幸福と自由を探して
私がまだ小学生だった頃。
深々と降り積もった雪の中、祖母の家に遊びに行った思い出が甦る。
あの頃の私は内向的で泣き虫で、毎日泣きながら祖母に話を聞いてもらった。
その時に私の大好物のきな粉餅を、私の好みの味付けで作ってくれた。
当時の幼かった私の唯一の癒しの空間、祖母の存在が私の支えになっていたあの頃…
- - -
「暫く旅行に行ってくる事にしたから」
何げない調子で瑠奈は弟の楓に告げる。
「友達と?姉ちゃん旅行なんて今迄興味無かったのに」
訝しげに私を見つめながら楓は言った。
確かに私は一人旅どころか、家族や友達と旅行に行った記憶は無い、寧ろそんな時間があるなら別な趣味を優先していた。
だが、今回は一味違う理由。
「私も大人になったし笑 環境を変えたくなる時もあるんだよ、お土産買ってくるからさ」
私は妙に勘の良い弟に本心を悟られない様に気を付けながら言った。
「…ふーん、姉ちゃんがそう言うならいってらっしゃい、お土産は甘い物以外で」
細かい事情を聞かれずホッとした、これで私もあの場所に行く決心がついた。
時は数週間前に遡る。
私の暮らす北海道札幌市、小さな証券会社で働き始めて早一年。
自分のデスクから青く染め上げられた木綿の空がずうっと続いていた。
私は思わず大きなため息を漏らしてしまう。
「どうしたんですか?そんな大きなため息ついちゃって」
同期で一番仲の良い結衣が訝しげに私を覗いてくる。
「あ、私ため息ついてた?何か最近仕事のモチベーションが上がらなくてさ」
私がそんな愚痴を言うのが珍しいのか、結衣が楽しそうに前のめりになって言う。
「瑠奈は頑張り屋さんだからね、たまに息抜きも大切だよー!私と一緒に旅行とか行かない?」
結衣は社内でも有名な旅行好きで、休みになれば山に川に、色々な場所に遊びに行っているみたい。
そんな趣味が多彩にある結衣がいつも羨ましく感じている私。
「結衣ありがとうねー、私って昔から趣味って趣味無くてさ、そんなんだから仕事も捗らないのかなぁ」
「今からでも趣味見つけたら良いじゃん、折角これから連休なんだからさ」
確かに1週間後には大型連休か、私にとってはただ家でダラダラする未来が見える。
「最近折角パソコン買ったんだから、色々検索してみたら良いですよ!連休楽しまないと損ですもん、私と遊びたい時は連絡待ってまーす」
ウキウキしながら仕事に戻る結衣はきっと彼氏と予定があるんだろう、楽しげに笑う結衣は可愛くて私の自慢の友達だ。
自宅でお気に入りの珈琲豆を挽きながら、ゆったりと過ごしながら久々にパソコンの前に座る。
かすんでいた記憶の中から、祖母の記憶を甦らせ
ふと、岡山市とパソコンに検索をかける。
「昔は良く遊びに行ってたなー」
岡山県南部に位置する倉敷市、祖母の家があった場所。
白壁の街並み、美しい景観が私の大好きだった場所
あそこにならまた行ってみたい、祖母が他界してから早3年、あれから一度も足を運んでいなかったのを思い出す。
祖母の口癖は向日葵みたいな笑顔で
「瑠奈の努力は必ず結果に繋がる、信じて進みなさい、自分の人生を変えられるのは自分だけだよ」
そんな言葉に励まされたっけ、懐かしい。
だから決めた。
私は倉敷市に行ってみたい。
5月2日、土曜日の朝。
空は晴れ渡り、爽やかな風が吹く東京駅。
楓に見送られながら私は岡山県行きの新幹線へ。
相変わらず楓は私の旅行を心配してる素振りだけど、
岡山県に行くと行ったら快く行っておいでって言ってくれた。
きっと楓も祖母の思い出の地に行くって気付いてるよね、一緒に行こうって行ってあげれば良かったかな。
「気を付けて、何日に帰ってくるの?」
「5日には帰るよ、お土産何が良いかな」
「甘い物以外なら何でもー!」
私は頷きながら新幹線の時間を確認する。
「じゃあ、行って来ます」
なぜ神社に来たのかを尋ねられて「真っ白になりたくて」と答えると、みんな返答に困るだろうか。
夕焼けが綺麗だと有名な阿智神社、新幹線の中検索して私にヒットした場所だ。
藤の花を見たかったのも理由の一つ、お祭りの時期は過ぎてしまったけれど、まだ間に合うだろうと祈りながら聖地の石段に立つ。
連休もあり、参拝客もそこそこ。
心地よい風が吹く中私は散歩がてら神社の細道を歩く。
「やっぱりここに来て良かった、天気も良いし最高」
久しぶりに来た地に、じわじわと心が温まり、ぽっかりと空いてしまった穴が埋まっていく感覚。
瑠奈は携帯でお気に入りの場所を写真に収めていく。
ガザガサッ
突如隣の茂みから何か小さい動物らしき物が飛び出して来て瑠奈は後方に慄く。
「わっ!何々?」
見ると薄焦茶の可愛らしい子猫が瑠奈を眺めて
「にゃーん」
飼い猫なのか人馴れしている、瑠奈の足元に戯れ付く姿に笑顔が漏れる。
元々猫好きな瑠奈は猫を抱っこして話しかけてみる。
「嫌がらないなんて飼い猫かな?可愛いねぇ」
子猫は瑠奈に身を任せ、摩られる顎を鳴らして気持ち良さそうだ。
「私を可愛いって思うのは当然の事だニャン」
えっ!今喋った?
