俺は古き良き暴力系ヒロインを取り戻したい
「死ね!!」
俺は宙を舞う。
風に揺られて幼馴染みのスカートが俺の目の前で舞い上がった。
ちらりと見えた純白に目を奪われて幸せな気分を感じた瞬間、視界が反転する。
青い空が映る。真っ白でふわっとした雲がぷかぷかと気持ちよさそうに浮いている。
あの雲、さっき見たモノと同じくらい白いな。
そんなことを考えていると、ドンッと地面に俺の体が落ちる音がした。
体に衝撃が伝わる。全身を隈なく痛みが駆け巡っていく。
くそ、だけどこんな痛みに負けてられるか。
「痛いじゃないか!!」
俺は勢いよく体を起き上がらせる。ギリッと鋭い視線を幼馴染みの方へ向ける。
「ふんっ、あんたが悪いのよ!下着なんかを見ようとするから」
彼女は腕を組み、俺のことをジッと見ている。
黒くて艶のある髪の毛は二つ結び。
風が吹くと髪の毛も靡くように風に揺れた。
俺はそんな彼女に食ってかかるように言葉を放つ。
「いや、事故だろ。あんなの」
「っ!!そ、それでも……」
見られたのは恥ずかしい。
そう言いたげな視線を俺に向けている。
まったくわかりやすい奴だ。
「確かに俺は見た」
「や、やっぱり……!!さっさとその記憶を消しなさいっ!!」
彼女は俺に対して手に持っていた鞄を振りかぶり、俺に投げつけようとしてきた。
俺は反射的に彼女の腕を掴み壁際へと追い込む。
「だけど、いくらお前が殴ろうと俺は忘れることはできない」
「……な、なんでよ」
「それはあまりにもお前が可愛すぎるからだ」
「へ、へっ!?」
彼女の態度がたじろぐ。
ピンっと背筋をそらして、薄い胸板をツンっと突き出した。
ジトっとした視線を俺の方へ向けている。
「で、ど、どういう意味なのよ、それ」
「どういう意味も何もお前が可愛いってことだけだが」
ボフッと彼女の拳が俺の腹に当たる。
彼女は目を閉じて顔面を夕陽に染められたかのように真っ赤にした。
「う、うるさいわねっ!!何言ってるの、いい加減恥ずかしいんだけど!!」
クリティカルヒット!!
俺の腹を的確に抉るように何度も何度も圧迫していく。
「そうやって照れてる姿もめちゃくちゃかわいい」
「っ!!?」
彼女は目をギュッと閉じて俺のお腹に一発大きいのを喰らわせた。
「ぐふっ……」
「もう知らないわよ、馬鹿っ!!」
やっぱり照れている姿がとても可愛らしい。
口下手だから上手い言葉も言い返せずに、挙句の果てに手を出してしまう。
そんな彼女のことが俺は好きなのだ。
「おいっ、待ってくれよ」
「……先に行くから」
ダメージを受け、倒れている俺の姿を無視して彼女はすたすたと学校へ向かった。
俺は慌てて彼女のことを追いかける。
あいつが俺のことをどう思っているのかはわからないが
今のままの関係を続けられたらと思っている。
今まで照れる姿が可愛くて安っぽい言葉を吐き続けてしまったからな。
今さら告白しても冗談だと流される可能性だってあるわけだ。
いつの日か、ちゃんと付き合えたなら……。
俺は自分の手をギュッと握りしめ、ポケットに突っ込んだ。
「なら俺の方が先へ行かせてもらうな」
先程、俺を置いていこうとした仕返しだ。
俺は彼女よりも一歩先に足を進めた
「ちょっと……そんなに急いだら危ないわよ!!」
彼女は俺から離れないように急ぎ足になる。
俺に追いつこうと一歩一歩が大きくなった。
「大丈夫だって、気にするなよ」
俺はスマホを取り出し、イヤホンをつけて適当な動画を再生し始めた。
必死に俺から離れないようにとついてくる彼女が可愛らしく感じる。
もう少しそんな可愛らしい彼女の様子を見てみたい。
そんな欲望が胸の中に小さく渦巻いた。
先程、照れ隠しとはいえ殴られたわけだし少しからかっても罰は当たらないだろう。
俺はさらに足を速め、距離を取る。
「ね、ねぇ……も、もしかして怒ってる?」
