カグヤの愛
「わたしのことはどうでもいいんだけどさ、愛の結晶を否定するあなたはどんな境遇で愛の結晶を否定しているの?」
おれの質問は確かにどうでもいいことだ、それにお前の質問もどうでもいいことだ。だが質問されたなら答えるのがおれとうい失敗作。
「否定は否定、愛の結晶は存在しない……存在したとしてもこの世に壊れない物はない。その証拠に結晶に愛されたニレンの結晶だって壊れるんだ。いまだ六角の結晶愛無しって言うだろ」
「ふふっ、愛の結晶はそんな下らないものじゃないよ」
愛を金で買える時代に『愛したい』やら『愛して欲しい』やらの言葉だけで通じるとでも? ヒトはすぐに心変わりする変態だが、論理と感情の調和ができないならそれはヒトじゃないね。
「愛が命だと言うなら否定してやる、その証拠は結晶人が愛されないで生まれてくるからだ」
「確かに『命の重みを知らぬなら愛されずとも仕方なし』ってね。それが言の葉ってものよね」
おっと、それは同意だぞカグヤ殿、いつの時代も自分の命よりも大事なモノなんてあるはずがない。命を創るのは命懸けだ、簡単に創られちゃ困る……そのはずなのだが、どういうわけか結晶人は創られて刷り込まされて命懸けて死ぬ。愛されて生まれてきた者たちから無色透明な差別を与えられ、聖戦を義務付けられ、紛い物の愛の結晶で聖杯は満たされる。
「なら、愛の結晶はどうやったら見つけられるんだ……」
「それは、わたしに訊くなんて怠けじゃない」
「怠けてないぞ。おれは《三年寝太郎》だから誰よりも考えているんだ。しかし、<愛の結晶>とかいう非物質は物理法則を否定しているだろ、つまり考えても無駄なんだよ」
この問題はどう考えれば解けるのだろうか。セカイを創造する数字すら超える神、それをも超えるニレン。ニレンが愛の結晶でないとすれば何が正解になるのだ。
「あ! いけない。約束を忘れていたわ」と、広場に正午を知らせる鐘が鳴り響けば、カグヤは灰を被ったような顔を一瞬し、と思ったら次に魔法が解けたような顔でおれの方に向き直る。
「愛の結晶についてはまた今度ね。今日は余計なお世話しちゃったから、これ以上お話しするとせっかくの鐘の音がただの紙切れの金になっちゃうの」
またも古臭い。紙幣なんて言葉を知っているのはアルブレヒトの連中くらいだぞ。カグヤ殿、そなたの扱う言葉は死語ぞ、古の化石書の言の葉ぞ。
「まてまて、おれは変な女に今度なんて約束はしないぞ」
「それでは結晶の使徒よ、また会う日まで」とカグヤはおれの言葉を意に介さず、霧のようにニレンのように花火のようにと、まあ簡単に言うと消えてしまった。
とそこでひとり、最近味わった感覚なのに久しく味わっていない歯切れの悪い感覚を刻み付けられているおれといえば、
(また会えたら、ニレンを紹介してやるよ――必要ならな)