瑠奈は驚いて子猫を床に落としてしまう。
「ンニャ!?いきなり落とすなんて失礼ニャ…
まぁ驚くのは当たり前か、地球の猫は喋らないもんニャ、宜しくね瑠奈」
いきなり流暢な日本語で話す子猫に瑠奈を目を白黒させる。
あれ、私旅行に来て頭おかしくなったかな…
いやいや、間違いなく現実だし…
私は混乱する頭で考えながらふと気付く。
「あれ、私名前言ったっけ?」
「勿論君の名前、何処に住んでて何故ここに居るかも分かっているよ、そしてこれから行くべき場所も…
案内しに来たニャン」
…私はぽっかりと口を空けて子猫を眺める、可愛い双方に見つめられてこれは現実なんだと知る。
「私の行きたい場所、知ってるなら連れて行って」
私は子猫、きなこって名前の喋る猫と一緒にてくてく畦道を歩く。
あ、きなこは私が勝手に付けた名前ね。
私の大好きなきな粉餅の色だったから、可愛い名前でしょ。
「後もう少しで着くよ、それにしても君がやっと倉敷市に来てくれて嬉しいニャン、そんな出不精だと将来肥満体になるニャ…」
「何か言った?なんか悪口が聞こえたんだけど」
「あ、いやいや何でも無いニャ」
可愛い見た目に反して辛口な…でも最近ちょっと太り気味だから気を付けよう、瑠奈はプチダイエットを決意する。
阿智神社から徒歩5分、鶴形山公園を歩きながら咲き乱れる花々に感動していた。
「こんなに綺麗な場所があるなんて知らなかった」
「ここは毎年藤を初め、桜、ツツジ、サツキと色々な花を楽しめるように作られているニャン」
美術館やカフェと観光名所ならではの建物が沢山並んでいる、何となくだけど見覚えがある様な無いような…。
「瑠奈、ここだよ君が探して居た場所」
小ぢんまりしていて石造りの清潔感あるカフェ、ガラス張りの奥には木を基調とした家具が並んでいる。
「うわぁ…凄く可愛いカフェ!」
甘いものに目が無い私は興奮気味に大声を出す。
「まぁ立ち話も何だから入りなよ、皆んな待っているニャン」
「皆んな?まだ猫仲間が居るの?」
私はワクワクしながら店内に進んでいく。
その時、甘いきな粉の匂いて挽きたての珈琲の香ばしい匂いが鼻をくすぐる。
あ、この匂い祖母の家で嗅いだ事あるなぁ。
懐かしい香りはまさに求めていた空間で、改めて不思議な子猫との縁を不思議に思う。
店の奥から初老の女性が顔を覗かせる。
「あら、いらっしゃいませー!
お待ちして居ましたよ。潤三郎が出ていったからもしかして…って思ったけどやっぱり」
「潤三郎?まさかこの子猫の名前?」
あまりに見た目と違いすぎて私は吹き出してしまう、なかなかなネーミングだ。
「瑠奈は方向音痴だからね、阿智神社迄は来ると思っていたから迎えに行ったニャン」
私が方向音痴だっていうのもバレてる…なんだか恥ずかしくなった私は自己紹介をする。
「初めまして、西嶋瑠奈と申します。
この猫ちゃんに案内されて、こんな素敵なカフェに来れて嬉しいです」
瑠奈は丁寧に頭を下げて挨拶をする。
「初めまして、私はここ-ツムグ-のオーナー桜子です、お会い出来て嬉しいです」
優しい雰囲気の桜子さんに私は一目で親近感を抱く、なんだか私と雰囲気が似てる?
