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毒に耐性のある魔王の手下が転生して聖女を目指したら

作者: 海坂依里

 毒に耐性があると知ったのは、両親が私を毒沼に置き去りにしたとき。


「僕たちの仲間になってくれないかな?」


 毒沼に沈みつつあった私を引き上げてくれたのは、世界を救う勇者と呼ばれる存在の人でした。


「さっさと毒味してもらえる?」


 毒に耐性のある私ができることは、毒を感知すること。

 毒を中和すること。

 毒関連の魔法の盾になること。


「これは……大丈夫です……」


 魔王の手下との戦闘で、毒関連の魔法が使用されることはほとんどない。

 盾になる必要のない私は勇者のパーティで、勇者様が口にする食事の毒味係を任された。


「本当に愚図で鈍間なんだから」


 私は毒に耐性があるから、毒が混入されたご飯を食べても平気。

 けれど、勇者様は普通の人間。

 毒を、決して口にしてはいけない存在。


「今日もありがとう、アリアナ」


 勇者様の仲間からは気味悪がられた体質だけど、勇者様だけは私の体質を受け入れてくれた。

 どんなに過酷な戦闘の最中でも、勇者様は私に心配をかけないように気丈に振る舞った。

 私に対して笑いかけてくれる、そんな仲間想いの勇者様が私は大好きだった。


「あの……これ……毒が入って……」

「あなたって、毒を口にしても本当に死なないのね」

「…………」


 勇者様の仲間からは虐げられたけど、勇者様がいてくれたら頑張れると思った。

 でも……。


「ちゃんと毒味したんじゃなかったの!?」

「きちんと……しました……」


 毒味は、ちゃんとした。

 毒味が終わった食事を運ぶ途中で、勇者様が口にする食事に毒が盛られた。

 食事を運ぶ係が私だったら、そんなことは起こらなかったはず。

 でも、勇者様に食事を持っていく仕事だけはやらせてもらえなかった。

 私は勇者様の仲間たちの策略に、はめられたということ。


「じゃあ、なんで勇者様が昏睡状態に陥っているのよ!」

「申し訳ございません……」


 パーティメンバーの聖女様が懸命に治癒魔法を使うことで、勇者様は奇跡的に命を取り留めた。


「アリアナ」

「はい……」


 毒耐性を持っている私も、勇者様の体内から毒を抜くくらいのことはできる。

 けれど、勇者様の治療していいのは昔から聖女様か[[rb:治癒師 > ヒーラー]]の方だと決まっている。

 毒耐性を持つ私は、勇者様のパーティでは用なしだった。


「君を、僕たちのパーティから追放する」

「……はい」


 勇者様のパーティを追い出された私は途方に暮れた。

 両親に捨てられたこと。

 勇者様の仲間たちの策略に陥れられたこと。

 2つの出来事を受けて、これから始まる新しい人生に喜びなんてものを抱くことはできなかった。


「俺の元に来るか?」


 毒耐性という使えない体質を持つ私の前に現れた方。


「おまえのその毒耐性、俺たちのために役立てる気はないか?」


 それは、勇者様と敵対する存在。

 魔王様だった。


「アリアナ、スゴいね! 無敵だね!」

「でも……毒魔法の盾になることくらいしか……」

「それができるってところがスゴいんだよ!」


 魔王様の仲間たちは、とても良い人たちばかりだった。

 世界を滅ぼす存在なんて思えないくらい優しい人たちばかりで、私は新しく歩み始めた人生に喜びを抱くことができるようになった。


「アリアナ」

「はい、魔王様」

「あ……いや、その……確かに俺は魔王だが……」

「どうかなさいましたか?」


 魔王様と交わす言葉1つ1つが、私の心をいつも元気づけてくれた。


「俺の名前、分かるか?」

「デルバート・ルーサム様ですよね」


 私が所属していた……元仲間の勇者様パーティとの戦闘は長きに及び、決して楽しいことばかりの日々ではなかった。それでも魔王様と一緒に過ごす時間というものが、日々の戦闘で荒んでいくはずの心を癒してくれる。


