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ファンタジー小噺

攻めの防具

作者: 白猫商工会
掲載日:2025/12/17

「カップ麺、出来ましたよ」


その声が背中にかかっても、僕は振り向かなかった。

ただ、「ありがとう」と、小さく言葉をこぼす。


後輩はもう慣れたもので、何も言わず、机の隅にそれを置いた。


醤油の香りが鼻腔をくすぐる。

それでも、視線は前を向いたままだ。


僕は椅子に腰掛けたまま。

瞬きの回数を一定に保つ。ここで最初に叩き込まれた作法だ。


「そういえば、知ってます?」


後輩は構わずに声をかけてくる。


「最近、新しいダンジョンが見つかったとかで。

魔王級クエストじゃないか、なんて盛り上がってますよ」


「へえ」


僕は手探りで、用意された食事を掴む。

これも、慣れた配膳と所作のワルツだ。


ミリ単位の狂いもなく置かれたそれを、左手が静かにエスコートする。


首は、寸分も動かさない。


世界はどうやら騒がしいようだが、ここには静謐が要る。


後輩は、僕が話を広げる気がないと察したのだろう。

小さく息をついた。


「それ。そろそろですか?」


「どうだろうな。

ゆっくり、ゆっくりとだ」


蓋の上に乗った箸を取り、蓋をはがす。


湯気で視界が曇ってはいけない。

そのために、僕は眼鏡をやめてコンタクトにした。


濃い醤油の香りが、ふわりと立ち上る。


静かに、視線を固定したまま麺をすする。


目の前のそれは、熱を持たない。

熱を引き受けるのは、僕のほうだ。


……ダンジョンか。


冒険者と呼ばれる連中が、こぞって買い付けに来る。

皆が、こいつを必要としている。


だが、悪い。

これはスピードアップできない。


早くて手軽。

そこにも、もちろん価値はある。


だが、僕には手元のもので充分足りていた。


最小限の動きで麺を啜り、咀嚼する。

強い塩味と魚介出汁の刺激が、舌から脳へ、喉へと落ちていく。


ふと、手を止めた。


……そろそろだ。


背後で、後輩の構える気配を感じる。


視線の先で、複雑な器具や容器を通ってきた一滴が、今にもこぼれ落ちようとしていた。


表面張力の限界まで盛り上がったそれは、落ちる寸前で、わずかに震える。


そして、自由落下を得たそれは、その下で待ち受けるガラス瓶へと吸い込まれた。


「ぽとん」でも「ぽとり」でもなく。


――これは。


あの人は、落ちる瞬間に世界が一度止まると言った。


僕は、そんな話を信じていなかったのだが。


カップ麺からそっと手を離し、立ち上がる。


そして、雫が落ちたガラス瓶の表面を撫でる。

半分ほど溜まったそれが、そっと世界に波紋を起こした。


「先輩?」


背中に、訝しげな声がかかる。


僕は答えず、瓶に蓋をして、引き出しにしまった。


そして、新しい器をセットする。


「……魔王級クエスト」


思わず、口にしていた。


僕はカップ麺を手に取り、残ったスープを一気にあおる。


熱が、沁みた。


世界は急いでいる。

けれども――


ポーションは、ただ配合すればいいものじゃない。


一滴一滴を見守る。

ゆっくり、ゆっくりと。


そして。


僕は椅子に戻り、視線を固定する。


一定の瞬きを、再開した。

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― 新着の感想 ―
タイトルから気になって読ませていただきました。 『攻めのための防具』『前へ出るための翼』『退かないための、覚悟』のフレーズが渋くて、途中までは完全に硬派な工房ファンタジーとして読んでいたのですが―― …
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