期待
「おっと、子孫を残さない発言から一転して……意外だな。これを言うと失礼かも知れないけど、潔癖で堅物で仕事一筋っぽそうな大英雄ニレン様が女を知っているとは思わなかったよ」
「どうだろうね。ぼくは知らないけど、違うぼくは知っている」
(話にならんなこの精神異常者めが、死にさらせ)「ほほー、英雄色を好むは間違いではなかったようだ。一瞥で分かるというのはかなりの比較対象を相手にしているという意味ですからな」
「そりゃあぼくは活動的だからね、お酒も好きだし魂も好きだ。不謹慎なことを言うけど、このセカイの戦争も好きだよ。つまり――〝ぼくの時の流れは一定ではない〟」
「はあ? また訳の分からんことを。お前の悪い癖だ、だから女との会話も上手くならないんだよ。草食動物じゃあピラミッドの頂点に立てねぇ、分かるか?」
「肉食でも雑食でも立てないよ。しかしアザミにも分からないことがあるんだね」
おれが天地の広大さを知っていたら知らないことは無かっただろう。本当に残念なことこの上ない世の中は憂しやさしとおれの翼をもいでいったんだ、そして空に逃げるも叶わぬ鳥は地を這いつくばかりの畜肉となった。
「ああ、分からないね。お前の遊びなんざに興味はねぇから分からなかったよ」
「遊び? ぼくは常に本気で生きているよ。今の大切な時間をアザミの言う<遊び>なんかで過ごすはずないだろ。与えられた時の中で次に進める道を見つけられるか振りだしに戻るか……このセカイの聖戦記が求めているのは――」
「――知らねぇよ。もっと分かりやすく喋れねぇのか? いつも何が言いたいのかサッパリだ」
そうやっておれは話の途中で割り込む。ニレンと話しているといつも喧嘩っぽくなるし、おれの頭が痛くなる。それに加えて毎日がイライラで我慢ならないおれは生理中のリジーよりもイライラしているのだろう。
「で、簡単な話をしてくれ」おれは言う。お頭は空っぽにしてあるから安心して聞けるはずだ。
「四季折々と簡単ではないけれど」とそこで、さっきまで遠いところを見ていたはずのニレンはおれの方を向いて、
「いい加減目を覚まさぬか! そなたは結晶人族であろう! 檻の中に閉じ込められたけものでもなければ女子の一族でもない獅子の中の獅子、士師の中の士師であろう! 共に歩んだ男子の一族を忘れるとは何事か!」
そう怒鳴るのはニレンで間違いなかった。初めてニレンの怒鳴り声を聞いた、いつもはおれの怒鳴り声ばかりが響くのに、この時だけはニレンがおれに怒鳴っていた。
獅子王に威嚇されてしまえばおれは黙るしかない。これは儀式だ、その場しのぎの黙り込みではなく、己の裡へ宿る眠れる獅子を目覚めさせるための儀式。勝ち目のない戦いと己の裡に響いた士師としての心構え、発芽を諦めた日種へ一族の記憶を刻み付けるためのひと時。いまのおれはこの静けさを欲している、谷底の獅子を再び目覚めさせる命の空気を欲している。
「期待をしているんだ、期待されることの重みは計り知れないけれど、ぼくはアザミに期待しているんだ――聖戦記の最後を君に記してもらいたいんだ」