「あ、実は瑠奈ちゃんの叔母さんに当たるんですよ、お母さんから聞いた事無かった?」
祖母の出身が岡山市なのは知っていたけど、親戚がこちらに居るとは初耳だった。
「どうりで親近感があるはずですよね、何も知らなくてごめんなさい。
たまたまここへは旅行で来ていまして、阿智神社もネットで調べて来ました」
「そうだったんですね、本当これも縁ですね。
まぁ私達は瑠奈ちゃんがいつかここに来るのは必然的というか…知って居たので然程驚きもしなかったんですが」
何もかも分かって居そうな桜子さんと子猫に私は驚きを隠せず問いかける。
「どうして私がここに来るって分かってたんですか?
この喋る潤三郎にも驚いて無いみたいだし…」
「それはこれから説明するわね、それより家の特性きな粉餅食べてみない?絶品よ」
そう言いながら桜子さんは私を奥の椅子に連れて行ってくれる。
不思議な魔法に掛かったみたい、そんな非日常な光景を私は楽しみ始めて居た。
桜子さんの作るきな粉餅は、歯応えはあるのに、すぐにとろける魔法のような食感。
私はあまりの美味しさに、ぺろっと食べ切ってしまう。
「ご馳走様でした、凄く美味しかったです。
絶妙な甘さで最高です!」
「喜んで貰えて光栄だわ、元々は瑠奈ちゃんのおばあちゃんからの秘伝のレシピをアレンジしたものだから、気にいると思ったの」
桜子さんは満足そうに私に語りかける。
あぁ、だから懐かしい様な味がしたんだな、祖母の作ったきな粉餅の味を求めて岡山市に来た甲斐があった、私の求めていた味、雰囲気…
「さて、そろそろ本題に入っても良いかニャン?」 きなこがテーブルの上に乗って、毛繕いを始める。
あれ、桜子さんが話してくれるんじゃないんだ。
瑠奈は不思議そうにきなこを見つめる。
「ンニャ、実は瑠奈のおばあちゃんから言伝を頼まれてるニャン、高貴な猫にしか出来ない方法で瑠奈に伝えるよ!」
いきなり偉そうな態度で喋り出すきなこに、私はプッと吹き出す。
「ふふ、もうここまで来たら何があっても驚かないよ、どうせ私の気持ちもお見通しだろうから」
「順応性バッチリだね、さすが咲子さんの孫…
じゃあ目を閉じて、ゆっくり深呼吸してね」
私はきなこに呼吸を合わせ、微睡の中に吸い込まれていく。
-瑠奈ちゃん、瑠奈ちゃん…-
うしろから声がして、振り返ると祖母が立っていた。
-おばあちゃん!-
私は脱兎の如く祖母に向かって抱きつく。
温かい、昔のまんまの祖母だ、懐かしさのあまり瑠奈は子供の様に泣きじゃくる。
-ずって会ってごめんねって言いたくて、やっと会えた。おばあちゃんあの時はごめんね-
やっと言えた謝罪の言葉に
-何を言ってるの、謝るのは私の方だよ。
大人気なく叱ってしまって、本当あの日は後悔しか無かった、もう一度瑠奈ちゃんに会えて良かった。
ごめんなさいね-
瑠奈は首をブンブン振って祖母に縋り付く。
-おばあちゃんは悪くない!私が子供過ぎて、心無い事言っちゃったから、あんな事思った事無いのに…-
まさか二度と会えなくなると思わなかった
そう、13年前のあの日。
私はいつも通り祖母の家に遊びに行き、きな粉餅を食べながら談笑していた祖母と些細な事で初喧嘩をしてしまったのだ。
当時私は同級生に虐められていて、祖母に相談していたのだ。
「瑠奈ちゃん、虐められる方にも非があるんだよ、そのお友達に何か酷い言葉や行動をした覚えはないかい?」
今思えばその可能性もあったのだ、当時の私はカッとなって
「おばあちゃんはいじめっ子の味方なんだ!私は悪くないもん、おばあちゃんだけは分かってくれると思ってたのに…もういい!おばあちゃんなんて大っ嫌い!」
私は力任せに扉を開き、全速力で自宅迄帰って行った。
その夜、両親から祖母が心筋梗塞で亡くなったとの知らせを受け、私は後悔と絶望感に苛まれた。
私は何て事を言ってしまったんだろう、時間は戻せないけれど、もう一度祖母に会って謝りたい…
