冒険者ですが、追い詰めた山賊が魔王を人質に取りました
山道にて、二人の男が対峙していた。
一人は若き冒険者マイン。精悍な顔立ちで、それに恥じない勇敢さと正義感の持ち主である。
もう一人は山賊のガロス。髭を生やした大男で、この山を通る旅人から金品を奪うことを生業としている。すでに何人も殺めており、賞金もかかっている。
「年貢の納め時だ、山賊!」
マインが剣を正眼に構える。
「ケッ、てめえのような青二才にやられる俺様じゃねえんだよ!」
ガロスは右手に大きな斧を持っている。
「行くぞ!」
「来やがれ!」
戦いが始まった。
ガロスは腕力に物を言わせて、斧をブンブン振り回す。
並みの相手であれば、迫力に委縮し、簡単に隙を作ってしまう。
だが、マインはそうはいかなかった。
ガロスの斧の軌道を冷静に見切り、逆に自分からも斬り込んでいく。
「な、なに!?」
マインの剣は速く、ガロスは防戦一方になる。
「ぐっ、くくっ、くそぉっ!」
ガロスも粘るが、マインの攻撃についていけず、ついに肩に一撃を浴びる。
「ぐあっ……!」
マインはむやみに深追いせず、じりじりと間合いを詰める。
「観念しろ……!」
マインのまっすぐな眼光に、ガロスはたじろいだ。
負けるのか、この俺様が……!
***
一方その頃、山道を魔王ディゲイルが歩いていた。
ディゲイルは頭には角を生やし、長い黒髪と青い皮膚を持ち、黒いローブと黒いマントを纏っている。
彼は実の父親を殺害し魔界の覇者となった。腕力は竜をも上回り、魔力は無尽蔵、その気になれば山一つを簡単に吹き飛ばせる。
まさに“最強の魔族”である。
ディゲイルは山道を歩きながら、伸びをする。
「んー、いい天気だ。こんな日は人間を絶滅させて、世界を征服するのもいいな」
実に魔王らしい独り言をつぶやく。
ところが――
「動くな! こいつを殺すぞぉ!」
背後からいきなり刃を突きつけられた。
刃は斧であり、斧の持ち主は――山賊ガロスであった。
目の前のマインは顔をしかめる。
「くっ……!」
追い詰められたガロスは、たまたま通りかかった魔王ディゲイルを人質に取ったのである。
「その人を放せ!」
「せっかくの人質を放すかよ」
「卑怯だぞ!」
マインはなじるが、ガロスはそれを鼻で笑う。
「卑怯? 笑わせんな! 俺らがやってるのはスポーツの試合じゃねえんだ。卑怯もクソもねえんだよ! まして俺は山賊だ……やれることは全部やるに決まってんだろ!」
ガロスが高笑いする。
マインは自分の甘さと未熟さを悔やむ。実力では勝っていたのに、人質を取られてしまった。
おそらくもっとベテランの冒険者であれば、こうなる可能性も想定し、短期決戦を狙うか、あるいは第三者が戦いに近づかないような状況を作り出していたに違いない。
さて、魔王ディゲイルはというと――
「ひいいい……!」
怯えていた。
なぜ魔界の覇者である彼が山賊如きに怯えてしまっているのか。
実はディゲイルは幼少期、父に虐待された過去があった。
魔族として強くするために、ディゲイルの父は過酷な訓練を強要し続けたのだ。
その際は背後から自分の鋭い爪を突きつけ、「従わないのなら切り裂く」などと脅しつけることが常であった。
そして、ディゲイルは強くなり父を超えた今も「背後から鋭いものを突きつけられる」という状況が極めて苦手になってしまっていた。
だから太刀打ちできないのである。
「さあ、こいつを殺されたくなきゃ、俺の言うことを聞け!」
「うぐ……」
「殺しちまうぞ!」
ディゲイルの首筋に斧が触れる。
「わ、分かった! やめろ! ――やめてくれ!」
「ようし、それでいいんだ」
