12.ルビーの遺言3
「つまり、現在、棺の中にはサラ夫人の指輪ではなく、模倣品のルビーの指輪が入っているということでしょうか?」
なんとサラ夫人の主張は正しかった。
私が見た息を呑むほど美しいあのルビーは偽物だったようだ。
ウィッカー氏はため息をついた。
「いえ、あの指輪は妻が長年付けていたルビーではありませんが、模倣品ではありません。棺に入っているのは本物のルビーです」
「えっ?」
私は訳が分からなくなり、思わず声を上げた。
どういう意味だろうか。
「実は、以前私が妻に贈った指輪には少々難がありまして……」
とウィッカー氏は理由を話し始めた。
サラ夫人愛用の指輪は結婚二十年目にウィッカー氏が贈った指輪だったが、事業は軌道に乗ったものの、商会はまだまだ成長途中。
ウィッカー氏が妻に贈る指輪に割ける予算は限りがあった。
「妻に贈ろうと思ったのは、ルビーの指輪です。彼女は生前赤が好きだったのです」
ウィッカー氏は懐かしそうに言った。
「当時の私は二つの指輪に候補を絞りました。ルビーは透明度や輝きといったものの他に色が濃いほど美しいとされます。一つは透明度や輝きは良いものの、色が良くないが大きなルビー。もう一つは、透明度、輝き、そして色、すべてが揃っているが、少々小粒なルビーです。まだ若かった私は、妻に見栄を張りました」
「見栄ですか?」
「はい、私がかつて彼女に言ったプロポーズの言葉は、『今は貧乏だけど、必ず成功して君にふさわしい最高に美しいルビーを贈るよ』というものでした。小粒のルビーではどんなに質が良くとも見劣りしてしまう、当時私はそう考えました。私は二つのルビーのうち、大きいが色が良くないルビーで妻の指輪を作らせたのです」
その選択は間違いとも正しいとも言えまい。
「そうでしたか」
私は曖昧に相づちを打った。
「神父様はご存じないかも知れませんが、宝石の色を際立たせるために加熱する技術があるのです。更に研磨、染色などの方法で、宝石の見た目を改善することが出来ます」
「今はそんなことが出来るのですね」
私は感心した。
「はい、特にルビーやサファイアの色を鮮やかにするための技術は、王侯貴族の間で人気があります」
ウィッカー氏はさすが商人である。
私が普段触れる機会がない話を聞かせてくれた。
「妻の指輪はそうした最先端の加工技術を存分に使って作らせました。その甲斐あって、とても美しい色を作り出せたのですが」
ウィッカー氏はため息をついた。
「所詮まがい物はまがい物というところでしょうか。今の技術では長期間の使用や環境の変化によって色が元に戻ってしまうことがあるんです」
「そうですか」
「妻のルビーも次第に色が褪せてきてしまいましたが、妻の目が悪くなり始めた頃で、彼女はルビーの色の変化に気がつかぬ様子でした。幸い商売は上手く行き、私は若い時分よりはずっと多くの金を自由に出来るようになっておりました。私は今度こそ妻にふさわしい最高に美しい宝石を贈ろうとルビーを探しました」
ただ意気込みが強すぎたせいか、なかなかウィッカー氏のお眼鏡にかなうルビーは見つからず、ようやく納得いく品質のルビーを手に入れた頃にはサラ夫人は本格的に目を悪くし、『好きだったこの指輪も見えなくなってしまった』と嘆くようになった。
氏はそんなサラ夫人を前にして、指輪を贈ることを躊躇った。
そうこうしているうちに、サラ夫人の目はさらに悪くなり、大きな指輪をしていると危ないということで、指輪はしまい込まれることが多くなっていった。
そんな状況では、ますます指輪を贈ることが出来なくなり――。
「そして、彼女はあの日、私を置いて逝ってしまいました」