足を止めなかった俺に対して、彼女は狼狽える。
声が大きくなり、俺の服の裾を後ろから掴みクイクイと引っ張った。
「別に怒ってないよ」
実際少しからかっているだけ。
先程まで俺に対してツンっと暴力を奮っていた彼女はびくびくと震えているようだ。
「嘘、だったらこっち向きなさいよ……」
顔を見なくてもわかる。
きっと今にも泣きそうな顔をしているんだろうな。
あまりにも反応が可愛いから、少しやりすぎたかもしれないな。
この歩道を渡り切ったら、からかうのをやめることにしよう。
俺はそう思って、一歩大きく足を踏み入れた。
「えっ……ちょ、ちょっとぉ!!待ちなさいって!!」
彼女の慌ただしい声が響いてくる。
シャツを強く引っ張られた。俺はそんな彼女の引き止めを振り払うように足を進めた。
「っ!!?」
彼女の声にもならない声が聞こえる。
大げさだな。そう思っていると彼女の手が俺の背中を押した。
その力は強く、俺は前へと飛ぶ。
体のバランスは崩れて前方に重心が移動する。
ドスッと音をあげて俺の体は地面へと打ち付けられた。
「お、おい押すなよ、それこそ危ないだろ」
つけていたイヤホンは先程の衝撃でどこかに弾け飛んだようだ。
流石にからかいすぎたか、あんまりやりすぎて不仲になるのは嫌だ。
俺は急いで起き上がる。キキーッとブレーキ音が耳に入った。
は、え、えっ!?
思わず心の中で声が漏れる。目の前に映る光景が信じられないと思う前に俺の体は動いた。
「お、おいっ!!大丈夫か!!?」
声を荒げ、横たわった幼馴染みの元へ駆け寄る。
頭からは血が流れ、体を揺すると彼女のうめき声が聞こえた。
ぷるぷると手が震える。俺はスマホを取り出した。
「救急車……、救急車……!!」
汗が止まらない。俺の声は震えていたかもしれない。
「もうすぐ来るからな、ごめんな、ごめん……」
俺がからかってやろうと思って先へ進んでしまったからだ。
彼女の耳に届いているかはわからない。
ただ俺は謝ることしか出来なかった。
あれから少しの時間が経った。
俺は何をしていたのか記憶がない。ただとにかく彼女のことが心配だった。
病室の中で彼女が目を覚ますのを待つ。幸い、酷いケガではないらしい。
俺はそっと彼女の手を握りしめる。
すると、ピクリと彼女の手が反応した。
「目、覚めたか!?」
俺は彼女の顔を覗き込む。
ううんと唸るような声を出し、彼女はゆっくりと目を開けた。
息をのみ、そっと彼女の頬に向かって手を伸ばす。
「安心した、お前の可愛らしい顔が見れて安心したよ」
「っ!!?」
小さく息を吸う音がする。
彼女は顔を真っ赤に染めあげ、額からは汗があふれ出ている。
体をぶるぶると震わせているようだ。
来るぞ。俺は衝撃に耐えようと身構えた。
俺が歯も着せぬ言葉を投げかけ、彼女が照れて俺に暴力を奮う。
それが俺たちの日常だ。
いつでも受け入れる準備はできている、そう思い深呼吸をした。
彼女は俺に怯えたような視線を向ける。
「ひっ、……な、なにっ……急に」
彼女から戸惑いの声が聞こえた。
俺の手をバシンと弾いて少し距離を取るように後退る。
ど、どういうことだ?いつもとは違う態度。
俺は彼女に詰め寄り、ジッと視線を送った。
「な、何って……ほら、いつものノリだろ」
「いやっ……意味が分からないしっ!!」
彼女は目を細め、眉をひそめる。
すぅっと息を吸い込み、一拍間を空け彼女が言葉を口にする。
「だいたい、あんた誰よ……」
キョトンと目が点になる。思わず苦笑いが零れる。
「笑えない冗談はやめてくれよ」
と言い放ち、俺は彼女の肩を掴んだ。
「っ!!」
彼女は目を大きく見開き、頬を真っ赤に染め上げた。
「な、何触ってるのよ!!」
肩を掴んでいる俺の手を勢いよく振りほどく。
思わず声が漏れてしまう。
「殴ってこない……?」
「な、何言って……殴るわけないでしょ!?」
冗談じゃない……?
