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02.物忘れの激しい死体2

「殺人?」

 不穏な空気に、私は彼女の前に飛び出した。


 シーラは非常に驚いたようで、「ぎゃっ!」と修道女らしからぬ奇っ怪な悲鳴を上げた。

「大丈夫か?」

「は、はぁ」

 私は周りを見回したが、そこには誰の姿もない。

 やはりシーラは埋葬されたジレッド・ヨマーキーに話しかけていたようだ。


「ところで君はジレッド氏の墓に向かって何か話をしていたようだが……」

 シーラはふいと横を向き、「別に、独り言を言っていただけです」と言った。

「私の耳には『殺人』、『犯人』、そんな言葉が聞こえたんだがね」

「それは……」

 シーラはひるんだが、素っ気ない口調ではぐらかそうとする。

「確かにそんな話もしましたが、ただの冗談です」

 その時、我々の間を一陣の風が吹いた。

 奇妙に生暖かい風だった。

 シーラはその風を何故か忌々しげににらみつけながら、言った。

「大体、本人が誰に殺されたのか分かってないんだから、犯人なんて見つけようがありませんよ」


「ふうん……ジレッド氏は殺されたってことかい?」

 私は軽い調子でそう聞いた。

 これでも私は司祭なので、赦しの秘跡を与える立場にある。

 赦しの秘跡の最初の段階は自分の罪を振り返り、悔い改めの気持ちを持つ、痛悔である。

 次に司祭の前で罪を告白する。

 信徒が深く罪を悔いている場合のみ、司祭は罪を償うための行動を指示し、神の代弁者として赦しの秘跡を与える。

 司祭が罪を赦す機能を行使するためには、信徒が深く痛悔し回心していることが不可欠なので、司祭は信徒の痛悔を聞き、これがまことの回心であることを確かめる必要がある。

 これを生かした尋問は司祭の得意技の一つだ。

「本人はそう言ってます」

 とシーラは言った。


「本人がねぇ」

 私はわざと間延びした口調で確認を取る。彼女は素直に頷いた。

「はい」

「つまり、シーラ君、君は死者と話が出来るのか?」

 シーラは「うっ」と硬直し、次に逡巡し、そして一つ大きく息を吐いた後は、いつも通りの無表情で、「ええ、聞こえます」と白状した。


 この告白が、私に対する信頼を意味しているのではなく、彼女が「隠すのも面倒」でそう言ったことは分かっている。

 現に彼女はどうにでもなれというような、諦めきった目つきでこちらをにらみつけていた。


「ふむ、ジレッド・ヨマーキー氏か」

 ちょっと来なさいと私は彼女を手招きしたが、彼女はその場から動こうとしない。

「来なさい」と私がもう一度呼ぶと、彼女はノロノロと墓の前から動き出した。

 ジレッド・ヨマーキー氏は一ヶ月程前にここに埋葬された。

 裕福な事業家だった彼の葬儀は盛大だったのでもちろん覚えているが、間違いがあってはいけない。

 私はシーラと一緒に寺院の台帳室に向かった。

 ここにはアーチボルト墓地に埋葬された人々の情報を記した埋葬者の名簿、通称死亡台帳が保管されている。

 死亡台帳には墓地に埋葬された人々の氏名と年齢、性別、住所にご遺族の連絡先、そして死因が書き記されている。


「これだな」

 私は最も新しい台帳をめくり、ジレッド氏の記録を探した。


 そこには『死因、病死』と記されていた。

「彼は病死と届けられているようだが」

 実際に私も遺体を見たが、目立った外傷はなかったように思えた。


「では彼の勘違いでしょう」

 シーラは横を向き、素っ気なく言った。


「死者も勘違いをするのかね?」

 私がそう聞くと、シーラは少し驚いた様子でこちらを向いた。

「私の言うことを信じるのですか?」

「疑う理由があまりないからね」

 と答えると彼女は怪訝そうな顔をした。


「私の見たところ、君は突飛なことを言って私の気を引こうとするほど、私に興味はなく、またそんなことをするほど君は元気ではない。主に精神的に疲弊している」

 少し顔色が良くなったが、ここに来た当時は吸血鬼もかくやという程彼女の顔色は悪かった。

「……その通りです」

「もう亡くなられた神父だが、『視える』人は一人いたよ。君のように声まで聞こえることはなかったようだが」

