11.ルビーの遺言2
私とシーラは連れ立ってサラ・ウィッカーの墓に行った。
「シーラ君、サラ夫人に『その指輪なら確かにあなたの指にはまっていましたよ。葬儀の時に私がこの目で見ました。ご安心ください』と伝えてくれないか」
「はあ、分かりました」
シーラはてんでやる気がない様子ではあったが、私の頼みを聞いてくれた。
シーラは墓に向かってぞんざいに話しかけた。
「サラさん、……って神父様が言ってます」
その時。
ちっ。という音がどこからともなく聞こえた気がした。
それは、舌打ちのようにも聞こえた。
「!?」
思わず辺りを見回す私の横で、シーラは墓に向かって何事か話していた。
「は? ……まあそうですね、はい」
日頃無表情な彼女には珍しく、困った表情で、こちらを振り返った。
「あの、神父様、おばあちゃんの伝言、伝えてもいいですか?」
「もちろんだ。聞かせてくれ」
「本当ですか、怒らないでくださいね」
シーラはそう念押しした後、すーっと大きく息を吸い込んで私を大声で怒鳴りつけた。
「『アンタの目は節穴かい? あれはアタシの指輪じゃないんだよ!』……って言ってます」
「いやぁ、そう言われましても」
私は頭を掻いた。
――ではあのルビーの指輪は偽物か?
私は密かにホッと安堵の胸を撫で下ろした。
「極端に高価な副葬品は災いに元になることがある」
亡くなった老神父の一人がかつてそう言ったことがある。
私がサラ夫人の葬儀の時に見たルビーは、私にその言葉を思い起こさせた。
深紅に光るルビーはあまりにも美しく、見る者の心を惑わせるような危うい煌めきを放っていた。
サラ夫人に言わせると、あれは偽物で私の目は節穴でだったらしいが。
「神父様、『大事な指輪なんだよ、棺にいれておくれよ。アタシはあの指輪がいいんだよ』って言ってます」
とシーラは私に訴え、私は少し考えてからシーラとサラ夫人に尋ねた。
「シーラ君、そしてサラ夫人、私には今も足繁くここに通い、墓標に祈りを捧げるウィッカー氏が、サラ夫人の最期の言葉を蔑ろにするとはどうしても思えない。もし万が一、その指輪が偽物なら、それには相応の事情があるんじゃないだろうか?」
シーラはサラ夫人と顔を見合わせるように、墓標に顔を向けた。
「事情って何です?」
「それは私にも分からない。だから私から本人に聞いてみるというのはどうだろうか?」
「本人て、ウィッカーさんですか?」
「そうだ。次に彼がここにきた時に、私からサラ夫人の指輪について質問してみよう」
シーラはそれを聞いて少し躊躇いを見せた。
「……私のこと、ウィッカーさんに話すんですか?」
「シーラ君のことを話すつもりはない。そうだな、私の夢にサラ夫人が出てきて、指輪のことを訴えられたというのはどうだろう。本来ならシーラ君の能力で分かったことだ。それを私が横取りする形になってしまうが」
だがこれならシーラの不思議な能力について触れずに話すことが出来るはずだ。
「私は、そっちの方がいいです」
とシーラは了承した。
「ではウィッカー氏に手紙を出して、都合の良い日にこちらに来てもらうことにしよう」
「あの姪の人も来るんですか?」
それを聞いたシーラは何故か眉をひそめる。
「多分来るだろうね。いつも一緒だし。駄目かい?」
「いえ、駄目じゃないですけど、あの人、私、苦手で……、あの人が来るなら側にいなくてもいいですか?」
シーラは人嫌いではあるが、闇雲に一個人を嫌うことはない。単に(?)人間全般が嫌いなのだ。
「差し支えなければ彼女のどんなところが苦手なのか聞いていいだろうか? 私には彼女はごく平凡で、どちらかというと孝行な女性に見えるんだ」
彼女は亡くなったサラ夫人の妹の子供で、ウィッカー氏とは直接血の繋がりはないらしい。
サラ夫人は息子が一人だけで、娘はいなかった。生前からこの姪のことをとても可愛がっており、亡くなる日も一緒にお茶を飲んだという。
