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子の心、親知らず

作者: 映見明日

初投稿。投稿の練習用(まだシステムがよく分かってない……)。

 あるところにひとりの母親がいた。

 息子の通う学校の行事にもよく参加し、PTA役員も務めるなど評判のいい母親だった。人付き合いもよく隣人たちからの評価もいい、まさに理想の母親と言えた。


 「人の心が分かるのが一番大事よ」


 それが彼女のポリシーであり、小学校低学年の息子にも常々そう言い聞かせていた。


 そんなある日のことだった。朝食を摂りながら朝のニュースを見ていた息子が、洗い物を終えて食卓にやってきた彼女に言った。


 「余震来るかな?」


 ニュースでは昨晩地方で起きた地震のことを報じていた。何人も土砂崩れに巻き込まれ今まさに懸命な救助活動が行われていると。

 そんなニュースを見ながら話しかけてきた息子に、彼女は顔を歪ませた。


 だって息子の表情には被災者への心配など微塵もなく、まるでそれが来ることを望んでいるかのような喜々とした笑みに溢れていたから。


 彼女はすぐに息子をきつく叱った。

 こういう時きちんと叱るのが良い母親の責務だと思ったから。

 事が事だけに相当強く叱ったのは言うまでもない。人の痛みの分からないように人になっては欲しくなかったからこその愛の鞭という奴だった。


 ……だけど、当の息子がそれが分かっていないことに母親は気付くことは無かった。




 叱られた息子はしばらくの後、一人になった時呟いた。


 「なんで怒られたんだろ?」


 不思議そうに、同時に辛そうに彼は言った。


 彼は何一つ理解していなかった。自分が怒られていた理由を。

 それは彼が話を聞いていなかったからでもなければ、理解力に問題があるからでもない。

 母親が叱る理由を説明していなかったから。それだけだ。


 当然だ。彼女にとって災害に巻き込まれた人を慮るのなんて当たり前のことでいちいち説明するようなことではなかった。

 それゆえに彼女は叱っていたつもりでただ怒っていただけだった。同時に息子の側の言い分を聞く機会は存在しなかった。

 

 「僕はただ……褒められたかっただけなのに……」

 

 それが息子の本音だった。

 『余震』なんて単語はまだ彼の学年では教わらない。それは『難しい言葉知っていて、偉いね』と褒められたかったがために彼自身が自分の努力で身に着けた知識の一つだった。


 だがその目論見は潰え、息子は一人意気消沈する。


 残酷なことだが、彼にとって被災者のことなんてどうでもよかった。

 しかしそれも仕方あるまい。

 まだ幼い彼にはそんなのはテレビの向こうの出来事でしかない。そんなことよりも自分自身の心を満たす方がずっと大事だ。


 そういう行動原理で動かざるを得ないほど彼は称賛に飢えていた。


 母親が立派だからと言って息子の学校生活が順風満帆というわけでもなかった。

 体格も小さく運動も得意ではない。いじめっ子に目をつけられれば勝ち目はなかった。

 唯一勉強は得意だったけど、『勉強より人の心を分かるのが大事』な母親には響かなかった。


 もちろん、まったく褒められなかったわけではない。だけど、その境遇の中で親の言いつけ通り人の心と向き合うのは、まだ幼く傷つきやすい心には苦行でしかなかった。


 その心の辛さを埋めるには彼はまるで褒められ足りてはいなかったのだ。


 そう。こんなことは別に初めてではなかった。

 母親が気にしてもいないほど小さなことの積み重ねだが、今回のようなことは何度もあった。

 だから今回のことが彼の中の張りつめていた何かをとうとう切ってしまうとどめとなったのは偶々、本当に偶々だった。

 

 その日以来、彼は何かを頑張るということを止めてしまった。

 母親が息子の変化に気付いたのはそれから数年もたってからのことだった。

 そして、自分がとどめの一撃を放ってしまった自覚もない者にそれをどうにかできるわけもなかった。


 母親は肝心の自分の子供の心だけ理解できていなかった。所詮相手は子供と侮ったから。

 その一方で、子供に能力以上のことを求めてしまった。本当は自分自身でもできていないのに。


 それが悪いわけではない。ただ運が悪かっただけだ。


 『親の心子知らず』『大人になればいつか分かる』

 誰かがそう言った。

 でもそれが分かり合えないことへの言い訳で、相手を分かろうとしなかったのなら、そんないつかは来ないのかもしれない。


 親なのだから子供のことなど全部分かっている。そんなのはただの錯覚に過ぎないのだから。

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