「名前で呼んでくれないか」

「…………」


 私は次第に、私に優しさを与えてくださる魔王様に恋をした。


「っ、無理です!」

「どうして?」

「魔王様は魔王様だからです……」


 魔王様への恋心を自覚したからといって、魔王の配下である私が恋心を抱くなんて許されない。


「アリアナ、俺はおまえに名を呼んでほしい」

「何度頼まれても、無理なものは無理……」


 魔王様には、世界を滅ぼすという目的がある。

 色恋に溺れていい存在ではないことは、配下である私が十分理解をしていた。


「命令すれば、呼んでもらえるのか?」

「………それも、お断りします」


 結局私は、魔王様のことを名前で呼ぶことができなかった。

 最後の、最期まで。


「アリアナ、あのとき君を殺しておけば良かったね」


 私の人生の終わりは、勇者様の一撃だった。

 毒沼に浸かっていた私を拾ってくれた勇者様の剣に貫かれて、私は命を落とした。


「アリアナ! しっかりしろ!」

「魔王様……」


 いくら毒に耐性があっても、心臓を貫かれた私は命を保っていられない。


「次の人生では……魔王様の名前を……呼ばせて……」


 自分の身体から多くの血が溢れる様子を目にしながら、私は人生を終えた。



「第173代勇者と第157代聖女オーディションを受ける方は、必ず受付を済ませてください」


 第106代目勇者と魔王は、とある盟約を交わした。

 自分たちの持つ力を争いに使わず、世界を生きる人々を楽しませるために使おうと。


「ねえねえ、次の世代の勇者様の顔レベルはどんな感じ?」

「体格はいい人が多いけど、顔はちょっと……」


 まるで物語のような設定が組み込まれた世界に転生した私は、初めて平和な光景を目にすることになる。

 そんな破っても支障がないような盟約は、何百年も経過した現代でも有効とされているらしい。


「顔をとるか、体をとるか……」

「未来の伴侶探しも楽じゃないわ……」


 この世界で勇者と魔王は私利私欲のために戦うことはなく、国民を楽しませるためのパフォーマンスとしての戦闘を披露するために今日も磨きをかけている。


「そんなこと言ったら、聖女の面々だって!」

「ほ……ほら、聖女様は顔を隠している人が多いから……」


 この度、第172代勇者と第156代聖女様が結婚をすることになった。

 結婚が決まると、勇者と聖女の役職を離れることが定められている。

 そして新たな勇者と聖女の募集が始まるというのが、この世界に置ける勇者の在り方。


「……勇者様に復讐……勇者様に復讐……勇者様に復讐……」


 世界には、前世持ちと呼ばれる人々が存在する。

 前世持ちとは、前世の記憶と魂を引き継ぐ者のこと。

 異世界からの転生者が前世持ちになる可能性が高いとか、頭のいい人たちは今もいろんな議論を交わしている。

 けれど、私にとっては、そんな理論どうでもいい。


「……今度こそ、勇者様に復讐を……」


 毒耐性を持つ一少女としての記憶と魂を引き継いだ私は、もちろん前世持ちに該当する。

 勇者様に絶たれた命。

 愛しの魔王様に何も残すことができずに終わった前世を悔やんだ私は、今日も勇者様への復讐を試みる。


「勇者様だけが幸せになるなんて許さない……」


 もちろん前世で私の命を奪った勇者様が、現世で前世持ちとして生まれてくるとは限らない。

 それを理解した上で、私は勇者様という役職に就任する人間に復讐すると幼い頃から決めていた。


「随分と物騒な呟きだな」


 まるで人々の聴覚を癒すために存在するような、とても綺麗な低音が私の聴覚を一瞬にして惹きつけた。


「勇者に復讐とか、物騒なことを呟いていたから声をかけさせてもらった」


 久しぶりに開催される勇者・聖女オーディション。

 数えきれないほどの人々が集う大きな広場で、わざわざ小声で呟いていた私の言葉を拾い上げる人物が現れるわけがない。そんな高を括っていた私の元に天罰は下された。


