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06.物忘れの激しい死体6

「えっ、でも、ジレッドさんは誰かに突き飛ばされてたって言ってましたよ。その時打ち所が悪くて死んじゃったかもって話はどこにいっちゃったんです?」

 あれほど強くジレッド氏の勘違い説を唱えたシーラだったが、私が彼女の意見に賛意を示した瞬間、彼女は逆に持論を否定するようなことを言い出した。


「ジレッド氏が言ったのは、『誰かに体を突き飛ばされ、激しい痛みのせいで気を失った後のことは何も覚えておらず、気付いたら死んでいた』だ。おそらくそれは本当にジレッド氏の身に起こったことで、勘違いじゃないだろうね」

「じゃあジレッドさんが突き飛ばされたことは間違いないんですよね。ジレッドさんを殺した人がいるはずです」

「そこが、彼の勘違いだ。ジレッド氏を殺害した人物はいない」


「……それなら、さっきの執事は神父様に告解しましたよね、何ですか? あの人、自分で『殺してない!』って言ってましたよ。心当たりがなければそんなこと言わないでしょう?」

 シーラは食堂の話を盗み聞きしていたようだ。

 私が呆れて彼女を見ると、良くないことをした自覚はあったのか、彼女は首をすくめる。

 さすがのシーラも聖職者としての矜持は守り、告解室の中に立ち入ることはしなかったので、余計執事の言葉が気になるようだ。


「罪の内容を語ることは聴罪司祭として本来してはならない行為だが、私が彼に赦しの秘跡を与えられたのは、シーラ君、君がジレッド氏の思いを私に伝えたからだ。故に他言無用の条件で執事の告白を教えよう」

 私は念押しした後、彼女に言った。

「確かに執事は殺人を犯したことを私に告白した」

「やっぱり執事が犯人ですか?」


「いや、彼は自分がジレッド氏を殺したかも知れないと考えていたが、それは勘違いだ。結論から言うと、彼は殺人を犯していない。幸いなことに彼が決定的な過ちを犯す前にジレッド氏は天に召された」


 シーラは不快そうに眉をひそめた。

「どういうことです? 私に分かるように話してください」


「執事は『とある人物』からジレッド氏に『とある食品』を食べさせるように指示された。『とある食品』とは貝と小魚だ。本来、これらは医師も推奨する骨に良いとされる食品なのだが、執事は『とある事情』でこれをジレッド氏に食べさせるのを躊躇った」

 シーラは口を尖らせた。

「『とある』ばっかりですね。やっぱり全然分かりません」




「ジレッド氏の死には彼を巡るいくつかの問題が絡んでいる。順を追って話そう。ついてきなさい」

 私は彼女を司祭室に通した。

 ここは、本来司祭達がミーティングや事務仕事で使う共用の事務室なのだが、今は私しかいないので、好きなように使っている。


「ああ、これだ」

 私は棚にしまっていた先日の新聞を取り出し、テーブルの上に置く。

 そして紙面のあの記事を指さした。


「これが、執事がジレッド氏に魚介類を食べさせるのを躊躇った『とある事情』だよ」


 見出しは、『クイダド鉱山下流の港町で異変! 子供亡くなる』である。貝や小魚を食べた子供達が病気になった事件が書かれている。


「……」

 記事の内容は実に痛ましい。

 新聞を読み終えたシーラは顔をゆがめた。


「クイダド鉱山はジレッド氏が所有する鉱山だ」

「ジレッドさんが?」

 ジレッド氏の話に興味がなかったシーラは彼の所有する鉱山の名前など聞いていないか、聞いたところで忘れたのか、とにかく知らなかったようで驚いている。

「これは執事から聞いたんだが、一時掘り尽くされたと思われた銅はジレッド氏が鉱山主になった後、以前と同等の産出量に戻り、地元は潤っているそうだ」

「まあ、それは良かったですね」

 シーラは興味がないのが丸わかりの合いの手を入れた。

「反面、本来なら人が入らないような山の奥深くで銅を掘っているため、以前より事故が多くなり、何故か体調不良を訴える鉱夫が増えているらしい。さらに坑内で濁った水が湧いて出るようになったそうだ。汚水は川を伝って下流の街に流れて行っている。河口の水質が汚染された時、一番影響を受けるのは一帯に生息する貝や小魚だ」


 シーラはハッとした様子で私を見上げた。

「じゃあ、子供の病気は鉱山のせいですか?」

 私は頷いた。

「可能性は非常に高いだろうね。実際、地元では鉱山が原因じゃないかと噂になっているようだ」

 新聞記事では名指しはしていないが、この件に鉱山が関与していることをほのめかしている。


「鉱山から出る水には人体にとって、良くない成分が含まれている場合がある。鉱山から排出される水を飲んだり、近くで採れた魚や貝を食べて病気になった例は最近他の鉱山からも報告されているそうだ」

 まだ詳しく解明されていないものの、鉱山の排水には人体に害を及ぼす成分が含まれている可能性がある。

 近年、産業化の進展に伴い世界的に鉱山開発が加速しているが、その発展の影で、安全性が犠牲になっているのではないかと懸念せずにはいられない。


「じゃあ、一刻も早く対策しないといけないんじゃですか? ジレッドさん……は死んじゃったから、その会社の人?」

 シーラが言うことはもっともなのだが、話はそう簡単ではない。


「記事にも書かれているが、まだ調査中で、はっきりした原因は不明だそうだ。ジレッド氏の後を継いだ弟のパドック氏は対策を取る気はないそうだよ」

 記事では子供の病気の原因についての言及は避けている。

 限りなく鉱山が怪しいが、科学的に確かな証拠が揃うには時間が掛かる。


「そんな!」

 シーラは憤った。

 気持ちは私もよく分かる。

「ただねぇ、一言で対策を取れといっても、坑内の浸水を食い止めるのは現在の土木技術でかなり難しい。確実な方法は、これ以上山を掘り進めるのをやめること、つまり鉱山の閉山だが、それはあまりにも大きな決断だ。閉山となれば大勢の人が仕事にあぶれてしまう」

「まあ、それはそうですけど……」

 どちらにしても難しい問題だ。

「執事によると、地元では閉山の危機から街を救ったジレッド氏を、英雄のように語る人も、悪魔だと言う人もいるそうだよ」


 もしかすると、半年前にジレッド氏を襲ったという暴漢は、鉱山の鉱夫か、港町の住人だったのかも知れない。




「とはいえ、私も見て見ぬ振りは気が引ける。()()()()()()()()()()、パドック氏に手紙を出すことにするよ」

 シーラは意外そうに「へっ?」と言った後、

「……神父様が? なんて書くんです?」

 と私に聞いた。

「そうだな、『罪を悔い改めよ。一刻も早く閉山しなさい』かなぁ」

「えっ、脅迫状?」

「パドック氏が自分自身で考えている程利口なら、私の忠告に従うだろう」

 口にした言葉とは裏腹に、私はパドック氏が開発をやめることはないだろうと考えていた。


「ともかくこれ以上は我々には手出しが出来ない領域だ。話を元に戻そうじゃないか」

「何でしたっけ?」

 本気で忘れたらしく、シーラは首をかしげる。


「ジレッド氏の死因だよ。状況から見てジレッド氏は病死で間違いないが、彼の殺人を企てた者はいる。そしてその人物が、執事に貝や小魚を食べさせるように指示した。その人物とは――ジレッド氏の弟のパドック氏だ」


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