第1話 〇〇になにが入ると思う?
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「ち、ちょっと落ち着いて? 柏木さん!」
「落ち着いてって? 藤宮くんが書いたじゃない」
「だから、あれは誰にも見られてないと思って……」
「見つけたよ、藤宮くんのう・ら・あ・か」
この世界はいわゆる貞操逆転世界。
ただ、男女比が1:1のような、俺がもといた日本とあんまし変わらない世界だ。
事故で死んでこの世界に転生した俺は、特にこれといったこともなく、平和的な日々を過ごしていた。
男の子が受け身で、女の子が積極的で、ちょっと変わった世界なのだが、俺からしたら元の世界とは大差なかった。
男性専用車両があったり、下着泥棒が女性だったり、元の世界とはあべこべなところこそあれど、概ねの生活は元通り。
陰キャの俺はどの世界でもモテなくて、彼女いない歴=年齢だった。
元の世界でも、コミュニケーションの上手い人間がモテるし、それは男女問わずなのだから、この貞操逆転世界でもそのルールは成り立つ。
ただ、これは元の世界と変わらないので、俺は特に気にしていない。
もともと自分に彼女なんてできると思っていないし、なんなら一生独身もありえると俺は達観していた。
しかし、不便がないわけでもない。
思春期の男の子、この世界の男子は知らないが、特に前世の日本の記憶を持っている俺にとって死活問題ともなることが一つあった。
そう、それは性欲の処理だ。
元の世界は男性向けのアダルト商品がたくさんあって、事足りぬということはなかったが、この世界はその逆。
アダルト製品はすべて女性向けなのだ。特にA〇とか、イケメンと熟女のものばっかりで、正直俺にはキツかった。
だから、俺はSNSで裏垢を作った。
最初は何気ない日常を呟いていたのだが、どんどんエスカレートして、今はほぼ俺の性癖のつぶやきで埋まっている。
『女の子の足最高! 特に足裏とかえっどすぎる』
『下着は黒、やはり黒が一番そそる』
『ガーターベルトっていいよなぁ夢ある』
とか、そんなことをつぶやくことで、俺はどうにか心の平穏を保っていた。
『ああ、女の子のパンツに顔突っ込んでくんくんしたいな』
いつものように、スマホでそんなことをつぶやいて俺は枕に顔を埋める。
つぶやきの内容を想像しながら、俺は一人で悦に達していた。
「ん?」
ピロンという通知音が鳴ったので、俺は渋々スマホを開いた。
それは俺の裏垢の通知だった。
『あなたのつぶやきにいいね!が付きました』
誰だろう? と、俺は思わず首を傾げた。
そもそも、このアカウントはほぼ誰にも見られていない。
フォロワーは数人いるが、ほとんどが同じような裏垢の人間だ。
だから、通知なんて滅多に来ない。
来るとしたら、『ホテルに行こう♡』という知らない女性からのDMだ。
俺はおそるおそるSNSを開いて、通知をタップした。
そしたら、飛んだ先が俺の最新のつぶやきだった。
『♡』のところが『1』になっていて、そこをさらにタップすると、俺にいいね!したアカウントの名前が表示された。
――こより――
誰だろうと思ったので、俺は慌ててプロフィールを開いた。
「嘘だろう……」
アイコンを拡大して見てみると、どこかで見たことのある横顔というか、思いっきり知った顔が映ったのだった。
「柏木さん……?」
そう、それは俺のクラスメイトの柏木さんの顔だった。
柏木こより、俗に言うクラス一の美少女。
この貞操逆転世界でも普通にモテている女の子だった。
肩口でふわりと跳ねる、柔らかな栗色のセミロング。
光を受けると少し金色が混じったように見えるその髪は、いつも丁寧に整えられていて、まるで雑誌のモデルみたいだった。
大きめの瞳は少しだけつり目気味で、いたずらっぽい輝きを宿している。
笑うとその目尻がきゅっと下がって、急に年相応の可愛らしさが出るのがまた反則だった。
鼻筋はすっと通っていて、唇は薄すぎず厚すぎず、自然な桜色。
整った顔立ちという言葉が、そのまま当てはまる。
制服の着こなしもやけに様になっていた。
ブレザーの袖を少しだけまくり、スカートは規定よりほんの少し短い。
脚はすらりと長く、黒いハイソックスから覗く膝下のラインがやけに綺麗で――
「……」
俺は思わずスマホの画面を見つけたまま固まってしまった。
そんな人が。
俺の。
性癖まみれの。
裏垢に。
いいね?
「いやいやいやいやいや」
ありえない。
偶然だ。
同姓同名だ。
そうに違いない。
そう思ってプロフィールをスクロールした、次の瞬間。
『藤宮くんって、意外と可愛い趣味してるよね♡』
という最新のつぶやきが目に入ってしまった。
もはや疑いの余地もない――正真正銘の柏木さんだ。
どうしよう。
なんて言い訳しよう。
俺じゃないって言えばいいのかこれ。
いや、それより知らぬ存ぜぬを貫いた方がいいのか?
そうこう逡巡していると、スマホの通知音が再び鳴ってしまった。
おそるおそる覗いてみると、今度はDMのほうだった。
『明日、学校で話そっか♡』
「終わったああああああああああああ!!」
俺はそのまま枕に顔を埋めて叫んだ。
どうしてだ。
どうしてバレた。
いや、そもそも。
「なんで柏木さんが俺の裏垢見てるんだよ!?」
意味がわからない。
理解が追いつかない。
ただ一つ分かるのは――
俺の人生が、明日で終わるということだった……。
「お、落ち着いて? か、柏木さん……」
放課後、俺は柏木さんの指定した空き教室で彼女を待っていた。
ここは学生棟の反対側にある教室だから、滅多に人が来ない。
ドキドキしながらしばらく待つと、栗色の髪がちょこんと教室の中に入ってきた。
「ねぇ、藤宮くん、これってどういうことかしら?」
彼女は自分のスマホを開いて俺に見せてくる。
「足裏がえっどすぎる?」
「ごめんなさい……」
「ガーターベルトって夢ある?」
「忘れてください……」
「それより、私が昨日、いいね!したこのつぶやき……」
柏木さんは画面をスクロールすると、そこには俺の最新のつぶやきがあった。
「藤宮くんって顔を《《私》》の股間に突っ込んで、パンツの匂いを嗅ぎたいんだね」
「べ、べつに柏木さんのとは言ってない――」
「そんなこと言うんだ」
「ん? なに? ああっ!! ううぅっ……!?」
拷問と言うには幸せすぎた。
気がつくとめまいがするような香りに包まれていた。
柏木さんがスカートを捲ったかと思ったら、いきなり俺の頭を押さえ込んで自分の股間に突っ込ませた。
苦しい。
息ができない。
「ち、ちょっと待って! 柏木さん!」
「へー、自分で書いたのに抵抗するんだー」
急いで柏木さんのスカートから抜け出して、俺は窓際まで慌てて後ずさった。
「まあ、今日はこれくらいにするよ」
「あ、ありがとう――」
「ねぇ、藤宮くん、いや、綾人くん」
「な、なに?」
「裏垢、続き書いてよ」
「……え?」
「感想、また送るから」
この日から――
俺の裏垢は、クラスの人気女子たちに監視される地獄のアカウントになったのだった。
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