「すみません!」

「いや、まだ俺は勇者じゃない……」

「通報しないでください……」

「別に妄想するくらい自由だろ」


 勇者・聖女オーディションが行われる会場で不審者扱いされ、この場からつまみ出されて私の復讐計画は台無しになる。

 そんな妄想を打ち消すように、声をかけてきた男性は優しい言葉で存分な甘えを私に与えてくれる。


「……お兄さん、とても綺麗な顔立ちですね」

「お兄さんはやめろ。どうせ、たいして年齢は変わらないだろ」

「顔に関しては否定しないんですね」

「女に声をかけられる回数が多い自覚はあるからな」

「ふふっ、面白いです。お兄さん」


 世を生きる女性の平均身長を下回る私は、声をかけてきた男性の身長の高さに驚かされる。

 けれど、男性は私に親しみやすい空気を与えながら話を弾ませてくれる。

 おかげで驚くくらいの身長差も、私が抱えている勇者復讐計画が聞かれてしまったことも気にならなくなってくるから不思議だった。


「ローレッド・ドフリー」

「あ、お名前ですね!」


 お兄さんと呼ばれることに耐えかねたのか、素敵な容姿と声を持つ男性は名乗らなくても支障のなさそうなのに、私に貴重な名を教えてくれた。


「私はフェミリア・ウィネットと申します……が、リアという略称で呼ばれることが多いかと……」

「ん、まあ、適当に呼びやすい方で呼ぶ」

「よろしくお願いいたします」


 名前を知るのは、特別なこと。

 名前を呼ぶことができるのは、もっと特別なこと。

 まだ出会って数分しか経っていないのに、ローレッド様は私にとっての特別を与えてくれた。


「ローレッド様、注目されていますね」

「まあ、モブみたいな顔の勇者候補が多いからだろ」


 暇を持て余している人たちは、勇者・聖女候補の顔面チェックに勤しんでいた。

 1番目立つ美しい容姿をしているローレッド様が見つかってしまうのに、時間はほとんどかからなかったかもしれない。


「ローレッド様は自信家ですね」

「自信がなきゃ、勇者オーディションなんて受けに来ない」

「確かに……」


 ローレッド様の話し相手になっている自分は、まるで特別な存在に扱われているような気分になってくる。

 それだけ多くの人たちにローレッド様が注目されているのが分かって、顔に籠るはずのなかった熱のようなものを感じ始める。


「で、どんな復讐をするんだ?」


 顔が熱くなってきていることなんて知ってから知らずか。

 ローレッド様は、話を出会った頃の振り出しへと戻す。


「……毎日こつこつ、ご飯に脂肪の多い食品を混ぜ込みます」

「…………は?」

「気づかぬうちに脂肪を摂り過ぎた勇者様は、ぷっくぷくに太って世間の笑いものになるんです!」


 勇者様を殺害するなんて大罪を犯して、私が罰を受けるなんて目には遭いたくない。

 ささやかながらの嫌がらせを通して、私は前世の勇者様へと復讐する。


「ほかにも、勇者様の寝床に油っぽい食べ物を仕込んで、シーツやお布団を油でぎっとぎとに……」

「ふっ」


 こっちは真面目に話をしているのに、話の途中でローレッド様は笑いを堪えきれずに息を零した。


「なんで油系の嫌がらせばっかりなんだよ……ははっ」


 その瞬間。

 この人は決して笑わないんじゃないかって印象を与えていたローレッド様は、私が見惚れてしまうくらい素敵な笑みを向けてくれた。


「……ささやかな復讐って、意外と難しいんですよ」

「はー、はいはい。今度の聖女様は、馬鹿っぽくて親しみやすいな」


 馬鹿って言われていることに反感の意を示したいところだけど、ローレッド様が魅せてくれる笑顔があまりにも綺麗すぎて心が変な動き方をする。


(私には、魔王様っていう大切な存在がいるのに……)


 次世代の勇者様と魔王様が、前世持ちとは限らない。

 前世持ちだったとしても、私が《《知っている勇者様と魔王様》》ではないかもしれない。


(それでも、私は……)


