第三章:徐家(じょけ)のお嬢様
転生先は、貴族の娘?しかもまだ幼い──
新たな人生の幕が静かに上がる。
光。
一面の光。
徐三宝の意識はまだ朦朧としていた。
まるで水晶洞窟の眩い光に飲み込まれたまま、目覚めきれていないかのようだった。
周囲は白く霞み、果てしない光の海が広がっている。
彼女自身はその中心に浮かぶ小舟のように、波に流されるまま身を任せるしかなかった。
突然、感覚を突き刺すような強烈な刺激が押し寄せた。
……これは、空気の匂い?
それは都市の金属臭でもなければ、間域のような死の静寂でもない。
草木の香り、焚き木の煙、家畜の体臭——
そして、どこか懐かしくも、ほんの少し眉をひそめたくなるような生活の匂いが混じっていた。
何かを言おうとした瞬間、口から発せられたのは——
澄んだ赤子の泣き声だった。
誰かが彼女をそっと抱き上げ、優しく胸に抱きしめる。
歓声と祝福の声が、耳に飛び込んできた。
「おめでとうございます、旦那様! 女の子ですよ!」
「お嬢様、元気な声ですね!」
「早く奥様にお見せしましょう!」
次の瞬間、さらに温かい腕に包まれた。
鼻をくすぐるのは、どこか懐かしい——母の香り。
そっと額にキスをされ、優しい囁きが降り注ぐ。
「三宝……
あなたは徐家にとって、何よりも大切な宝物よ。」
「お嬢様……三宝……徐家……?」
三宝の脳裏に、警鐘のような違和感が走った。
(え、ちょっと待って。なんで名前までバレてんの!?)
言葉にしようとしたが、出たのは赤ん坊のような小さなうめき声だけ。
そう、
この世界でも彼女は「徐三宝」と呼ばれていた。
しかも、性別は女に変わっていたのだ。
(徐三宝、女の子、お嬢様……
……これって、運命の悪戯ってやつ!?)
笑い出したくても、赤ん坊の体では手足をばたつかせるしかなかった。
◆
時は流れ、
三宝は「徐家のお嬢様」という新たな人生に少しずつ馴染んでいった。
彼女の父、徐男爵は、ルディ王国南部・秣陵城に領地を持つ小貴族だった。
領地は小さかったが、それなりに豊かで、体面を保つには十分だった。
暮らす屋敷も、贅沢とは言えないまでも設備は整っていた。
護衛、使用人、家庭教師、そして大きな武術演武場まで完備されていたのだ。
この世界では、修道者と世俗貴族が共存しており、
大陸は東西に分かれ、徐家は東大陸最大の国家「ルディ王国」の一都市に位置していた。
生まれたその日から、
彼女には貴族の娘としての厳しい教育が待ち受けていた。
宮廷礼儀、絵画、楽器、華道、刺繍……
次々に課せられるレッスンの数々。
だがここで、彼女は転生特典の一つ——
【超速学習能力】の恩恵を存分に実感することになる。
他人が三ヶ月かかる舞踏のステップを、彼女はたった二日で習得。
淑女たちが優雅にティーカップを持ち上げる仕草も、見ただけで完璧に真似できた。
こっそり使用人に料理を教わったときなど、わずか数回の試みで、熟練の料理人さえ舌を巻くスイーツを完成させた。
けれど、彼女の興味を最も引いたのは、
本来「お嬢様が触れてはならない」とされる分野だった。
——武術。
彼女は何食わぬ顔で演武場のそばを通りかかり、
護衛たちの訓練風景を黙って観察した。
足運び、拳の打ち方、馬歩の重心——
最初はただの好奇心だった。
だが、すぐに彼女はすべての動きを正確に記憶してしまった。
夜になると、
彼女はこっそり部屋で馬歩を取り、小さな腕と脚で見よう見まねの型を繰り返した。
ぎこちない動きでも、
確実に体は鍛えられていくのがわかった。
さらに彼女は、厩舎にいる馬たちとも秘密裏に接触した。
【動物親和性】の力のおかげで、最初は荒れていた軍馬たちも、すぐに心を許してくれた。
そんな日々が静かに、だが確かに流れていった。
未来に何が待っているのか、彼女にはわからない。
けれど、三宝は決めていた。
——もっと知識を蓄え、
——もっと強くなり、
——そして、いつかこの修道と異能の世界で、自分の力で道を切り拓くのだ、と。
ここからじわじわとこの世界のルールを広げていきます。
中国の作者として、日本語での物語発信に挑戦中です。読んでくれて感謝!