俺は目をパチパチと瞬かせる。
本当に記憶喪失になってしまったのだろうか。
心の中がざわざわと音をたてる。
俺があの時、彼女の呼びかけを無視してしまったからか。
それともこれは天罰なのか。胸がキュッと締め付けられるかのように感じた。
「ね、ねぇ……あんた大丈夫?」
ふと目の前には彼女が映る。
心配しているのだろうか、恐る恐る俺の様子を伺っている。
「い、いや……大丈夫……」
冷汗が止まらない。
大丈夫なはずがない、自分がほんのちょっとちょっかいをかけてやろうと思ったことがこんなことになるなんて。
どうしたら記憶を取り戻すことが出来るんだ……?
「……な、なぁ」
声を絞り出す。
彼女はふと俺の声に反応をして、顔をあげる。
「何よ……」
いつもの日常を作り出すことが出来たら記憶を取り戻すきっかけになるかもしれない。
俺は深々と頭を下げる。そしてその勢いのまま、額を地べたへと擦りつけた。
「俺のことを殴ってくれ!!」
俺が大声をあげるもその場は静まり返る。
「……な、なんで?気持ち悪いんだけど」
まるでゴミを見るかのような目を俺に向けている。
これが夢なら覚めてほしい。そう心の中で必死に願う。
夢じゃないならせめて彼女の記憶を取り戻したい。
俺が彼女に対してできること。……俺は大きく深呼吸をした。
「お前のことが好きなんだ!!」
本心を口にする。俺ができることは彼女へ想いを伝えることだけだ。
彼女を照れさせて、暴力を奮わせることによって記憶を呼び覚ましてやろう。
「へっ!?」
彼女の耳はみるみるうちに真っ赤に染まっていく。
まん丸の可愛らしい目を見開き、わなわなと震え出した。
「な、何言ってるのよ!!記憶がないからってからかうならいい加減にっ!」
「からかうわけないだろ、俺はお前のことが好きなのは事実だ!」
俺は彼女の目をジーっと見つめた。
お互いの呼吸音だけが部屋の中に響き渡る。
「っ、~~っ!?」
彼女は声にもならない声を上げ始める。
唇を噛み、何かを抑えているかのようにぷるぷると震えた。
枕を手に持ち、俺へ投球しようと構えた。
来るぞ、枕が!!
これで少しでも記憶が戻るきっかけになれば……。
ボフッ!!
彼女はベッドに枕を叩きつけた。
「は?ちょ、ちょい……!!」
俺は思わず彼女の腕を掴んだ。
「モノに当たるな、俺に当たれ!!」
「何よそれ!!」
彼女は声を荒げ、体を大きく揺らす。
俺はそんな彼女を説得しようと自然と声が大きくなっていく。
「俺はお前に暴力を奮われたいんだーーーーっ!!!」
ガラガラ、と扉がスライドする音がした。
「ここは病院です、そういったプレイはお引き取り願います!!」
様子を見に来た看護師の手により俺の一世一代の告白は止められることになった。
病院は当然のように出禁。首根っこを掴まれて病院から追い出された。
俺は病院を背にジッと彼女の病室をちらりと見る。
彼女は俺の視線に気付いたのか慌ててカーテンを閉め始めた。
くそ、絶対に……俺は彼女の記憶を取り戻してみせる。
そのためには暴力、やはり暴力が全てを解決する。
俺は古き良き暴力系ヒロインを取り戻したい。