それは人間のアゴですか?
大晦日の夜。
11時30分。紅白歌合戦もそろそろ大詰めの頃。しかし、芽吹の家、春風家では歌合戦どころでは無い。
「ヨシキタァ!三皇ぉー!」
春風家の大晦日はいつも花札勝負で一年を締め括る。
「また筑紫の勝ちかぁ〜!」
「悔しいぃ〜!」
「もう~、兄さんばっかズルい!」
「悪いな。運だから仕方ない。もう一回やるか?」
「ん〜……。悔しい。もう一回!……って言いたいところだけど」
「なんだ、やらないのか?」
「母さん、そろそろ年越しそば準備しない?」
「あら!そうだった。もうこんな時間。年越しそば準備しなきゃ」
父さんと兄さんが海老天そば。母さんと僕は山かけ月見そば。ちょっとだけ山菜も入ってるやつ。
ズ……ズ……ズズズゥー!
サクッ!パリッ!
「海老天ウッマ!」
「一味唐辛子もちょっと入れてっと」
「美味しい〜。大晦日のシメはやっぱりこれだね!」
「日本人でよかったぁ〜!」
「俺盛りそばでおかわり!」
「あ、僕も盛りそばでおかわり!」
つゆを温め直し、皿に盛ったそばにほんの少しごま油を垂らして馴染ませて完成。これで麺が乾いてもくっつかないし、ごま油の香ばしさがアクセントになってまた一味違うそばになる。
しかし、
「ウマッ!ウマッ!ウマッ!」
筑紫の食欲にはそばがくっつくヒマも無かった。
「兄さん食べるの早っ!?ちゃんと味わってる?」
「あまりに美味くてつい飲まさる!」
「飲んでんじゃん!?」
残った出汁をゆっくりと味わいつつ、テレビから聴こえる除夜の鐘の音を聞きながらまったりと年をまたぐ。これが春風家の年越しルーティンである。
元旦の朝。
寒くてつい布団に潜って二度寝したくなるところを、少し頑張って起きて部屋のカーテンを開けた。すると窓の向こうには雲一つ無い清々しい真っ青な空が見えた。その光景につい寒さを忘れて窓を開ける。時刻は朝の8時。放射冷却の影響でキリリと冷えた空気が部屋の中へと流れ込む。
「ヒッ……!さむっ!?」
すぐに窓を閉めて脱兎の如くベッドに逃げ込んでしまう芽吹だった。
暖かい服に着替えてリビングに降りて来ると、父さんと母さんがお節料理を作っていた。
父さんはおせち用の重箱に、市販の具材をパックから移し替える作業。母さんは、茶碗蒸しとだし巻き玉子とお刺身を作っていた。
「おはよう。明けましておめでとうございます!僕も何か手伝えることある?」
「おはよう芽吹ちゃん。新年明けましておめでとう!今茶碗蒸しとだし巻き玉子出来るから、ちょっと味見してみてくれる?」
「分かった」
市販のお節料理ももちろん美味しいけど、母さんのこの手作りで定番なやつが一番美味しいと僕は思ってる。
テレビで落語漫談を見ながら、お節料理を食べる。
「年明けたねぇ〜!正月だねぇ〜!」
「芽吹ちゃん、今日初詣行くの?」
「うん。お昼前に秋人と待ち合わせしてる」
「モゴモゴ……はちゅもーでどぅぇ〜とか?」
だし巻き玉子を口一杯に入れた兄さんが茶化すように聞いて来た。
「モゴモゴ言ってて何て言ってるかわかんないって」
「秋人くんと初詣デート?」
母が通訳した。
「デっ……デートとかじゃないから別に!普通に初詣だよ!」
「振袖なら2階のタンスに仕舞ってあるから、あとで着付けしてあげるわね!」
「い、いいよそんなの。私服で行くし!」
「パパは見たい!芽吹ちゃんの振袖姿!」
「成人式でも着るんだから。今回は練習だと思って着てみたら?」
「え〜……」
嫌がる芽吹を見て兄筑紫が、
「普段は見れない芽吹の振袖姿を見たら……。秋人の男心を想像してみろ。あいつ絶対照れるぞ」
そう言われてちょっと想像してみる。
「…………」
「……やっぱり、ちょっと着て……見ようかな?」
まんざらでもなくなかった芽吹だった。
12時少し前。
「新年明けましておめでとうございます。今年どうぞよろしくお願いいたします」
「いらっしゃい秋人くん。明けましておめでとうございます。今年も……ていうかこの先も、芽吹ちゃんのこと"いろいろ"よろしくお願いね!」
「はっ、はいっす!」
玄関で新年の挨拶をする秋人に、母菜花は意味深なオーラを纏って挨拶を返した。
「芽吹ちゃーん、秋人くんが迎えに来たわよー!」
「き、聞こえてるよー!秋人ちょっと待ってて!母さんちょっと来てぇ!」
「もぉ〜、何恥ずかしがってんのよぉ〜!秋人くんちょっとごめんね。待っててくれる?」
「あ、は、はい」
何事かと訝しむ秋人。少し経ってからリビングからチョリチョリと玄関に出て来たのは、
「お、おま、おまた……お待たせ……した……ました……です」
赤面全開の振袖姿の芽吹。
「プッ……!」
噛み噛み炸裂で後にいた親2人が吹いた。それを恥ずかしがりながらも精一杯睨みつける芽吹。その可愛さ100%の仕草に父風吹は卒倒。
「ハル……」
呼ばれて秋人の方に振り返ると、ポカンとこちらを見詰める秋人。すると、
「……すげぇ……綺麗だ……!」
「…………え!?」
秋人のその言葉に、芽吹は一瞬思考が停止。数秒遅れてようやく言葉を理解した途端、
ピーーーッ!ボフンッ!
