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03.物忘れの激しい死体3

「しかし一介の鉱夫から鉱山主にまで上り詰めるとは、ジレッド氏は事業家としてなかなか見事な成功を収めた人物だな」

 散々自慢話を聞かされたというシーラは「はあ……、そうですね」と気乗りしない様子で同意した。


「どうやって彼が鉱山主になったのか、実に興味深い」

「ああ、それは何度も聞きましたよ。ジレッドさんが鉱夫をしていた鉱山は銅を取り尽くし、十年前に一度廃坑になりかけたそうなんです」

「へぇ、廃坑に。というか、彼が持っているのは銅山なのか」

 銅は武器や建材に使われる。

 金や銀のように高価な鉱石ではないが、需要は高いので、ジレッド氏はさぞかし儲けただろう。

 ――銅山。

 私は何故かそれが気になったが、違和感を覚えつつも、シーラの語る『ジレッド氏の武勇伝』に引き込まれてしまう。


「閉山を知ったジレッドさんはそれまで貯めたお金を全部つぎ込んで、それでも足りなくて借金までして山を買い取ったそうです」

「彼はもう廃坑になる山を買ったのか? それは随分と思い切ったことをしたな」

「閉山の予定だから格安で買えたって自慢されました。ジレッドさんの話だと、掘り尽くしたようにみえた鉱山は『まだ奥にたんまり銅が眠っていた』そうですよ」

「そんなことがあったのか、だが、銅が採れる山が安く買えたのならいい買い物だったな」


「山を買った当時は、銅がまだ採れると信じていたのはジレッドさんだけで、自分でツルハシを振るい銅を探したそうです。『俺は賭けに勝って大金持ちになった!』って言ってました」



「強運の人、ということか。もちろん本人の努力は並々ならぬものだっただろうが。よろしい、次はジレッド氏の主張を出来るだけ詳しく教えてくれ」

「詳しくって言われても……夜の見回りの時、突然声を掛けられたんです。それで一方的に色々話されました。いつの間にか死んでて、絶対殺されたと思う、犯人を見つけてくれって。それから毎晩あの人のお墓を通る度に話しかけられるようになりました」

 シーラはうんざりした様子で語った。


「夜の見回りで急に声を掛けられたのか……」

 それを聞いて私はシーラに同情した。

 夜間一人でいる時、知らない男性から声をかけられるのは成人男性である私でも恐ろしい。

 ましてや相手が死者なら……、考えただけでも背筋がゾッとする。

 しかしシーラはキッパリ断言した。

「いえ、生きている人よりは、死んだ人の方が怖くないです」

 私とは感性が違うようだ。


 話が脱線した。ジレッド氏の話に戻るとしよう。

「『いつの間にか死んでいた』、か。ではジレッド氏は自身の死の前後の記憶がないわけだ。生前のいつ頃から彼の記憶がないのか分かるかね?」

「さあ、どうでもいいと思って聞き流してました」

 とシーラは実にやる気がない。


「では質問を変えよう。生前の彼は『暴漢に襲われたけど助かった』そうじゃないか。怪我をしたのはいつ頃だ?」

「半年くらい前みたいです」

 ジレット氏は夜の繁華街にいた時、大勢のごろつきの集団に襲われたそうだ。

 シーラによると『大勢の』というのは「多分大げさ」らしいが、少なくとも数名の男に棒で殴られたり、蹴られたりしたらしい。

「それは大変な目にあったな。犯人は見つかったのかな?」

「まだ逮捕されてないみたいです」

「ジレッド氏はそれは覚えてるのか?」

 なんだか意外だ。

「はい、『警察のやつらが無能だから』って怒ってました」

「ジレッド氏は犯人が誰だか心当たりもないのかね?」

「どうでも良かったんで聞いてません」

 シーラは興味のかけらもないようだ。


「『不死身の男』と自ら名乗るくらいだから、その傷は快癒したんだろうか? 病死というのはその怪我が原因なのかな?」

「怪我は治ってないみたいです。鎮痛剤入りの湿布と痛み止めを使ってそれでも仕事した俺、自慢をされました」

「ふむ、では仕事が出来る状況まで回復してたってことか」


 死亡台帳に書かれた死因、病死が確かなら、その怪我が原因で亡くなったのだろうか?

