15.誰がために天使は歌う2
私は部屋を飛び出し、書斎代わりに使っている司祭室から週に一度配達される新聞を取って戻ると、食堂のテーブルに叩きつけた。
「これだ! 見てくれ、シーラ君」
シーラは「どれどれ」と覗き込んで新聞の広告欄を読み上げる。
「『世紀の歌声、ダヴィデ・リーチ、コンサート開催決定!』……あれ?」
そこに書かれていたのは、著名な声楽家であるダヴィデ・リーチ氏のコンサートの広告だ。
「ダヴィデ・リーチ氏は生きている」
「え、じゃあ私の聞き間違いですかね、あるいは同姓同名とか?」
「いや、そんな聞き間違えはあり得ないだろう。それに同姓同名でどちらも声楽家なんて偶然もあり得ない」
「……じゃあどういうことです?」
「私にもさっぱり分からない。そもそもダヴィデ・リーチ氏がこの墓地に埋葬されたなら、私が知らないはずがない」
ここに埋葬される死者の名簿は私が書き記すのだ。
私が知らないうちに何者かがここに死体を埋葬したのなら、大事である。
「というか、君は知らないのかね、ダヴィデ・リーチ氏を」
彼は我が国を代表する歌手だ。
「はあ、そう言われると名前はちょっと聞き覚えがあるかな……?」
とシーラは首を傾げた。
「彼の歌を聴いたことは?」
「ないです。神父様はあるんですか?」
「以前に一度だけ。教会の礼拝で聞いたことがある」
音楽は宗教と密接な繋がりがあり、大きな寺院で開かれる特別な礼拝の時は、著名な声楽家を招き、賛美歌を歌ってもらうこともあった。
「一度聞いたら忘れられないくらい美しい声だ。まさにそう、あれは天使の歌声だ」
歌声を聞いたらすぐに彼だと分かるはずなのだが、何故か『天使』の声は大人のほとんどが聞くことが出来ない。
「確かにダヴィデさん、いい声ですね」
その『天使』の声が聞こえる非常に稀な大人であるはずのシーラはのんきに言った。
「シーラ君、君は声だけでなく、ダヴィデ氏の姿も見ているのかい?」
「はい」
「彼の容姿を教えてくれ」
「えーと、背は高くてぽっちゃりです。声が高くて最初は男性か女性か分かりませんでした」
私が見たダヴィデ氏と姿形が一致している。
やはり、亡くなったのは、ダヴィデ氏なのだろうか?
「それでシーラ君、ダヴィデ氏はいつ頃この寺院に来たんだ?」
「確か、去年の冬って言ってましたよ」
私は顎に手を当てた。
「ふーむ、割合最近だな」
何年も前のことなら私も忘れている可能性はあるが、一年以内のことならさすがに大体覚えている。
それなのに一体何故私はダヴィデ氏の埋葬を知らないのだろう。
そこまで考えて私はふと思いついてシーラに問いかけた。
「ところで、彼は墓地のどこに埋葬されたんだ?」
「警察用の区画です」
「警察だって?」
警察用区域は殉職した警官のための区域と、身寄りがない犯罪被害者用の区域の二つがあり、ダヴィデ氏が埋葬されたのは、後者の方だった。
「つまり、ダヴィデ・リーチ氏は身元不明者として埋葬されたということか?」
「みたいですよ」
それを聞くと私の脳裏に該当する遺体が浮かぶ。
「もしかしてあのバラバラ死体……」
去年の冬に警察から埋葬依頼があり、私は十四個に切断された遺体に対し、赦祷式を執り行い、墓地に埋葬した。
赦祷式というのは、我が宗教で人が亡くなった時に執り行う、故人の罪の許しを祈る儀式のことだ。
神に導かれ、神の御許で安らかに眠れるよう、故人の魂の安息を祈る儀式である。
遺体を運んだ警察官は殺人事件として捜査されたが、犯人は見つからなかったと言った。
身元不明、年齢不詳、性別はおそらく男性の遺体だ。
警察が調べたが、身元はついに分からずじまい。
全身を激しく切りつけられていて年齢も特定出来なかった。
さらに性別。
『おそらく』というのは、その遺体には性器がなかったからだ。バラバラにされ、体のほとんどの部位は見つかったものの、生殖器のみは発見されなかった。
まだシーラがアーチボルト寺院に派遣される前だったので、彼女はこの衝撃的な遺体を目にしていない。
「ダヴィデ氏は殺されたってことかい? シーラ君」
「それはよく分かりません」
「よく分からない?」
「ダヴィデさんは死んだ時のことはあまり話さないので」
「ああ、そういうこともあるだろうな」
つらい経験をして、その時のことをもう思い出したくない心理は、私にも理解出来る。
本人が話したくないなら、無理に聞き出すことは『してはならないこと』のように私は感じる。
しかし、ダヴィデ氏が本当に殺されたのだとすれば、真相を明らかにしなければならない。
私はさらにシーラに質問した。
これは真相を知るためではなく、私の好奇心から出た質問だ。
「ダヴィデ氏は何故天使像の側にいるんだい?」
「ダヴィデさん、死んでからしばらく墓地の中を彷徨っていたらしいんですよ」
「ふむ」
「ある時、ふと亡霊の人に声をかけられたそうです」
「亡霊同士交流があるのか」
「いや、死んでる人は割と自分の世界に入りがちなのでそれって珍しいですよ」
とシーラは教えてくれた。
「たまたまかなんだか分かりませんが、その人に『教会に行ってみなさい』って言われたそうです。ダヴィデさんが言われた通り教会に行くと、ちょうど聖歌隊が歌っている最中で、しばらくは聴くだけだったみたいですが、そのうち自分も歌を歌いたいなと思って歌い始めたそうです」
シーラは少し心配そうに私に聞いた。
「あのー、ダヴィデさん、あの場所から追い出されちゃうんですか?」
「いや、そんなことはしないよ。寺院の中に入れたということは、おそらく神が彼をお導きになったのだろう」
天使には階級や役目があり、あの天使像は天界の入り口を守ると言われる智天使の像だ。智天使は神を讃える歌を歌う天使として描かれることが多い。
「良かった」
シーラはホッとしたようだ。
「もう一度聞くが、シーラ君にダヴィデ氏から何か要求はあったかい? 自分を殺した犯人を捜してくれとか、生前大事にしていたものを一緒に埋めて欲しいだとか……」
亡霊が見えるシーラは墓地にいる亡霊達に様々な頼まれ事をしている。
シーラは首を横に振った。
「特にそういうのは聞いたことないです。あの人、ただ歌ってるだけですから。一度『たくさんの人にアドバイスするの疲れません?』って聞いたら、『今が一番楽しい』って言ってました。ダヴィデさん、子供は好きみたいです」
「それは良かった」
ダヴィデ氏は自分を殺した犯人を恨んではいないようだ。彼の魂は神の家である寺院の中で安らいでいる。
この寺院で死者の眠りを守る墓守の私としてはこの上ない喜びである。
しかしこれは実に奇妙な話だ。
シーラによると『天使』はダヴィデ・リーチと名乗った。
彼は去年の冬に何らかの事件に巻き込まれたのち死亡し、遺体をバラバラに切断されている。
だが、今度ダヴィデ・リーチ氏はコンサートを開くらしい。
一体ダヴィデ・リーチ氏は生きているのか死んでいるのかまったく分からない状況だ。