音を立てて頭から沸騰。湯気を上げて固まってしまった。
明月神社。芽吹の家から割と近い、町内にある小さな神社だ。
芽吹は振袖。秋人はロングコートにマフラーとカジュアルな服装で。
神社に着いた芽吹と秋人。
「着いたな。お詣りしよ」
「うん」
お賽銭を投げ入れ、鈴を鳴らす。二拍手で手を合わせてお祈りをする。
参拝者がまばらなここではお祈りで目を瞑ると、風や木が揺れる音、野鳥の鳴き声などで自然の音が鮮明に感じられる。だからか、自然と心が透き通ってゆくような気がしてくる。
「ハルは何をお祈りした?」
「春から3年生でしょ?就職か進学かまだ決めてないけど、とりあえず成績アップかな。秋人は?」
「俺か?俺は……聞きたい?」
「え、なになに?勿体ぶって」
「う〜ん……」
――これは正直今言えることじゃないな。プロポーズになっちまう。今じゃない。
秋人が願ったのは、『いつか芽吹と幸せな家庭を作りたい』だったのだが……。
「俺のはな、今年一年もみんな仲良く楽しく卒業出来ますように」
「……?勿体ぶった割には普通だね」
「そ、そうか?」
「でも、それ大事だよね。みんなで仲良く楽しく卒業か。夕夏と八乙女とミヅキちゃんと、出島君に有馬君。園田さんに委員長の吉田さん。3年生になったら修学旅行はもう無いし、どんな一年になるかな?」
「あいつらが一緒なら何だかんだまた騒がしいんじゃないか?バイトもあるし」
「そうだね。どうなっちゃうか楽しみだね!」
「だな!」
芽吹へのプロポーズは、いつかちゃんと、責任が持てる大人になったその日まで……。今は言わないでおこうと決めた秋人だった。
正月も終わり、冬休みもあと残り10日余りとなった。芽吹や秋人、夕夏たち『彩雲堂』のバイトメンバーは、正月終わりから忙しくも全力で楽しくバイトに出勤していた。
秋葉原にある和風男装コンカフェ『甘味のいろり彩雲堂』。
イケメン過ぎる3人の先輩方に習うように、芽吹も慣れない男装メイクをして日々頑張っていた。
みんなまだ不慣れにも関わらず、芽吹、ミヅキちゃん、八乙女さんが揃っている日は大変な賑わいになるようになった。
「あっれぇ〜、アタシは!?by.夕夏」
芽吹はどうしてもまだ恥ずかしさが抜けず、しかしそれ故のつたなさが見る人の母性本能と保護欲を刺激するのでスんゴク癒されるという。
「い……癒されてるなら良いか。……良いのかな……?」
八乙女さんは客に対しては一見無愛想でクールなツン8な反面、横で一生懸命接客をする芽吹ちゃんを見てデレるレアデレ2が、常連客の間では密かな愉しみになっていた。
「なんだその"ツン8"とか"レアデレ2"ってのは!?わ、私はべ、別にデレてなどいないぞ!?」
ミヅキちゃんは接客では普通はあり得ないくらいの塩対応ぶりと、よくお面を着ける不思議ちゃんキャラに加えて、更にその幼女エルフのような見た目の珍しさが人気らしい。
「♫〜校長ぉ! 頭髪は抜け続けぇ!
