プロローグ
国の中心街、"ウェルデ・カント"。
人々が多く行き交い、大通りを歩けば、いつも歌が聞こえる。緑豊かな街。
その街のかどには一層、緑に包まれた教会が建っていた。
そこに孤児として居るのはスップという少女だった。
スップは不思議な子だった。
外で遊ぼうとせず、教会に置いてある本ばかり読み、1日を過ごす。
幾つも年上の子に対し、事を教えている様子もよく見られる。
「スップ。もう夜更けだ。寝なさい。」
「うん。おやすみなさい。」
牧師が部屋から出て行き、しばらくした頃、スップは一人暗い部屋を飛び出した。
スップが向かったのは街の外れ。
波が高く、風も強いこの場所はこの季節、立ち入り禁止になっていた。
それでもスップは膝下まで水に入る。
そして、何年も前から頭に響く声、教会にあった書物を調べ、導き出した答えを唱える。
冷たい空気を肺いっぱいに詰め込み、できる限り大きな水しぶきを立てた。
「深海に眠る悪しき竜よ。我の声に応えたまへ。現れよ。ヴォルドアビス。」
スップの足下、黒い水面がゆらゆらと上っていく。
やがてそれは不完全な人型へと形を変える。
現れたのは、ヴォイドアビス。深海の竜人。
現れた竜人は問う。
「小さき者よ。我を呼び出したのなら、それ相応の対価はあるのだろうな。」
スップは顔を上げ、ふっと笑った。
「ご冗談を、貴方が出たいと願ったのでしょう?」
竜人は大きな口を開け、笑う。
「ほぅ、面白い。詳しく聞こうではないか。」
「私の今の名前はスップ。お目にかかれて光栄です。ヴォルドアビス。」
竜人は少し目を細め、呟く。
「なるほど。貴様、再生者か。」
再生者。人でありながら、死んでもまた5歳ほどの見た目になって生き返る者のことを言う。
「して、貴様の望みは何だ?」
波と風の音に遮られないように力を込めて言う。
「……世界を救う。」
スップ――魔女 推定300歳
魔女は200年前に人間によってスップ以外滅ぼされた。
ヴォルドアビス――竜人
かつて海の魔王と恐れられたヴォルドアビス。
約5000年前に正体不明の魔女によって深海に封印される。