる。
軽く、ほんの一瞬だけ。
「ちゃんと見たって顔してた」
「っ……!」
言い返そうとして、言葉が詰まる。
確かに、あの瞬間――
俺は目を逸らせなかった。
この沈黙を肯定と受け取ったのか、小野寺さんは少しだけ満足そうに目を細めた。
「やっぱりね」
「な、何が……」
「綾人くんって、素直でかわいいなって思って」
「かわいくない!」
思わず強めに否定すると、小野寺さんはくすくすと笑う。
その笑い方は、教室で見せる控えめなものとは違って、どこか楽しんでいるようだった。
「でもさ」
ふいに、声のトーンが少しだけ落ちる。
「裏垢では、もっと正直だよね?」
「―――っ!!」
完全に図星を突かれて、息が止まる。
「ノーパンの女の子って可愛いよね?」
「やめてくれ……」
「あれれ? 自分で書いといて恥ずかしがるんだ」
逃げようとして一歩下がると、同じだけ距離を詰められる。
フェンス際に追い込まれて、背中に冷たい金網の感触が伝わった。
「ねぇ」
顔が近い。
静かなのに、圧が強い。
「わたしじゃ、だめ?」
「え……?」
「裏垢で言ってたみたいにさ」
ほんの少しだけ首を傾けて、柔らかく微笑む。
「ちゃんと、再現してあげるから」
心臓が跳ねた。
意味が分かるのに、理解したくない。
「な、なんでそこまで……」
かろうじて絞り出した声に、小野寺さんは一瞬だけ目を伏せた。
そして――
「だって、面白いんだもん♡」
くすり、と。
急に、小野寺さんは悪戯が成功した子どものように、楽しそうに笑い出した。
この瞬間、俺はゾッとした。
この世界の女の子は男に良からぬ欲望を抱いてるのは普通のこと。
なのに、小野寺さんは面白いという理由だけで俺の性癖に合わせると言った。
俺の知ってる小野寺さんは物静かで控えめな子だった。
なのに、今の彼女はまるでおもちゃを見つけた子供のように無邪気に、それでいて邪悪そうに笑っている。
「ねぇ、これはなにか分かる?」
返事に困って黙っていると、小野寺さんはさらに話しかけてきた。
「な、なに?」
「ほら、手を出してごらん?」
言われる通りに手のひらを差し出すと、小さく丸まっている何かを渡された。
「こ・れ・は・ね、わたしの《《パンツ》》だよ♡」
耳元で囁かれて、ふと身体中を電流が走った。
「しかもね、さっきまで履いてたやつだよ」
おそるおそるそれを開くと、黒のシースルーの布地が、はっきりと形を浮かび上がらせた。
「な、なにが目的だ」
「目的? だって、綾人くんが書いたんだもん、『女の子が履いてたシミの付いてるパンツが欲しい』ってね」
―――っ!!
それは確かにこの前俺が投稿したつぶやきだ。
手に握りしめられている小野寺さんのパンツに目をやると、僅かだがシミが付いていた。
喉が独りでに鳴った。
視線を逸らしたいのに、逸らせない。
手の中にあるそれの存在が、やけに重く感じる。
「ね、どう?」
小野寺さんは、いつもの静かな声のまま問いかけてくる。
「……どう、って」
「欲しかったんでしょ?」
逃げ場がない。
言い逃れもできない。
あれは確かに、俺が書いた言葉だ。
「だからって、こんなの……」
「いらない?」
すっと、少しだけ寂しそうに目を細める。
その表情が一瞬だけいつもの小野寺さんに戻った気がして、思わず言葉に詰まった。
首を横に振る。
それが俺にできる精一杯の返事だった。
しかし――
「やっぱり欲しいんだ、えっちだね♡」
人が変わったように、小野寺さんは愉快そうに弾んだ声で笑いだした。
「ねえ、わたしのパンツ、くんくんして?」
「なっ!」
「くんくんしてくれないと、やだな」
またしてもいつものような小野寺さんに戻ったように、寂しそうな顔をする。
それには応えたくなる魔力があった。
「……わ、分かったよ」
ゆっくり、と。
小野寺さんのパンツを鼻に近づける。
すると脳天を撃ち抜くような、甘くて酸っぱい香りがした。
目が眩む。
まるで天国に召されたような気分に、俺はなっていた。
「うわー、まじでわたしのパンツの匂いを嗅いだんだ♡」
「それは小野寺さんが嗅げと――」
「言い訳しないの」
「はい……」
何も言い返せずに、俺は茫然自失になっていた。
しかし、それで俺を許す小野寺さんではなかった。
「ねぇ、これからも書いてね、わたし《《見てる》》から♡」
そう言った小野寺さんは軽快なステップで踵を返して、屋上から出ていった。
残された俺はただただ立ち尽くしていた。
しかし、これだけでは終わらなかった――
この日から、俺は二人の美少女に翻弄されることになったのだった。
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