04.物忘れの激しい死体4
翌日のジレッド・ヨマーキー氏の没後三十日目の追悼のミサは、滞りなく執り行われた。
追悼のミサの翌々日、ジレッド氏の家の執事がミサ代を持ってやってきた。
本来ミサ代はミサの前か遅くても当日に献金してもらうが、直前に受け取った手紙でこの日を指定された。
石屋に注文していたジレッド氏の墓石が出来上がるので、まとめて用事を済ませたいというのが、執事の意向だった。
石屋はこの寺院近くに店を構えている。
ここは王都から遠く短期間の往復が億劫なのは私も理解しているので、了承した。
私と執事はジレッド氏の墓石が設置される一部始終を見守った。
石屋は手慣れた様子でジレッド氏の墓石を据え付けた。
墓石は一般に使われるものより少しグレードが高い品質で、墓標に刻まれた文言は『ジレッド・ヨマーキー、ここに眠る』というシンプルなものだった。
墓は故人とその家族の意向で作られるものだ。
このパターンは、家族との縁が薄い金持ちに多い墓石である。
世間体故そこそこに見栄えの良いもので、しかし本人との親交が少ないため、墓標に刻む言葉は短いという具合だ。
執事は石屋に墓石の金を支払い、建てられたばかりの墓石に短く祈りを捧げた。
そして私にミサ料を預けると、
「では神父様、これで失礼致します」
そう言ってそそくさと帰ろうとした。
彼は墓石を設置している間中、絶えず落ち着きなく辺りを見回し、一刻も早くこの場を立ち去りたい様子だった。
私はそんな彼を呼び止めた。
「まあまあ、せっかくいらしたんです、是非寺院にお立ち寄りください」
「ですが」
執事は渋ったが、
「そう言わずに。実はあなたにお尋ねしたいことがあるんです」
重ねて言うと、彼は諦めたようにため息をついた。
「分かりました」
「さあ、そちらにおかけください」
「……失礼します」
私は彼を寺院の食堂に連れ込むことに成功したが、執事の顔はどうにも暗い。
それに少々疲れているようだ。
主人が亡くなって何かと気苦労が絶えないのだろうか。
シーラはどこに消えたのか、姿が見えない。
これは今日に限ったことではなく、彼女は人嫌いのようで、ここに来てからずっと、彼女は出来るだけ誰とも会わないように人目を避けて暮らしている。
私が口を開く前に、
「あの……」
執事が思い詰めたように顔を上げ、意外なことを聞いてきた。
「こちらにも記者が来たんですか?」
「記者ですか? いえ、来ておりませんが……」
私は首をひねった。
記者が私の留守中、訪ねて来た可能性はあるが、そんなわけでシーラが応対することは多分ないのでこれは確実だろう。
執事は私の返答を聞くと戸惑いながらも安堵したようだった。そして彼はおずおずとこう、問いかけてきた。
「お尋ねとは鉱山のことではないんですか?」
「鉱山? いいえ違います、実はジレッド氏について少し、伺いたくて」
そう言って、私は彼のグラスに赤ワインを注いだ。
ガラスのボトルに型押しされた紋章に執事の瞳が輝く。
紋章は寺院近くの修道院のものだ。
アーチボルト寺院が墓地として有名なように、近隣の修道院リネージはワイナリーとして名が知られている。
ワインを一口含むと、執事の顔色は少し和らいだ。
重かった口も滑らかになったようで、彼の方から話を切り出してくれた。
「それで神父様は故人の何を聞きたいのですか?」
「いや、大したことではないんですが、先日ジレッド氏の墓にご婦人がお参りに来られたんです。そのご婦人に『例の怪我が原因で亡くなられたのか?』と質問されたのですが、あいにく私は何も答えられませんでした。次にそのご婦人がいらした時、生前のジレッド氏のことをお聞かせ出来たら、少しは慰めになるかと思いまして」
……と私は架空の『ご婦人』の話をでっち上げた。
「それはそれは……」
執事は感心したように頷き、コクリとグラスを傾けた。
「こちらもよろしかったら」
私は酒のつまみにチーズと野菜とオリーブのピクルスを勧めた。
チーズはリネージ修道院のもので、ワインとの相性は抜群だ。
野菜とオリープの実のピクルスは私が作った自家製である。
「ありがとうございます」
執事はチーズとピクルスに手を付けた後、話し出した。
「そのご婦人から聞いているかもしれませんが、旦那様、いえ、先代の主は亡くなる半年ほど前、暴漢に襲われて怪我をしたんです」
「怪我を」
「はい、夜の繁華街で複数人に棒か何かで叩かれたそうです。命に別状はありませんが、骨が何カ所も折れるような大怪我でした」
「それは大変でしたね」
頷きなから、私は、『シーラがジレッド氏から聞いた話と一致しているな』と考えていた。
「本当に。ご本人も大変でしたが、周りの者も苦労しました」
執事は当時を思い出したのか、少しうんざりした様子で嘆息を吐く。
「ジレッド氏はあまり良い雇い主ではなかった、ということですか?」
そう尋ねると、執事は首を横に振って否定した。
「いいえ、そうではありません。彼よりもっと横暴な雇い主は大勢おりますよ。ただ旦那様は労働者階級出身で、元々少し粗暴な言動をする方でした。怪我の後は思うように体が動かせないのが苦痛らしく、使用人に当たるようになったんです。特に若いメイドは旦那様をひどく怖がるようになってしまって」
と彼は零した。
「そうでしたか」
「ですが、どこの屋敷に勤めようが、大差ないですよ。貴族なんてもっと悪辣です。なんと言いましょうか、陰湿なのです」
「そうなんですか?」
「ええ、彼らはほんの些細なミスでも鞭を使うんですよ。その上昨今は金払いが悪いと来ている」
経験豊富な執事によると、貧乏な貴族の家で雇われるより、羽振りのいい中産階級の主人の下で働く方が職場環境はいいらしい。
話を聞くと、ジレッド氏はまあまあ難点はあるが、そこそこに良い雇い主だったようだ。
「ではジレッド氏はその怪我が原因で亡くなられたということでしょうか?」
「いえ、違います」
「違う?」
「はい、主治医の先生がよく効く痛み止めを処方して下さった後は、旦那様も少し体が楽になったようです」
ジレッド氏の癇癪も治まり、使用人一同ほっと安堵したそうだ。
シーラがジレッド氏から聞いた、よく効く痛み止めの話か。
だがそれを聞いて私は逆に謎が深まった。
「……? では何が原因でジレッド氏は亡くなったのです」
執事の答えは私が予想もしなかったことだった。
「心臓発作です」
「えっ? 心臓発作?」