私は今の今まで、そんな気持ちを抱えながら生きて来た。
小学校時代の私とはうって違い、活発で社交的になれたのは祖母のおかげだと思っている。
一番の味方で信頼する祖母…
今目の前にいる祖母に私は、当時の気持ちを滔々と語る。
-瑠奈ちゃんの事はずっと見守っていたよ、立派に育ってくれて嬉しかった。
自慢の孫だよ、どんなときでも、勇気をもって、元気に進んでね。
焦らずゆっくり、諦めずに-
私の心の波が穏やかになっていく、今やっと13年間言えなかった言葉が言えて、満ち足りた幸福感が広がって行く。
-おばあちゃん、大好きだよ。
あの時は本当にごめんね、これからも私自分らしく頑張る、自分のを変えれるのは自分だけって言葉、おばあちゃんの教訓だよね-
-覚えててくれたんだね、嬉しいよ。
これからも自分らしく、楽しんで過ごしてくれたらおばあちゃんも安心だよ-
暫く手を繋ぎながら、真っ青な空にもくもくした雲がわきあがっているのを眺めていた。
そういえばここは何処なんだろう、ふと瑠奈は我に帰る。
-さぁ、そろそろ行く時間かね、あんまりここに長居するのも良くない-
その時、きなこのニャーンという鳴き声が。
もう良いかい?って聞いているような気がして
-きなこ!ありがとうね、おばあちゃんと話せたからもう戻る-
私は祖母に向き直り、思いっきり祖母を抱きしめる。
祖母も私の頭を撫でながら満足そう。
その時私の周りの風景がぐるぐる回りだし…
気付けば-ツムグ-先程のカフェ、椅子の上で目を覚ます。
穏やかな笑顔で桜子さんが言う。
「おかえり、おばあちゃんには会えた?」
私は珈琲のお代わりを頂きながら、さっきまで居た場所について語りだす。
「きなこ、あの場所って霊界だったのかな?
おばあちゃんに触れたし、温かかったし…
まるで生きてるまんまのおばあちゃんだった」
「んー、霊界と言うか時空の狭間かニャン?
細かい事は気にせず、瑠奈はおばあちゃんと話せてどうだった?」
はぐらかされた気がするけど…まぁそこは気にしない様にしよう。
「ずっと蟠ってた気持ちが、きなこと桜子さんのおかげで無くなりました。
本当にありがとうございます。」
私は深々と1人と一匹に頭を下げる。
「お礼なんて、私もずっと瑠奈ちゃんが来るのを楽しみにしていたから、こちらこそありがとうね。
またいつでも遊びに来て、第二の家だと思って」
「はい!ありがとうございます、またきな粉餅と珈琲頂きに来ますね。
桜子さんとも、もっとお喋りしたいし。
あ、ついでにきなことも」
「私はついでニャンか!酷いニャ、こんなに頑張ったのに…」
「ははは!冗談、きなこには一番感謝してる、なんと言ってもおばあちゃんと話せたんだから」
私は感謝を込めて、きなこを優しく抱き上げ頬を寄せる。
どんなに感謝してもしきれない、素晴らしい旅をありがとう。
「喜んでくれて何よりニャ、またいつでも遊びに来てニャン、そういや仲間の姿が見えないけど…まぁ機会があればまた会えるニャ」
そうだ、まだ猫ちゃんが居るのかと思ったが、結局他の猫は見当たらなかった。
私はまた遊びに来る約束を交わし、この景色、この時間が私の中で大切な宝物になった事を実感する。
きなこが玄関先まで見送りに来てくれて、私の足元に擦り寄って来て言う。
「いつでも君が困った時、悩んだ時、必要な時は私を呼んでね」
「また必ず来るよ、私この倉敷市の景色もカフェも全部気に入っちゃったもん」
お互い顔を見合わせて、ふふふって笑う。
心地よい風がお互いの頬を撫でる。
瑠奈は栗色の髪を揺らしながらほほえみ、大きく深呼吸をした。
水面に浮かぶ花びらが、あっちにいったりこっちに来たりしながら、ゆらゆら漂っている。
またこの季節に遊びにこよう。
また訪れる、約束の日を楽しみにいきていよう。
私は心にそう誓った。