 今の人生で、大好きな人に会いに行くと決めた。

 今の人生で、大嫌いな人に復讐すると決めた。


「ほら」

「はい……ひゃぁ」


 首元に、冷たい何かが触れる。


「動くなよ」

「な……何を……」


 首元にやってきたのは、どこかのご令嬢様が身に着けているような赤い宝石があしらわれたネックレス。

 本物の宝石ではないと思うけれど、太陽の光を透過させるほどの透明度を誇る赤に私は心を奪われた。

 

「動いたら、髪が巻き込まれる」


 髪の毛を除けるためと分かってはいても、ネックレスを付けてもらう際にローレッド様の指が首筋をときどきかすめていく。


「く……くすぐった……いぃ……」

「変な声、出すな」

「すみませ……ひゃっ」

「これがカウンター代わりになるらしい」


 身分不相応な品を自身が身に着けていることに戸惑ったけれど、ローレッド様の一言で私の思考は一気に現実へと戻ってきた。


(そうだよ……いきなり贈り物を贈られるような仲になるわけがないのに……)


 勇者・聖女を選抜する方法は、いつもとても簡単なもの。

 指定された時刻までに、1人でも多くの人を救うこと。

 救いの質は問わない。

 1番人数を稼いだ人が、勇者と聖女に選抜される。


「ありがとうございます……」


 ローレッド様との話に夢中になっていた私は、オーデション関係者が配布しているネックレスを受け取り忘れた。


「似合ってる」

「…………」


 このネックレスを受け取り忘れた私は、聖女オーディションすら受けることができないという間抜けな展開を迎えてしまうところだった。初めて会う私を助けようとしてくれるなんて、ローレッド様は女性たちからの誘いが大変に多いことが窺える。


「ローレッド様も……」

「俺は、もう装備してる」


 贈り物のような素敵な意匠のネックレスを装備と称してしまうローレッド様は、ある意味では勇者的素質があるのかもしれない。


「そんな残念そうな顔するなよ」


 私の思考を置き去りにして、ローレッド様は先へ先へと歩を進めていく。

 