姪は葬儀はもちろん、ウィッカー氏がサラ夫人の墓参に来る時は必ず同行している。
年は二十代半ばというところだろう。
失礼な言い方になるかもしれないが、彼女は際立った美しさや非凡な才能を持つわけではない。ごく平凡な女性に見えた。
いつもウィッカー氏の隣に静かに立っていて、私とはほとんど会話しない。控えめな女性という印象しかなかった。
私よりさらに接触が少ないシーラが何故彼女を毛嫌いするのか、興味を引かれた。
「理由なんてありませんよ。うるさいなぁ、いいじゃないですか、ちょっと苦手なくらい!」
とシーラは私ではなく、サラ夫人の墓標に向かって声を荒げた。
「?」
「あ、おばあちゃん、『あの子はいい子なんだよ』ってうるさいんですよ」
と今度は私に向かって説明した後、彼女は墓標を振り返る。
「ハイハイ、分かりましたよ、一時期、ごろつきと付き合っていたのを涙ながらに説得して別れさせたんですよね、サラばあちゃん、すごーい」
と棒読みで褒めた。
そんなことがあったのか。人は見かけに寄らないものである。
「まあ、誰にでも苦手な人はいるよ。気にしなくていい。シーラ君に少し手伝ってもらいたいことがあったんだが……」
「いえ、仕事はします」
とシーラは手伝いを約束してくれた。そして聞き取れないくらいの小さな声で呟いた。
「あの人、ミシェルに似てる……」
***
早速私はウィッカー氏に手紙を送り、一週間後に会うことになった。
約束の日、彼は寺院を訪れた。
いつもの通り彼の姪と、ボディガードも兼ねている屈強な中年の執事が彼に同行していた。
「お呼び立てして申し訳ありません」
と私が言えば、ウィッカー氏も元商人らしくにこやかに応じる。
「いえいえ、こちらも墓参に来たいと思っていたところです。それより神父様、家内のことで何か?」
ウィッカー氏は心配そうに眉をひそめた。
「その件ですが、ウィッカーさんとそちらのお付きの方のみにお話したいのですが……」
私の言葉にウィッカー氏の姪は柳眉を逆立てる。
「私には教えてくださらないのですか? どうして?」
彼女は私が思ったより気の強い女性らしい。
不満そうに食い下がってきた。
「私としてはなかなか信じがたい、不思議な、そしてご夫婦の私的な話になるので、出来ればサラ夫人の夫だったウィッカーさんのみとお話したいのです。執事さんに同席願うのは、ご高齢のウィッカー氏に何かあった時、対応していただくためです」
私はやんわり拒絶したが、彼女はなおも詰め寄った。
「それでしたらなおさら私も聞きたいです。伯母様のことですもの」
「アニータ、君はここで待っていなさい」
ウィッカー氏がキッパリと姪に言い渡す。
「でも」
姪は反論しかけたが、ウィッカー氏は私に言った。
「参りましょう、神父様」
「こちらへ」
私はウィッカー氏と執事を談話室に案内した。
談話室に入り、ウィッカー氏は静かに切り出した。
「それで、どういったお話なのでしょう」
「実は、私の夢の中にサラ夫人が出てきまして」
と私は話し始めた。
「サラが?」
ウィッカー氏は驚いたように目を見張る。
心苦しいが、私は嘘の話を続けた。
「はい、彼女が言うのです。『棺に納められた指輪が違っている。これは思い出の指輪ではない』と」
「指輪……」
「ウィッカーさん、この話に何か心当たりはありませんか?」
ウィッカー氏はしんみりと聞き入っていたが、顔を上げた。
「ございます。確かにあの指輪は妻が長年大切にしていたものとは別の指輪なのです」
指輪はサラおばあちゃんの主張通りに偽物でした。
どうして旦那さんは偽物の指輪を棺に入れたのでしょうか?
時代は近世(から近代にかけて)。指輪自体に近世ならではのとある問題があった、が前提です。(現代ではこれはほぼないそうです)
さらにおばあちゃんの目が悪かったこと、がヒントになります。
次話からは解答編です。




