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ニレンとイザヤの姫

 こうしてかつての時を思い出しながら、窓磨きに魂を込めるのはおれの他に誰もいない。


 不純物ひとつ見当たらない先代の第四世代(ノヴァ)の生成物にして、神生国の兵器さえも受け止める結晶の窓。それを磨ける今は安らぎさえ感じられる。


 そう、現在のおれはクリティアス帝国が誇るデュオグラン宮殿で今日だけ給仕のボランティアに強制参加させられていた。ボランティアなのに強制、それでかなりの給料も出るというからバックレずに来てやったが、おれの出来る事と言えば掃除くらいだ。愛想のないおれが招待客の世話なんぞできるはずもないからな。


(よし、これでリジーとの約束は守れそうだ)


 夢中で窓を磨くこと六時間、長年磨かれていなかった窓たちも今では埃一つ付着していない……おれの埃だらけの誇りもきれいさっぱりになればいいのだが、そうはならないらしい。


 宮殿内にはクリティアスのあちこちから訪れた支配層の人間が王の間から出るわ出るわで、埃まみれの光景にさえ何輪かの花も咲いている様子だ。


(饗宴が終わる時間か、アトラス皇帝が病に伏しているのによくやるな)


 宮殿に集まった奴らの九割が不純な皇帝派の豚共と分かるぞ。ワイワイガヤガヤしやがって、ガバメントパーティか? それとも乱交パーティか? 悪いが三大都市以外から来た名も知れぬ人間は信用せんぞ。


 はぁ、今度は人間の豚共が食い散らかすだけ食い散らかした王の間の掃除だ。貧乏暇なし金なし心なし。うむ、心は一番大事だぞ、失えばニレンのような虐殺者になってしまうからな。


 と、掃除の前におれは休憩に入ろうと廊下を歩いていた。ヒト気のない廊下に吐瀉物汚物は無かったが、王の間で饗宴なんぞ開きおってこの恥さらしの人間共が。昔だったら考えられないのに、今は考える頭もない豚共がのさばっているからこのような事態になってしまうのだ。


(いつまでも忘れていないで人間本来の営みを思い出してほしいもんだ。そうとは思いませんかな、ニレン・ユーサー)


「ペンドラゴンさん」


「何でしょう」


 ご立腹でレストへの道を歩いていたその時、偶然にも聞き慣れた声が耳に入ってきたものだから、おれは鳴りを潜めて目標への接近を試みた。なぜコソコソとストーカーのような真似をするのか、たぶんあのカグヤという変女がおれに憑いているのだろう。安心しろ変女よ、おれが監視しておいてやる。


「あなたは人間を好きになったことはございますか……」


 そうニレンに訊くのは帝国三大都市イザヤの姫君だった。


「人間をですか、どうでしょう。ぼくは咎人ですので、人間と結晶人の関係を気にすることは全く無い、と言うと失礼なことですよね。人間を好きになる、好きか嫌いか……となると花占いをしなければお答えできない質問です」


「人間に興味はございませんか……」


「…………」


 どうしたニレン、何か言え、イザヤの姫君相手に返答無しはさっきの返答よりも失礼だぞ。


「わたくしに興味はございませんか……」


「…………」


 ニレン、頼むから何か言ってくれ。いつものヘンテコな返し以外で何か言え。これはお前のチャンスでもありおれのチャンスでもあるんだ。だからお姫様を困らせるな。


「……あなたのこころは此処にあらず。さようならペンドラゴンさん」


 と、瞳に涙を溜めていた姫君はおれとぶつかってしまった。さてここで問題ですニレン殿、人間の姫君は結晶人のおれとぶつかって痛かったからぽろぽろと真珠のような滴を瞳から頬へと、頬から床へとこぼしたのでしょうか? いやいやわたくしの所業ではありませんぞニレン殿、貴公に心当たりがおありかと存じますが、なんとお答えしますかな。ふむふむ、わたくしも長いことあなたと一緒に育った身ですので分かっておりますぞ、貴公の答えは無言でしょう。


「これはイザヤの姫君ではありませんか! わたくしの無礼をお許しください。お怪我はございませんか……は! 涙をお流しに!」


 おれは給仕の役を演じることにした。王道ならここで騎士と姫君が恋に落ちるのだろうけど、おれは騎士ではないうえに人間の姫君には興味がない。何より姫君もおれに興味がないようだ。


「……申し訳ございません。こんな顔をしているわたしですけど、お気になさらず」


 謝罪はおれに向けたものであった。なのでニレン殿、貴公は姫君に贖った方がよいですぞ。


「お仕事の邪魔になってしまうのでわたしは失礼させていただきます」


 と、涙乍らにこの場を去る姫君は一輪の花だ。人間でさえ咲く者がいる、咲けば散るが咲かねば見られぬ。おれもあんな風に咲いてみたいものだ。


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