「え、あの……」

「勇者候補と聖女候補は、2人1組で行動することになってるだろ」


 ローレッド様が、私に対してだけ優しくしてくれているような錯覚。

 けれど、それは本当に錯覚。

 周囲を見渡すと、2人組で行動を始めようとする人たちばかり。

 相手がいなければ、そもそもオーディションへの参加資格が与えられない。

 みんながみんな合格を目指して必死だった。


「っていうか、勇者って性別問わないんだな」

「この世界は、時の流れの速さを感じます」

「…………」

「みんながみんな、早いうちに平和の大切に気づいたんでしょうね」


 平然を装うように脳と体に命令を送りながら会話を続けるけれど、心臓の音だけは制御することができない。

 ローレッド様に触れられた箇所の首の熱が、いつまで経っても私の心臓を揺さぶってくる。


「勇者だけ、倍率高すぎだろ」

「合格すれば、引退するまでの生活を保障してくれますよ!」

「まあ、それ目当てに応募したんだけどな」

「ローレッド様らしいです」


 私の了承も得ずに、物事を進めていくローレッド様。

 普通なら怒ってしまうはず。

 普通なら、怒って反抗を示すべき。

 それなのに、ローレッド様と過ごす時間を楽しいと思えるようになってきた。


「ローレッド様! 私に良い考えがあります」

「ん?」


 脚の長さが違い過ぎるローレッド様の隣に並ぶことができるように、慌てながらもきちんと追いかけていく。

 ときどき遅れた私を振り返って確認してくれることもあって、口調の割に悪い人ではないってことが分かる。


「これが、この街の地図です」


 初対面のローレッド様に、私が毒に耐性のある体質だということを伝えた。

 そしで私にできることは、毒を感知すること。毒を中和すること。毒関連の魔法の盾になること。

 とにかく、毒に関することならチート級の力を持っていることを理解してもらえた。


「ローレッド様には、民家やお店を訪問をお願いしたいと思っています」


 治癒魔法がお得意の聖女ではなく、毒耐性持ちの聖女ってところは笑われてしまった。

 前世では毒耐性を持っているというだけで気味悪がられていたのに、私が転生した世界では使い方次第ではチート級の力に相当する。

 それでも聖女が治癒魔法を使うことができないなんて、せっかくのチートも形無しとローレッド様は言いたいのかもしれない。


「こんなにも晴天の日ではありますが、今は食中毒の危険が高まる梅雨です」


 異世界に転生したこと、前世の私が亡くなってから時が流れたこと。

 その2つの要素が重なるだけで、私の体質や力はまるで別物のように扱われる。

 不思議な感覚に戸惑いつつも、私はローレッド様に協力を求めた。


「食中毒が心配される食べ物や、指定された期日を過ぎてしまった食品の毒を取り除くことが私たちの救いに繋がります」


 考え方も感じ方も、世界が違えば変わってしまう。

 いくつの世界が存在して、どれだけの数の時代があるのか。

 いくら異世界転生という仕組みがあっても、再会というのは難しいものなのかもしれない。

 もちろん前世で私を殺した勇者様と再会して復讐することも、叶えることのできない難しい夢なのかもしれない。


「なるほどな、大抵の人間は危険未開拓地(ダンジョン)に向かうってことか」

「はい! その通りです」


 私が転生した世界では、勇者様と魔王様が平和な世界を維持していくことを約束した。

 戦乱の世ではない世界で、救いを求めている人を探すのはなかなか難しい。


「食中毒防止の手助けとは考えたな」

「食べ物の鮮度を戻すことはできませんが、食べられるか分からないような食品に潜む毒に対しても対応可能です!」


 危険未開拓地(ダンジョン)と呼ばれている場所にいけば、人を襲ってくる魔物や人間の数は多い。

 けれど、みんながみんな危険未開拓地(ダンジョン)で救いの手を差し伸べていたら、助けを求める冒険者の数が足りなくなってしまうと私は踏んだ。


「で、不審がられないように、俺に信頼を勝ち取って来いと……」


 私たちが行おうとしていることは、救いを求めている人を助けるわけではない。

 食中毒を始めとする、食品に潜む毒をなんとかしてみせますと恩を着せる行為。

 いきなり民家やお店を訪問したところで、断られる可能性の方が高い。


「ローレッド様なら、大丈夫です!」

「信頼度高すぎだろ」

「最終的には、ローレッド様の顔を推していきましょう!」

「ふっ、了解」


 歴代のオーディションを研究した限りでは、傷ついた勇者様の治癒をする聖女様という構図が成立している合格者がほとんどだった。


(でも、私は傷ついたローレッド様を回復する術を持たない……)


 ほとんど活躍のない勇者様という印象を与えかねない私の作戦に、最初は反対されると思っていた。

 けれど、ローレッド様は出会って間もない私に絶大な信頼を置いてくれている。


(その信頼に応える働きをしたい……)


 前世は、魔王様の役にも立たずに人生を終えてしまった。

 今回の人生では、自身の毒耐性を役立てるための力に変えていきたい。


「ありがとうございました」

「もしも食中毒や食あたりが起きた場合は、こちらまで連絡をください」


 高身長のローレッド様は、容姿に優れている。

 ずっと眺めていられるくらい美しい容姿は、人々を魅了する材料に繋がる。

 そして、相手の心に入り込むのが上手いローレッド様と手を組んだのは大正解。

 次々と私は、毒耐性を必要としてくれる人たちと出会うことができた。


(本当に聖女になれちゃうかもしれない……)


 私とローレッド様が書き込んだ情報が地図に反映されているようになっている魔法具を使いながら、私は順調に救いを求める人の数を稼いでいく。


(って、このまま上手くいけば……私はローレッド様に復讐を……?)