現状ぉ! とどめたい抜け毛の量ぉ 頭頂部だけは守れないとダンスダンスダンス!ハゲラッチョ!」
「ミヅキちゃん、それ何かの替え歌?」
「エンジョイ!」
お店は午前11時開店だが、アルバイトの芽吹たちは午後1時半からの出勤になっている。やはり一番混むのは午後14時以降。あがりの時間は高校生なので基本18時まで。その日の客の流れ方によっては店長の判断で早く上がれることもたまにある。平日や雨の日などだ。
「みんなお疲れ様〜!今日はもう上がっていいよ。あとのことは私と蓮で足りると思うから」
「えぇー!店長私も帰りた〜い!」
「あんたはバイトじゃないでしょ!」
「実は私この後彼氏待たせてまして……」
「え!蓮さん彼氏さんいたんですか!?」
園田さんと夕夏が驚きの声を上げた。
「あんたに彼氏なんているわけ無いでしょ」
「マジでいたら今頃雨どころか氷河期ですよ」
「全否定早くない!?」
楓店長と真さんにウソだとバレて全否定される蓮さんだった。
「ありがとうございます店長!じゃあ今日はお先に失礼します!」
「お疲れ様でしたー!」
「はいよお疲れさ〜ん!雨だから風邪引かないようにね〜!」
「気を付けて帰れよー!」
「うひぃ〜、外さむっ!」
「雨だとなおさらだよね」
店を出て駅へと向かう芽吹、夕夏、八乙女さん、園田さん、ミヅキちゃん。
「芽吹ちゃん良かったの?秋人君待ってなくて」
「うん。材料の搬入だけだからすぐ終わると思うって言ってたし。夕夏こそ有馬君いいの?」
「問題無し!……ところでさぁ、ラーメン食べたくない?」
「急だな」
「女子だけのこの人数でラーメンは行ったことないなぁ〜。行ってみたい憧れはあるけど」
「おっ!園田さんはイケそうな感じ?」
「みんなが行くなら」
「寒いから行こう!」
と、夕夏の急な思い付きで、ラーメンを食べに行くことになった。何やらネットで気になるラーメン屋があるらしい。
20分ほど歩いて到着したのは【ラーメン白猫】という名前のお店だった。
「なんかね、『あご出汁』?にこだわったラーメンらしいよ」
「あご?」
「そう。あご」
「それは人間のアゴですか?」
「プハッ……!ミヅキちゃんのシャクレ顔超レアなんだけど!」
「ミヅキちゃん、人間のアゴは怖いから。無いから。あとシャクレなくていいから」
「あごってなに……?」
みんな一様にハテナマークを頭の上に浮かべた。
「まずは入ってみよう」
八乙女さんが先頭を切った。
店内に入り、店員さんにギリギリ5人が座れそうなテーブルに案内された。メニューを見ると、
◇煮干し醤油ラーメン
◇背脂こってり煮干し
◇焼き干し醤油ラーメン
◇あご出汁醤油ラーメン
◇あご出汁塩ラーメン
◇背脂こってりあご出汁
トッピング
○鶏むねチャーシュー
○豚バラチャーシュー
あご出汁とは何なのかネットで調べて見ると、
「へ〜……。あごってトビウオのことなんだ」
「じゃあ普通の煮干しは?」
「カタクチイワシなどの小魚?だって」
「へ〜。違うんだ。トビウオねぇ〜」
煮干し出汁とあご出汁の違いを勉強するべく、僕と八乙女さんで煮干しを。園田さんとミヅキちゃんがあご出汁を。で、夕夏が焼き干しを。
頼んだラーメンが来たのでまずはそれぞれの頼んだラーメンを実食。それから丼ぶりをローテーションして味を共有した。
食べる前のラーメンの写真と、食べ終わってからみんなで写った写真を、あとで家に帰ってから秋人にLINEで送った。すると、秋人から電話が来た。
「ずるいぞ!」
「ごめん。でもあの店そんなに大勢で入れなさそうだったし。女子だけでラーメン屋行ってみたいって夕夏と園田さんがね……」
「冗談だ。別に怒ってないって」
「……なんだ。良かった」
「今日は寒かったもんなぁ〜。ラーメンで温まっただろ」
「うん。今度秋人とも行きたいな」
「おっ、じゃあ今度案内頼むな」
「うん!近いうち絶対行こう」
この夜は芽吹と秋人は夜遅くまで他愛のない話で盛り上がった。
冬休みも残りあと僅か。三学期は2か月も無い。期末テストに卒業式にと、三学期は地味に忙しい期間。そして春になれば芽吹たちもとうとう高校3年生。芽吹たちの高校生活最後の一年間はどんな一年になるのやら……。
続く……