 持ち直したように見えて、その後むなしく亡くなってしまう人も多い。


 大きな病気や事故を経験した人は、闘病中や事故の前後の記憶を失うことがあるらしい。心神耗弱、肉体的疲労、脳の一時的な機能低下などが関係していると言われている。

 死亡は、体にとってこれ以上ないほどの負担がかかった状態だろう。


 そう考えるとジレッド氏に死の直前の記憶がないのは、ことさら異常とは言い難いが一つ疑問が残る。

「何故氏は自分が『殺された』と考えているんだろう?」

 記憶がないなら、自分が『殺された』認識もない気がする。


「さあ? よく分かりませんね、やっぱりジレッドさんの勘違いだと思いますよ。死亡台帳にははっきり病死と書かれてますし」

 シーラは少々投げやりに言った。

 嘆かわしいことだが、金に目がくらみ買収される医者は珍しくないので死亡台帳を鵜呑みには出来ない。



「埒が明かないな。よし、一緒にジレッド氏の墓に行き、話を聞いてみよう」

「えー」

 渋るシーラと共にジレッド氏の墓に行き、我々は被害者を自称するジレッド氏に話を聞くことにした。


「本当にやるんですか?」

 シーラは嫌そうな顔で私に再度確認する。

「ああ、彼と話をしてみてくれ」

「こっちが話しかける前に向こうから勝手に話してくれてますよ。あー、ジレッドさん、『すごい坑道掘り当てちゃった俺』はもういいですから、死ぬ時とか死にそうな時の話して下さいよ!」

 シーラはジレッド氏の埋葬された棺の丁度真ん中ほど、視線は少し上を見上げる角度で、虚空に向かって話しかけている。

 目をこらしてみたが、私には何も見えない。


 嫌がるシーラに頼んだものの、収穫はないも同然だった。

 ジレッド氏本人に死亡前後の記憶はほとんどなく、彼は『いつの間にか死んでいた』と繰り返すだけだった。

 シーラによると彼の記憶はかなり曖昧で、死の前後の記憶は元より、自分の年齢なども答えられないことがあるらしい。

 話もこちらの質問に明解な回答が帰ってくることは少なく、彼が話したいことを一方的にシーラに語りかけてくるだけのようだ。

 シーラがジレッド氏と会話したがらないのも理解出来る気がした。


 だが、これはジレッド氏特有のものか、死者に共通するものなのかはシーラにも分からないそうだ。

 私は彼女の落ち着きぶりから幽霊に詳しい気がしていたが、「幽霊と話すのは始めてですから」と彼女は言った。

「始めてなのか?」

「今までお墓には縁がない生活でしたから」

 私は一瞬、『そんなことがあるのか?』と愕然としたが、冷静に考えると私だってアーチボルト寺院に来るまで墓地とは無縁の生活だった。

 ここに赴任してから数年しか経ってないが、自分が思うよりずっとこの生活に馴染んでしまったようだ。


 ジレッド氏が自分を『殺された』と信じる根拠だが、死の直前、彼は誰かに体を突き飛ばされたそうだ。激しい痛みのせいで気を失った後のことは何も覚えておらず、気付いたら自分の葬式の最中だったという。

「絶対殺されたんだと思うよ」とはシーラを通じて語られた本人の弁だが、肝心の突き飛ばした人物の顔などは覚えていないらしい。


 突き飛ばされた場所は彼の屋敷の中で、事件が起こる少し前に食事をして、周りに彼の家の執事や使用人達がいたようないなかったような、そういえば食事の最中からなんとなく気分が悪かったが、頑張って全部食べた。偉い、俺。

 ……といった具合で、何もかもあやふやで死亡前後のことはほとんど分からない。


 ごく限られた情報を繋ぎ合わせて考えると、ジレッド氏は何者かに突き飛ばされた衝撃で、転倒か何かをして打ち所が悪く亡くなったんだろう。


「確かに本人の証言だけでは分からないことが多すぎるな。生前のジレッド氏について詳しい事情を知っていそうな人間に聞いてみるとしよう」

 私がそう言うと、シーラは首をかしげた。

「知っていそうな人?」


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