第一話 卒業式
プリ○ュアみたいなのが書きたくて始めました。美少女バトルファンタジー小説です。
ファルベクゼ公国の、とある冬の末日。
学園の卒業式が執り行われたのは、この時期には珍しく雪の降る日のことだった。
二百十八名の卒業生の中から代表として名を呼ばれたのは、三人の少女。
揃いも揃って見目麗しく、しかし彼女たちが注目を集めているのはそれだけが理由ではない。
彼女たちは三人とも、この学園どころか公国全土を探しても類を見ないほどの才媛。同年代では並ぶ者がいないと誰もが断言する天才だ。
そしてそんな彼女たちは、普段からよく行動を共にしていた。
休み時間であったり、放課後であったり。三人の間に流れる空気は親しげで、整った容姿も相まってとても絵になる。
不可侵の聖域を築くほどに桁外れな高嶺の花。
そんな三人が、気づけばいつも共にいる。
だから本人たちの内心がどうであれ、彼女たちは話題に尽きない三人だった。
そんな彼女たちの関係を恋愛的な甘さを持った三角関係だと噂する者もいれば、視線の間に火花を散らすライバル同士だと噂する者もいる。何にせよ親密で蜜月な、切っても切れない関係だという認識は学園共通のもの。
しかし揃って耳聡かった三人は、それらの勝手な噂を耳にしては心の中で苦笑していた。
〝お互いに相手のことを詮索しないこと〟
〝お互いに競争はしないこと〟
三人の間には、そんな暗黙の了解があったから。
つまり学園の誰かが勝手に思っているよりも、三人の関係は乾いていたのだ。よく一緒にいるのも特に深い理由はなく、強いて言うならその場の成り行き。
三人はそれぞれの理由で周囲から浮いていたから、自然とひと纏まりになっていただけ。
認め合ってはいるものの、親友かと問われれば三人とも首を傾げるだろう。
そんな複雑なお互いへの内心はおくびにも出さず、彼女たちは一人ずつ壇上へと姿を見せた。
「卒業生代表、首席、ローレ・ミチリス」
「はい」
最初に名を呼ばれたのは、まるで太陽のような少女。大きな赤い瞳は幼げで、柔らかく短い金髪は自ら輝いているかのように美しい。容姿から漂う明るさを裏切らない明朗な返事と共に、堂々と気負いなく歩を進める。
「同じく首席、ユニア・アーフィオラ」
「はい」
次に現れたのは、先とは真逆の影のような少女。返事も聞き逃してしまいそうなほどにか細く、けれど不思議とよく通る。色の薄い碧瞳を穏やかに細め、艶やかながらも仄暗い灰色の長髪を靡かせながら静々と歩み出た。
壇上に並び立った二人の少女。実に対照的ながら、それぞれの方向で黄金比を体現している。二人が着ているのは地味な青色の制服だが、それでも彼女たちの鮮烈な対比は誤魔化せていない。
ローレ・ミチリスとユニア・アーフィオラ。どこまでも優美な、奇跡という言葉が形を成したような二人の少女。
彼女たちを知らない生徒はこの学園にはいない。圧倒的な才覚に反して驕った部分は欠片も無く、優しく気さくで、誰からも強く慕われる人気者だから。
その姿を見ただけで抑えきれない感情が浮かび、生徒たちの間にざわめきが広がる。
二人が発する気配に触れただけで心がどこか浮ついて、いつまでも見ていたいという気分にさせられる。
けれど、その二人の並びを見た全員の心に共通して浮かぶものがあった。感嘆と共に、違和感に似た言葉にならない感情が心の隅で固く深く主張する。一人ずつなら思わない、二人でいるから思うこと。
すなわち、いつも側にいたもう一人。誰もが彼女の姿と名前を脳裏に描く。
「同じく――」
その名は次瞬、息を詰めるような声音で読み上げられた。微かな話し声も一瞬にして全てが消える。
言葉を止めた理由は、至極簡単な緊張感。誰にとってもその名はひたすらに冷たく、重苦しい。
「……首席、ミリゼ・ティディラ」
「はい」
美しく響く筈の音程で発された返答。しかし現実は、まるで硝子に爪を立てたように歪な音として広がった。
続いて響く靴音に、二人の華やかな容姿に半ば陶酔しかかっていたものも含めてあらゆる意識が一点へと向けられる。
肩にかかる程度に整えられた黒い髪に、あどけなさの残る琥珀色の瞳。隙の無い凛とした立ち姿はどこか憂いを帯びており、しかし顔の作りは愛らしさに寄っている。総合的な美貌の程は先の二人に勝るとも劣らない。
そのしなやかさ、優美さに反し、鋼のような凍気を纏っている少女だった。どこか無機物じみた印象は、彼女には悪いがとても人間が纏うものとは思えない。
先の二人のような親しみなんて少しも沸かない。憚りなく言ってしまえば、異物のような少女だった。
ミリゼ・ティディラ――本来であれば、こうまで浮くはずが無い女生徒だ。
首席として呼ばれている通り成績は優秀、問題行動とはまるで無縁。けれど先の二人と比べれば社交性には明確に欠けている。普段はさほど主張のない、言ってしまえば普通の子。不愛想なわけでもなく、際立った成績と容姿を除けばありふれた少女。
にも拘わらず、まるでその様は檻の中にいる猟犬のように。
彼女は温厚かつ無害でありながら、周囲に深い一線を引かれていた。
いつしか、誰もが固唾を飲んで彼女の歩みを見つめている。誰も視線を外せない。木製の段差を絨毯越しに踏み締める音ですら、薄氷を踏むような緊迫を与えてくる。
その薄氷の上に自分が立っているような、縁起でもない幻視と共に。
水を打ったような居心地の悪い静寂。けれどそんな中、他の誰にも聞こえないような小さな声がふたつ。
「はぁ……」
「ふふっ」
声の主は、壇上でミリゼを迎えるように立つ二人の少女だった。
目立たない程度に肩を竦めて嘆息したローレと、見ていれば辛うじてわかる程度に小首を傾げて微笑むユニア。
二人とも呆れを滲ませてはいるが、それでも近寄ってくるミリゼへ向けた拒絶の気配はまるでない。ミリゼはそんな二人から、恥ずかしげに少しだけ目を逸らした。
三人が並び、同時に冷たい圧力が霧散する。まるで傍の二人に中和されたかのように、今のミリゼはただ静やかなだけの黒い少女としてそこに立てていた。
安堵のような空気の緩みが満ちる中、三人の視線が交差する。
「――まったく、キミさぁ」
「仕方ありませんね、相変わらず」
揶揄うようなローレとユニアの小声に、ミリゼは唇を震わす程度にぼそりと一言。
「……ほっといてよ」
その大人げないやり取りを聞いていた者は、当の本人たちを除いて誰一人としていなかった。