『白』
借りた家はこじんまりと、1Kにした。築年数は古く、家賃は安く、大通りからは逸れた、静かな住宅街。
ただいま、と玄関を開ける。新しい仕事をしながら、私は黙々と日々を過ごしていた。
お弁当箱を洗い、洗濯を回し、シャワーを済ませたら、大体は手抜きの夜ご飯を食べる。気が向いてスーパーに買い物に行った時だけ、まあまあちゃんとした料理を作る。
半ばルーティンになった日々の生活は、淡々としているものの、どことなくエモ……エモーショナルの中に生きている気がして、そんな自己満足を楽しんでいた。
ピコン、とスマホの通知がなる。
この時間のこの通知はもしかして。嬉々として通知の正体を確認すると、やはり予想通り。「仕事おわったよ、お疲れ様!」というメッセージ。
ひとり暮らしを良いことに、にやける顔は抑えない。
私は遠慮なく、メッセージの相手に電話をかける。
「もしもし、お仕事お疲れさま! 今日もお互い頑張ったねー」
「ありがとう、本当にね。明日は久しぶりに会えると思って、頑張れたんだよ」
簡単に人が喜ぶことを言ってくる、そんな相手は私の新しい恋人。付き合ってからもう、半年が過ぎている。
毎日こうして電話を繋げては、のんびりと時間を共にしている。喋りたいことがあったら喋るし、話題がなければ穏やかにお互いの生活を過ごす。
私がそうしたいと言った。そして、彼もそうできるなら幸せだと言った。
口が上手い人に気をつけろ、とはよく言うけれど、この人は、実は口が上手くない。普段の人との交流はどちらかといえば聞き専だし、親しい友達も多くない。恋人がいたことさえ無い。
ただいつも「思っていることを素直に伝えているだけ」「人はいつ居なくなるか分からないから、毎日を大事にしたいだけ」と、繰り返し言っていた。
私はその思いに深く共感しているし、日々の積み重ねで、心からこの人を信頼していた。
私が真っ直ぐにぶつかれば、真っ直ぐにぶつかってくれる。
私が寄り道すれば、手を繋いで寄り道してくれる。
私が道に迷えば、一緒に星を探してくれる。
前世を共にした気がするくらいに価値観が同じで、笑う場面も同じだった。
私は電話をしながら、玄関に置かれた花瓶に近付いた。白いヒナゲシの花が、綺麗に挿されている。
もう、いいかもしれない。
願いを込めて挿した花だった。以前の恋愛は、あっさり忘れられるような過去じゃなかった。
でも今は、この人に出会って。
この人と出会うために、きっと彼と別れたんだ。
そう思えるようになったから。
同棲、そして結婚を、ふたりで目標にして働いている。
毎日、ふたりで笑って、ふたりで生きている。
私は今、人生で一番幸せにしたい人と生きている。
ヒナゲシの花を花瓶から取った。
空になった花瓶も、水を捨てて片付ける。
次に置くものは決めていた。
前々から準備していた、ひとつの写真立て。
多分そのうち、こうすると思って。