「……そうだったんですか」

「私はアーチボルト寺院の司祭だ。死者の眠りを守る義務がある。まあ、あくまで私の出来る範囲でだがね」

「……」

「それで、もう一度聞くが、死者は勘違いをするのかね?」


 シーラは少しの間考え込んだ後、慎重な口ぶりで答えた。

「それは、私には分かりません。私には死者の姿と声が聞こえるだけです。ただ私は、彼らは私に嘘をつけないのではないかと思います」

「へえ? どうして?」

 それは私にとってかなり意外な一言だった。

 シーラは若い娘にしては用心深い性格だ。その彼女がそう断言する根拠が知りたいと思った。


「私は私が聞いているものを『声』と認識してますが、正確にはそれは『声』ではないと思います」

「まあ、もう声帯は機能しないだろうから」

 声ではないな。と私も納得した。


「私が聞いているのは、おそらく何かを訴えたい彼らの『心』です。現に強く訴えたいものがない人の声は聞こえません」

「心か……」

「はい、彼らが心から信じ、訴えたいことのみが、私に伝わる言葉になっている気がします。ですが、元々彼らが訴えたいことが間違っている場合はあると思います」

「死者は君に嘘をつくことはない。しかし彼らが信じていることがそもそも間違っている可能性はあるということか……、ならば勘違いは成立するな」



 シーラが『勘違い』と言った理由は分かった。

 しかしと私は疑問に思う。

「自分が殺されたなんて重要なことを勘違いするだろうかね?」

「ですが、あの人、『自分は殺された』っていう割に殺した人は分からないし、殺した方法も分からないって」

 それはシーラも勘違いと言いたくなるな。


 私はさらに台帳に記載された彼の死亡記録を読んだ。


「これによると、ジレッド・ヨマーキー氏は五十二歳。まだ耄碌するには早い気がするがね」

「彼の言うことを信じるんですか?」

 シーラは疑り深い目つきでこっちを見つめている。

 シーラはここに来てからずっと、針を立てたはりねずみのように警戒を緩めない。

 騙されるものかと、彼女は常に気を立てていた。

「信じる信じない以前に情報が少なすぎる。確かに記載されている彼の死因は病死だが、病死に見せかけた殺人はある。数年後にそれが発覚して墓を掘り起こすことも珍しくないよ」

 執念深く真実を追い求め、ついに死因を覆すというのは並々ならぬ熱意が必要だろう。

 世に認識される事件は、苦労の末に明るみに出たものに過ぎない。人知れず殺められた者は我々が考えているよりもっと大勢いるのかもしれない。


「私の仕事は神の御許に御霊を送ること。故人の魂が、正しく神の御許に導かれるように尽くすことだ。故に死亡記録に誤りがあるのは、見逃せない。そして故人に死後まで訴えたい事柄があるなら、私は司祭としてそれを聞く必要がある。シーラ君、君にいくつか質問をしても構わないだろうか」

「は、はい」

 と彼女は了承した。


「まずジレッド・ヨマーキー氏はどんな容姿の人だろう」

「ジレッドさんは、年齢は五十代くらいのおじさんです。髪と目の色は茶色、小太りで、なんかこう油ぎった人です。あー、あとちょっと頭薄かったです」

「そうか……」

 頷きながら、私は「私の見たジレッド・ヨマーキー氏に間違いないようだな」と考えた。

 棺桶の中のご遺体を確認するのも司祭の仕事の一つだ。


「彼は君に自己紹介をしただろうか?」

「自己紹介というか、一方的に話されました。鉱山主でお金持ってるそうです。王都のでっかい邸宅に住んでいるとか。暴漢に襲われたけど助かった、不死身の男だと自慢されました」

「襲われた?」

 私は驚いて聞き返した。

 随分物騒な話である。


「はい、『わんさか金を持っているせいで、人の恨みを買っちまうんだ』だそうです」

「ふうん」

 ジレッド氏は鉱夫から身を立て、一代で財を築いたそうだ。活力あふれる人らしいが、アクの強い人物でもあったようだ。


※舞台は近世風の異世界で、宗教は架空の宗教です。※

司祭は位階(役職)で、神父は敬称らしい。


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