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墓場の聖女の事件録  作者: ユーコ


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08.【閑話】放蕩息子の帰還1

 やむを得ない事情があったにせよ、私はジレッド氏の執事に嘘をつき、そして告白で知った内容をシーラに話してしまった。

 聴罪司祭は告白された罪を完全に秘密にするように義務づけられている。

 これに背いた私は、重大な罪を犯したことになる。


 司祭も信徒同様、罪を犯した場合、他の司祭に罪を告白し、告解を受けることで神の赦しを授かるのだが、現在アーチボルト寺院には私の他に司祭がいない。

 シーラは新米修道女なので、赦しの秘跡を与える立場にない。

 赦しの秘跡とは、神の使徒と使徒の後継者である司教、司教の協力者である司祭にのみ授けることが出来る特別な儀式である。

 そのため私は、内省をすると共に償いの方法を自分自身で考え、自戒のために寺院の掃除をすることにした。


 どの家庭でもそうだろうが、手の届く範囲の掃除は出来ても、高い場所まではなかなか手入れが行き届かない。

 私はこの機会に高所の掃除をすることにした。

 高さ五メートルの長ばしごに上り、ステンドグラスを磨いたり、彫像の埃をはらったりという作業である。

 重労働なので、手を付ける前は少し難儀に思う気持ちがあったが、清めるという行為そのものが心の浄化に通じる。

 ゆっくりと丁寧にステンドグラスや使徒の像を磨くうちに、心のざわめきが静まっていく。

 罪の贖いにはうってつけであるように思えた。



 その一方で私はシーラに対し「みだりに人の秘密を聞いた件」に関して罪を償うよう助言した。

 シーラは助言を受け、償いの方法を受け入れた。

 アーチボルト寺院では朝夕の二回、ミサを行っている。

 私はシーラにミサに最後まで出席するよう、助言した。

 シーラはこのミサに毎回出席『は』したが、最後の信徒が礼拝堂に入った後、一番後ろの端に座り、礼拝終了後は真っ先に礼拝堂を退出する。

 そのため「修道女が赴任してきたと神父様は言っているが見たことがない」と信徒の間で評判になっていた。


 このたびのことでシーラは私の助手として最初から最後までミサに出席するようになった。

「十七歳の修道女は神父様の妄想?」などとあらぬ噂までたっていたので、疑惑が払拭出来て何よりである。

 シーラは愛想というものをどこかに置いてきたような態度だが、かつて私の同僚には厳格で無口な神父もいたので、信徒は偏屈者に慣れている。

 特段のトラブルはなく、彼女は受け入れられた。






 ***


 その日は、朝のミサを終え、

「神父様、よろしいですか? ちょっと相談が」

 ラドミール君という信徒の青年に声を掛けられ、ミサに参加した人々の見送りはシーラに任せた。

 青年の用件は間近に迫った亡くなった父親の没後一年の節目の追悼のミサのことだろう。

 青年は近所で農家を営んでおり、彼の父親は生前熱心な信者だった。

「亡父の追悼のミサのことなんですが」

 と彼は話を切り出した。

 相談は予想した通りのもので、特段人に聞かれて困る内容ではないため、私達は礼拝堂の隅に移動し、話を続けた。


「日々のミサの中で彼のために祈るつもりだよ」

 追悼のミサを出さずとも『日々のミサ』と呼ばれる毎日行われるミサの中で時間を設け、故人のためにミサを捧げることも出来る。

 だが、ラドミール青年は言った。

「ありがとうございます。ですが、父の追悼のミサは日々のミサとは別に行っていただきたいんです」

「分かりました。ではお父上の追悼のミサを司式しましょう」


 私が立っている場所から、礼拝堂の出入り口近くで表情をこわばらせたシーラが信徒を見送っている様子をちょうど目にすることが出来た。

 シーラが挙動不審なのは、彼女が人嫌いだからだ。

 彼女はここに派遣される前に手ひどく人に裏切られた経験があるようだ。それが彼女と人々との間に目に見えぬ壁を築いている。

 私は無理にシーラに人と打ち解けて欲しいとは思わないが、人を警戒し続けるというのも辛いことだ。少しずつでも彼女が癒やされると良いと願っている。



「あのう、シスター、よろしいでしょうか?」

 信徒が全員礼拝堂から立ち去った後、見知らぬ男がシーラに声をかけた。

 長い旅をしてここに辿り着いたのか、汚れ疲れ果てた様子の男だ。

 髭ぼうぼうの風体で年齢は分かりにくいが、二十代半ばくらい。

 ここにいるラドミール青年より少し年下に見える。

 少々心配になった私は、ラドミール青年と彼の亡父のミサについて話をしながら、シーラと男の様子をそれとなく見守った。


「それとは別に近頃悩んでいることがあるのですが、聞いて頂けるでしょうか」

 ラドミール青年は用件の後で、自らの悩み事を相談してきた。

「もちろんですよ、話してみてください」

 信徒の人生の試練や困難、悲しみについても話を聞き、精神的な支えとなるのが司祭の務めである。

「別室に移動しますか?」と声をかけたが、「いえ、それほど深刻な悩みではないので神父様さえよろしければこの場で」とラドミール青年は言った。


 ラドミール青年は亡くなった父親を強く慕っていたので、その死が無性に悲しく、塞ぎ込むことが増えたらしい。

 彼の母親は既に亡くなっており、弟が一人いたが、この人物は放蕩者らしく、十年ほど前家を出ていった以降、ずっと音信不通だそうだ。

 ラドミール青年の亡くなった父親からもこの放蕩息子のことは聞いたことがある。

 放蕩息子は出て行く際に相当な財産を要求したらしく、最初の数年は出て行かれた怒りが勝っていたらしいが、私が赴任した頃には彼はこの息子の心配ばかりしていたものだ。

 結局、父親が死ぬまで息子は戻らず、兄のラドミール青年はこの弟に対し、「あの恩知らずめ!」と憤慨していたが、そろそろその父親の没後一年が経とうとする今、彼はしみじみ言った。


「弟がここにいてくれればと強く思うのですよ」

「ほう、そうですか」

「今まで父と二人でしたので、結婚なんて考えられませんでしたが……」

「気持ちに変化はありましたか?」

「はい、近所の女性が私と結婚したいと言ってくれており、自分には勿体ない相手だと思っております」

 ラドミール青年との結婚話が出ているのは、母親の介護のために今まで未婚だった女性である。

 この女性の母親も少し前に闘病の末、天に召された。

 歳は青年の三歳年下だそうだ。

 ラドミール青年ほど熱心ではないが、彼女も信徒であり、寺院のミサにもよく参加している。そのため名前を聞くと、「ああ、あの女性か」とすぐに分かった。


 本人同士が乗り気なら、良い縁組みなのではと思ったが、ラドミール青年の表情は暗い。

「何か問題でも?」

「弟のことです。あいつは何をしているのかと近頃はそればかり考えるのです」


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