 まだ勇者と聖女に選ばれたわけでもないのに、ローレッド様と一緒にいればなんでもできそうな気がしてくる。

 聖女と呼ばれる縁のない職業とも、ローレッド様なら縁を結んでくれるような気がする。


(けど……)


 勇者候補と聖女候補が2人で行動しなければいけない理由。

 それは、オーディションが開催されるたびにネックレスの盗難事件が起きるから。

 オーディション参加者同士の妨害工作から身を守るため、勇者候補の人とは常に行動を共にするよう言われている。


(私を守ってくれる勇者様候補は、傍にいない……)


 常に自分がネックレスを身に着けているか気にしてはいるものの、ここで誰かに襲われるなんて妨害行為が起きたら対応できない。


(早くローレッド様と合流した方がいいのかもしれな……)


 傍にいないローレッド様を想って、首に飾られたネックレスに手をかけたときだった。


「え……」


 ネックレスがない。

 常にネックレスが奪われないように細心の注意を払っていたにも関わらず、突然身に着けていたネックレスが姿形をなくしてしまっている。


(なんで……?)


 ネックレスを引っ張られて首を絞められた記憶もなければ、ネックレスを見せてほしいと頼んできた人もいない。


盗賊(シーフ)系の魔法……?)


 どうして盗賊(シーフ)系魔法の使い手が勇者様候補を目指しているのか。

 愕然としてしまうけれど、引退するまでの生活が保障されている勇者という職業に憧れる人は多い。


(私だって治癒魔法を使えるわけじゃなくて、ただ毒に耐性があるだけ……)


 ふと空を見上げると、もうすぐで指定された太陽が沈む時刻が近づいていることが分かる。

 自分の心情とは正反対の美しい夕焼け空が広がっていて、私の心は凄くとても窮屈になってくる。


(これだけ多くの人を救っていれば、私は失格になってもローレッド様なら……)


 私は、オーディション会場に行くことを諦めた。

 ネックレスを所持していない私には、もう聖女になる資格はないから。


(でも、最後にできることを……)


 尋ねた民家やお店を、再び訪問する。

 たとえ聖女になることができなくても、国からお借りしたネックレスを取り返すことがオーディション参加者の義務だと思ったから。


「はぁ……」


 足が棒になるほど、この街を歩いた。

 それらしい情報を得ることはできなくて、溜め息しか零れてこない。


(今頃、勇者様と聖女様の発表が行われているよね……)


 綺麗だと思った橙色の空は消え去ってしまった。

 そして今は、月と星が美しく輝きだす時間帯。

 それだけ奔走したとも言えるけど、何も成果を上げることができないのは前世の私と同じ。

 現世の私は、前世のような人生を歩み始めている。


(勇者様と魔王様が争わない世界……)


 私が前世で生きてきた世界では、勇者様と魔王様が争いを続けてきた。

 異世界転生したあとの世界のような盟約が交わされていたら、きっと勇者様と魔王様の戦争は終わっていた。

 平和な世界で、私は寿命尽きるその日まで魔王様の傍にいることができたかもしれない。


(勇者様に復讐する方法、新しく考えないと……)


 いくら前世持ちと呼ばれる存在だとしても、やっていいことと悪いことがある。

 前世とは無関係の勇者様に復讐しようとするなんて、妄想癖が酷いと咎められても可笑しくない。


「魔王様……」


 どこの世界の、どこの時代を生きているかも分からない愛しい人の名を呼ぶ。

 魔王は名前じゃないって怒られるかもしれないけれど、私を叱るその声すら懐かしい。


「お姉ちゃんって、名前、フェミリア名前だったよね?」


 街の名物である噴水広場で、途方に暮れている私に声をかける人物が現れた。

 魔王様とは真逆の人生を生きていそうな、純粋無垢な男の子。


「はい……あ、もしかして食中毒が発生してしまった……」

「ううん、今ちゅーけいで、お兄ちゃんが呼んでたよ」


 ちゅーけい?