ウィッカー氏は悲しげに言った。
「そうでしたか」
だがウィッカー氏は晴れ晴れとした表情で笑った。
「別れの時、私は彼女にふさわしい『最高に美しいルビー』を贈ったつもりでした。ですが彼女が望んだのは、私が贈ったあの指輪なのですね。とても、彼女らしいです。それがサラの望みなら、あの指輪を棺に入れてあげたいと思います」
ウィッカー氏はサラ夫人の棺を開きたいと私に申し入れてきた。だが私はそんな彼にこう提案した。
「よろしければこの後、サラ夫人の墓に行ってみませんか?」
「墓に、ですか?」
「棺を開けるというのは死者の眠りを妨げること。むやみやたらにしてはいけない行為です。私としてはそれはおすすめ出来ません。サラ夫人の墓前で、今回のことを改めて説明するというのはいかがでしょうか。夫人もウィッカーさんから理由を聞けば、納得出来るかも知れません」
わざわざ墓暴きなどせずとも、本人が事情を聞いて納得してくれる可能性もある。
シーラを通じサラ夫人と話した私は、彼女がこだわっているのは、夫との長年の思い出であって、指輪そのものではないと感じていた。
「ですが、私としてはサラの願いを叶えてあげたいと思います」
「サラ夫人なら納得出来ない時、また何か言ってくるでしょう。その時改めて考えることにしましょう」
サラ夫人のことだ。気にいらなければシーラを捕まえてまた盛大に文句を言うに違いない。
「……?」
ウィッカー氏はいぶかしげに私を見た。
「夫人に訴えたいことがあれば、また私の夢に出てくるはずです」
私はあわてて言い換えた。
「しかし不思議なこともあるものですね、神父様の夢にサラが出てくるなんて」
「ええ、本当に」
ウィッカー氏と執事は顔を見合わせ頷き合う。
私は厳かに言った。
「私にとっても不思議な体験でした。ですがこれも神の思し召しでしょう」
ウィッカー氏と我々は連れ立ってサラ夫人の墓標に向うことになった。
サラ夫人の姪のアニータは礼拝堂に一人残され、つまらなかったらしく、ふてくされていた。
ウィッカー氏がこれから墓に行くと彼女に告げると、彼女は「私も着いていっていいでしょう? ねっ、伯父様」とウィッカー氏に同行をねだった。
私はなんとも言えない胸騒ぎがしたが、ウィッカー氏はサラ夫人の姪に甘いらしく、「はは、構わないよ」と同行を許した。
そしてウィッカー氏はサラ夫人の墓に花を捧げ、「サラ、聞いてくれ、あの指輪は……」と棺に納められた指輪が彼女の愛用の指輪ではなかったことを告白した。
「本来なら君の棺を開けてあの指輪を入れてあげたいところだが、私が死ぬ時に必ず持って行くよ。それまで待っていてくれないか」
ウィッカー氏はそう、墓に向かって訴えた。
サラ夫人の墓の隣は、きっちり一人分の空間がある。
ウィッカー氏が自分が死ぬ時に夫人の隣に埋葬して欲しいと、スペースを確保しているのだ。
近くの木が風に吹かれ優しく葉を揺らす。
私は夫婦の会話の邪魔にならないよう、彼らから少し離れたところで立っていた。
「神父様」
シーラはそんな私の背後に立ち、ボソリと声をかけてくる。
「何だね、シーラ君」
シーラは誰にも聞こえないよう、用心しながら、私に耳打ちした。
「サラおばあちゃん、それでいいそうです。『なるべくゆっくり来るんだよ。体に気をつけてね』ですって」
「そうか……、ありがとう、シーラ君」
出来ることならすぐにウィッカー氏にサラ夫人の言葉を教えてやりたいが、サラ夫人とのことは私が夢で見たのだと氏に説明している。
つじつまを合わせねばならない。
少し後で手紙を出して、この話を伝えることにしよう。
これで、サラ夫人の指輪を巡る事件は解決した――かに見えた。