非情になれないマインは手を出せない。これでガロスの逃げ切りはほぼ確実なものとなった。
武器を捨てさせ、「俺を追うな」と命じれば、マインは言う通りにするだろう。
だが、マインによって追い詰められたのも事実。このままでは済ませたくないという思いもあった。
そこで――
「おいお前、剣で自分の足を刺せ」
「な、なに……?」
無茶な要求にさすがのマインも戸惑う。
だが、ガロスはディゲイルに向けた斧を皮膚に食い込ませる。
「こいつがどうなっていいのかなぁ……?」
「……! 分かった! やる! やるから、その人を傷つけるな!」
「だったら早くやれ!」
マインはじっと自分の足を見る。
若干ためらいつつも、右足に剣を突き刺した。
「ぐっ……!」
「ハハハッ! マジでやるとはな!」
「あああ……! そんな……!」
ガロスは大笑いし、ディゲイルは唖然とする。
だが、ガロスはさらに――
「もう片方の足も刺せ」
「な、なんだと!?」
「右足一本じゃ不安だからな。早く刺せ」
「わ、分かった……!」
ディゲイルが叫ぶ。
「よすのだ! ワシなどのために若いおぬしが犠牲になることはない!」
ガロスが斧の刃を首筋につける。
「お前は黙ってろ」
「ひいい……!」
マインはディゲイルに向けて笑う。
「いいんですよ……。俺が冒険者になったのは、悪党や魔物から人々を守るため。人々のために犠牲になるなら本望です」
力強い言葉にディゲイルの目が潤む。
「早くやれ!」
「分かったよ!」
マインは自分の左足にも剣を刺した。
もちろん立っていられなくなり、地面に転倒してしまう。
「ぐああっ……!」
「ハハハッ! そりゃそうなるよな!」
ガロスはニヤリとする。
「さて……トドメを刺すか」
ガロスはマインを見逃すつもりなどなかった。
両足を使えないマインにならば負ける要素はない。そう判断し、ディゲイルを突き飛ばし、一気にマインに駆け寄る。
「死ねえっ!!!」
その時だった。
マインは傷ついた両足に残された力を振り絞り、踏み込む。
そこから下から斬り上げる強烈な一撃を浴びせた。
「ぐはっ!? まだ、そんな力が……ぢ、ぢくしょう……」
ガロスは血しぶきをまき散らし、大の字で崩れ落ちた。
しかし、マインも――
「俺もダメか……」
その場に力尽きてしまう。
傷ついているのに酷使したせいで、全く足が動かない。
たとえ命が助かっても、もはや冒険者を続けることは叶わないだろう。
すると――
「絶対修復」
ディゲイルの右手から紫色のオーラが放たれ、マインの両足を包み込む。
傷ついた両足は瞬く間に完治してしまった。
「え……!?」
ディゲイルは温かな微笑みを浮かべる。
「ワシのために両足を捧げてくれたおぬしの勇気と正義感、人間の素晴らしさ、ワシは生涯忘れることはないだろう。達者でな」
「あ……」
ディゲイルは消えてしまった。
(名前すら聞けなかった……。一体何者だったんだろう……)
***
その後、マインはギルドに山賊ガロスを討伐した旨を報告する。
職員は少し驚いていた。
「お前さんのような若造があのガロスをねえ……なかなかやるじゃないか。ほら、賞金だ」
ガロスの賞金首としてのランクは中の中といったところ。一ヶ月程度は食っていけるほどの賞金を手に入れた。
マインはその金でもって肉屋で骨付き肉を買い、自宅で焼いてムシャムシャと食べる。
今日彼が成し遂げたことは実に小さい。多少悪名高い山賊を一人倒した程度である。
しかし、彼の心は不思議と大きな充実感に包まれていた。
そう、まるで世界を救ったような――
完
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