「あ、中継ですね!」


 離れている場所の映像を見るための魔道具が、この子の家にはあるのかもしれない。


「えっと……えっと……その映像はどうやって見れば……」

「こっち」

「ありがとうございます」


 男の子に招かれて民家を訪れると、昼間に訪問した優しそうなご家族が私のことを迎え入れてくれた。

 私が食品に宿り始めていた毒を体内に取り入れたおかげで、それはそれは美味しい夕食を味わうことができたと話をしてくれる。


「フェミリアちゃん、こっちに魔道具があるんだけど……」


 ネックレスを奪われておきながら、なんて平和な世界を生きているんだろうと思った。

 平和な世界を生きることができるだけでも嬉しいのに、私の名前を呼んでくれる人たちと出会えたことは私に大きな喜びをもたらす。


『第173代勇者ローレッド・ドフリーは……』


 魔法具越しに、久々にローレッド様の顔を拝見する。

 幸せを感じすぎた涙腺が弱ってきているせいで、ローレッド様の顔を見るだけで泣きたくなってくる。

 待ち合わせ場所に行くことができなくて、ごめんなさい。

 たくさん協力してくれたのに、合わせる顔がないような事態を招き入れてしまってごめんなさ……。


『第157代聖女のフェミリア・ウィネットとの婚約を発表する』


 一瞬、時が止まったような錯覚に陥った。


「…………ええ!?」


 ローレッド様の言葉を受けて、叫び声を上げたのは私だけではない。

 私を招待してくれた男の子の家族。そして勇者就任会見が行われている会場を訪れている記者や観客の人たち。

 みんながみんな、謎の悲鳴を発したと思う。


『もしやお2人は、恋人同士……』

『いや、俺の片想いだ』

『えーっと……?』


 多くの記者がローレッド様に詰め寄るけれど、ローレッド様は相変わらずご自身の感情を顔に出さない。

 困惑しているだろう記者さんと観客の人たちを助けに行かなければいけないと思って、男の子の家を飛び出そうとするけれど……。


(助ける……? 私が……? どうやって……?)


 心では、そんなことを思っている。

 でも、体が先に動こうとした。


『勇者の任を全うすることで、フェミリアの心を射止める』


 私は、ローレッド様の1番の理解者だと言わんばかりに身体が反応を示す。


『俺を好きになってもらえるように、これから努力していく』


 その日、勇者からの愛の告白が多くの国民の心を打った。

 割れんばかりの拍手って、こういう音のことを言うんだと……私は一生分の拍手と言っても過言ではない祝福の音が聴覚に鮮明な記憶として刻まれた。


「ったく、少しは信用しろ」

「申し訳ございませんでした……」


 ローレッド様のありがた~い協力のおかげもあり、私は無事に第157代聖女に選ばれた。


「でも、どうやって私のネックレスを取り返して……」

「オーディション会場に居合わせた女が、店の中から俺のことを出迎えたんだよ」


 ローレッド様が適当に聖女は体調不良と言ってくれたおかげで、私は国や国民の期待を裏切ることなく聖女へと就任した。


「怪しいと思って目をつけていたら、ネックレスを片っ端から盗んでいったわけ」

「なるほど……」


 今日は勇者と聖女の就任をお祝いするためのパーティーが開かれる日ということで、私もローレッド様も気慣れない正装姿でお城の中を歩いていた。


「とっくにネックレスは取り返してあった上に、通報済み」

「……ありがとうございました……」


 初めて着るお姫様らしいドレスに感動の気持ちはあっても、鏡に映る自分の姿はあまりにも幼稚。

 現実を振り返ると悲しくなるので、なるべく鏡などの反射するものは見ないようにしよう。


「私の前世を知っていたなら、始めから声をかけてくだされば良かったのに……」

「惚れた女が、ほかの男に取られる前に声はかけただろ」

「っ、そんな……惚れたとか軽々しく口にしないでください!」


 それでも私が少しでも美しく見えるように整えてくれたのは、私に対して髪型やお化粧やドレスやアクセサリーを施してくれた人たちがいたから。私に優しくしてくれる人が存在する世界は、今日もやっぱり平和だと思う。


「ところで……」

「ん?」


 そんな私に比べて、ローレッド様はさすがの着こなしで私のことを魅了してくる。

 ローレッド様に似合わないものは、この世に存在しない。

 そんな威厳あるローレッド様は、勇者というより魔王っぽいなって思った。


「ローレッド様は……魔王様ですか? それとも勇者様……」

「…………はぁ」


 こんなにも盛大な溜め息を、私は見たことがなかった。


「え、だって、見た目も性格も違うのに、どうやって前世を確かめるんですか!?」

「俺は一目で分かったよ」

「それは、私が前世と同じく毒耐性持ちだからですよね?」

「会場で初めて会ったとき、リアが毒耐性かどうかなんて知る術がないだろ」

「…………」


 リア。

 私が駆けつけることのできなかった記者会見の場でしか、私の名前を呼んでくれなかったローレッド様が突然私のことを愛称で呼ぶ。


(前世では、名前を呼んでもらえることが貴重だと思っていたのに……)


 こんなにも乙女心をくすぐる方法を知っている……とてもとっても女性慣れしているローレッド様が狡くて狡くて地団駄を踏みたくなる。

 私が転生するまでの間に、ローレッド様はどれだけの女性経験を積まれたことか想像することすらできない。


「確固たる証拠がないだけで、本当は分かっています! 分かっていますからね!」

「俺が前世で勇者だったら、どうするんだ?」

「……明日から、ぎっとぎとの油を仕込んだ食事をお持ちします」


 地団駄を踏むどころか、ドレスの裾を踏んでしまった。


「前世が魔王なら?」


 躓きそうになった私に気づいてくれたのは、もちろんローレッド様。

 床に体を打ちつけることのないように手を差し伸べて私を支えてくれたのは、もちろん……。


「……ローレッド様の腕の中に飛び込みたいです」


 前世では、愛しい人と視線を交えることすら恐れ多いと思っていた。

 それなのに、私が転生した世界では愛しいと見つめ合うことを許されている。

 愛しい人に触れることを、私たちは許してもらうことができた。


「ん、じゃあ遠慮なく」


 私は腕の中に飛び込みたいと言ったのに、私はローレッド様に引き寄せられるかたちで抱き締められた。


「転生してくんの、遅すぎ」

「そんなこと言われても……」


 悲しいとき、涙を零したことがある。

 悔しいとき、涙が零れたときがある。

 苦しいとき、もう涙は溢れてこないものだと知った。


「こっちはアリアナが死んでから、何度も転生したと思ってるんだよ」


 そして今、たくさんの幸せをもらうと人は涙するものだと知る。


「ずっと探してた」


 私を抱き締める腕に力が込められ、より近くで愛しい人の熱を感じる。

 熱くて、暑くて、頭の中が可笑しくなってしまいそうになる。

 それだけ高い熱に、私は優しく包み込まれる。


「あ……あの……ローレッド様……」

「ん?」

「お化粧が酷いことになっちゃいます……」

「雰囲気ぶち壊しすぎだろ」

「だって……」


 もっと、もっと、愛しい人の熱が欲しかった。

 けれど、受け取る愛情の許容量を超えた私はローレッド様の腕の中で暴れ出す。

 これ以上ローレッド様の熱を感じていたら、私は2度とローレッド様の傍を離れられなくなってしまう。


「待たせた責任、とってもらうからな」

「お化粧を直したあとなら……」

「意味分かって、言ってんの?」

「え……あの……」


 遠い世界の、遠い時代で、魔王様に恋をした魔法様の配下がいました。


「ローレッド!」


 配下の恋は実ることがなく、魔王の配下は魔王の配下らしく勇者に命を奪われてしまいます。


「あー……邪魔者が来た」

「え? え? どなたですか……?」

「ローレッド、彼女を解放してもらえるかな」


 そして長い時間をかけ、勇者様と魔法様。

そして、魔王の配下は再び同じ世界の同じ時代で巡り合うことになりました。


「なんで、おまえの命令を聞かなきゃいけない……」

「久しぶりだね、フェミリア」

「え……え……?」

「覚えていない……かな」

「おい、無視すんな」


 これは、とある世界の異世界転生物語。

 何度も何度も転生を繰り返した勇者様と魔王様。

 そして、ようやく人間に転生できた魔王の配下()

 私たちが幸せになるための異世界転生、開幕です。



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